鎖 sideルイス
話は、かなり戻りまして、第一部、別離のエピソード後からのルイスの話です。
恋の行方ではありません。
「そうか……意思は固いんだな」
「はい」
決意を込めた固い声で拒絶を示したフィリアを見ていられ無かった……。自分の部屋に転移して、ソファーにドサリと腰を下ろし体を背もたれに預ける。
フィリアを説得できなかった消沈で何もする気が起きない……。
ぼんやりと天井を見ながら、フィリアと出会った頃を思い出していた。
◇◇◇
フィリアと出会った当初、おどおどした変な奴で、俺を苛立たせた様にも思う。
……そうじゃない。当時はただ、自分が不甲斐ないことを、周りに当たり散らしていただけだ。フィリアも八つ当たりされた1人になっただけ。
祈れば、魔力レベルが上がる?
ふざけた制度と思いながらも、その制度に則って、祈りを捧げても一向にレベルは上がらなかった。
面と向かって嘲りはしないが、家臣たちは影で俺を嘲弄していたのは知っていた。
王族なのに王族の責務を果たせない出来損ない……。
早くレベルを上げたくて、鍛錬も欠かさなかった。
やれる事は全てやっていた。
藁にもすがる思いで、日課をこなした。
そこに現れたフィリアは、俺の必死さとは対照的に、余裕がある様に思えた。
フィリアは、礼拝堂に俺がいると気がつき、そっと去ろうとしていた。その程度の気持ちで祈りに来ているのか?
俺はこんなに必死なのに?
そう思うと俺は、思わず呼び止め、祈りを強要した。
フィリアは、少し逡巡した後、諦めたかの様にこちらにきて、俺と、かなり間隔をあけて跪いた。まぁ、あんな言い方をしたのだから距離を取られるのも仕方がないと思った。
どうせ、またビクビクしたままなのだろうと思っていたが……。
フィリアが、祈りの姿勢になると、途端に場の雰囲気が変わる。
思わず俺は隣を凝視した。
フィリアの祈る横顔は、真剣で、少女とは思えない整然とした姿で佇んでいた。これが祈るという事なのだと、俺の祈りは間違いだったのだと思い知らされた瞬間だった。
フィリアは知らないだろうが、普段の小心者からは考えられないくらい、フィリアの祈祷は、綺麗で他と一線を画していた。
祈り始めると場が清らかになり、元々神聖な場所ではあるが、空気が更に澄み始め、軽くなる。
これが本来すべきレベル上げなのだと感じさせる祈祷だった。
全ての邪心を取り払いた純粋な祈祷に、賞賛し、感心したのは言うまでもない。
多分あの時から何かが俺の中に渦巻いたのだろう。
その祈りに呼応する様に、創造神様はフィリアに魔力を与えた。あの祈祷にはそれだけの価値があったという事だ。
それなのに、俺が喉から手が出るほどに欲しい力をフィリアは頑なに拒否した。
なんのために祈祷していなんだ?
苛立ちが起こる前に、フィリアと召喚されてきたミィから魔力提供を提案される。
その時は願ったり叶ったりだと思っていたのだ。
祈りにくる癖に魔力がいらないなら俺が貰う。
相互利益、利害の一致、最初はそれで問題がなかった。
魔力がいらないなんて、どうかしてるとただの協力者としか思っていなかった……。
フィリアから魔力を貰うのが辛くなったのはいつからだろう?
フィリアは俺が王族だと分かって、敬意を持って傅きはしたけれど、媚び諂ったり、利用しようとはしなかった。
純粋に俺の魔力が上がったことを喜び、俺に何かを要求する事も無かった。寧ろ魔力をどんどん貰ってくれと言わないばかりに、魔力移行の魔道具まで利用してきたのだ。
……。
フィリアは最初はあんなにオドオドしていたのに、2人だけの秘密の魔力移行のおかげが、心を開いてくれたのか、積極的に話してくれる。
フィリアは仲が深まると途端に話上戸になる。
天才的な閃きと理論立てた思考回路もある癖に、どこか抜けてるところもあって……。
祈祷しながら薄らと涙を浮かべる時があるのは、俺だけが知っていた。
誰を思って傷ついている? 悲しんでいる?
何故そんなに半端者に拘る?
