第74話 稀代の悪女
荒い息をしたネリアお姉ちゃんが、必死に両手を掲げてシシリーのまわりに防護壁を形成している。
そういやこのお姉ちゃん、勉強はしてきてないけど、生まれついての魔力の量ならあのパパを納得させるほどの持ち主だったね。散々馬鹿にしてきたけど、このスヴェインは八百年前は魔法の第一研究者かつ、現在の魔術技術を提唱した男だ。いくら乱暴すぎる攻撃とはいえ、一発でも防いでみせた姉の根性には目を瞠るものがある。
「偉いぞ、お姉ちゃん! そのままあと十秒がんばって!」
「えぇっ⁉」
そんなお姉ちゃんパワーに、全力で甘えることにして。
スヴェインも先にネリアをどうにかしようと魔術を放つも、お姉ちゃんの前には防護壁に守られた私がいる。後ろにいる人物に攻撃するようにしても、その分命中と威力が下がるから「きゃあ」という悲鳴くらいで元気そうだ。
そんな間に――私とアイヴィンの魔法が完成する。
「でーきたっ!」
私の言葉を合図に、魔力の茨がスヴェインの中に溶け込んだ。
見た目はとても地味である。だけど確実に、彼の心には抜けない棘が刺さったのだ。
床に落ちた彼も、その異変に気が付いたのだろう。
自身の胸元を掴んだまま、目を見開いていた。
「ノーラ、お前……本当に何をした……?」
「だから言った通り、魂の定着を――」
「それだけじゃないだろうっ!」
激昂するスヴェインに、私はニヤニヤが止まらない。
もちろん、得意げに上から目線で説明してあげますとも。
「あなたが魔導研究所職員にかけていた呪いを、術者に反転してあげたよ?」
「は……」
「だから、お国に歯向かったら死んじゃう呪いをかけていたんでしょう? それを研究者全員分、あなたに呪い返ししてあげたの」
さて、やることは終わったので。
両手を合わせて、ニッコニコと説明してあげましょう。
「学校でね、今、花火の研究開発をしていてさ。あ、鏡面技術も花火に使っているんだよ。その応用に気が付いたのがこの子でさ、私のお遊びで発案した技術を八百年もあとの子たちが使ってくれるんだもの。こんな嬉しいことはないよね」
もちろん、私が自分自身を指すように言う子はシシリーのことである。
それなのに、この男はその嬉しさや楽しさを理解できていないらしい。勿体ないな……昔から、あなたは私が新しい魔法を見つけて説明しても、まず否定から入ってたよね。
「花火って……子供の玩具じゃないか……」
「その子供の玩具に、式の時間移動の術を組み込んだの」
まぁ、実際花火の場合は花火玉の中に入れた魔力が未来の時間差で展開されるような設計にしたわけで、今回スヴェインに仕込んだものはその反対になるわけだけど。
本当は八百年分の呪い返しをしてやりたかったんだけどね。さすがに現状生きている、『スヴェイン』という男がかけた呪いの分しか無理だった。
「無形の魔力で生んだ式なら時間移動ができる――それを提唱したのは、五百年前の王様、つまりはあなた自身だよね? なので私も一緒に勉強して、ちょっと応用を加えて、あなたが昔刻んだ式をペタッと反対に写してみたわけですよ!」
「それ、ちょっとの応用とは言わないだろう……」
そうかな? でもあなたが考えたアイデアから着想を得たのだから、これは八百年越しの共同研究とも言えるわけで。やっぱり、私の気持ちや興奮は伝わってくれないらしい。
それどころか、スヴェインはあからさまにうろたえていた。
「僕を……どうするつもりなんだ?」
「だからどうもしないってば。急に王様が崩御しちゃったら、みんな大変でしょ?」
私はゆっくりと座り込んだスヴェインに近づく。
そして彼の顎を、今度は私が少しだけ持ち上げてみせた。
「だから、あなたは残った時間でしっかり今までの経験や知識を後継者に引き継いで?」
もちろん、その後継者候補がマーク君で、そのお嫁さんがシシリーで。
なんて私の理想は、押し付けないでおくけれど。ま、でも後者はともかく、急ごしらえならマーク君以外に候補はいないでしょう。彼しか血縁者がいないのだから。
だけど、そんな実の息子にすら、あなたが恨まれていることを私は知っているから。
私はそれこそキスする寸前まで顔を近づけて、唾を飛ばした。
「そしてゆるやかに、一人で死ね」
私はパッと彼から手を離し、踵を返す。
よし、言いたいことは全部言った!
もう八百年前の亡霊なんかに用はない。それなのに、彼はまだ私の足に縋りついてくる。
「いやだ……死ぬなんて、一人で死ぬなんてそんな……」
「私は、ずーっと見ているからね?」
正直、私も悪いことがないわけではないと思う。
八百年前に、婚約者への配慮がなかったのは事実なわけで。
私がもう少し凡人に寄り添えていれば、こんな悲劇は起こらなかったかもしれない。
だから、仕方ない。
最期まで、あなたが望んだ稀代の悪女になってあげようじゃないか。
「あなたがきちんと死ぬまで、ずーっとこの世のどこかであなたのことを見ているから。少しでもサボったら、すぐに私が殺してあげる」
だからその恐怖におびえながら、最後まで賢王としての末路を全うしろ。
そう、私なりのエールを送っているのに。
「死にたくない! 死にたくない死にたくない死にたくないっ!」
ボロボロと大粒の涙をこぼして。いい歳をも超えたはずの賢王が醜く学生の足に縋りついてくる。
いやぁ、いい加減我慢の限界ですとも?
そろそろ無表情で蹴り飛ばしても、私は悪くないと思う。
「最期まで勝手に――稀代の悪女ノーラ=ノーズに怯えてろ」
さて、もう夜もすっかり更けこんでいるけれど、朝日が昇るまでは時間がある。
少しでも寝ておかないとね、シシリーのお肌に悪い。
だからスタスタと王座の間から去ろうとするのに……未だ扉のところからおっかなびっくり覗いていたお姉ちゃんが目を白黒させていた。
「今のは……いったい……?」
「大昔には知らぬが神って言葉があったよ?」
私がにっこり諭して「それじゃあ今日は一緒のベッドで寝ようか~」なんてお姉ちゃんの肩を押していくと、彼女は振り向きざまに口を尖らせていた。
「これで貸し借りなしですからね!」
「何か貸してたっけ?」
心からの疑問に、お姉ちゃんは何かぷんすかし始めたけど……。
心の中のシシリーがとても嬉しそうに笑っているから、私はあまり気にしないことにする。
遠くの王座から聴こえる、すすり泣く男の声なんて。






