Act 39. Dead man's Hand
<倉庫・オフィス区画三階>
一方その頃。斎とアトラスが共闘する少し前に、三階へと上がったマクレーン、ランスロット、グレイの3名はミカエラのアナライズ通りに倉庫のオフィス区画を進み、リカルドとその護衛対象であるイゴール・サンデルスが居るとされている部屋へと向かっていた。案の定見張りの数は多く、先頭をランスロットが走る中彼が拳を作った左腕を挙げる事で後方の二人の進行を止める。階段から廊下へと通ずる道の壁に隠れながらランスロットは両目に搭載されていた機械人間専用のアイカメラで地面を確認し、足跡の数から壁の向こう側にいる敵の数を把握し始めた。
「……この廊下にいる敵は6人です。ですが、その先の部屋にはそれ以上の数が予想されます」
「数は? 」
「30人。連中のいる部屋がとても広く、講堂のようになっている様ですね」
「ちっ、弾倉足りるか……? 」
「弾の事は気にすんな、グレイ。敵からかっぱらえば足もつかずに済む」
「……アンタ、やっぱりそう言う事に関しちゃ一級品だな。本当に刑事か? 」
「刑事だよ。見せかけの正義振り回して何もしねえ馬鹿共よりかはよっぽどマシさ」
何か警察に関して思う事があるのか、苦虫を食い潰したような表情を浮かべながらマクレーンは咄嗟に陰から飛び出した。彼の手にしていたM4SOPMODIIの銃口から5.56mmの鉛玉が射出され、廊下を突っ立っていた一人の見張りが穴だらけになりながらその場に倒れる。同時にランスロットがマクレーンのカバーをするようにVHS‐2の引き金を引き、物音に気付いたもう二人の見張りを屠った。
「グレイさん! 」
「分かってるっつーの! 」
虚を突かれた残りの3人の前へグレイは飛び出し、先ずはレミントン R5 RGPのトリガーを引いて真正面に居た見張りの脳天を四散させる。照準のスイッチが間に合わないグレイはすかさずRGPの銃床で右方にいた男の頬を殴りつけ、その構えのまま左方にいた最後の敵へ向けて引き金を引く。消音機によって掻き消された銃声が数回響き、二人目の死者を生み出すと足元に転がっていた三人目に向けて5.56mm弾を放った。
「流石です、グレイさん。特殊部隊の経歴を持つだけありますね」
「……その話は聞かなかったことにしといてやる。二度と言うなよ」
「? 何故でしょうか……? 」
「男にゃ聞かれたくない事の一つや二つあるもんだ。よく記憶しとけよ、ランスロット」
「はぁ……僕には理解できない事柄の一つですね……」
ランスロットの言葉を受け流しつつ、グレイは瞬く間にして出来上がった6つの死体を一瞥しながらチェストリグのポケットから愛煙している煙草・ラッキーストライクを取り出し、口に一本咥える。マクレーンへソフトボックスを向けてフィルター部分だけ出すと、マクレーンは悪い笑みを浮かべながら一本の巻き煙草を取った。
「警部。煙草は身体に悪いと何度言ったらお分かりですか。ニコチンは依存性があり、肺に多大な悪影響を……」
「うるせぇなぁ、お前も俺の補佐役ならちったあ俺のやる事に賛同しろっての! 毎回毎回小言ばっかり言いやがって、テメェは俺の母ちゃんか!? 」
「警部。声が大きいです。気づかれる可能性が高くなります」
「……っ!! 」
神経を逆撫でするかのようなランスロットの物言いに顔を真っ赤にしながら怒りを噛み殺すマクレーンを見るなりグレイは笑いをこらえるのに必死で、煙草の煙を気管に入らないようにフィルター部分から口を離す。まるで何処かで見たような光景だ、と言わんばかりにグレイは煙を吐き出し、短くなった煙草を携帯灰皿に押し潰して捨てた。
「随分と楽しそうね、お三方? 」
そんな和やかな空気が一変。グレイの真正面に壁に寄り掛かった女ガンマン、ソフィア・エヴァンスが映り込んでくる。取っ組み合いを今にも始めようとしていたマクレーンは突然聞こえた女の声に思わず素っ頓狂な声を上げ、咥えていた煙草を地面に落とした。
「やっぱりお出ましか。今日はあの時のドレスじゃないんだな」
「生憎ドレスを着るような華やかな人生には恵まれてないの。ジャケットとジーパン。女らしくないでしょ? 」
「馬鹿言え、美人は何着ても似合うんだよ」
RGPから手を離して背中に回すグレイ。状況が読み込めないマクレーンとランスロットはグレイとソフィアを交互に見つめる事しか出来ず、酷く困惑した様子だ。レッグホルスターから愛銃M686を引き抜いてソフィアに向けたグレイは、ふと彼女の左腕に視線を向ける。
「……手負いか? 誰にやられた」
「……余計なお世話よ。貴方だって私達を殺しに来たんでしょう? 」
「いや。俺達の目標はお前さんの後ろで待ってる筈だ。お前さん達が俺達の前に立ちはだかるってなら話は別だがな」
