30話 やっくん捕獲大作戦
握り拳を作ったまま固まる輝夜を前に、杵築はニヤリと笑った。周りのクラスメイトたちも、同じように何か企んでる顔をする。
ぐっ、と輝夜包囲網が狭まった。
杵築がコソコソと耳打ちする。
「作戦はこうよ。輝夜がやっくんにメッセージを送って、生徒会室に呼び出す。やってきたところで閉じ込める。皆で取り囲む。輝夜のターン。これよ」
「やっくんは野生動物じゃない……」
「黙れお嬢。やっくんをひとりにしたくないなら、無理矢理にでも二人きりにするしかないでしょ。向こうが逃げるんだから」
輝夜は一瞬口を閉ざした。確かに、杵築の言うことにも一理ある。
それから輝夜は、目を細めて友人を見据えた。
「……それって、皆も参加するってことだよね」
「もちろん。こんな面白そうなイベント、見過ごせるわけないじゃない。中間試験前のプレイベント第2幕よ」
「見世物じゃない……」
「黙れお嬢」
ぴしゃりと言われ、輝夜は大きく息を吐いた。
それからスマホを取り出す。
クラスメイトたちが「あーでもない、こーでもない」と口々に助言した結果、文面が決まった。
:プレイベント明けで人手が足りないんだ
:やっくん、手伝ってくれる?
:放課後、生徒会室で待ってる
「これよ! 古き良きお誘いメッセージはこうでなきゃ。さあ、送れ輝夜。送るのよ」
「う、うん」
送信。
すると、すぐに既読が付いた。
祈るように画面を見つめる輝夜と女子生徒たち。
じりじりとした時間が、3分ほど続いた。
杵築が腕を組んで唸る。
「もしかして、こっちの企みがバレた?」
「えー、まさかぁ」
困惑するクラスメイトの隣で、輝夜は思った。
(たぶん、何か企んでいることには気付かれている。けれど、それでもやっくんなら……)
直後、着信があった。
:うん、わかった
「フィィィッシュ!!」
「こ、声が大きいよ杵築さん!」
「むふふふ。来たよ来たよ。これは放課後が待ち遠しくなってきたわ!」
「……会長になんて説明しよう」
「大丈夫でしょ、ぽんた会長なら」
大らかな会長の姿を思い出し、輝夜は「そうかも」と思った。
杵築が頬を寄せてきた。
「けど、よかったね輝夜。やっくんに距離取られたわけじゃなくて」
「うん。ありがとう。皆のおかげで一歩踏み出せたよ」
そう言うと、輝夜は立ち上がる。
「やっくんにちゃんと伝えるよ。『あなたはひとりじゃない、私がいる』って」
「その意気だぞ、輝夜。よぉし皆、『やっくん捕獲大作戦』スタートだ!」
「おーっ!」
「ついでに告白第2弾も見届けるぞー!」
「おおーっ!!」
輝夜に抱きつきながら気勢を上げるクラスメイトたち。
それを見た男子生徒のひとりが、ぽつりと呟く。
「お前らさぁ。ちょっとやり過ぎじゃね?」
「黙れ男子」
「ひでぇ」
「大人の階段を上るお嬢を、そこで指くわえて見ているが良い」
「そこまで言う?」
渋い顔をしている男子生徒に、輝夜は心の中で同意した。
とにかく。
勝負は放課後に決まった。
――そして。
「あっという間に放課後になってしまった……」
生徒会室のテーブルにつきながら、輝夜は小さく零した。
目の前にはプレイベントの精算書類が積まれている。今年は予算外の設備を導入したため、書類の量が多い。
ちらりとテーブルから目を離す。
生徒会室の一角には、普段はない仕切りが立てられていた。その仕切りの端から、杵築たちクラスメイトの女子がひらひらと手を振っている。
他にも、数人の生徒が廊下の陰から入口を見張っていた。
輝夜は緊張した表情で、小さく手を振り返した。さっきから心臓が高鳴っていて、書類のチェックどころではない。
そんな輝夜の横顔を見て、杵築たちもゴクリと固唾を呑む。
皆が緊張感と高揚感に包まれていた。
ただし、ひとりを除いて。
