43 さようなら、もう会わないことを祈って。
周りの人々は、まさか本物のオーナーがいるとは気づかず通り過ぎて行きます。
先生はめんどくさげに、天野さんは訝しんで彼女を見ていました。
「色々お世話になったけれど、ちゃんと言葉を伝える機会がなくて。ふふ、付き合ってくださってありがとう」
無邪気な、あまりに無邪気な言葉でした。
自分でなにを起こしたのか知っているはずなのに。
「めありぃ号はこれからどうするんですか。バッシングどころではないでしょう」
天野さんがもっともな疑問を口にします。
二人も航海中に死に、しかも他殺だなんて……。マスコミが騒がないほうがおかしいです。
ですが現状は静かなものです。
事件が起きたなど露にも思わず、あたりは楽しげな雰囲気で満ち溢れていました。
「私が手を回さずにこのクルーズを企画したと思うのかしら? 次回も穏やかにクルーズを致しますわ、誰も何も知らずに……ね」
空気がぴしりと固まりました。
この人……隠蔽するつもりだ。人の死も、事件も、なにもかも無かったことにしようとする気です。
しかも最初から、人が死ぬことを見越して。
そういえば支配人も隠すツテがあるとか言っていました。後ろめたい存在の人と関わっているのかもしれません。
「それで俺たちを口止めに来たってわけか? 妙にタイミングがいいな。見張っていたんだろ」
井草さんはその問いには答えません。
「脅しにきたのか」
「あらやだ、そんなことはないですわ。それにあなた方、今回のことを漏らす気もないでしょう?」
「金になるなら漏らすけどな」
先生!?
「あら、まあ。リークを聞いた人間はかわいそうね。交通事故に巻き込まれるわよ」
……つまり、情報を買った人間は潰すと暗に言っているのですか?
架空のリーク聞いた架空の人が死んでしまいました……。
「そうやって、泉原海花の両親も消したんだな」
先生!?
流石に予想外の流れだったらしく、井草さんは目を丸くします。ですがすぐに柔和な笑みに戻りました。
「やあね。不慮の事故よ」
「養子に迎えられたという海花さんの話、何かおかしかったんです」
先生の言葉を援護するように天野さんも言います。
わたしは何もできずただ流されるまま聞くしかありません。
「オーナーさんは彼女を迎える前に結婚をし、迎えた後に離婚をしました。まるで海花さんを迎えるためだけにそうしたように」
ちらりと彼は先生を問うように見ます。
ポケットに手を突っ込み、先生は「言えよ」という風に顎をしゃくります。
「――あなたは、海花さんを養女にするためだけに泉原夫婦を殺したのではないですか?」
他の人に聞かれていないかドキドキしますが、皆楽しそうな顔で話に興じておりわたし達を無視していきます。
そして、にこりと井草さんは笑うだけでした。
「天野」
先生は天野さんを見もしないままに言います。
「聞きそびれたことというのは、これか?」
ポケットから取り出したのは、二枚のメモリーカードでした。
持っていたのですね。というかそのまま入れていたんですかこの人。そのまま洗濯しても知りませんからね。
「あ、はい」
「なら教えてやる。一枚目のカードには新聞記事や当時のネットニュースがまとめられていた。二枚目には――大葉舞子と泉原海花が養子縁組をした時の書類や、まあもろもろの役所の文書がPDF化されていた」
なんだか……命をかけるほどの内容では、ないですよね。
個人情報ではありますが。
泉原さんが公式に養子と認められていないなら分かりますけど……。そのような話でもなさそうです。
「新聞やネットニュースの内容は何でした?」
「11年前起きた、ある夫妻の事故死」
もったいぶるように先生は一旦言葉を切ります
「――季節は春。夫の親族である大葉グループの催した集まりからの帰路でのことだ。カーブを曲がりきることができずにそのままガードレールをぶち破り、川に落ちて大破。夫婦は帰らぬ人となった」
「事故の原因は?」
