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Killer's Blade   作者: 旗戦士
Chapter 5: Doubt the World
39/64

Act 38. Two Killers, Two Blade

<オフィス区画・廊下>


 静寂。呼吸さえも憚られる重圧に耐えながら斎は深く腰を落とし、愛刀・日秀天桜の柄と鯉口に手を掛けながら対峙した宿敵、アトラス・ギアハートを見据える。微動だにせずただ一身に斎を同じように見据えている彼の視線は、まるで斎をその場に釘で打ち付けているように縛り付けていた。


「ふッ」


 その拘束を断ち切るかのように斎は一瞬だけ息を吸い込み、無機質な両脚を用いて地面を蹴る。その脚力で空中に飛びながらアトラスとの距離を即座に詰めた斎は居合の要領で愛刀を一気に引き抜いた。生憎その攻撃は既にアトラスに読まれていたようで、渾身の抜刀は弾かれる。その反動を殺すように斎は空中で身体を一回転させてから地に足をつけ殺気の迫ってきた正面へ顔を上げた。


「ちィっ」


 視界に映ったのは今にも斎の額を貫かんと迫る黒い柳葉刀の切っ先だった。背筋に走った悪寒に諭されるように首を傾けてその突きを肉薄するも、斎の絹糸のような銀髪が数本宙に舞う。頬に迫った刀身を日秀天桜の振り上げによって弾き上げ、斎は第二撃に転じた。刀を振り上げた拍子にそのままアトラスの左肩を狙った袈裟斬りを放つが、それも受け止められた。防御と同時にアトラスは全身をその場で一回転させて日秀天桜の刀身を滑らせながら再度斎へと近づく。


「しッ」

「ぐゥっ!? 」


 死角からの強烈な裏拳を右頬に受けた斎は大きく身体をのけ反らせ、再度アトラスとの距離を取った。脳が揺さぶられる程の腕力と威力。これが斎がアトラスを恐れる最大の一因だった。口の中に広がる血液混じりの唾液を吐き捨て、斎は揺れ動く視界を元に戻そうと首を何度も横に振る。


「剣を使う相手が拳を使わないとは思わない事だ、宗像斎」

「あぁクソッ、その通りだな……! 」


 挑発とも取れるアトラスの言葉に斎は案の定苛立ちを覚え、視界が戻ると同時に一歩前へ踏み込んで両手に握った愛刀を縦一文字に振り抜いた。鋼のぶつかり合う轟音と高周波同士の刃が触れ合うスパーク音が両者の鼓膜に響き、互いの刃越しに互いの双眸を見据える。斎が激しい怒りを表情に浮かべる反面、アトラスは狂気とも取れる笑みを浮かべていた。彼の顔を見て更に怒りが沸き起こった斎は鍔競り合った柳葉刀を弾き上げ、アトラスの腹部をがら空きにさせる。しかし直後に横一文字に振るわれる愛刀は彼のバク転によって躱され、再び両者の距離が開いた。


「何が可笑しいッ!! 」


 だが、それで納得する斎ではない。今まで無敗を誇ってきた剣客としてのプライドが、斎の怒りをより一層増大させる。アトラスが着地した所で斎は更にもう一歩前へ踏み出し、日秀天桜を右斜め下から斬り上げた。金属音と共に愛刀は弾かれ、今度は斎の胸部が空く。マズい、そう彼が察知した時には既に斎は愛刀の剣腹を突き出しており、直後凄まじい衝撃と共に彼の身体は後方へ押し戻された。


「勘違いするな。俺は別にお前を嘲笑している訳じゃない。人間は楽しい時、自然に笑みが零れるだろう? それと一緒なんだ」

「何……? 」

「宗像斎。俺は初めて、俺の手から逃れた命をこの目で見た。俺と互角に戦える人間を見た。これ程嬉しい事はない。それに……お前も俺との戦いを望んでいるのだろう? 」

「知るか。お前のような戦闘狂の言葉など聞くに堪えん」

「ほう。だがこうしてお前は俺との一騎討ちを自ら所望し、この場に立っている。それは――――」


 瞬間、アトラスの姿が斎の視界から消える。


「――――お前の意思以外の何物でもない」


 そんな言葉を耳にした瞬間、アトラスの蹴りによって斎は左方へ蹴飛ばされていた。あまりの衝撃に耐えきれず、コンクリート製の壁を突き破って彼の身体は事務室にあるオフィス机の上を転がる。咳込みながら立ち上がると追撃を仕掛けていたアトラスの柳葉刀が斎の血肉を求めて縦に振り翳されており、中腰のまま斎はその刃を受け止めた。じりじりと詰め寄る黒銀の刃を睨み付け、一瞬だけ力を抜くと机の上を横に転がって柳葉刀を肉薄する。高周波を纏った刃は鉄製の机など紙同然に切り裂き、瓦礫の出来上がる騒音が周囲に響き渡った。


