第75話 悪女、嬉し泣きをする。
「んーっ、いい朝だね!」
「誰かさんのせいで、わたくしは寝不足だけどね」
私は青空に気持ちよく両手を伸ばしているのに、今日もネリアお姉ちゃんの嫌みが清々しい。
だけど、そんなお姉ちゃんからの愛を受け取るのも、また控えめになることだろう。学校に戻ればクラスは別だし、文化祭ではあまり構っていられないだろうからね。
お世話になったメイド長さんらに挨拶をし、私たち研修生は学び舎に帰る。成績表は学校に届けられるらしい。でも最後のメイド長からのありがたい「あなたは他の仕事を探したほうがいいわ」の一言から、私の評価はお察しだけど。
シシリーごめん、これでも本当はメイドも復讐もばっちり両立させる予定だったんだ……。
なのに、心の中のシシリーはなぜか私を案じてきた。
(ノーラの気分は晴れたの?)
(あの男に復讐してってこと?)
(うん)
わざわざ聞いてくるということは……私の気持ちも伝わってしまっているのだろう。ま、同じ身体を共有しているわけだし、多少はね?
だから私は誤魔化すことなく、素直な気持ちを口にすることにする。
(正直、微妙かなぁ。もうちょっと気分良くなれると思ったんだけどねぇ……)
今はずらずらと研修生みんなで城門へと向かっている最中だ。もちろん、隣には「春までにもう少し教養を増やしてきなさい」と暗に合格をもらったネリアが歩いている。必死にニマニマを隠しているようだけどね。嬉しいのがバレバレだよ?
そんなお姉ちゃんを尻目に見ながら、私は肩をすくめた。
(でも、満足はしているんだよ?)
(アイヴィンさんを助けることができたから?)
(違うよ)
ま、完全に違うわけでもないんだけど。
それでもアイヴィンらの呪いや因縁は、あくまでついでのおまけなわけで。
私は初志貫徹をぶらしたつもりはない。
(気づいてた? 昨晩ね、私、自分の魔力を呼び寄せなかったんだよ?)
(えっ?)
(だから、ぜーんぶシシリーの持つ魔力で乗り越えたの!)
私の第一優先は、あくまでシシリーなのだ。彼女が来年の春に、自信をもって新生活を送れるようにすべてを用意する――それが私が彼女の身体を借りる条件なのだから。
(シシリー=トラバスタは凄いんだよ! なんたって賢王スエル=フォン=ノーウェンを倒せるほどの大魔導士なんだからね!)
(ノーラ……)
正直、自分の魔力を呼んでしまえば、もっと早く魔術を完成させることができただろう。
そうすれば、ネリアお姉ちゃんを危険に巻き込まずにも済んだかもしれない。
だけど結果として……私の選択は間違っていなかったと思う。
(いやぁ、声高に叫んでやりたいね! 八百年越しの悪霊王を倒したのはトラバスタ姉妹なんだって! なんだったら、あのパパやママにも教えてやりたいよ。あなたたちの娘は、こんなにも凄い魔導士なんだって。魔術の名家の名に恥じない自慢の娘たちなんだって!)
もう心の中のシシリーは言葉はわからない。ただただポロポロと大粒の涙を零して「ありがとう」らしき言葉を連呼していて。
ありがとうは、こっちの台詞なのにね。
全部、あなたが稀代の悪女なんかを受けて入れてくれたから、為せたことなのだから。
「シシリー!」
かつて夏に、眼鏡をかけた門兵に見送られた城門の階段。
その下には、私の大好きなクラスメイトたちが待っていた。
「アニータ! え、私を迎えに来てくれたの?」
「そうよ。光栄に思いなさい」
もちろん、そこで待っていてくれたのは偉そうに胸を張る私の友人だけではない。「おつかれ」と気安く片手をあげてくるアイヴィンもいるし、疲れた様子で肩を回しているマーク君もいる。
私が後ろを振り返ろうとすると、隣を歩いていたネリアお姉ちゃんが肩を押してきた。
「早く行きなさい。わたくしはひとりでゆっくり馬車旅を堪能するから」
「うんっ!」
私は階段を駆け下りる。
もちろん飛びつくのは、私の大好きなアニータだ。
「アニータ、インターンお疲れ様っ!」
「それで、あなたはいくつ問題を起こしてきましたの?」
うん。相変わらずアニータの私の前提はさておいて。
予想通り、アニータが複雑そうな様子である。だから手早く、私は訊いてみることにした。
「アニータはインターンの成果、どうだった?」
「……昨晩の花火、あなたは見てまして?」