魔法や魔道具が好きな癖に、何故魔法使いにならない?
半端者でいたいとフィリアは言うが、本当にそれは本心なのか?
俺が疑問に思うまで、それ程時間は掛からなかった……。
『フィリアに魔法使いになって欲しい』
俺のレベルが上がるくらい魔力移行ができると言う事は、フィリアは、王位魔法使い並みの魔力を与えられていると言う事だ。創造神様はフィリアにそうなって欲しいと思われていると言う事。
今まで散々魔力移行してもらっていたのに言える事ではないが、やはり魔力移行はいけない事なのだと思い始めていた。
その時には俺のレベルは53になり王位魔法使いとしても文句を言われないほど成長していたし、王族としての役目も果たす様になってきた。
もう魔力移行は必要無かった。フィリアに会いたいが為に今は行っているだけ。
なら……。
そう思ってフィリアから距離を置いた。
公務が忙しくなったから、学業の課題があって……と何かと理由をつけて。フィリアも俺に魔力移行に関して無理を通す事はしなかった。
フィリアは俺に魔力移行の強要をしないのに、俺はフィリアに魔法使いなれと、強要しようとしている。
自分から欲しがった魔力な癖に、必要に迫れなければ、離れるなんてフィリアから見れば最低な人間だなと自分でも思ったが、フィリアの意思に反して魔法使いになって欲しいと我儘を言う俺を知られたく無かった。
それに明確に宣言をして、距離を取る事は俺には出来なかった。いつでも会える様に、言い訳ばかりして……。
そんなずるい俺だったが、こうする事でフィリアは覚悟を決めて魔法使いになってくれるのではないかと淡い期待があった。
◇◇◇
そんな女々しい事をした結果がこれだ。
姑息なやり方では、フィリアを変える事は出来なかった。
フィリアの決意の奥にある憂いが読み取れたのに、俺じゃそれを癒せない、変えられない事に落胆した。
意気消沈していた俺のどんよりした部屋の雰囲気が一気に変わる。ピリピリと張り詰めた空気は、王宮に張っている結界を壊してしまいそうなほどの殺気だった。
「もう2度とフィリア様の前に現れるな。
フィリア様のお心を煩わせるな」
怒気の効いた声の方を向くと、フィリアの前では絶対に見せないであろう鬼の形相のオリバーがいた。
王宮には幾重にも結界が張り巡らしているのにも関わらず易々と侵入することが出来るのは、結界が脆弱なのか、オリバーが鬼才なのか……。
オリバーの言葉と共に俺の体に光り輝く鎖が巻き付いていく……最後に、鎖の先にあった楔が有無を言わさず俺の胸を突き刺した。
あっという間に俺は何かの契約魔法を結ばされたらしい。
本来、同意のいらない魔法契約は脆弱だ。
にも関わらず、どう考えても俺には解術が難しい事はすぐに分かった。
それ程、強固な契約魔法だった。
「これは?」
「言葉通り、2度とフィリア様に会うことができない誓約魔法だ」
「俺は同意していない」
「貴方の同意は必要ない」
「横暴だな」
「フィリア様の為だ」
矢継ぎ早の返答した後、オリバーは姿を消した。
これ以上いれば、俺を殺していたかもしれないほどの殺気だった。
命までは取らないが、フィリアとは2度合わせない。これがオリバーなりの譲歩なのだろう事は察せられた。
俺がオリバーの逆鱗に触れたのだろう。
オリバーはフィリアの護衛騎士という位置付け。
しかし最近では国王陛下やビンセント兄上にも覚えめでたい事は、王宮の上層部は皆知っている。
オリバーが提案、構築した結界のおかげで効率化が進み王族の負担が減った。王族の後継者問題にも明るい兆しがあると言う。
最早誰も口出し出来ないほどにオリバーはアーレン王国にとって唯一無二の存在だ。
そんな人の逆鱗に触れたのだ。これでも寛大な措置なのだろう。
オリバーにとっての逆鱗はフィリアだ。
俺がフィリアを傷つけた。そうオリバーは判断したのだ。
フィリアが半端者でいることは、それ程フィリアにとって重要な事なのだ。
重い重い鎖なのかもしれない。
俺の胸の中にある鎖の様に。




