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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第一章
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13話

「あなたたちっていつからそうだったの?」

 結い上げのために髪を洗いながら、女官はソラにそう聞いた。絶対に寒くなる前がいいですよ、と王女方が口々にユルクに口添えをしたために、ソラの結い上げは乾季の間に行われていた。ぬるい水に浸かりながらソラは首を傾げる。手慰みに白い花をつつくのにも飽きた。おそらく女官も香油を塗り込んだりする間の暇つぶしが欲しいのだろう。

「そう、とは?」

「いつから恋人同士だったの?」

 促されるままに水からあがり、今までにないほど柔らかく大判な浴布に包まれる。儀式のための正装は髪飾りに合わせた淡い緑色に金糸の刺繍だ。小さな花の模様がびっしり縫い付けられている。

 怪訝な顔をするソラに同じ年頃の女官が食いついてきた。

「だってあの髪飾り絶対にラヒムの目の色意識しちゃってるじゃない! 深い色の金細工を選んだのだって絶対そうでしょ。皆言ってたわよ、翠玉で殿下を意識していると見せかけて、やっぱり旦那の髪と目に合わせてるよねって」

「いえ、その、本当に恋人同士だったことはないんです」

「じゃああの髪飾りで口説かれたんだ! 絶対そうよ!」

 絶対がいくつあるのか、とは流石に言及できずにソラは目を泳がせた。

「……たしかに、あの髪飾りは殿下が用意してくださった中から、ラヒムが勧めてくれました」

 その言葉に衣類を準備していた女官たちが目の色を変えた。普段湯あみするときは湯殿の外に一人しかいないのに、髪を洗うのに一人、服を用意するのに二人、香油類を擦り込むのにも二人と随分大所帯だ。

「その時何か言ってた?」

「やっぱり『好きだ……』とか言われたの?」

「殿下にも内緒にするから、口づけしたかだけ教えて!」

 今まで碌に話しかけてくれたこともなければ、自分からも話しかけることはなかったが、同年代の女の子はこんなに姦しいのか。その怒涛の勢いにソラは圧倒されて聞かれたままを答えてしまう。

「特に何も……」

 ソラの返事に女官達はあからさまにがっかりする。結い上げは終わった女の子たちはきっと恋人や気になる人がいて、結婚に興味津々なのだろう。もしかしたらもう相手を家に決められてしまったので、どこかに胸が高鳴るような話題がないか血眼になっているのかもしれない。

 ラヒムの行動は確かにソラにとってもかなり不可解だった。

 髪飾りに自分の瞳と同じ色の宝石を使ってみたり、自分の利益にならないだろう結婚を決意したわりには、決まった後は随分ソラにそっけない。嫌われたのかと思ったが、どうにも婚約を解消する気配もないし、話してみると以前のとおりだ。ただ、笑ってくれる回数が減った、それだけといえばそれだけだ。

 無理に距離を置かれているような、そんな小さな違和感だけをソラに抱かせている。

「へー。子供ができたらもっと素っ気なくなって、もう一人の嫁のほうに首ったけになるかもね。楽は楽だけど、それってちょっと面白くないよね」

 一番年上と思しき女官は、ソラの足に香油を塗りながらそう言った。

「私は殿下にお仕えさえできれば、とは思いますが……」

 どうせ自分はここから逃げ出す。だからラヒムがソラに興味がないほうがずっと気が楽なはずだ。

 それでも寂しく思ってしまう自分に、ソラは少しだけ嫌気がさしていた。

 だったら、大切にするなどとつまらない嘘をユルクにつかないで欲しかったのに。最初から理由があってソラを妻に迎えるつもりなら、そう言ってくれればよかったのに、と。

 結婚が決まる前のラヒムのほうが、ソラにとってはずっと好ましく思えた。

 女官たちはソラのことはそれほど好きではないはずだった。誰もがソラをなんとなく避けてきていた。必要最低限しか彼女たちと話したことはない。

「そんなの変だよ」

 それなのに、落ち込んだ様子のソラを見て憤っている。

「殿下に下賜を願い出てくれたはずなのに、あなたを悲しませることばっかりするなんて、絶対に変だよ」

 絶対を連呼していた女の子がソラの手をそっと握ってくれた。花で色をつけたのだろうか、柔らかい爪先が薄紅に染められている。ソラはほんの少し悲しくなった。

 もし、自分が普通の柔らかい指先を持っていて、普通の女の子だったら、ラヒムも言葉通りに大切にしてくれたのかもしれない。

「ソラ、準備できた?」

 仕切りの向こうからラヒムの声が聞こえる。怒りに震える女官たちがこの機を逃すはずはない。

「ちょっとラヒム! あなたこの子が服を着るまでそこで待ってなさいよ!」

「いや、また後で来るから」

「いいから! そこで待ってなさい!」

 一人が仕切りの向こうへ行きラヒムを拘束し、残った四人がソラを服の中に押し込んだ。その手つきといったら馴れたなんてものではなく、女の意地と矜持だけが成り立たせる、おそらくもう二度と同じ速度で誰かに服を着せることなど不可能だろうと思われるほどだった。

 ソラの首裏の釦が止められるのが先か、ラヒムが仕切りの内側に押し込まれるのが先かは不明だったが、とにかくソラがラヒムに肌を見せることはなかった。

「準備できたみたいだね……」

「な、なんとか、と言いますか……。はい」

 女官たちに見張られながら何か言えるはずもなく、二人は以前のように目で合図しあう。さっさとここから逃げ出そう、何事もなかったという認識でいきましょう、と。

「何か一言ないの?」

 静かに言ったのは一番年上の女官だ。冷ややかな目でラヒムを見ている。その迫力はとてつもないものだった。

「この子が欲しいって自分で言ったんでしょ」

 ラヒムはしばらく押し黙った。それから消え入りそうな声で、ソラ以外の誰にも聞かせまいと、小さな声でぽつりと告げた。

「……綺麗だよ」

 そう告げる彼は、前のように優しい笑顔ではなかったけれど、気恥ずかしそうで、ほんの少しだけ幸せそうな顔をしていた。

 これから自分はこの人を裏切る。ソラは胸に刻み付けた。

 鳥人の自分と向き合おうと努力してくれる、この優しい男の子を裏切る。自分が主人の障害になると知ってしまったからだ。

 ソラはいっそラヒムが哀れに感じた。主人のいる『鷹』をもらうということは、ソラが王太子に傍を離れると決意をしなかったとしても、一生涯彼女の一番になることはないということだ。

「あなたは優しいですね」

 ありがとうの一言が言えず、ソラは微笑んで誤魔化した。


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