「どういう事……? 」
愛銃の銃口を下ろしたグレイはゆっくりとソフィアに歩み寄った。彼の推測通りソフィアの左肩は何者かの手によって撃ち抜かれており、涼しげな表情で強がりながらも脂汗を額に滲ませている。彼女の愛銃、スタームルガー・ブラックホークを降ろさせるとランスロットとマクレーンを呼ぶ。
「彼女を助けるぞ。ランスロット、体内に弾丸は残ってるか? 」
「……いえ、貫通しています。鉛の反応は確認できません」
まずいな、とボヤきながらグレイはソフィアの身体を担ぎ上げて近くの部屋へと押し入ると、机の上にあったオフィス用品を片手で退かして彼女を其の上に乗せた。次にチェストリグのポーチから止血剤とガーゼ、マクレーンから受け取った消毒液を取り出してソフィアのジャケットを脱がせ、シャツの肩口部分を破いた後に傷口へ消毒液を浸したガーゼを塗り始める。激痛に声を噛み殺すソフィアの表情を一瞥しながら、傷口周辺に付着した血液をすべて拭き終えた。
「警部、救急キット持ってたよな? 」
「そりゃああるが……お前まさかここでやるつもりか? 」
「そうだ。安心しろ、こういう経験は何度もある。その代わりランスロットと一緒に敵が来ないか見張っててくれ。彼女を殺そうとした連中がまだいるかもしれねぇ」
「へいへい。ったく、女の事になるとすぐこれだ。行くぞ、ランスロット」
事務室を後にするランスロットとマクレーンを一瞥すると、グレイは救急キットの蓋を開けて防菌用のゴム手袋を装着した後に消毒済みと記された袋詰めの縫合セットを取り出す。深く息を吸い込みながら針穴に糸を通し、ソフィアへ視線を傾けた。
「傷口は見るな。何か噛むものはあるか? 」
「生憎、持ち合わせてない、わね……」
「余ったガーゼを使ってくれ。歯を食いしばり過ぎて口の中がボロボロになった奴を前に見てるからな」
いくぞ、と彼女に告げるとグレイは傷口の皮膚へ針を通す。彼女から悲鳴を押し殺した絶叫が聞こえるが、慌てずにグレイは糸を通し始め縫合していく。肩で息をするソフィアは想像を絶する痛みに涙を浮かべながらもガーゼを噛み、必死に痛みに耐えていた。そんな彼女に応えるかのようにグレイは表側の縫合を完了させ、ソフィアをうつぶせに寝かせる。貫通した傷跡からは痛々しい赤に染まっており、直視するのも憚られるほどだ。
「もう一度だけ耐えてくれ。直ぐに終わる」
「分かって、る……! ぐぅぅぅっ!! 」
痛みに耐えながらソフィアは意識を保ち、グレイの治療が終わるのを待っている。慣れた手付きで後ろ側の傷も縫い合わせたグレイは傷口に止血剤を押し当てた後にガーゼで覆い、包帯を取り出してソフィアの左肩に巻き、荒い呼吸を整えながら汗をぬぐった。
「ねぇ」
「なんだよ」
「どうして敵だったのにここまでしてくれるのかしら? 私、アナタに銃を向けた女よ? そんなのが手負いだったら殺すに決まってるじゃない」
「生憎女と子供は手に掛けない主義なんだ、特に美人はな。目覚めが悪くなる」
グレイの返答を聞いてからしばらくした後にソフィアは笑みを浮かべ、治療の為に脱がされていた革製のジャケットを再度羽織る。
「で、どうする? このまま俺達を殺すか? そりゃあ良いアイデアとは言えねえと思うが」
「治療の借りを返す。持ち合わせが無くてね、生憎鉛玉しかないの」
「そりゃあ奇遇だな。生憎俺もそれしかねえ」
ソフィアが机から立ち上がると同時にグレイも愛銃のM686を向けて見せ、不敵な笑みを彼女に向けた。その時マクレーンから通信が入り、銃声と共に音声が再生される。
『おうお前さん達、仕事の時間だ! 奴さんが来やがったぞ! 』
「だとさ。おいリン、そっちから見えるか? 」
腕時計型の通信機を操作してリンの周波数に合わせるも、彼女からは返答がない。聞こえるのはノイズ音のみで、嫌な予感が彼の脳裏をよぎった。電波妨害。ミカエラやリュディ、リンと電波通信を行う事でサポートを受けていたグレイたちにとってこれほど厄介な妨害はない。
「お仲間と繋げないの? 」
「みたいだ。電波妨害を食らってる。この建物の中なら繋がるみたいだが……」
「なら早く済ませた方がいいみたいね」
その言葉と共にソフィアがジャケットの裾をまくり上げ、隠し持っていたCZ スコーピオン EVO3を取り出してチャージングハンドルを引くとグレイに振り返る。それに合わせてグレイもRGPの弾倉に全弾装填されている事を確認すると彼女の隣に立った。
「一時休戦よ、色男」
「オーライお嬢ちゃん、乗ってやろうじゃないか」
同時に二人はドアを蹴破り、既に戦場と化している廊下へと飛び出した。
「Let’s Rock!! 」




