29話 私は伝えたい
どこかぽーっとした気持ちのまま、輝夜は教室に向かった。
「あ、高嶺さん来た!」
「え?」
廊下でクラスメイトに指を差され、輝夜はきょとんとした。
直後、教室からすごい勢いで杵築が出てくる。その圧力にたじろぐ輝夜の腕を、杵築はがしっと掴んだ。
「連行!!」
「え? あれ?」
「あんた、私たちに言うことがあるでしょ!?」
「えと。杵築さん、おはよう?」
「この期に及んでボケはナシよ! なにその可愛い返し! おはよう、輝夜!」
杵築が何を言っているのかわからず、輝夜はされるがまま教室に引っ張られた。
教室内では、男女を問わずクラスメイトたちが待ち構えていた。みんな、目を輝かせている。
その迫力に、輝夜は再びたじろいだ。
「あの……なに?」
「さあ輝夜。聞かせてもらおうじゃない。この前のプレイベントの告白! あれ、どういうことなのさ!」
「へうっ!?」
告白、と言われて輝夜は赤面した。
すると、女子のクラスメイトたちが一斉に黄色い声を上げて輝夜に群がった。
「その顔、やっぱり本気だったんだ!」
「すごーい。高嶺さんって勇気あるんだ。憧れるなー」
「ね、ね。やっくんってどんなひと? 高嶺さんが惚れちゃうくらいなんだから、やっぱどこかのイケメン御曹司とか?」
「あわわわわ……!?」
質問攻めにされ、輝夜は狼狽えた。
確かに、優勝を決めたステージで告白なんて、皆驚くだろうとは思っていたが……まさかここまで騒ぎになるとは予想していなかった。
何と答えればいいか迷っていると、女子の輪から外れた男子たちの姿が目に入った。
「ふ……儚い青春だったな」
「おう……高嶺さんがこのクラスに転入してきたときに、運命というやつを信じてしまった。それが敗因さ」
「つうか、高嶺さん。すげえオロオロしてるけど、あんだけド派手に告白すりゃあこうなるって、予測できなかったのかな。ちょっと抜けてる?」
「そこがいい。そこがいいのさ! だからこそ、その隙を突けなかった我々の圧倒的敗北なのだ……!」
「くっ、これが諸行無常か。覚えたぜ」
「男子。コントするなら席を空けな。邪魔」
「杵築。お前に人の心はないんか?」
「え、キモ」
「くっ……!!」
杵築が容赦なく言い放ち、男子数人を泣かせた。
クラスメイトを無慈悲にスルーした杵築が、輝夜に尋ねる。
「ねえねえ輝夜。やっくんとはどこで知り合ったのさ。奥手うっかり令嬢のあんたがそこまで入れ込むってことは、バ先で知り合った的なレベルじゃないんでしょ?」
「奥手うっかり令嬢……」
思わぬ流れ弾に胸を押さえつつ、輝夜は語った。
「やっくんとは、5年前に知り合ったの。お互い家のことで大変だった時期で……私が家出したいってわがままを言ったとき、やっくんはそれを真剣に受け止めて、手伝ってくれたの」
「駆け落ちだ!!」
「ち、違うよ。けど、やっくんのおかげで私は気持ちが楽になったんだ。頑張ろうって思えた。それ以来、やっくんはずっと私にとって特別な存在なの」
「いいですなあ、羨ましいですなあ!」
「杵築さん、近い……」
「あれ? てことは、知り合った当初はちゃんと会って話をしてたってこと?」
「うん……」
「じゃあ、なんで今は会ってくれないのよ?」
至極まっとうな質問に、輝夜は一瞬口ごもった。
「たぶん、私のせいだと思う。家出を手伝ってもらったことがすごく問題になって、あの後やっくん、高嶺家からも追い出されたんだ。それでも、ずっとメッセージをくれたり、手助けしてくれたりしているんだけど……会っては」
くれない、と続けようとしたとき、脳裏に控え室でのことが浮かんだ。ステージ終了直後、鏡越しに語りかけたやっくんの姿だ。
「ちゃんと答え、もらってないんだよね……」
「じゃあ聞き出すしかないじゃん」
杵築が言うと、他の女子生徒も「そうだ、そうだ」と同調した。
「昔は普通に会って話ができてたんでしょ? だったらアタックあるのみだよ」
「そうだよっ。輝夜ちゃんみたいな可愛い子が、付き合わずに宙ぶらりんなんてもったいなさ過ぎる!」
「こうなったら、高嶺さんの方から呼び出して、直接聞いてみるしかないね! ステージで告白できたくらいなんだから、きっと大丈夫だよ!」
「賛成」「そのとおり!」「アガってきた!」と盛り上がるクラスメイトたち。
一方の輝夜は、悩んでいた。
(確かに、やっくんの気持ちを聞きたい。本当は私をどう思っているのか、問い質したい)
プレイベントからずっと悶々と考えていることだ。
でも、やっくんに自分の気持ちを押しつけていいのかとも思う。5年間、何度も助けてもらってばかりの自分が、やっくんに『本心を話して!』と迫るのは、少し身勝手なのではないか。
頭を抱えて「むー……」と唸り始める輝夜。
イケるイケると囃し立てるクラスメイトのそばで、しばらく黙っていた杵築が、少し真剣な表情になって言った。
「ねえ輝夜」
「なに?」
「あんたの話からするとさ。やっくんってずっとひとりなんじゃない? それって大丈夫なの?」
輝夜はハッとした。
やっくんは輝夜に対して「君はひとりじゃない」と言い続けてくれた。だから輝夜は辛い境遇でも耐えられた。
つい数日前だって、やっくんの存在がなければプレイベントを乗り越えられなかっただろう。彼のおかげで、以前よりもたくさんの友人たちに囲まれるようになった。
けれど、やっくんはどうなのか。
ずっとひとりで、恩返しのサポートを続けてきたのではないか。
(私……やっくんに伝えてきただろうか。『あなたはひとりじゃない』って)
やっくんはメッセージで『たかちゃんの隣に立つには今の俺じゃ足りないんだ』と言っていた。
彼が自分を否定し、高嶺輝夜の隣にいる資格がないと考えているなら――「そんなことないよ」と伝えるのが、私のやるべきことなのではないか。
それが、恩返しへの恩返しではないのか。
心の靄が、少し晴れた気がした。
「うん……そうだよね。このままじゃ駄目だよね」
輝夜は握り拳を作った。
告白に応えてくれなかった不満を拭い去り、決意する。
「私、もっとやっくんと一緒にいたい。やっくんはひとりじゃないって、私の方から伝えたい。隣にいる資格がないってやっくんが考えているなら、そんなのは間違いだって証明したい。そして、やっくんが心から『嬉しい』と思えるような、そんな恩返しを、今度は私がしてあげたい!」
「それでいいんじゃない? お行儀がいいのも輝夜らしくていいと思うよ」
苦笑する杵築に、輝夜は力強く頷く。
「それじゃあ輝夜? 腹を決めたところで、お行儀悪くヤろうか」
「え?」