「……うん」
見たよ。ちゃんと見た。
きちんと花を咲かせることができなかった、しおれた花火。
私に抱き付かれたまま、私の肩にある彼女の唇が震えている。
だから視線をアイヴィンに向ければ、彼は肩を竦めながら差し出してきた。
「これ、ヘルゲ嬢の試作品だけど……きみならどう改良する?」
「そうだね……」
私はアニータに抱き付いたまま、手を伸ばした。
どうやら、アニータは色々難しいことをやろうとして失敗したようである。
だから指先でいじる魔力の式は……加速度をあげる式はいらないかな。代わりに摩擦を減らす式を足す。もとの火力は十分な魔力を確保していたはずだし、余計な式はせっかくの花火の形を崩してしまう要因になるだろう。ついでに空気抵抗も整えておくけど……まぁ、なくても及第点はとれるかな。
すると、アイヴィンは満足げに花火装置を一瞥した。
「はい、お見事。このくらいも出来ないようじゃ、とてもうちじゃ使い物にならない。だから――そういうことだ」
その容赦のない言葉に、アニータがとうとう泣き出してしまう。
「不甲斐ないですわ……あんなに、あなたに見栄を張ったというのに……」
「そんなことない。すごく綺麗な涙だよ」
「もう……あなたは慰め方も下手ですわね」
そう吐いて、アニータはわあああああっと泣き出してしまって。
私は彼女を強く抱きしめたまま、ぽんぽんと背中を叩く。
下手くそなんて言われてしまったけれど、私は別に励まそうとしたわけではない。
ただの本心だ。そう――あの八百年生きている男と比べて。
本当にアニータの悔し泣きは、なんて美しいのだろう。
もちろん、そんな私の意図なんて彼女には伝わらないし、伝えたくもないのだけど。
だからそれを誤魔化すように、私はアニータの背中を撫でながら、他に視線を向けた。
「ちなみにマーク君は?」
「僕は先に答えを見つけたから、途中から他の課題に取り組んでいた」
つまり彼は合格だったということだろう。アイヴィンも「今回唯一の合格者だね」と頷いている。
だから……より、アニータは悔しいんだろうな……。
少しだけ落ち着いたアニータがゆっくりと口を開く。
「さすがシシリーだわ。一瞬で答えがわかってしまいますのね」
「私が憎い?」
ふと思い浮かんでしまうのは、スエルのことだ。
だって彼は、私の才能に嫉妬した結果、こんな八百年にも及ぶ蛮行を繰り返したのだから。
だけど、アニータは「まさか」と笑った。
「悔しくない……といったら、噓になりますわ。だけど、マークさんでも十日も寝ずに研究してようやくたどり着いた答えですのよ。それを、こんな一瞬で……」
彼女は私の肩から顔を離す。
そして、誰よりも気高く笑ってみせた。
「あたくしの友達は天才ですのよって、世界中に自慢してやりたいくらいですわっ!」
「アニータ……」
どうしよう。今度は私のほうが泣きそうだ……。
ああもう。ほんとにもう。
どうして……私の友人は、こんなにも愛おしいのだろう。
どうして……この令嬢は、こんなにもカッコいいのだろう。
「ありがとう……ありがとう、アニータ……」
「ちょっと、どうしてあなたが泣いておりますの⁉」
あぁ、ほんとに、涙が止まらないや。
私が急に泣き出したからアニータもうろたえているし、マーク君も目を白黒させているし、アイヴィンは嬉しそうに目を細めているし、通り過ぎようとしていたネリアお姉ちゃんも二歩後ずさっているし、さっきまで泣いていたはずのシシリーも「よかったね」と私の頭を撫でてくる。
でも、そんなの全部おいといて。
とりあえず今日も。
私の八百年かけてようやく見つけた友人がとても愛い。
長くなりましたが、8章も終了です!
ここまでお付き合いありがとうございました!!
……えぇ、ラスボスっぽいクズは退治しましたが、物語はまだ続きます。予定通りです。むしろここからが本番です。アニータは可愛い。
書籍化やコミカライズのも、しっかり裏で進行しています。具体的な時期はまだお知らせできませんが、私のほうにはしっかりと「〇月刊行&〇月コミカライズスタート予定です」とお知らせがきました。両方すっごい出来になりそうですので、続報をお待ちくださいませ!
引き続き「800年悪女」をよろしくお願いします!!