「ブレーキの故障だと書いてある。その中で、興味深い一文があったんだよな」
手の中でメモリーカードを弄びながら続けます。
時折井草さんの様子を窺うながら。
「"夫婦所有の車はパンクしており、当時は代わりに親戚のものを使用していた"」
偶然のようにも、意図的のようにも思えます。
まだ井草さんが関わっているとは断定できませんけれど。
「かわいそうな一人娘は当時修学旅行中だった。死なずに済んだわけだ。偶然に偶然が重なったようにも思えるが――実際のところ、どうなんだよ」
「どうとは?」
「泉原海花が欲しさにその両親をぶっ殺したのかってことだよ」
厳しい口調で詰められているのに、井草さんはあらあらと態度を崩さずに微笑みます。
二呼吸置いて、彼女は答えました。
「うふふ。そんなひどいこと、していないわ」
――先生は唇を吊り上げて笑います。
――天野さんは苦虫を噛み潰したような表情になりました。
……嘘が見分けられる能力が同じでも、こんなに反応が違うんですね。
「まあそうね。あのね、私、探偵以外にも憧れがあるのよ」
悪びれずに彼女は言います。
「復讐モノって、面白そうじゃない。大切なものを奪われた人が、どんなことをするのか気にならない?」
……。
わたしはナイフをポケット越しに撫でます。ずしりと重たいそれは実用性のものとすぐ分かる、質の良いものでした。
返そうと思って結局返せていないものです。
このナイフを井草さんは泉原さんにプレゼントしたといいます。どんな気持ちで渡したのか。どんな用途を望んでいたのか――。
聞きたくはありましたが、やめました。聞いたからといってどうしようもないからです。
井草さんのもつ業務用携帯に着信が入ります。発信先を確認した後、残念そうな表情を作ります。
「タイムアップね」
「そうだ。あとひとつ、聞いていいですか?」
「なにかしら」
「苺のリキュールを持ってきたのは誰だったんですか? オーナーさんはアレルギーなんですよね?」
「ええ。持ち込んだのは暁人よ。でもそういうお酒があると人づてに教えたのは、私」
悪びれもせず、彼女は言います。
……本当に、救いようのない方だ……。
「それでは探偵の皆様、ご機嫌よう」
さっさと踵を返し、井草さんは船内に戻っていきました。
嵐のような女性の後ろ姿を無言で見送ります。
ふと視線を感じて見上げると、二階デッキに泉原さんがいました。とはいっても遠いのでかろうじて彼女だろうなと判断した感じですが。
小さく手を振ると、泉原さんはぎこちなく手を振り返してきます。
安堵感を覚えたのもつかの間、後ずさりをしてその場から走り去ってしまいました。ナイフを見せる暇もないままに。
……わたしの暴走を見ましたから、怖いのでしょう。こんな距離が離れても。
普通の、いい人でした。もう少し仲良く出来ていたらなにか変わったのでしょうか? いえ、もう遅いのです。
わたしと泉原さんは二度と会うことはないでしょう。
会話もなく歩いていくと駐車場と駅の道の分かれ道に差し掛かりました。わたし達は駐車場です。
「僕はこっちなので。ノバラさん、また会おうね」
えっ、また会う予定あります……?
嫌ですが……?
「ああ、また……」
社交儀礼的に返すと、彼は微笑みました。
気づいたように名刺を取り出すとわたしと先生に渡しました。
先生は適当に財布から自分の名刺を取り出して返しています。しわくちゃすぎませんか。
「東事務所? 世間は狭いな、知り合いだ。元気にしてるのか」
「へえ、そうなんですか。元気ですよ」
「あいつの周りは相変わらず変人が集まるんだな。昔と変わらないようでなにより」
先生の知り合いで天野さん雇う人ってどんな方なのか気になりますね……。
あと変人枠に先生も入ってますから、絶対。
「では、さようなら」
彼は確かな足取りで真っ直ぐ駅へ向かいます。
小さくなる背中をしばらく見つめ、わたしはわたしの帰る道を振り返りました。
「行くか」
「はい」
ローズ・ロゼシア ・ストロベリー 了




