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真の魔法の使い手

ソニアはルミールをつれて塔へ向かった。入ってきたのとは、違う扉をいくつかくぐり、外へ出ると真っ白い塔が一つ建っていた。物見の塔のようだ。それほど高いわけではないが、社よりは一階分ぐらい高かった。

 中の階段を上がるとすぐに塔のてっぺんに出た。そこは塔の屋根のすぐ下で真ん中に白い大きな器があった。中には何も入っていない。どうすれば、明かりになる火を付けられるのか、ここにきてソニアは戸惑った。

 「ここに香油があるぞ」

 上にかかった鉄の壺をとって来たルミールはその中の香油を器に注いだ。後はここに火を灯すだけだ。サラマンダーの力を借りようとして、ソニアは杖を下ろした。

 「どうした?」

 「ルミールも一緒に力を貸して」

 「私の力は必要ないだろう」

 「一緒に明かりをつけようよ。ここまで一緒に来たんだよ」

 「……そうだな」

 ルミールも同じように医者の杖を掲げる。二人の魔力がサラマンダーの力を借りて、火に変わる。それが香油に燃え移り、きらめく炎になった。ソニアはふと、日の光の精霊がここから自分たちを見ることができるだろうと話していたことを思い出した。

 そっと塔から外を見た。つられてルミールも外に目をやった。空は夜と朝の境のような色に染まっていた。空の頂は星々がまたたき、空の中間の部分は茜色に染まっていた。その下は朝日の光で白んでいた。その天空のもとに大地が広がっていた。ソニアたちがずっと旅をしてきた大地だ。

 大地の少し上を闇色の何かが飛んでいるのが、かろうじて見えた。恐らくフロルとバハムートだろう。ここから見れば、闇の塊のように見える。その闇の塊は、何者をも恐れないとでも言うように、すさまじい速さで天空を飛んでいる。日の光の精霊の姿はどこにも見当たらない。それでも、ソニアとルミールは黙ってこの様子を見守っていた。

そのうち、雲の切れ間から巨大な何かが現れた。暗い大きな雲の塊とそれを照らすように、朝日が差し込んでいる。

 「あれは?」

 「見て!」

 雲の塊は巨大な手の形をしていた。天空から巨大な何者かが手を差し出しているように。よく見ると日の光も大きな手の形をしている。

 二人の精霊の手だった。天空から差し出された手に向かって、フロルとバハムートが飛んでいくように見えた。もしかしたら、フロルとバハムートの行く先にこの手が現れたのかもしれない。やがて、フロルたちが手の中へ入ると、フロルたちを包んだまま手は天空の中へと消えた。

 ソニアとルミールは、その一部始終を塔から見ていた。毒気を抜かれたようにルミールも黙っていた。

 やがて、この塔の明かりを目指して流れ星のような何かが社へと、戻って来た。それとともに日の光が大地を照らした。夜の闇の精霊は恐らく、この社に戻って来たのだ。そして、代わりに日の光の精霊が大地を見守りに行った。

 この世界に朝がやってきたのだ。



 頬に強い風が吹き付ける。空がいつもよりぐんと近くに感じた。むしろ空の中にいるように思える。振り落とされないようにソニアは銀の竜の背にしっかりつかまった。

 「まさかバハムートに乗ることになるとはな」

 ルミールにそうだね、と返事をしかけて、ソニアは口をつぐんだ。バハムートの背の上を強い風が吹いていく。それに、かすかに上下するので、しっかりつかまっていないといけない。バハムートは銀と金の光に包まれて空を飛んでいく。光は粉のようになって、空の中へと消えていく。あれが集まって星になるのかもしれない。

 ソニアがルミールと天空にある塔で全てを見届けた後。二人は社で一日、過ごした。誰も社にはいなかったが、さっきまでしまっていた扉が二つだけ開いていた。そこに、それぞれの寝室が用意してあった。二人は精霊の好意をありがたく受け取ることにした。それになんといってもひどく疲れていて、もうどこにも行けそうになかった。思ったよりも力を使ってしまったらしい。

 どれだけ眠ったか分からなかった。誰かに呼ばれた気がして、ソニアは目を覚ました。その声を探して、社を歩いていると偶然、本のたくさんある部屋を見つけた。どこかの宮殿の図書室といった趣の部屋で、壁にはおびただしい数の本が立てかけられている。本を読むための小さな机や椅子もそこかしこにあり、どれも贅を尽くしたものばかりだ。そこに日の光の精霊が佇んでいた。ソニアが部屋に入ると静かにほほ笑んだ。ソニアはまだ、夢を見ているような心地で精霊に近づいた。

