第20話「新しい法則」
スピンはロピンを探すために、遺跡のさらに地下へと進み続けていた。
廊下が急に細くなり、いくつかの分かれ道があったが、グラのナビが見事に働いて、迷うことなく道を示した。
「トゥクトゥクトゥーーー!」
「マジックワームはこっちね! そして、そこにロピンもいる。……みんなが飲みたがる『あれ』があるんでしょ! 私だって飲んでみたいよーーー! 地上でしか味わえない天界の味、それが!」
最後の鉄の扉を勢いよく開けるスピン!
「カレイド・スープ!!」
そこは小さな石造りの部屋だった。中央の棺から、眩い七色の光が溢れている。
蓋の開いた棺に腰をかけていたのは、スピンと瓜二つの女性。女神ロピンだ。彼女はぽわんと頬を赤らめ、怪しく笑いながら、手にしたグラスの中身をグビグビと煽っていた。棺の中には一羽の鷹がいる。マジックワームだ。こちらもスープを飲んだのか、目はトロンと虚空を泳いでいる。
「よ、酔っ払いじゃん!」
あまりに自分そっくりな容姿だけに、自らの醜態を見せられているようで、スピンは猛烈に不快な気分になった。
「おい! あんたねぇ! 恥ずかしくないのかい、こんな所で!」
スピンが詰め寄ると、ロピンは千鳥足のような危うい足取りで答えた。
「……そなたも願いを叶えてほしいのか? カレイド・スープを私に捧げれば、叶えてやるぞよ?」
「もう、既に飲んでんじゃん! 完全に酔っ払いでしょ。私の願いは一つだよ。もう一度あんたと一緒になること。もともと私たちは一つだったんだって、爺やが言ってたわ」
「あら、そうね。そうかもしれないわね。容易い願いねぇ……」
ロピンはふらりとスピンに近づき、その手を重ねた。
刹那、二人は激しい光に包まれ、いともあっさりと一つになった。あまりの呆気なさに、スピンは目をパチクリさせた。
「これで……一緒になったのかしら?」
自分の手足を見回し、違和感がないか観察するスピン。
だが、その後ろでディーヨンが絶叫した。
「おい! あやつ! 何かおかしいぞ!!」
ディーヨンが胸ビレで指す先をスピンは見た。棺の中にいた鷹が、メキメキと音を立てて巨大化しながら、底が見え始めたカレイド・スープを猛然と飲み干そうとしていたのだ。
「あ、あ、あーーーー! 私も飲みたかったのに! こいつ、百年分くらい一気に飲んじゃったんじゃないのーーー!?」
叫び声も虚しく、鷹の巨体は既に棺を破壊。部屋の天井を突き破らんばかりに膨れ上がっていく。一歩、二歩と後退りするスピンたち。
「あららら? なんか、これ危なくない?」
ギロりと、鷹の巨大な目が開かれた。
次の瞬間、マジックワームはスピン、グラ、ディーヨンを一気に急襲し、瞬く間にその巨大な口で飲み込んでしまった。
ギュルギュルと腹部がうねり、世界の創造主と二つの法則を体内に取り込んだマジックワームは、異質な進化を始める。
その衝撃は、上の階にいたボイド、パウリ、ベクトガルドの元まで地響きとなって伝わった。
階下から巨大な何かが、大地を突き上げてこちらに向かっている。
ボイドはベクトガルドを抱え、パウリと共に地上への階段を駆け上がった。だが、脱出は間に合わない。
遺跡そのものが巨大な光の塊によって粉砕された。
現れたのは、もはや山のような質量を持ち、曇天の下で巨大な羽を広げる、黄金の「天使」のようなシルエットだった。
外へ投げ出されたボイドたちは、瓦礫をかき分けながら、その神々しくも禍々しい巨像を見上げた。
「何、あれは……!」
パウリが叫ぶ。天使か悪魔か、あるいはそれ以上の何かか。
マネキンのように凹凸のない滑らかな頭部に、顔はない。ただ黄金に輝き、ゴド遺跡の残骸の上に屹立していた。
ボイドは鋭く観察した。その巨体の中に、凄まじい魔力が渦巻いている。
「……あの中に、スピンがいる」
「何だって?」
パウリも目を凝らす。確かに、天使の腹部にあたる透過した空間の中に、気を失ったスピン、グラ、ディーヨンがゆっくりと回転しながら漂っていた。
「みんなを助けないと!」
パウリが地を蹴った。オッカムの剣を構え、高くジャンプして天使の足を切りつける。
だが――当たったはずの剣先が、一瞬で「消滅」した。
天使の皮膚に触れた瞬間、蒸発するように刀身がこの世から消え失せたのだ。慄くパウリ。
「物質でも、魔法でも、重力でもない。……なんだ、こいつは」
「これはマジックワームが作り出した魔力じゃない。おそらく、全く新しい『法則』なんだ。この世界に存在しない理。だから、切ることすらできない」
ボイドが呟いた。
ボイドは魔力で宙を舞い、上空高く、天使の頭部まで昇っていく。
「ボイド! そいつに触れるな、消滅するぞ!」
下からパウリが叫ぶが、ボイドの決意は揺るがない。
無機質な天使の口の部分が、すべてを無に帰すブラックホールのように丸く開いていく。
「安心しろ。俺には、スピンから貰った『永遠の命』がある」
ボイドは微かに微笑み、姿勢を低くすると、迷いなくその深淵のような口へと突っ込んでいった。
そして――彼は吸い込まれるように、光の中へと消えた。
地上では、パウリとベクトガルドが、祈るような心地で巨大な黄金の天使を見上げ続けていた。




