個人授業 前半
何故か19教室に入るとレルート教官がいた。
……教室を間違えたかと思い、一旦外に出て、部屋の外にあるプレートを確認した。
四角いシンプルなプレートには19とだけ書かれている。
……間違いないようだ。
もう一度中に入ると、教室は10人ほどしか入れない小さな空間だった。講義室と言うよりは実験室のような作りだった。それに、今は、他の受講生はいないようだ。
……ちょっと不思議に思ったが、教室は間違いないようなので、指定されていた椅子に座る。
指定された場所は1番前の真ん中の席……。勿論見上げるとレルート教官が目の前……すぐ近くにいた。
レルート教官は何かしら仕事をしている様で、こちらには興味はないようだ。
挨拶するか迷ったが、かなり集中されている様で、邪魔しないように静かに待つ事にした。
午前の始業時間になったが、結局、他に受講生はいないみたいだ。ちょっと不安になっていると、レルート教官が顔を上げた。
ここは挨拶すべきだろう。
「おはようございます」
「おはよう。……あぁ。今日の19教室の受講生は君だけだよ。君が思っている以上に、ここに来るまでにドロップアウトする人は多いんだ。
ドロップアウトしないものは、すぐに先に進んでしまうしね」
私の不安をくんでくれたのか、私の疑問に答えてくれた。
20教室の人数がどんどん減っていたが、あれは殆どがドロップアウトした人らしい。
「20教室に3日程いたが、質問をしてくるのは君くらいだったからね。午前と午後の終わりに20教室には、顔を出して質問を受ける事に変えた。まぁ、質問なんて無いだろうが。教室は20あるが、5級にさける職員はそれほど居ないし、日々持ち回りなんだ。稀に教室を分けず合同でする実習もあるから、20教室の受講生以外は、教室の変更もある。
毎日、教室は確認するように」
「承知しました」
「では、講義を始める。
と言いたいところだが、1人しかいない。
1人なら、常に見ていられるし、実践をしながら知識を学んでいっていく方が近道だと思う。
と言う事で普段の講義とは違うやり方でいこうと思うが、それで良いか?」
レルート教官からの申し出は私に取ってありがたい事だった。
講習でもうすでに3日も経っている。なるべく早く5級をとって、役に立ちたかった。焦る必要はないと言われていたけれど、集中して短縮出来るならしたい。
「はい! よろしくお願いします」
私の了承に、レルート教官はとても嬉しそうだった。
講義よりも実践が好きなのだろう。
「わかった。では、魔道具を作る上で最も基本となる魔導線の書き方についてだ」
魔導線とは、その名の通り、魔道具を作る回路、ケーブルの事だ。前世の電線の様なもの。
魔石とモーター、動力変換器、調整器、それぞれを繋ぐ線の事。
その線がどれか一つでもなくなったり、必要な太さ、結び方、どれを一つ間違っても魔道具は動かない、又は事故になる可能性もある大事な部分だ。
魔導線の繋ぎが甘いと故障の原因にもなるので1番気を使う所なのだ。
「魔導線は最初、個人の魔力を変換して引いていたが、個人の魔力量によって量産が、制限されていたし、出力を安定化するために熟練の技術が必要だった。
そのため、その時代は一つの魔道具で家が建つくらい高価だった。
それを量産化する為に作り出したのが魔導線マーカーペンと言う魔道具だ。これを作り出した人は神だ!!」
そう言ってレルート教官は、ペンを取り出した。普通のペンよりも、直径は倍はあるだろう結構太めのペンだ。
「魔導線マーカーペンには、魔石が埋め込まれていて、魔石の魔力で線を引くため、起動するための最初の魔力さえあれば、個人の魔力量は殆ど必要ない。線の太さ、強化もダイヤル一つで出来るので、熟練度も必要ない。なんて素晴らしい!!」
魔道具に当たり外れがなくなって、均一化され、故障頻度が減ったのは良い事だと思う。レルート教官の最後の発言には気持ちがこもっていた。
「量産する魔道具に関しては、個人の能力による偏差を埋めるため魔導線マーカーペンが合理的だ。
これは、画期的な事だし、安価で量産する体制を整えられた優秀な魔道具だが、研究職になるとここで躓く。今みんな苦労している!!」
さっきまで素晴らしいと発言して恍惚にしていたのに、今はとても悔しそうな顔をしている。本当に苦労したのだろう。
「魔道線マーカーペンは、ペン型故に、ペンよりも狭い部分に差し込んで後から追加することは出来ないし、出力の調整も全てに対応出来ているわけでない。
極細、極太の魔導線は未だに、自分で引くしかないのが現状だ。これがかなり難しい!!」
拳を握り、グッと涙を堪えるような仕草はどこかの演者なのだろうか?
「一度魔道線マーカーペンに慣れてしまうと、自分の力のみで魔道線を引くのは難しくなるので、まず最初の実習では自分で魔道線を引けるようになるのが最初の課題だ。
今は研究職を考えてはいないかもしれないが、将来の選択肢を狭めない為に、今は真剣に取り組んでくれ!!」
レルート教官は、魔道具の話をするとまた恍惚とした表情だった。魔道具オタク……。
熱弁するレルート教官に、イメージがドンドン変わっていくのには、充分な時間だった。