 「塔の上の明かり、つけてくれたね。助かったよ」

 「あの、あなたがわたしの名前を?」

 「うん。君の試練が終わったから、呼んだ。どうしても最後にしないといけない質問があるんだ」

 「でも、わたしは、試練は途中までになってて」

 「あー、そのことか」

 日の光の精霊は困ったように首をひねった。

 「君は、フロルを止めようとしてくれたし、試練としては十分すぎるぐらいの力を示してくれたよ。だから、僕はこのままで、合格でいいかなって思ったんだけど」

 そういわれても、なかなかソニアの気持ちは収まらない。このまま終わりにしてもいい気がするけど、それでいいとも思えない。

 「うん。じゃあ、また、最後の試練だけ受けに来てもいいよ。でも、今は、一度だけ、最後の質問をさせてほしい」

 それが魔法使いの最後の試練なのかもしれない。

 「君にとって魔法ってどんなもの?」

そういわれて、ソニアは黙った。

 言いたいことは、たくさんあった。

 でも、言葉にならなかった。

 この旅で起こったことがあまりに多くて。そして、そこで魔法を何度も使った。そのどれを答えたらいいか分からなかった。

 「話さなくてもいいよ。この本に教えてくれればいい」

 日の光の精霊の傍にある書見台を指さす。分厚い本が開かれて置いてあった。かすかに魔力を感じる本。魔術書なのだろう。

 「旅をしてきた魔法使いは、ここにそれぞれの魔法を残していくんだ」

 おじいちゃんもずっと前にここに来たんだろうか。こうやって日の光の精霊と言葉を交わして。

ソニアは本の上に手をかざした。途端、頭の中で光景が次々と浮かんできた。それは今までルミールと旅をしてきた風景だった。

 始めてルミールと出会った草原の街道。グリフォンから守ってくれたルミールの背中。ノームの住む大樹。海辺の街とそこで出会った楽団の人々の笑顔。リヴァイアサンとウィンディーネの歌声。どこまでも続く雪原とそこで戦う剣士たち。花に彩られた街と天の門への試練。フロルとの戦い、そして、天の門からここまで続く天空の道。そのどの道もルミールと一緒にここまで来た。魔法も精霊も好きではなかったはずなのに。旅するうちに大切な友達になっていた。

 魔法はずっとずっとソニアの傍にあった。精霊たちの声を聴き、杖をふるった。その魔法はいつも誰かのために、友のために使った。

 それこそがソニアにとっての魔法だった。魔術書の中に金色の文字で何事かが書き足されていく。だが、それはソニアには読めなかった。流麗な飾り文字が見えない手によって綴られていく。その本を柔らかい日差しが包むように照らしていた。

 「それが君の魔法か」

 満足したように日の光の精霊は本を閉じる。

 「素晴らしい魔法が一つ増えたわけだ」

 「でも、何もそんなすごいことは……」

 「ここまで来た魔法使いはみんな、そう言うよ。でもね、どんな旅も素晴らしいよ。少なくとも僕はそう思う」

 日の光の精霊はその分厚い本を閉じた。白地に金の縁取りのある題名のない本を大切そうに抱えた。

 「あの、フロルはどうなったんですか?」

 「彼は夜の闇の精霊の眷属だから。しばらく夜の帳の中で眠るんじゃないかな。フロルは昔から大地を旅するのが好きでね。いろいろな所を旅していたよ。きっと楽しいことも、それよりたくさんの苦しいことも見てきたんだと思う。真面目な彼はどうにかしたいと考えた。それで力を求めてしまったんだ。それこそ僕たちのような力を持ちたいと思ってしまった。そんなことをすれば、大地は保てなくなってしまうというのに」

 一瞬、日の光の精霊は困ったように沈黙した。

 「バハムートの力を奪ったけど、それだけの力は眷属の手には余る。バハムートを飛ばすだけで精一杯だったようだね。フロルとバハムートを引き離したら、バハムートは元に戻ったよ。これからどうするかは、夜の闇の精霊が決めることになっている」

 事もなげにさらりと、日の光の精霊は告げた。大事に思っていた今回の事件もこの世界の始まりから存在する精霊にとっては、そこまでには感じてないらしい。

 日の光の精霊はそれまでも、彼なりに気を遣ってくれたようだ。ごだごだに巻き込んだからと家までバハムートに乗せてくれたのだ。バハムートに会いたかったソニアにとっては、願ったり叶ったりだが、乗るというよりしがみついている。

 それでも、バハムートの背から見える土地がだんだんと見慣れたものになってくると心が浮き立った。

遂に帰って来たんだ。



 ソニアの後ろでバハムートにしがみつきながら、ルミールも物思いにふけっていた。思えばここまで長い旅になるとは思っていなかった。なんとなく心配だからとノームの街まで連れていくだけのつもりだった。それがいつの間にか天の社まで行き、今はバハムートの背にいる。

