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天の頂を守護する者

紳士らしい恰好のその男はベアトリスと名乗った。

 「この街を見守るもの、天空への門番。まあ、いろいろ呼び名はあるみたいだがな」

 こともなげにそう言うベアトリスは、ソニアに近づく。

 「バハムートの門へ挑戦することを認める。俺が門番だ」

 さらりと告げられ、ソニアは息を呑む。物々しい騎士が出てくるかと思ったが、全く違っていた。ただ、マンティコアを軽く倒してしまうほどの力を持つのだ。ベアトリスも精霊のような存在なのだろう。

 「明日の朝日とともに社へ来てくれ。試練を始めよう」

 「そんな急に」

 「俺が見る限り試練を受けるには十分な力があると思う。それで文句ないな」

 うなずくしかなかった。

 それから、どう過ごしたのかソニアはあまり覚えていない。ルミールも大精霊たちもみんな傍にいてくれた。ただ黙って見守ってくれた。この試練に向かうのは自分だけだ。それを感じていたのだろう。

 気が付けば朝になり、ルミールとソニアは社へ向かっていた。明け染めた朝の光が社を包んでいた。白い社は茜色の朝焼けに染まっていた。社の周りには白い光の線が円形に引かれていた。どうやら結界らしい。ベアトリスは結界の中央に立っていた。ソニアが結界に手を触れると、手は結界の光をすり抜けた。

 「大丈夫か」

 結界の傍にルミールもやって来る。社まで、ついてきてくれた。ルミールとも朝から、あまりしゃべっていなかった。何か話そうとすると緊張に呑み込まれて、言葉が出てこなかった。いよいよ一人前の魔法使いになる最後の試練が始まると思うと。

ルミールが結界に手を触れようとすると、それは光の壁になって、その手を通さなかった。

 「結界は、試練に挑む者以外は入れない」

 結界の向こう側からベアトリスがそう声をかける。早く入ってこいと言わんばかりに。

 ここは一人で行くよ。

 そう元気よく言うつもりなのに声が出なかった。反射的に頭に手をやる。そこに花飾りはなく、手は空をかいた。そうだ。この前、マンティコアを退治するために手折ってしまった。せっかく作ってくれたのに。そのことがずっと、謝れずにいた。なんと言っていいのか考えあぐねてしまって。

 「あのね、ルミール」

 やはり言葉はなかなか出てこない。なんと言おう。試練への不安と花飾りのことと、いろいろな気持ちがないまぜになって心の中で渦巻いている。

 「花飾り、せっかく作ってくれたのに」

 押し出すようにそれだけ呟く。ルミールは何事かと話を聞いていたが、優しく肩をぽんと叩いた。ソニアを落ち着かせるように。

 「それは、また作ればいい。気に入ってくれたのなら。あれは私が好きで作ったのだ。そのことを気にする必要はない」

 ソニアは一つうん、とうなずいた。ルミールなりにそう元気づけようとしてくれたのが、なんだか嬉しかった。ソニアがうなずくのを見て、ルミールも同じようにうなずく。安心して行ってこいと言ってくれているみたいに。

 「行ってきます」

 「待っている。無理はしないでくれ」

 ルミールはソニアをいつまでも見送ってくれた。一度だけ、ソニアはルミールの方を振り返り、そこから意を決して結界に進んだ。杖を手に握り、結界を越えた。一瞬、目の前を光が満たし、すぐに視界が戻って来る。結界の中は白いふわりとした光で覆われていた。外は見えない。

 「始めようか」

 ソニアは杖を握りしめる。一体、これからどんな試練が始まるのだろう。

 「今から俺と戦ってもらう。俺に本気を出させたら、お前の勝ち。言っとくけど、お前は始めから全力でこいよ」

 軽い調子でそう言うベアトリスをソニアはぼんやりと見つめる。それだけなのだろうか。

 「ほら、早く来いよ」

 そういわれても、面と向かって誰かと戦ったことなんてない。魔法で攻撃してみろということなのだろうが、ソニアにはためらわれた。

 「来ないなら、こっちから行くぞ」

 ベアトリスが手をかざす。その途端、白い閃光が走る。とっさに守護の魔法で身を守った。本当に戦うつもりらしい。それに、びっくりするぐらいの強い魔法だ。これで本気になっていないというのか。

 慌ててソニアは、大精霊の力を借りた。しかし、ウィンディーネの流水もノームの木々も光にすぐ消えてしまう。恐らく一人一人の大精霊の力では無理だろう。ならばと、サラマンダーとシルフィールの力を同時に呼び出す。炎が風に乗ってベアトリスに吹き付けるが、それもあっさり弾かれてしまう。

 「なかなかいいぞ」

 それでもベアトリスは本気になる素振りは見せない。

 何か考えないと。だが、少しでも立ち止まろうとするとベアトリスが攻撃を始める。それを走ってかわすことはできない。守護の魔法で身を守るのが精いっぱいだ。

 やはり四人の大精霊の力を合わさないといけない。四人同時に呼び出せるようにというのも、きっとこのためだろう。でも、結局、四人全員を呼び出せるようになる前に試練が始まってしまった。その場に全員を呼ばなくても、杖に力をこめることはできないだろうか。四人から少しずつ力を借りだすのだ。

 『不可能ではないぞ。今のお前が取り得る最善の一手だろうな』

 自分の考えに応えるようにシルフィールの声が心の中で響く。

 「どうすれば…」

 『我々の名前を順に呼べ。それだけでいい。それで力を貸せる』

 杖を片手に、その先に少しずつ力をこめていく。心の中で一人ずつ大精霊の名前を呟く。その度に暖かい力が杖に流れていく。

 「ほう」

 ベアトリスは面白そうに事の成り行きを見守っている。何もせず。それはソニアにとっては都合がよかった。思う存分、魔法に集中できる。杖は次第に金色の光を帯びていく。その場に大精霊を呼び出すよりも集中は必要がないが、それでもかなりの魔力が杖へと消える。

