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第89話 ジェイエン

 ムスタクの屋敷の一室で、ジェイエンは嗚咽していた。いつも冷静沈着で感情を表に出すことの少ないジェイエンのその姿に、ユージンたちは胸をうたれていた。もらい泣きをしている者もいる。


 ジェイエンはようやくいくらか落ち着いてきて「見苦しい姿を見せてすまぬ」と謝った。若者たちはジェイエンに慰めの言葉をかける。


「ジェイエン様が長きにわたってお仕えされていた国母様です。その心痛をお察しいたします」


 ユージンが申し訳なさそうにジェイエンに話す。


「このようなときに心苦しいのですが、今後の戦略を考えねばなりません。我々は国母様という女王陛下を支える大きな柱を失ってしまいました。ですが不幸中の幸い、女王陛下は我々の庇護下にあります。新たな柱を立てれば女王陛下を支えながら我々の目的である奸臣オゾマの排除を達成できるはずです。今回の卑劣な陰謀の首謀者はオゾマで間違いありません。ムスタク殿が証言しております。事実は明らかです。奴は人を使ってムスタク殿の娘を誘拐して脅迫しました。そして彼に国母の葡萄酒に毒を盛らさせたのです。許せません。必ず罰しなければ!」


 他の若者も同調する。


「国母様に代わって女王陛下を支える柱となられる方はジェイエン様しかおりません」


「そなたらの気持ちよくわかった。私も国母様の意志を生きている者らで遂げたいという気持ちはそなたらと同じだ。実はこういうものがある」


 ジェイエンが生前のノイエダが書いたというオゾマの摂政解任命令書とジェイエンの摂政就任命令書を披露する。


「国母様はこの命令を発令される寸前だったのだ。オゾマはそれを察知してこの度の凶行に出たのだろう」


 ジェイエンは首を振った。


「だが、慎重な国母様は万一のことも考えておられたのだ」


 ジェイエンが力を込めて話す。まるでノイエダの復讐を果たそうというように。


「ご自身が摂政に命を狙われていることを認識されており、もし亡くなられた場合も、女王陛下を支えていく態勢を準備しておられたのだ。まさにご深慮というべきものだ」


 ユージンたちはこれでオゾマを追い込めると喜ぶ。若者たちは女王へ上申するという。女王は必ず亡き国母の意思に沿うだろう。


 若者たちは国母の弔い合戦に向かうような高揚を感じながら、女王の下へ向かった。新たな摂政が自分たちのリーダーだ。


 人がいなくなってしばらくすると、うつむいていたジェイエンは肩を揺らしはじめる。徐々にそれが激しくなる。そしてジェイエンの口から、くっくっ、と声が漏れはじめる。その声は大きくなりジェイエンは哄笑する。


 ついに念願が叶う。これまでずっとノイエダに尽くしてきた。自分が権勢を得るためにずっとあの女に仕えてきた。


 彼女はオゾマを排し、自分を摂政に任命すると思っていたのに、あの夜、意外なことを言った。


――摂政は変更しない。国が内乱になるのを避けるために


 ジェイエンは目の前が暗くなった。自分の年ではもう摂政になる機会は巡ってこないだろう。長年の野望が潰えかけたとき、昏いひらめきがあった。


 かくなる上はノイエダを殺害し、今の摂政を解任し私を摂政にするとの遺言を受けたことにする。さらにノイエダ暗殺の罪をオゾマになすりつければ、彼は王族への反逆者として諸侯の支持を失う。一石二鳥だ。


 そしてオゾマの摂政解任命令書とジェイエンの摂政就任命令書を偽造した。自分に恩のある男に資金と情報を与え、国母の暗殺を命じた。ムスタクの娘を誘拐させてこの商人を脅し、毒を盛らせるという謀略を実行させた。


 今ごろ誘拐犯の男は遠くへ逃げおおせているだろう。ムスタクには男がオゾマに雇われているかのように吹き込んであるはずだ。ムスタクは娘が返ってこず、オゾマに約束を反故にされたと思って自分の知っていることすべてを証言するだろう。そうすれば誰もがオゾマが黒幕だと思う。なにせ、オゾマはただでさえ国母を暗殺する動機が大有りなのだから。


 自分は安全だ。自分に国母暗殺の動機があることは、国母と自分しか知らないことだ。他の者は、ノイエダに忠節を尽くしてきた自分が暗殺の黒幕だとは夢にも思わないだろう。完璧にうまくいった。


 それにしても真っ直ぐな若者たちは操りやすい。若者たちは胸を熱くしている。正義に酔いしれている。自分に向けるまなざしには真の尊敬の念がこもっている。彼らには自分を担いでもらおう。私はこの国の真の支配者になり、権力をこの手に掴む。もうそれは目と鼻の先にある。


***


 翌日、ユージンたちが女王に上申し、オゾマに国母暗殺の嫌疑について、女王の裁きを受けるための出頭命令が下される。


 使者がオゾマのところへ派遣される。使者が戻り、オゾマが出頭に応じることを伝えた。命令に従い、指定した日に女王陛下の御前に出頭することを約束したというのだ。


 ユージンたちはオゾマの意外にも素直な反応に拍子抜けしつつも色めき立った。ついにオゾマも観念したか。抵抗をあきらめて処罰を受ける気になったのか。しかし出頭当日、その期待は裏切られることになる。


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