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54話 雨の再会


 ――思っていた反応と、少し違う。


 健二は傘を差しだしたままの格好で、輝夜と千影を見つめた。


 今までずっと姿を隠してきたから、驚かれるとは思っていた。

 今日も喫茶店ですぐそばで彼女たちを見ていたが、姿を現すことはなかった。だからこそ、突然目の前に現れたら、ふたりが戸惑うのは当然だ。


 けれど、さすがに1分以上もふたりが固まったまま動けなくなるとは思わなかった。


 健二は少し躊躇ったのち、空いた手を口元にもっていった。

 輝夜と千影が考えた、3人のサイン――ハートリップを指先で作る。


「……どう、かな」

「……」

「……見える?」

「……」

「……あの(たかちゃん? 千影さん?)」


 健二は眉を下げた。

 その直後、金縛りが解けたように輝夜と千影が動いた。

 輝夜が右から、千影が左から、勢いよく健二に抱きつく。離れないと意思表示するように、ふたりは健二の服を強くつかんだ。


 健二がゆっくりと、ふたりの肩に手を置こうとしたとき。


「――かな」

「……え?」

「まったくどうしてやっくんはいつもいつも私をどきどきさせるような登場の仕方ばかりするのかな!? 私の心臓に恨みでもあるのかと思っちゃうし、どうしてまたこんな絶妙なタイミングなの、ねえ!?」

「クロバラくんは気付いていないかもしれないけど、私たちがどれだけあなたを探し求めていたかわかってる? 影から支えてもらうばかりの私たちの気持ちも考えてほしいわ。このやり場のない感情をどうぶつけたらいいかなんて、今までで一番長いお芝居に集中するよりも難しかったんだから! しかも、あなたがこんなに男前だったなんて知らなかったし!」

「……えっと。ごめん」


 突然、機関銃のように言葉をぶつけられて、健二は目を白黒させた。

 その顔を目にした輝夜と千影は、逆立てていた柳眉をふっと緩めた。


「ううん。謝るのは私たちのほう」

「ずっと支えてくれたあなたを、ひとりにしていたのだから」


 それから、改めて健二に抱きつく。今度は柔らかく、健二の体温を確かめるように。


「やっくんだ。本当にやっくんだ。やっと、会えた……!」

「……たかちゃん」

「これまで一度も私の前には姿を見せてくれなかったけど、これでようやく隣に並ぶことができたわ」

「……千影さん」


 健二は、ふたりの肩を抱きしめ返した。

 しばらくうっとりとしていた輝夜が、はっと気付いて顔を上げる。


「いけない、やっくんが濡れちゃう。傘、私が持つよ」

「……大丈夫。ふたりの分も、ある。折りたたみだけど」

「相変わらず用意がいいのね」


 健二が折りたたみ傘を差し出す。それを受け取った輝夜と千影だったが、結局傘を使わず健二にくっついたままでいた。


「やっくん。会えて嬉しい。だけど、どうして急に姿を見せてくれる気になったの?」

「……ふたりの想いに、応えたくなったから」

「それって」


 輝夜は赤面し、千影は視線を外して前髪をいじった。


「と、ところでさ。プレイベントのときも感じたけど、やっくん、子どもの頃と印象が変わったよね」

「……そう、かな」

「うん。何て言うか、物凄く格好よくなった……というか」

「輝夜ちゃん。その顔でその台詞は反則だわ」


 千影が、すぐ隣にある輝夜の顔を撫でる。


「返事を聞くのが恥ずかしいからって、そういう誤魔化し方はさすがにあざといと思うの」

「そ、そういう千影さんだって、抱きつき方がちょっと色っぽいじゃないですか。もしかして、出演した舞台のそういうシーンから選りすぐったんじゃないですか?」

「そんなことないわよ」

「寄りかかりながら視線を逸らさないでください!」

「……ふ」


 健二は空いた手で口元に手を当てた。

 

 ――微笑みの衝動が、自然と身体の内側から湧き上がってきたのだ。


 健二の仕草を見て、輝夜と千影がぴたりとじゃれ合いをやめる。


「やっくん、今……」

「少し笑った?」

「……ん。そうかも。ふたりのおかげだ」


 健二は答えた。手では隠しきれないほど、口元がほころんでいる。

 大きく息を吸い込んで、健二は語った。


「……たかちゃんと千影さんが、ずっと『ありがとう』って言ってくれたのを見てたし、聞いてた。俺がやっていることは無駄じゃないって教えてくれたんだ。そうしたら、少しずつだけど感情が戻ってきたんだ。胸の奥が、温かくなってきたんだ」


 自分でも驚くほど、言葉が出てくる。


 輝夜と千影の体温が、眼差しが、そして積み重ねてきた「ありがとう」の言葉が、固く強ばっていた健二の口を解きほぐしたのだ。


「……この話し方も、前はもっとぎこちなかった。こんなにたくさん話したのは、5年ぶりくらいだよ」

「そんなに?」

「……ん(久しぶりに喜びすぎて、俺はこんなに喋れるんだって気付いたくらい)」

「あ! もしかして今、『……ん』以外に何か言おうとしてた? それじゃ伝わらないよ、やっくん!」

「実はクロバラくんの長台詞ってすごく貴重だったのかしら。もしかして、私たちの前に姿を現さなかったのって、そのせい?」


 千影が尋ねると、健二は首を傾げた。理由はそれだけではないが、言葉にするのは躊躇われた。


 代わりに、新しい決意を口にする。


「……俺は、ふたりに見てほしい。ふたりの隣に立つのに、相応しい男かどうか。その自信が、ちゃんと取り戻せたかどうか」


 輝夜と千影は顔を見合わせた。

 そして、ふたりは微笑む。


「そんなの、決まってるじゃない。やっくんは十分すぎるほど素敵な人だよ」

「ええ。クロバラくんの代わりは誰もいない。私たちは、ずっとあなたにそばにいて欲しかったんだから」

「……ふたりとも」

「やっくんが自信ないっていうなら、私たちが自信を持たせてあげる。ねえ、千影さん」

「そうね。クロバラくんを探してたのは、もともとあなたを表舞台に立たせるためだったものね」

「……えっと。俺は、そこまでは」

「やっくん」

「クロバラくん」


 輝夜と千影から同時に指を突きつけられる。


「私たちに見つかったからには、覚悟してね!」


 目を瞬かせてから、健二は頷いた。

 これから、まったく新しい人生が再スタートする。そんな予感がした。


 けれど、自分のやることは変わらないだろう。

 これからもふたりや、これまでお世話になった人たちに感謝して、恩返しをしながら支えていきたい。


 ひとつだけ違うのは――。


(もう、ステルス能力は必要ない)


「さて、千影さん? 傘も手に入ったことだし、そろそろ離れませんか?」

「そうね。まずは輝夜ちゃんからどうぞ。私はほら、手帳が濡れないようにしないと」

「あ、それはズルいです!」


 健二に密着しながら、輝夜と千影はささやかな口論を始める。健二はその様子を、「相変わらず仲が良いな」と微笑ましく見つめるのだった。


 ――良かったのう。


「……?」


 どこからか声が聞こえた気がして、健二は振り返った。


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