「俺は任務を遂行する為にここに来た。お前が立ちはだかるのなら切り捨てるだけだ。死にたく無ければ邪魔をするな」

「それは出来ん相談だな。生憎俺にも仕事があるものでね」

「ならばッ! 」


 斎は自分にそう言い聞かせながら再度踏み込み、刀を左方から斬り上げる。柳葉刀によって捌かれた拍子に手首を返して素早く袈裟斬りを放つ。それも弾かれるが身体を右に回転させることによって衝撃を殺し、隙を晒さずに次撃に移行する。身体を捻転させた勢いと共に横一文字に愛刀を薙ぎ、アトラスの身体を後方へ押し戻した斎は僅かな隙を捉えるように愛刀を前方へ突き出した。日秀天桜の黒い刃はアトラスの右肩口を切り裂き、鮮血が宙に舞う。対するアトラスからも反撃として柳葉刀が突き出され、斎の左二の腕の人工筋肉を掻っ攫っていった。アトラスの傷を睨みながら斎は臆さずにアトラスの懐へと踏み込み、鳩尾目掛けて日秀天桜の柄頭を突き出す。


「ぐ、がッ」


 空気を強制的に吐き出した嗚咽がアトラスから聞こえた。斎の打撃によって事務室のオフィス用具を巻き込みながら壁に叩き付けられたアトラスは、砂埃と共に姿を消す。血を吐き出す生々しい音が聞こえると同時に、斎の全身に悪寒が再び走った。


「ッ!? 」

「そうだ……。いいぞ、宗像斎。俺を本気にさせろ。俺が全力でお前を殺しにいけるように、お前も俺を本気で殺しに来い」

「言われなくともッ! 」


 真正面から迫る絶大な殺気。それを打ち破るように斎は愛刀を正眼に構えた状態で振り抜くと、いつの間にか眼前に迫っていたアトラスの柳葉刀と再度鍔競り合っていた。互いに口元に血を浮かべながら再度睨み合う。今度は斎の刀が弾かれ、隙を晒すも即座に愛刀の柄を握り直す事で右斜め上から迫っていた斬撃を防ぎ切る。だが次に迫ってきたのは左方からの斬撃で、あまりに速いせいか左腕の人工筋肉を切り裂かれて青白い液体が噴出した。


「ちっ……! 」


 青い血飛沫を頬に付着させながら斎は臆さずにアトラスの懐へ踏み込む。再度柳葉刀と日秀天桜が一度だけ火花を散らすと、一瞬だけ空いたアトラスの胸部目掛けて愛刀を振り上げた。その攻撃を躱され、斎の剣は机の上に置いてあった古いデスクトップパソコンを両断する。舌打ちをしながら斎は一歩前へ踏み込み、今度は横一文字に愛刀を振るうがそれも肉薄されまだ電力の通っていた業務用プリンターを破壊するだけだった。


「はは、はははははッ! 楽しいな、宗像斎! これほど楽しい戦いは久しぶりだ! 」


 肩で呼吸を整える斎とは反面、アトラスは子供のような無垢な笑顔を浮かべながら斎に両手を広げて見せる。更に苛立った斎は怒りに任せ剣を振るうも受け止められ、何度目かの鍔競り合いへと洒落込む羽目になった。


「戦闘狂が……! 俺との戦いも遊びのつもりか……! 」

「いいや、決して。だからこそ俺は喜びを感じている。傷などつけられたのは何年振りか。この痛みも久しぶりだ」

「ならばそのまま叩き斬ってやる……! 」


 アトラスの剣を弾き上げた拍子に愛刀を振り上げ、斎の人工血液とは真反対の生温かい赤黒い鮮血が噴出する。僅かによろめいたアトラスへ追撃を加えるように斎は刀を振り抜いた勢いで回し蹴りを彼の頬に叩き込んだ。


「まだだ……! 」


 大きく身体を後退させたアトラスを逃がさんと斎は柄頭を再度鳩尾へ叩き込むと、鈍い肉を打つ打撃音が周囲に響く。このままでは済ませんと言わんばかりに今度は逆袈裟斬りを加え、足刀によってアトラスの身体を後方へ吹っ飛ばした。砂埃が周囲を舞い、両者の身体をひた隠しにする。だが殺気の方向と匂いで大体の位置は把握できる。そう確信した斎は日秀天桜の引き金を引き、新たな機能である斬遠(ざんえん)形態へ移行させた。


『斬遠モード、起動。エネルギーが足りない為内蔵バッテリーを使用します』


 無機質な音声が響き、日秀天桜の黒い刀身が青白い電流に包まれていく。先ほど斬ったプリンターやパソコンの電力を吸収していたのか案外チャージにはさほど時間は掛からず、日秀天桜のコンピューターとリンクしている左腕の端末に2という数字が表示された。