 物見の塔から戻った後、ルミールはソニアのようにすぐには眠れなかった。仕方なく、社の中を見て回った。大理石でできているのか、どこもかしこも白い廊下をただ何となく歩く。いつの間にか足が物見の塔付近の部屋に向いていた。何となく扉に近づく。すると扉がひとりでに開いた。

 少しだけためらってから入る。確かソニアが一人で精霊に会いに行った部屋だ。中にはベールのようなものが、かかっていている。試しに差し出した自分の手がそのまま通ったので、中へと入った。大方、夜の闇の精霊が待っているのだろう。先ほど、大地が朝になるのを見た。しかし、何のために。フロルのことは片がついたんじゃないのか。

 中には玉座があった。そこに座っていたのは、いつか雪原に現れた精霊だった。夜の闇の精霊は、ゆっくりと垂れていた頭を上げる。

 「呼んだのでしょう、私を」

 夜の闇の精霊は何も言わなかった。ただ、ルミールを見つめる。

 「これからどうなるのです、世界は」

 「何も変わらない。フロルは大地を見守るという役割に没入しすぎ、己の道を見失った。人々の繰り返す争い、魔物の出現、それらを解決するために力を求めすぎた。今一度、夜の帳で眠ることになった。我らの役目は介入ではない。ただ、この世界とともにあることこそ我らの役目」

 ルミールは言いかけて口をつぐんだ。フロルのことはそれだけでは、納得いきそうもなかった。だが、フロルはもうこれ以上、その力で何かをすることはないだろう。精霊のことは精霊に任せるのが一番いい。だが、これだけを言うために、わざわざ呼んだとは思えなかった。

 「もしも望むなら、お前の中にある加護の力をなくすこともできる。お前がもし、必要ないなら」

 どきりとした。

 それはルミールが今まで悩まされてきたことへの一つの返答だった。生まれつき宿命づけられていると思っていた夜の闇の力。その力をなくしてくれるのか。

 「私は人々に魔物から身を守るための加護を与えたはずだった。人々がそれを望んだから。それでも、お前が望まぬというなら、その力をなくそう。バハムートを連れ戻すのを手伝ってくれたせめてもの礼に」

 「それは」

 以前ならば、すぐにでも、なくしてくれと答えただろう。いや、精霊の言葉など信用しなかったかもしれない。そもそもここまでついて来なかったかもしれない。

 ソニアを守ろうと手にした力。受け入れることは不本意だったはずだ。それなのに、今はそれほど良くないものとも思えない。

 この力はソニアを守っただけではなかった。我が師も、そしてもちろん自分も、それ以上に魔物の傷に苦しむ人々も助けた。

 自分がどう思おうと、その力は多くの者を救っていた。

 ルミールは夜の闇の精霊に向き合う。

 「力は、このままにしておきます」

 精霊は表情を崩さない。まるでその先を待つかのように。

 「まだ、答えは出ません。ですが、自分を苦しめるだけではなかった。この力をもう少し持っておきます」

 「そうか」

 夜の闇の精霊との会話はそれきりだった。

それから、何事もなく日が過ぎた。そして、ソニアとバハムートに乗って旅立った。ソニアにはあえて、このことは話さなかった。この選択は間違いではない。それだけは分かっていたから。

「ねえ、ルミール。これから、どうするの?」

「君は家に帰るんだろう」

 「うん」

 「私は……。まだ、何も決めていないな」

 「だったら、わたしの故郷に寄ってよ。お茶を出すよ」

 バハムートは力強く羽ばたく。眼下にはソニアがよく遊んでいた森が見えた。ここを越えれば村があり、ソニアの祖父が帰りを待ってくれている。

 ソニアの問いかけにルミールは、かすかにほほ笑んだ。夢で訪れたソニアの故郷に行ってみるのも悪くない。きっと、あの春の香りのするお茶もごちそうになることだろう。ただ違うのはソニアは、この旅の話を祖父に話すというところだ。その話にルミールも一言なりとも言葉を添えられるに違いない。

 「お言葉に甘えることにしよう」

 雲を越えると、そこはソニアの生まれ育った森と村。ところどころ、薄桃色の花をつけた木が見えた。

 「やっと帰ってきたんだ」

 それに応えるようにバハムートが咆哮を発する。それは天高く響き渡る。

 まるで二人の旅路を祝福するように。


Fin.


完結まで読んでくださってありがとうございました。今回の世界と同じ世界を舞台にした別のお話は今も書いております。また、こちらで連載を始めようと思っていますので、その時はよろしくお願いします。

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