「あー。君たち」
タブレットから視線を外し、呆れたような――正確に言えば少し引いている――表情で声をかけたのは、生徒会長のぽん汰だった。
他の役員は誰もいない。
定期試験がすぐそこに迫っているため、今日は生徒会もお休みなのだ。
「会長として一応釘を刺しておくけどね。君たち、試験勉強は?」
「この試練を乗り越えられたら頑張ります」
「……まあ、高嶺さんはそれでいいとして。おーい、そこでスニーキングしている君たち。勉強は?」
「それどころじゃないんです、ぽんた会長!」
「私たちは、クラスメイトの人生を左右する大事な瞬間に立ち会っているんです! 決してやましいことはしていません!」
「っていうか、すにーきんぐって何?」
「英語の試験範囲にその単語なかったっけ」
「マジ? ヤバじゃん」
ぽん汰会長は盛大なため息をついた。
「やれやれ。どうやら僕はお邪魔虫みたいだから、先に帰るよ。やることもあるしね」
そう言って立ち上がった会長は、輝夜が座るテーブルの前に何かを置いた。
生徒会室のカギである。
「終わったらちゃんと施錠しておくように」
「ありがとうございます、会長」
「クロバラ君にもよろしく言っておいてくれ」
ひらひらと手を振って、ぽん汰は生徒会室を後にする。
杵築がそっと近づいてきた。
「輝夜。クロバラ君って誰?」
「やっくんの本名」
「ふぅん。あの調子だと、ぽんた会長にはお見通しか。それより輝夜。あんた緊張してる?」
「するよ。それは」
「ステージ上であんな告白かました女が、今更なにビビってるのよ」
「うう……」
杵築に言われなくても、今さら緊張しても仕方がないことは、輝夜も分かっている。
けれど、どうしても考えてしまうのだ。『やっくんと会ったら、何を話そう』と。
はっきりOKの返事をくれないことに怒る?
それとも、もっと積極的にアプローチして意識させる?
(ステージのときの下着、念のため今日も着てきてよかった。いざというときは、これでやっくんを……いやいや、何を考えてるの私!? やっくんに変な人だと思われたら立ち直れないでしょ!? でも、すごい下着を買ったことはやっくんに伝えてあったよね。勇気を出したんだよって言ったら、やっくん褒めてくれるかな。えへへ……でも待って。そもそもやっくんの好みってどんなのかしら?)
「輝夜?」
「杵築さん……この下着、好き?」
「おいヤメロ。スカートたくし上げんな。胸元開くな。あたしを悩殺してどうする、このうっかり令嬢」
「奥手が消えてる……」
「イケイケで安心したのよ」
「それで――好き?」
「『かわいい?』じゃなくて『好き?』って聞くところが最高にあざとくて最高に好き」
いつの間にか集まっていたクラスメイトたちが、杵築の言葉に赤面しながら「うんうん」と頷く。
杵築が鼻息荒く、輝夜の肩に手を置いた。
「あたしたちは口は固いわ。だから遠慮なく、いけるところまでいっちゃえ、輝夜」
「~~~ッ!?」
「持つべき者は友よ! 大人の階段を上る輝夜の勇姿、しっかりと見届けてあげる!」
興奮したクラスメイトたちに囲まれ、輝夜は茹でダコのように顔を真っ赤にした。
輝夜の頭の中で、たくましく成長したやっくんの顔が迫ってくる。
――ブブッと、複数のスマホが振動する音がした。それは、輝夜や杵築たち全員に同時に送られたメッセージだった。
それは、廊下で監視していた仲間からの合図だった。
ハッとした杵築が、クラスメイトに隠れるよう指示する。自身も、輝夜に親指を立ててエールを送ってから、衝立の奥に身を隠す。
(き、来た……!)
一気に心臓が早鐘を打ち始めた輝夜。
扉の外に人の気配。
そして、控えめなノックの音が響いた。
「お手伝いに来たわよ。入ってもいいかしら?」
(……この声、女の人!?)




