40話 カグチカ同盟
「それからも、クロバラくんはずっと支え続けてくれたわ」
輝夜の隣で、千影は穏やかな表情を浮かべている。
「辛いことや困ったことを、何でも相談できた。クロバラくんという信頼できる男性が現れたおかげで、男の人が苦手だった私も少しずつ克服できて、仕事も順調に進められるようになったのよ」
「そんなことが」
「ええ。彼がいなければ、今頃私の人生は大きく変わっていたと思う。たぶん、とっくに女優を辞めていた。だからクロバラくんは、女優としての紫月千影も守ってくれたのよ」
「だから、紫月先輩にとってやっくんはプライベートなマネージャーなんですね」
「そうね。ずっと見守っててくれてるから。本音を言うと、早く今のマネージャーと代わってくれないかなって思ってる」
そう言って、千影は眉を下げて笑った。
千影の過去を聞いた輝夜は、とても共感した。やっくんも同じように自分を支えてくれたことを思い出した。
「ねえ高嶺さん。よかったら、あなたの思い出も聞かせてくれない?」
「そう、ですね」
千影に促されて、輝夜は語り出した。
やっくんとの出会い、千影と同じようにずっと助けられてきたことを話すと、千影は大きく頷いていた。
「やっくんって、人助けの方法が独特なんですよね。黒子一筋というか」
「そうそう! 私、何度かクロバラくんを舞台に誘ったんだけど、全然乗ってくれなくて」
「でも、ちゃんとこっちの頑張りは見てくれてるんですよね」
「そう! そうなの! やっぱり高嶺さんは話がわかるわ」
「私も、こんなに共感できるのは紫月先輩が初めてです」
「でも、生徒会室では結構な圧を感じたゾ?」
「あ、あれはその……ちょっと驚いただけで。先輩、意地悪を言わないでください」
「ふふふ。ごめんなさい」
同じ男性の話で盛り上がる二人。
(紫月先輩なら、きっと)
輝夜は意を決して、切り出した。
「先輩、お願いがあります。一緒に、やっくんに恩返しをしませんか? 私たちが受けた恩に、もう一度お返ししたいんです」
「恩返しの、恩返しってこと?」
「はい。ずっと裏方に徹してきたやっくんに、『あなたは表舞台でも活躍できるよ』と伝えたいんです」
千影は、目の前に咲くキンモクセイを見上げた。
「そういえば、キンモクセイの花言葉は『謙虚』だったかしら。クロバラくんにぴったりだけど、自己肯定感が低すぎるのも考えものよね」
「そうなんです。実は、生徒会室に先輩がお手伝いに来たとき、私とクラスの皆は、やっくんを捕まえようとしていたんです。やっくんに、私の考えを直接伝えるために」
それはまた大胆なことをしていたのね、と千影が苦笑した。
「ぽん汰君がちょっと可哀想ね」
「う……。会長には本当にご迷惑を……」
「まあ、彼なら事情を話せば笑って許してくれるような気がするけどね。それにしても、羨ましいわ」
千影は言った。
輝夜の願いを叶えるために、多少強引なことでも協力してくれるクラスメイトが羨ましいらしい。
かつて、男の人を寄せ付けないように気をつけて振る舞っていたら、いつの間にか他人も近寄りがたい雰囲気をまとってしまっていたのだ。
輝夜は、3年生の教室を訪れたときの様子を思い出していた。
(紫月先輩も私と同じ……周りと溝がある孤独感を知っているんだ)
やはり、紫月先輩に頼みたい。
輝夜は千影の手を握った。
「先輩、お願いします。私と一緒に、やっくんへ表舞台に出るよう説得してください。やっくんは、このまま誰にも知られずに終わるような人じゃありません」
「確かに、クロバラくんの能力が評価されないのは私も悔しいわ」
千影は、やんわりと輝夜の手をほどいた。
「でも、クロバラくんは自分の意思で裏方に徹しているのかもしれないわ。それを、私たちが無理に表に出そうとしてもいいのか、少し迷ってしまうわね」
「……私も、少し前までそう思っていました」
目を瞬かせる千影に、輝夜はプレイベントでのことを話した。
イベントの最後、控え室で少しだけ姿を見せてくれたこと。
その後のメッセージで、「自分には資格がない」とやっくんが伝えてきたこと。
輝夜は力を込める。