 ベアトリスも杖の大きな魔力に身を構える。まるで面白そうなおもちゃを見つけた子どものように杖を見つめる。早くその魔法を使ってみろ、どうなるか見てみたいとでも言うように。結界内に静かに魔力が満ちる。次の一撃で決まるだろう。それは二人とも分かっていた。

 その緊迫を切り裂いた黒い光があった。ベアトリスは、ソニアに向けようとしていた光の魔法でとっさにその光を打ち消す。

 「さすがにこれじゃ、無理か」

 「なんのつもりだ、フロル」

 あのローブの青年、フロルがいつの間にか結界の中にいた。杖から黒い影があふれている。そのまがまがしい影の気配に、ソニアはかすかに身をすくめた。ベアトリスは影の魔力にも気おされていない。ただ、まっすぐにフロルと向き合う。

 「今は試練の最中だ。出ていけ」

 「君はいつもそうやって上からものを言うんだねえ」

 フロルは結界の中央、ベアトリスとソニアの間に立つと杖で床を打った。そこに黒い魔法陣が現れる。

 「やめろ!!」

 ベアトリスが叫び、光を放つ。その白い光は魔法陣が発す黒い雷のような光に打ち砕かれた。

 「この時をずっと待ってたんだ。君が試練を始めるのを」

 一瞬、ソニアに目を合わせ、にやりと笑うと、フロルは杖を天へと掲げる。黒い光が空を裂くように天へと上がった。

 「さあ、バハムート。呼びかけに応えよ」

 その瞬間、ソニアはフロルが何をしようとしているかを、はっきりと理解した。試練のために呼び出されるバハムート。それが狙いだったのだ。思い返せば、フロルは先回りして邪魔をしているようでも、大精霊そのものは何ともなかった。むしろフロルの邪魔がそれぞれの大精霊の試練となっていた。誰かが四大精霊の力を集めてバハムートを呼ぶのを待っていたのだとしたら。こんなに不用意に試練を始めるのではなかった。このことにもっと早く気づいていれば。

結界を突き破った黒い光は天高く伸びている。突き破られた結界からは青空が見えていた。その青空に黒い光が突き刺さっている。天を割って、バハムートを無理やり呼び出そうとでもいうのだろう。ベアトリスの魔法も効かない。もう何もできることはないのだろうか。

 いや、あると言えばある。この手の中にベアトリスに向けようとした魔法がある。この魔法を使ったら止められるかは分からない。でも、足止めにはなるかもしれない。なんといっても、四大精霊の魔法の力なのだから。

 杖を闇が天高く伸びている先へと向ける。金色の光が闇へと伸びた。それとともに杖に恐ろしいほどの衝撃が走った。

 『ソニア、無茶をするな。巻き込まれるぞ』

 いつの間にかシルフィールが傍に立っていた。

 「そんなこと言ったって、この方法しか思いつかない」

 『どうしても奴を止める気なのだな』

 ソニアがうなずくと他の大精霊たちも同じように姿を現した。

『我々も手伝いましょう』

 『ソニアはこの光を切らないようにがんばって!』

 『もうバハムートの天の門は開きかけている。ソニアのことは我らが守ろう。だから今は、集中しろ』

 四人の大精霊もソニアの傍に立って光の方へと手を伸ばす。光がさっきよりも強くしっかりした気がした。




 ベアトリスは厚い木の扉を叩いた。反応はない。ただ小鳥たちのさえずる声と森の木のざわめきしか聞こえない。煙突から煙が出ているから、彼がいるのは間違いない。

 何度かノックをした後、自分の名を告げるとようやく扉が開く。筋骨隆々のひげもじゃの男が現れる。前に会ったときと変わらぬ友をベアトリスは懐かしく眺めやった。

 「何の用だ」

 ぶっきらぼうに尋ねる友に杖を渡す。真ん中で無残に折れてしまった木の杖を友は、いたわるように見つめる。

 「杖職人のお前なら直せるだろう」

 「それはもうずっと前のことだ。今はただの鍛冶屋だ」

 「杖作りをやめたのは、それを使う魔法使いがいなくなったからじゃないのか」

 友は物言いたげだったが、もう何も言わなかった。杖を手にとって調べ、様々な角度から杖を日にかざして見ている。

 「粗削りだが、いい造りだ。丈夫だし、よく保ってる。これを作った職人は?」

 「分からん」

 「では、これを使っている魔法使いはどこだ?」

 「ここには来れん。だから俺だけで来た」

 「そうか。まいったな」

 杖は魔法を導くもの。使うほど魔法使いに馴染んでいく。魔法使いに会えば、杖との関係もよく分かる。それに仕上がりの時には、持ち主となる魔法使いに仮に使ってもらう必要があるのだ。本人が来てくれるほうが望ましい。

 「安心しろ。仕上げには連れてくる」

 「なら、なんとかなる。だが、ここまでになってしまったら木から育て直す必要がある。時間がかかるぞ」

 「構わん。直せるなら、やってくれ」

 そう言ったきり、ベアトリスは出て行った。あわただしく。一刻も早く戻る必要があったからだ。

 残された職人は折れた杖を家の裏手にある森へと埋めた。そこはかつて何本もの杖となる木が育ち、杖から新しい木が育った場所だ。

 いずれはこの杖から芽が出て、木に再生するだろう。それまでは、ただ見守ることしかできない。

 「久しぶりの大仕事だな」

 誰ともなしに呟くと、杖職人は仕事場へと足早に去っていった。


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