アンのお願い
どんなに辛い事があったとしても、平等に時は流れていくものだ。必ず明日はやってくる。
気持ちが沈んでいてもやる事は変わらない。
悲しい思い出は時と共に薄れていく事もある。
今は抗うことなく受け入れる事が大事なのかもしれない。
今日も神殿に行き、祈願してグレゴリーさんの指導を受けて、侯爵邸に帰って来た。昼食をとり、今からは読書の時間だ。侯爵家の書籍は大体読み終えて来たと思う。
新しい書籍が出ると今は何も言わなくても入庫しおすすめ一覧に表示してくれる。
侯爵家の書籍魔道具恐るべし。
おすすめの中から今日も書籍を選ぶ。何故かおすすめの書籍の中に、コメディやら喜劇の作品が多いのは気のせいなのか……。やっぱり侯爵家の書籍魔道具恐るべし。
おすすめ一覧の1番上にある書籍をタップすると、何処からともなく書籍が私の手の中に収まる。
私が本を開き、書いてある文字をなぞり、ペラペラとページをめくる。
ふぅ……。文字は見えてるし読んでるはずなのに、全く頭に入ってこない……。
今日は読書の日ではないのかも……。
何か別な事を……と徐に顔をあげると、思い詰めた顔で図書室の扉を開けたアンの姿が目に入った。
アンが図書室に来るなんて珍しい……。
侯爵家の図書室は誰でも入室は可能だ。
ただ中央にある魔道具によって閲覧制限がされており、制限の管理はお父様とお兄様しかできない。
アンは図書室の利用してるイメージが無かったのでどうしたのだろうと見ていると、目が合い、こちらに向かって歩き出して来た。
私に何か用かしら?
まだ定期検診にしては早い気がするけど。
アンが思い詰めた顔で、私の前まで来て頭を下げた。
「フィリア様、お願いがございます」
「急にどうしたの?
改まって……とりあえず頭を上げて?」
アンが思い詰めた様子からただ事ではない気がする。
私にできる事なら力になってあげたい。
「私の妹にも診断治療してもらえないでしょうか?」
「妹さんはどこか悪いの?」
「……時々目が虚ろになり、魔力の暴走が起きるのです。本人は自覚がないらしく、腕輪では制御が出来ていないのが現状です」
「それは所謂、魔力過多症ではなくて?」
アンは少し困った様に頷いた。
私は妹さんの症状から推察した。
魔力過多症とは、魔力暴走によって自分自身を傷つけてしまうことだ。
この世界の人体の魔力は大きく分けて3つの要素から成り立っている。
まずは魔力柱と呼ばれる魔力を生み出す力、魔力根源とも言われる場所が体の中にあり、魔力がある人は皆、魔力柱より魔力を供給している。
次に生み出された魔力を貯めて置く場所を魔力器と言う。魔力器の最大値が一度に魔力を扱える限界値と言える。
最後に魔力回路だ。魔力は器から供給され魔力回路に魔力を巡らすことにより、身体強化や体の治療にも役立つ。魔力回路を経由して魔法を発動すると自分の任意の場所から魔術をくり出す事も可能だ。
基本的には魔力柱が成長すると器も回路も強くなるはずなのだ。けれど魔力過多症は、原因は不明だが魔力柱の魔力量に魔力器や魔力回路が、追いついていない状態を言うのだ。
魔力器や魔力回路から溢れ出た魔力が暴走する事を魔力過多症の発作中とも言える。これは未熟な者が魔力暴走を起こして、他者を傷つけるのとは違い、自分自身を傷つけてしまうのだ。何度も繰り返すと傷ついた器や回路は元に戻らない事もあり、そうなると魔法を扱いにくくなるため、注意が必要だ。
原因不明のため、現在の治療は対症療法しかない。
魔力過多症の対症療法としては
1、魔力暴走がで傷ついた器や回路を治癒魔法にて治すこと。魔力暴走の発作頻度が少ない人には、これで様子を見て、器や回路が成長するのを待つと言うやり方。
2、1では対処出来ない場合は、1を併用しながら、魔力暴走の発作が起った時に、魔力柱から発生する魔力を腕輪によって発散させるやり方だ。これは魔力柱から直接腕輪に魔力を吸い出すため、患者に負担がかかるので、全ての魔力を発散させる事は難しいので注意が必要だ。
3、1と2を併用しても、体が保たないと診断された時に、魔力柱自体の能力を抑える方法がある。
ただ、魔力柱の能力を抑えると魔力レベルが下がるのは同意語と言えるので、本人が望むか、命の危険があるなど場合にしか使用されない方法だ。
治療法は確立している。3を行えばレベルは下がるが命の危険は無くなるので、私じゃなくても医師や治癒魔法師で対処が可能だ。何故私に頭を下げてまでお願いする必要があるのだろうか?
アンは意を決した様に私に話始めた。
「妹は……サーラは、魔力抑制をさせてもらえない状況にあるのです」
ん?どう言う事?