「やっくんは、本当は孤独を望んでいるわけではないと思います。私たちが気持ちを伝えれば、やっくんも自分の素晴らしさに気づいて自信を持てるはずです。そうすれば、彼の孤独も癒やせると思うんです」
「クロバラくんの孤独を癒やす、か。そうね。私も彼の孤独を癒したいわ。私自身がクロバラくんに孤独を癒され、人生を救われた人間だもの」
そっか、だから恩返しの恩返しなのね――と千影は呟いた。輝夜は頷く。
千影が手を差し出した。
「わかった。協力するわ。一緒にクロバラくんの孤独を癒しましょう」
「はい!」
「クロバラくんが表舞台に立ったら、きっとすぐに評判になるわよ。だって彼、すごいから」
「はい、やっくんはすごいんです。皆、知らないだけで」
ふふっと笑い合うふたり。
秘密を共有する姉妹のようであった。
「ところで高嶺さん。せっかく同志になったんだから、お互い他人行儀な呼び方、やめない?」
「え?」
「私のことは名前でいいよ。私もあなたのことを、輝夜ちゃんって呼ぶから。どうかしら?」
「えっと……」
「気軽に呼んでくれると嬉しいな。千影お姉ちゃんとか」
「そ、そんな呼び方無理ですよっ! ち、千影先輩!」
「ふふ。まあ、それで許してあげましょう」
年上の余裕を見せ、千影は立ち上がった。
輝夜は、膝の上に置いた食べかけのお弁当箱を見た。これからは、千影の前で気兼ねなくお弁当が食べられるかもしれないと輝夜は思った。
(千影お姉ちゃん、か。あんまり違和感ないのが困るなあ)
むつかしい顔をしながら、不格好な卵焼きを口に入れる。
「あ、そうだ輝夜ちゃん。もしクロバラくんと会えたら、あなたは彼とどうしたい?」
「んごほっ!?」
思いっきりむせて、輝夜は咳き込んだ。あらあらと、千影は芝居がかった仕草で頬を押さえた。
「どういう恩返しをするかって意味で聞いたのだけれど?」
「で、ですよね。やっくんと会えたら、私は――」
輝夜は想像する。
たくましく、格好いい男性になったやっくんと腕を組み、楽しくショッピングデートをしてみたい。
私なんか誰も注目しないほど、やっくんはいろんな分野で有名人になっていて。
どこにいくにもふたり一緒で。
たまに昔を思い出して、ふたりで踊って、おかしく笑い合ったり。
それでやっくんが「俺たち、大人になったから」とか言い出して。
それからは、あーして、こーして、どうなっちゃっうのって感じの何かをしたりして――。
「えへへへぇ」
「ふぅん。輝夜ちゃんって意外と妄想逞しいのね」
「……ハッ!? こ、これは違くて。私はやっくんと出会えたら、今度はちゃんと、その……彼の役に立ちたいんです」
内心を見透かされ赤面した輝夜だが、口から出た言葉は本心だった。
やっくんの役に立ちたい。
これまで支えられたように、自分もやっくんを支えたい。
――けど。
(私はやっくんを、どうやって支えるの? どんなふうに恩返しするの?)
ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。
(私は恩返しの中身を、本気で考えたことがあっただろうか)
「どうしたの、輝夜ちゃん」
「千影先輩。先輩は……やっくんに、どんな恩返しをするつもりなんですか?」
「最高の女優になる」
これまでのゆったりとした口調と違い、決意を込めた短い言葉が返ってきた。輝夜は目を丸くして、千影を見る。
「誰もが認める女優になって、クロバラくんのサポートは正しかったと証明する。そして皆に認めさせる。それが、私の恩返しよ」
「先輩は、すごいですね」
「最初にクロバラくんを孤独から救おうと言ったのは、あなたじゃない、輝夜ちゃん。私にとっては『ああ、先を越されたな』って思ったもの」
眩しそうに微笑む千影。きっと自分も、彼女と同じ笑みを浮かべているんだろうなと、輝夜は思った。
改めて、固い握手を交わす。
「やっくんの心の傷を癒すために」
「ええ。どちらが先に、クロバラくんに自信を付けさせるか。競争ね」
「ふ、ふたり一緒にって言ったじゃないですか!」
「冗談よ。ふたりで一緒に、クロバラくんの孤独を癒していきましょう。そして、彼が私たちにしてくれたように、今度は私たちが彼に最高の恩返しをしましょう」
千影の言葉にどきりとしながら、輝夜は自らを奮い立たせるように手に力を込めるのだった。




