過去前半
「バネッサは、私に思う事は無いのですか?」
私にそう言われて、バネッサはキョトンとした後、首を傾げた。とても可愛らしい表情だけど、私の問いがどう言う意図なのか、わからない様だ。
ダンさんとの軽口で、浅慮な人を演じている節があるけれど、本来のバネッサは、聡明な筈だ。
私に対しては丁重に扱ってくれているし、TPOを弁えつつも、私が緊張しないように場を和ませたり取り計らってくれているのはひしひしと感じていた。
今回の事を聞いてバネッサが大人の対応をしているのは、理解しつつも、心の中では私に対して思う事は沢山あるのではないか?
もしかしたら、本当は私に会いたく無いのかもしれない……。今も、大人の対応をして本心を隠しているのだと思う。
とりあえずは、ここでお世話になるのは、決まっている。すぐに住所移動は難しいだろうが、バネッサが嫌なのならば、早く出れるようにしないといけない。
私の立ち位置ははっきりしておきたかった。
私の方が居候だ。バネッサが無理しているのなら、早く自立する必要がある。
「思う所……ね?
う〜ん。無いと言えば嘘になるかな?
けど! それよりも!
私ってひとりっ子だったから、兄弟とか憧れるのよね?
姉妹で共同生活って、なんか楽しそうじゃ無い?
ダンの前でも言ったけれど、私たち良いコンビになると思うのよね??
だから!! まずは仲良くなりましょう??」
少し間があって、バネッサはにっこり笑い答えてくれた。
これは思う事が沢山あるけれど、暗黙の了解として言わないということだろうか? 子供には罪はないとか?
罪はなくても心情としてはどうだろう?
ラルフさんの意向でバネッサが無理しているように思えた。それならもっと踏み込んだ質問をする。ここは重要な事だ。
「私がいて不快にならないのですか?」
バネッサは私の質問に目を丸くした。
私の声は、少し震えていた。今世の事は、自分のせいでは無いのは理解しているが、バネッサから母親を奪っていた事が、前世の子供達を置いて来てしまった自分と重なる。自責の念なのわからないが、自分で言って泣きそうになる。
「えっ!?」
バネッサはギョッとして私の椅子の方に駆け寄って来た。少し迷った後、バネッサは私の手を握った。
「いやいやいやや??
それ、大勘違いだから!!」
バネッサはとても慌てていた。
それからバネッサが話し始めた内容は想像とは異なる壮絶な体験だった。
お母様とラルフさんは恋愛結婚で、愛のある穏やかな生活の中、お母様がバネッサを産んだ。
バネッサは、生まれた時から記憶があり、お母様と過ごした事も覚えている。最初の一年とちょっとだったけれどとても幸せな時間だったそうだ。
なので、両親が別れた経緯も知っているし理解している。
それはどうにもならない事情だった。
お母様は、アーレン王国の全体を覆う防御壁の人柱になる事が信託で決まっていた。
お母様本人はその事を直前まで知らされていなかったし、上の人たちはお母様が逃げないように周りに誓約魔法までかけて、緘口令をひいていた。
酷い話である。それをなんとかする為に友人たちが動いていた。その1人がラルフさんだ。
その運命から逃れる為に、ラルフさんが人柱の代わりになる魔道具の研究して、お母様が人柱になる少し前に漸く魔道具が完成する。
けれどその魔道具を代わりにさせる為には、人柱の「何か」が必要だった。
ラルフさんは、1人で考えた末に「自分との記憶」を糧とする事に決めた。
魔道具はちゃんと発動して、アーレン王国の結界も安定化し、お母様も人柱にならずに済んだけれど、ラルフさんにまつわる記憶は全てお母様の中から消えてしまった。
なので、お母様はラルフさんを忘れると言うことはバネッサの事も覚えていない。
事情はわからないがラルフさんもこの地区から離れられないらしく、お母様は魔道具の近くに居ないといけないので、アーレン王国から離れない。結局、離れ離れになるのなら、記憶がない方が良いとラルフさんは考えたようだ。
バネッサの話では、バネッサの父親であるラルフさんが、お母様の了解を得ずに記憶を消した。
そして記憶をなくしたお母様はお父様と結婚したと……。
……。元々緩くなっていた涙腺から大量の涙がこぼれ落ちた。
こんな悲しい事があるだろうか?
それはバネッサにとってもお母様にとっても辛い現実だった。