「墜ちろ――――ッ!! 」


 そんな雑言を吐きながら斎は飛ばすエネルギー飛刃が十字になるように縦と横に剣を振るい、姿が見えないアトラスへ攻撃を加える。斎の視界を覆っていた砂埃は飛刃を飛ばした瞬間に晴れ、アトラスの姿が浮き彫りになる――――はずだった。


「なっ……! 」


 斎の飛刃が捉えたのは床に突き立てられたアトラスの高周波柳葉刀のみで、其処に彼の姿は無い。エネルギー飛刃が柳葉刀を破壊する頃、斎が殺気を感知した瞬間に丸太のような腕で首を鷲掴みにされ、彼の呼吸が止まった。


「がッ……ァっ……」

「斬撃を飛ばすとは恐れ入った。そんな機能まで使い熟すとは恐れ入ったぞ、宗像斎。――――だが」


 より一層、アトラスの腕の力は強まる。呼吸は薄まり、やがて視界も虚無の白に覆われていく。その白い景色に全てが覆われた瞬間が、斎の死を意味するのは彼自身が一番理解していた。なんとか抜け出そうと斎は藻掻くも、動くはずの義手もぴくりとも動かない。愛刀・日秀天桜が地面に落ちる甲高い音が、周囲に響いた。しかし。


「……む」


 別方向から殺気を感じ取ったアトラスが手の中にあった斎ごと物陰に運び、彼らは倒れた机の陰に隠れる。一瞬斎は何が起こったのか理解出来なかったが、呼吸が戻ったと同時に咳込んで視界を取り戻した後に腰に差してあった短刀型高周波ブレードを直ぐ近くに迫ったアトラスへ向けた。だがその腕もアトラスによって受け止められ、反撃には至らない。


「宗像斎。一時休戦だ」

「……何? 」


 アトラスの口からそんな言葉が出るとは思わなかったのか、斎は思わず素っ頓狂な声を上げる。短刀を握る力も弱まり、周囲に気を傾ける余裕が出来た斎の耳に銃撃音や第三者が続々と此方へ迫る物音が響く。


「俺達の戦いを邪魔する連中が来たようだ。……どこかで来るとは思っていたが……エヴァンス、そっちは? 」

『えぇ、こっちも絶賛戦闘中。アナタの言った通りね、アトラス』

「……どういう事か説明してもらおうか」

「エヴァンス、出来そうか? 」

『それは無理ね。出来れば合流したいのだけれど』


 オープンチャンネルで接触された斎の通信機から件の女性――――ソフィア・エヴァンスの声が聞こえた。まるでこの状況を予め理解していたかのように対応しているアトラスに反し、斎は全く理解が及んでいない。アトラスへ視線を向けると、彼は口を開く。


「何者かが俺達を罠に嵌めた。俺達だけでなく宗像斎、お前たちもその対象に入っている。あの胡散臭い男……確か、リカルドだったか。そいつによる罠だろう」

「信用すると思っているのか? 」

「それはどちらでも構わない。だが普段お前たちをアシストしているあの二人の声が聞こえないのは何故だと思う? 」


 我に返ったように斎は腕の通信機を操作し、ミカエラとリュディにコールを掛ける。だが何も反応がなく、普段の騒がしさからは想像も出来ない。この沈黙が、斎にとっては不気味だった。


「納得できたな? 」

「だが何故お前たちまでも……」

「元より金で雇われただけの関係だ。切るのには手っ取り早い」

「一体誰に雇われた? 」


 次の瞬間、アトラスの口から信じられない名前が飛び出す。


「眞田桐彦だ。奴が俺達にお前らの邪魔をしろと命じた」

「何……? 」

「説明は後だ、宗像斎。銃はあるな? 」


 アトラスは何処からともなく大口径の自動拳銃コルト・ガバメントを取り出し、似つかない笑みを浮かべながら机に寄り掛かった。現在の状況を全く理解できない斎は舌打ちをしながら太腿のレッグホルスターからグロック34 TTIカスタムを抜き取り、スライドを引いて装弾を確認する。瞬間、アトラスの手が斎の口元に伸び、斎に煙草を咥えさせた。


「……味な真似をしやがる」

「餞別だ。それに死ぬかもしれないという時ほど、煙草が吸いたくなるものだろう? 」

「……そこは気が合うな」


 アトラスが煙草に火を点けた所で互いに不敵な笑みを浮かべ、両者は煙を吐き出す。


「まずはお前の剣の所まで走る。それでいいな」

「今は従ってやる」

「では……壊し屋と機甲斬りの共闘と洒落込もう」


 その言葉と共に、アトラスと斎は机の陰から飛び出した。

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