第89話 悪女、青春へ回帰する。
「いっそのこと殺してくれ……て、八○○回は思ったね」
「おつかれ~。時間移動の方法は把握しておいたよ。ちゃんと二人用にアレンジもしておいたから」
「は?」
私は書き書きしていた書類を置いて、汗だくのアイヴィンを拭ってあげた。
だけど彼は私の優しさよりも書類が気になっている様子だったので、私の一晩の成果を見せてあげる。
「これだと施行者になる予定だったアイヴィンの負荷が強いからね。均等になるように魔導陣の式を組み替えておいたよ。あと私の入っていたクリスタルの破片を残しておくのもあれだし、動力源にすべて変換できるように調整もしておいた」
わざわざ言葉にしなくても、彼なら一読するだけで私の意図くらい把握してくれると思うけど。
書類から視線をあげたアイヴィンは、本当に信じられないとばかりに目を丸くしていた。
「本気で俺と一緒に時を遡るつもりなの?」
「自分の身体を見てから、もう一度聞いてもらえる?」
なので、今度は私が魔法で鏡を作ってあげた。そこに映るのは、亜麻色の柔らかそうな短髪に、猫のような金の瞳を持つ十八歳の色男君。もちろん背筋もピンと伸びて、細身ながらも服越しにもちゃんと男の子だとわかる体躯も、私が一番馴染みのある彼そのものである。
さて、彼が久方ぶりの色男を堪能している間に。
私は簡単な火の魔法を使った。当たりに散乱していた紙束全部に火をつけたのだ。
当然、火事にならないような絶妙な火加減に、アイヴィンは感嘆を漏らしていた。
「お、俺の六〇年の苦労が……」
「え、こんな悪用されそうなの、後世に残すつもりだったの?」
そんなの、私のほうがびっくりである。
人間の魂を人形に映す技術とか、時を遡る技術とか……そんな技術が悪人の手に渡ったら、どれだけ歴史が歪むことになろうか……まぁ、今からそんなズルいことをするんだけどね?
「まぁ、いいや。これからもっと楽しい六〇年を過ごせそうだからね」
相変わらずのイイ男、アイヴィン=ダールはあっさりと自分の過去にケリをつけて。
炎が広がる中で、私の両手をとる。足元には美しい魔導陣が広がりつつあった。
チラッと見ただけで、完璧に私の意図通りの術式を行使してくれるのだから、流石だね。
そんなアイヴィンが途端、妙におろおろした様子で告げてきた。
「あ、でもひょいひょい魔法を使ってくれてるけど一応様子見ながらにしてもらいたいな? 耐久性とかの問題もあるし。そりゃあ俺も一緒だから、なにかあれば多少の修理はできるだろうけど……スペアとかないからね?」
「普通の人間だってスペアがないのが普通でしょ?」
「それはそーなんだけどね」
そう――人生も身体も、誰もが生まれ持った一個だけ。
なのにわざわざ心配してくるアイヴィンも優しいというか毒されているというか。
私も魔力を集中して、彼が編んでいる魔導陣に私の魔力を流していく。
特に問題はなさそうだ。この人形の身体にも支障はない。
時間転移が始まろうという直前だった。
「ねぇ、ノーラ」
「なに?」
アイヴィンが私の頬を舐めるようにキスをした。
「愛してる」
そして、私が返事をするよりも早く。
私たちを十八歳の春へと跳ばす奇跡が発動する。
「それじゃあ、とりあえず俺は所長に連絡とって、きみの編入の手続きをしてくるよ。本当は俺からの手紙をもたせるつもりだったんだけど……まぁ、俺が直接ぜんぶ話してきたほうが早いね」
いや、アイヴィンさん。
私のほっぺにキスした意図とお返事はいらないので?
転移先は王都フラジール城下町の外れだった。
時間的には春の新学期は始まったばかりだという。
ちょうど私とシシリーが出会ったときぐらい。
そこでアイヴィンは私に宿の場所の説明と宿賃と渡して、「それじゃあ夜には合流するから」と颯爽と消えてしまう。いやぁ、人のこと言える筋じゃないのは承知しているけど、勝手だね?
だけどまぁ、シシリーの身体でほぼ一年過ごしていたとはいえ、戸籍も何もない人形になった私が新しい生活基盤を整えるのは至難の業である。
「しょーがないなぁ」
私はアイヴィンから聞いた宿を探して歩き出す。
どうやら裏路地にある宿のようである。でも宿賃として渡された金額がけっこう多いから、期待していいのかな? それともお小遣いも含まれているのかな。
「そういやこの身体、飲食は普通にしていいのかな……」
まぁ、学校のハナちゃんの様子を思い出せば、バリバリ運動していたし、食事も普通に食堂で出たものを食べていたね。でも未だ空腹感もないから、一応アイヴィンに確認してからにしとこうかな。
そんなことを考えながら、私は歌いながら宿を探す。
だって、これから私は『ハナちゃん』になるのだ。
つまり私が無事に学校に編入して早々為すべきことは――新入生披露歓迎会での準主役である。
かつては『呪いの歌』を歌ったとして、オーディションに落選したが……今度こそ、私は華やかな舞台の上で歌唱力を披露するのだ!
と、ようよう発声練習をしながら歩いていたときだ。
「よぉよぉ、お嬢さん。どこかお探しで?」
話しかけてきたのは、俗にいうチンピラのお兄さんたちである。
あれかな、裏路地を呑気に歩くうら若き乙女と遊びたくなったのかな?
言われてみれば、今の私の恰好はお嬢様っぽいヒラヒラのワンピースである。おそらく、身体の節がわからないように露出を控えた結果だろうね。あとアイヴィンの趣味とか私への気遣いとか……そんなのが合算してできた、黒髪のお淑やかで可憐な歌声の『お嬢さん』なのだろう。
……まぁ、いいカモになるのかな?
だけど、それはお互い様である。
私もまだまだこの身体の調整が足りないなぁって思っていたんだよね。
なので、私は鼻歌を歌いながら。
いやらしい目で私を見てくるチンピラたちを、軽くのしてあげたのだった。
――と、ここまでは美談だったと思うのだけど。
「なんで俺が半日目を離しただけで、ここらに『古代の呪曲を歌う殺人鬼』の噂が持ち上がっているの⁉」
「およ?」
アイヴィンが宿にきて早々、私はなぜかお説教をされてしまっていた。
まぁ、噂自体はね、ちょっと調子に乗りすぎて、歌の盛り上がりにあわせて魔力も盛り上がっちゃったところがあるんだけど……なんかこんな噂に聞き覚えがあるぞ?
考えること数秒、合点のいった私は両手を打った。
「オーディションのときの私の落選理由だ!」
コミカライズ第3話が本日公開されました。
https://www.123hon.com/nova/web-comic/doteihen/
アニータが、デレています。とても愛い!
ノベル2巻のお知らせももう少しでできると思うので、
続報をお待ちくださいませ!!






