第76話 悪女、プレゼントを贈る。
文化祭の後夜祭の時に、校舎裏の時計台で愛の告白をしたら恋が叶うらしい。
そんなよくある伝承はとても心が躍るものの、ちょっと今はそれどころではない。
「はあ~~……」
就業訓練が終わっておおよそ一週間。
あれからアニータの元気がない。今も薬草学の実験の最中である。なのにアニータは頬杖をついてぼんやりビーカーを混ぜているだけだった。
そんな彼女を視線に捉えつつ、早々に実験を終わらせた私はアイヴィンとコソコソしていた。
「どうしよう、アイヴィン。アニータに生気がない」
「きみからの相談はとても光栄だけど……あれは仕方ないんじゃないかな。幼い頃からの夢が破れたわけだし。先日も実家から母親が会いにきて、ニコニコと結婚式の話をされたらしいじゃん?」
「そんなにさ~、王立魔導研究所っていいところなのかなぁ?」
私が口を尖らせると、アイヴィンが苦笑する。
「なに? 呪いから解放された途端に肝臓を痛めている職員全員を敵に回したいの?」
「どういうこと?」
「一応、副作用がないかと連絡をとったら、毎晩宴会に明け暮れて連日二日酔いらしいよ」
「自ら寿命を縮めてどうするかな」
言いながら、私は苦笑を隠せなかった。
一応、お国でトップクラスに賢いひとたちが集まっているはずなんだけどね。そんなエリート集団でも、当たり前の自由を手に入れたら飲んだくれてしまうくらいに浮かれるものらしい。
ビーカーで消毒用アルコールを飲んでいないことだけを祈っていると、飛んでくる視線が痛い。無論、アニータである。
「今日もラブラブラブラブ羨ましい限りですわ。結婚式には絶対に呼んでくださいましね。たとえ……一張羅が麻の割烹着しかなくても、なんとかご祝儀だけは用意させていただきますわ」
「アニータの未来予想図はどうなっているのかな⁉」
むしろ親の望み通りになったのだから、お金に困ることにはならないと思うのだけど……とりあえず、アニータの心は今、絶望の淵にいるのかもしれない。
(なんだろう、こんな状況の女の子に既視感がある気がする)
(まさに『枯草令嬢』って感じだね)
(そう、それだ!)
心の中のかつての『枯草令嬢』に指摘されて、すんなり合点がいく。
死にたいと願っていた、かつてのシシリー。今やすっかり心の中で元気になった彼女は、興味津々と実験中のビーカーと教科書を見比べている。今作っている薬は、なんてことない感冒薬だ。ただひとえに言っても風邪とは多症状が出るものなので、様々な薬草を配合していかなければならず、繊細な計量技術が必要となるわけだけど……アニータのビーカーはダメだな。すでに分離が始まってしまっている。たらたら混ぜているアニータはそれすらもどうでもいいらしいけど。
「もーっ、仕方ないなー!」
私はアニータのビーカーの中身を容赦なく流し捨てて、テキパキと薬草や鉱物を集め始める。
さすがは国一番の魔法学校。一般生徒が触れるだけでもかなりの素材が揃っている。それに、私には秘蔵の伝手があるのだ。
「アイヴィン、ゾイサイドとベリルの魔導結晶ある?」
「俺の研究室にはあるけど……何を作るわけ?」
「おねがい♡」
私がウインクすれば、やれやれと空間転移をする次代の賢者様。
次の瞬間には頼んだ結晶石の粉末がテーブルに並び、時間をあけてこれから使いたい材料まで順次転移してくる始末。こんな助手がいれば、私は一年くらいで魔導文明を次世代まで向上させられる自信があるぞ?
「ま、そんなに出しゃばるつもりはないけどね」
そして実験を進めること十数分。
アイヴィンが「このくらいの素材で足りる?」と帰ってきた時には、もう秘薬は完成していた。鮮やかな赤い液体が少量だけ入ったビーカーを、私は揚々とアニータに突きつける。
「はい、プレゼントだよ!」
「なんですの、それは……」
「若返りの薬だよ!」
途端、アイヴィンとアニータ(+シシリー)が噴き出した。
しかも後ろから肩に載せられたアイヴィンの手汗が尋常ではない。
「え、ちょっと……マジで言ってる?」
「私を誰だと思っているのかな?」
「きみだからこそ怖いんだよ!」
八百年前の稀代の大賢者さまに対する信頼どーも。
もちろん、私も大切な友達に駄作を贈る趣味はない。
「ちょーっと使用感は痛いと思うけど……効果はしっかりと保証するから。だから人生やり直したくなった時に、グビッとこれを飲んでね。今くらいの年齢からやり直すことができるはずだからさ」
「使用感が不味いではなく、痛いの?」
「そりゃあ、身体の全細胞を無理やり活性・再生化するわけだから……こう、骨からミシミシと……」
「やめて、想像するだけでゾワゾワする」
青白い顔をしているアイヴィンには悪いけど、私はふと思い出してしまった。
ビーカーのままプレゼントするっていうのも味気ないよね?
「あ、長期保存できる容器もあるかな? できたら可愛い形だと嬉しいのだけど」
「あーはいはい。一応用意はしてきましたけどね」
投げやりに彼が渡してきたのは、ハートの形をした小瓶だ。紐を通せばネックレスにもできるし、彫刻と見せかけて密閉遮光の魔術式も刻まれている、とってもピッタリの容器である。その金銭価値は考えないでおこう。そもそも私が彼に頼んだ素材たちも、総額は考えちゃいけないお値段のはずである。
そんな諸々の価値なんて……今のアニータにはわかっていないのか、それとも興味がないのか。
だけど私がグリグリ押し付けると、「鬱陶しいですわよ!」とハートの小瓶を受け取ってくれた。
「ほんと、シシリーは励ますのが下手ですわね。若返りの薬? そんなの必要がないくらい、カッコかわいいおばあさんになってやりますわ!」
そう啖呵を切るアニータの瞳が、いつも通り赤く燃えだしたから。
たとえ授業そっちのけで騒いでいた私たちに先生の叱責が飛んでこようとも、私はにんまり口角をあげてしまう。
あぁ、今日も私の友人がとても愛い。






