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第21話「可能性の海」(挿絵あり)

ボイドは天使の体内へと足を踏み入れた。

そこは、浮遊感に満ちた果てしない輝きの領域だった。


懸念していた消滅は起こっていない。自分の中に流れる血液の鼓動、そして魔力を確かに感じ取ることができる。

かつて天界へ足を踏み入れた時と同じ感覚だ。

不確かに揺れ動く光の景色の中で、自分という存在だけが明確な「芯」を持ってそこに在った。ならば、スピンも必ずどこかに「いる」はずだ。


ボイドが周囲を見渡すと、溢れていた輝きが収まり、見覚えのある真っ白な世界が現れた。


どこまでも続く、白い空間。

音が無く、光源も、影も無い。


ボイドがまばたきをすると――突如、真っ白だった世界が群青の空へと一変し、星々が煌めきだした。

一瞬で、銀河の中心に放り込まれたかのような錯覚。

ここは「可能性の海」なのだ。


カレイド・スープを飲み干し、すべての法則を体内に取り込んだマジックワームは、今、この瞬間に新たな生命、新たな宇宙を産み落とそうと蠢いている。


スピンの姿が見えないことにボイドが焦りを感じたその時、自身の両手足にズシリと重い衝撃が走った。

見れば、どこから伸びているのかも判らぬ無数の巨大な鎖が、ボイドの体を縛り付けていた。

ボイドは、不敵にニヤリと笑った。


(……もう惑わされない。これは俺の恐怖心が作り出した、イメージの鎖だ。重さも肌触りもあるが、それすらも幻影に過ぎない)


ボイドは深く集中し、心を凪のように保った。

彼が昔からずっと求めていたものは「構造」だ。

世界が生まれる原初の場所。その成り立ちを、彼は知りたかったのだ。

ボイドが不安を捨て去り、心体を世界に合わせた瞬間、鉄の鎖は砂のように脆く崩れ去った。


再び、真っ白な空間に放り出される。


ボイドは目を凝らした。

微かな光の粒子がチラチラと舞っている。


遠く、あるいは近く。周囲に小さな図形が浮かんでは、消えていく。


四角、三角、あるいは円。あらゆる幾何学模様が形を成そうとしては、成し得ずに霧散する。それは存在になるかどうか、何度も何度も挑戦し続ける命の胎動のように見えた。


ボイドは目を見開く。自分は今、宇宙の始まりを目撃しているのだ。


目の前で、あらゆる色彩と形が壁のように反り立ち、巨大な「無限」を構成しようとする。だが、この世界に「無限」は定着できないと悟ったかのように、それはパリパリと音を立てて崩落した。


次にはすべてを呑み込む黒い円――ブラックホールが広がったが、完全な「無」にもなり得ないと気づいたのか、急速に縮小して消滅した。


ボイドは、次第に理解し始めた。


生物の体が無生物の集まりであるように、存在そのものもまた、膨大な「可能性」の集まりによってできている。淘汰の波の中で変化を繰り返し、ようやく存在することができる形へと成長してきたのだ。


いや、「淘汰」という言葉では何かが抜け落ちる。

確かに淘汰は起きているが、「生物」も「存在」も一見不必要に見えたものが、本当の意味において世界を支えている。

たとえ存在の形を成せなかったとしても、それらは確かに世界を構成する一部として、ここにあり続ける。

全ての物が、「還元」され「昇華」されていく。


ボイドは、眼前を流れていく「法則にならなかった可能性」の群れを見つめ、胸の奥から湧き上がる温かなものを感じていた。

――世界も、法則も、生物も。すべては等しく「在る」のだと。


同時に、ボイドは自身の心の構造とも対峙していた。

かつては世界を憎んでいた。憎しみの構造を破壊することだけに心血を注いできた。

だが、その根底には二つの切実な願いがあったのだ。

一つは、大切なものを守りたかった。愛する者が目の前を通り過ぎ、どこか遠くへ消えてしまう事に耐えられなかったから。

もう一つは、自分を肯定したかった。自分という命がここに在ることを、なんとか示したかったのだ。


いや、この二つも突き詰めれば同じ願いだろう。

還元と昇華を繰り返す者たちが、他者や自分へもつ意識。


昔から言われ続けている事。

「在る」の肯定ーーそれが愛だ。


姉アビス、弟ベクトガルド、そして父ギルの顔がよぎる。

通じ合えた者も、最後まで心を通わせられなかった者も、皆それぞれに試行錯誤を繰り返す、魂だったのだ。


ボイドは、受け入れ難い残酷な現実が存在すること、それでも根源的な部分では皆同じ、愛する命であるという、どうしようもない世界の矛盾を全身で受け止めた。


そして、ボイドの脳裏にスピンが浮かぶ。

彼女こそ、ボイドにとって最大の「矛盾」との出会いだった。暴走と笑いの旋風。

あの陽気な女神がこの世界を創ったという事実が、今のボイドにはたまらなく愉快に思えた。

自分の中には決して存在しない感覚と発想。その奔放な彼女が世界を創ったからこそ、この世界はこれほどまでに不確定で、面白い。

そう確信した時、あの懐かしい声が響き渡った。


「おーーーい! こっちだよ! 早くきてーー!」


能天気な女神の声だ。


挿絵(By みてみん)

次回、最終回です!

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