甘えられる人
急いで、中央玄関まで戻ると、まだ疎だが人がいた。
一部の人は各々の制服の様なものを着ているので、魔道具の受講生以外にも多くの研究施設があるようだ。ちなみに5級魔道具作成免許の受講生は私服で、決まった服はない。
辺りを見渡すと、資料を読みながら壁に少し寄りかかっているバネッサを見つける。
その周りにはソワソワしながらバネッサの様子を見ている人達が何人かいた。
きっとバネッサに声をかけるタイミングを見計らっているのだろう。
バネッサは、女性の中では高身長で、スタイルも良い。私の前では、おちゃらけた態度をしているが、今は凛とした表情で資料を読み込んでいる姿は出来るキャリアウーマンである。
今は一般的な髪色である茶色だが、輝くように美しい翠の瞳は意思が強く人目を引く。顔立ちも整っているので実はかなりモテているのではないかと密かに思っているのだ。
そんなことを思っていると、綺麗な緑の目がこちらを向いた。
目が合うとニコリと笑い、資料をしまってこちらに歩いてくる。
私も、早足でバネッサに近づく。
周りの人は残念そうに肩を落としていたので申し訳ない気持ちになるが、私もバネッサを、待たせているので許してほしい。
「すみません。遅くなりました」
「いいのよ。コーディネーターは、対象者の位置情報を見れるんだけど、ずっと教室から動いてなかったから、迷子ではないだろうし、まだまだ、だろうなとは思っていたの。初日から張り切って頑張ったみたいね?あっ。もし位置情報わかるのが嫌ならこれからは見ないから安心して」
「いえ! 是非見ていて下さい。地理はどちらかといえば得意ですが、まだ迷子になっている可能性は否定できないので……。
私こそ遅くなって、ごめんなさい。
事前試験の結果は散々だったんですが、デールさんのお弁当で元気が出て、午後の課題にも集中して取り組めました!!」
私の言葉にバネッサは不思議そうな顔をした。
まるで私の試験の結果が悪い事に驚いている様だ。
「えっ? フィリア事前試験あんまり良くなかったの??」
「ははは。実はあんまり解けなくて……」
「フィリアが?? 信じられない」
「試験内容は口外することを禁止されているので言えませんが、もう知らない事ばかりでした。なので基礎の基礎、20教室からの配属です」
試験結果が悪かった事に、結果が出た時もショックを受けたが、こうしてバネッサに話すと更に凹んだ。
でも、トライア地区の慣用句とか、お芝居の言い回しとか、本当に必要だったかな? と思う問題も何個かあって不思議な時間だった。
もしかしたらその慣用句で、魔道具の工程の言い回しがあるとか?? コミュニケーションのために必要な事??
ちょっと謎な試験だった。
「えぇ??
20教室?? だってあそこは、文字の読み書きや計算だったような?? フィリアが知らない事……?
20教室で??
……そう言えば直前で5級は法改正があったっけ?
それで変わったの?
そんなものなのかしら? う〜ん」
バネッサは私が20教室に配属された事に、納得していないようだった。
そう思ってくれているのは、私をかってくれているからで、その期待に応えれなかった事にさらに凹んだ。
「すみません。私はまだまだという事です」
「そんな事ないと思うけど……まぁ仕方ないわ。けれどフィリアならすぐに巻き返せると思うわ!」
私の背中をポンと優しく叩き励ましてくれる。
何故なのか、バネッサに言われると前向きになれるが、現実は甘くない。
「それが……20教室の課題だけで20項目以上あって……最短の2週間は難しいので、地道に頑張ります」
「えぇ!?
20教室で20項目以上??
そんな法改正してたの??
確かに現場の負担を減らすために、講義と実習を増やすって言ってたけれど……そんなになの????」
更に不思議そうな顔をしたバネッサは何やら考え込んでしまった。不甲斐ない私で申し訳ないと思う。
なので前向きな話題に変える。
「あっ!
でもテキストが凄い面白くて、あっという間に読み終えちゃうんです!!
今日も午後だけで、4項目終えました!!なので20項目以上ありますが、辛くはないです!!
寧ろ楽しみというか! レルート教官も、午後11時までならテキスト閲覧可能にしてくれたので、今夜も頑張ります!!」
「ちょっとまだ納得いかないんだけど……まぁ、無理に2週間で終えなくても良いのよ?
研修でしっかり学ぶ事も大事だと思うし……。
夜も勉強するなら、受講中は、ペティの日替わり当番免除にしておくね?」
「いいえ、それは大丈夫です。自分の役割はこなしたいので!! 早朝の掃除は、気分転換にもなりますし!! 食事の下拵えは美味しいし、学ぶ事ばっかりなので!!
講習も、楽しくって。あのテキスト作った人は凄いです!!」
「ふふふ。フィリアは意外と前向きね?
いい傾向だわ。ただ、無理は禁物よ?
ちゃんと睡眠時間は確保する事!
じゃぁ、帰りましょう」
オタクは好きな事に関しては貪欲で前向きなのだ。
そう言う話をしながら転移陣まで移動する。
私が落ち込んでも、バネッサが、支えてくれたり、甘やかしてくれる。そう言う存在があるって嬉しい。
エイムの皆もそうだけれど、最近特に1人じゃないって思えるようになってきた。なんだか、あったかい気持ちになる。
甘え過ぎないようにしないと、と思いつつ、甘えられる存在があるって、頑張る活力にもなる。
バネッサは心配していたけれど、帰りの転移陣では、パニックは起こさなかった。
これは魔道具の知識への高揚感のお陰か、それとも……バネッサがそばにいてくれたお陰なのだろうか?




