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何もかも願った先には謝罪の言葉もみつかりません

目下リハビリ中につき、どうぞお手柔らかに……。

含羞草ミモザの花が野山に溢れる春を過ぎ、白く可憐な鈴なりがその跡目を継いだ。盛暑(せいしょ)の黄色が綻ぶまでにはまだ少し先の、そんな季節にーー>


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 さらり、さらり。

 とろっ……ぽん。


 書をしたためて、蝋で封じる。

 自作の証明、私の(しるし)は花の紋。


 むくり。

 眠れぬ夜に起き出して、書き物などして紛らわす。何も解決しないまま、悩みの種は日々増すばかりで。


(万策、尽きたかな……)

 異国語の書物が眠りに導いてくれた過去もあったけど。今はもう、それでも眠れない。


 ーーカチャ、

 すぅ……。

 給されていた香草茶。薄い黄色の揺らめきに、リリアル(彼女)の姿が浮かんで消える。


 夜も更けたこんな時間に、音も無くなされる給仕には動じなくなっても。彼女への想いに慣れはしない。


(今年も貰えなかった……)

 春の終わり、月の初めに贈る「鈴蘭」は"大切な人"へ。毎年恒例の一方通行(片想い)


(()()は違うし)

 その少し前に借りた手巾の、楚々としつつも緻密な刺繍。"あれ"は。


「百合、だったのかな」

 花の様に白い肌が脳裏を掠める。……これは、いけない。


「健胃整腸、駆風(くふう)、痩身、視力回復、感冒、強壮、消臭殺菌、精神安定、増血、鎮痙(ちんけい)疝痛(せんつう)改善ーー」


 気を沈めようと、古代魔法の詠唱、では無く香草の薬効を諳じる。……()の気分的には読経か。


 差しのべる手の如く咲く姿が、誰かを彷彿とさせる、そんな花をつける香草の。


「ーー」

 暫しの間、心の鎮静に勤しむ。と。


 "ふわり"

 開けていた窓から薫る甘い香りに。

 "ゆらり"

 揺れる(つる)に白い花の存在を見つけて。


「ああ、もう咲いたのか」

 月明かりを受けて浮かび上がる花は素馨(ジャスミン)(よる)の内に花開く、私の個人紋()だ。


 花好きの母上の為に他国から贈られたけど、なかなか花を着けなくて。漸く咲いたのが私の生まれた日、だったらしい。


「鈴蘭では無いとして」

("あの花"が鈴蘭に見えはしないか、と角度を変えて見てみたけどやっぱり違った。と言うか)


「……私の、とか」

 そんな筈は無いのに、虚しい期待を幾度振り払ったか。

 あの日借りた手巾の"白い小花"が似ていると思えて仕方がないなんて。


(それは無いな)

 例え花が合っていたとしても、期待した理由では無いだろう。

 あの手巾を持ち歩くのは、単に素馨(ジャスミン)が好きだからか。


(ほんの僅かでも、良い)

 想ってくれていたなら。

 もしそんな奇跡が訪れたら……その時は。


「他の誰より慈しむと誓う」

 君を、願えるのだろうかーー


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「よし、もう飛べるだろう?」

 罠にかかった獲物を逃がす、無作法者がここにる。


 "きっと捕まるんじゃないぞ"とひらひら優雅な舞を見送って、ひとまずの任務は終了した。


「蜘蛛の巣の撤去は完了、と」

「……」


 (だんま)りを決め込むアークの行動に、無言の抵抗を感じる。

 "公表はしないからな"

 あの後すっかり拗ねてしまって。


(まあ、そんな子供じみた所が良いところな(おもしろい)んだけど)


「あとは、花の水やりにーー」

 カインは馬の世話(授業の為に厩舎がある)、フェネトールは下級生への補助・教習(頼まれたら断れないのでいつも捕まる)。終わった者から学園図書館へ、と分担を決めていた。


 放課後に控える()()()()

 フェネトール()の時間を作る為に「手伝い」の手伝いをする。生徒会の仕事の一環でもあるしと説得して。


 生徒会の方を私とアークが受け持って「蜘蛛怖い」「蜂怖い」「花占い当たらない」に対応している。

 "花占い"は頑張れとしか言えないが。せめて水を与えて、花が少しでも長らえられるようにと。


(しかし水やりって)

 花壇の水やりくらいとか、俺の記憶が邪魔だった。


「いや庭園……」


 白い人形逆さに吊るす"雨降(あめふらし)の呪法"って王子(こっち)の記憶だったっけ……?


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 最後の難関。

 "蜂怖い"に対処すべく奮闘する。……つもりだったのに、あっけなく巣を撤去。蜂達は眠ったようにおとなしくなっていて。すんなり駆除出来てしまった。


 私の鎮静魔法が効いたのか? 今は口ずさんでは、いなかったが。


「王子殿下ーー」

 フェネトールが急ぎ走って向かってくる。

「……」

 奥にはカイン。どうやら、皆終わったようだ。


 "パタタタ"その後から鳥までついてくる。カインは小動物によく懐かれる。


 ーー?

(なんだ、あれ)


 鳥の(くちばし)が妙に気になる。

(何か、咥えて……?)


 首がしきりに動く度に、ぶらりと垂れるあの色彩は。

「……!」


 違うかもしれない。

 そうではなかったかもしれない。

 いや、そうだとしても何だと言うのだろう。

 命の上に命は成り立つ。食物連鎖だ、解っている。


(なのに。……情けない)

 鳥が咥える蝶を見て、背筋が凍り付いていくーー


 バササッ。

 飛び立つ鳥が残す跡、散った鱗粉。()げた羽。

 これがお前の行いの()()()()()だと、まざまざと見せつける。


「蝶が……」

 ーーす。

 祈りを捧げているのだろう、フェネトールが胸の前で手をあわせている。


「どうか私にも、ご慈悲を」

 そしてそのまま跪くーー?


「私は、浅ましくも望んでしまいました」

 もし王子殿下のようであったら、と。


「私の魔法が王子殿下のように優しくあったなら……」

 命を落とす者もいなかったのに、と。


「この欲深き罪人を、どうか捕らえて下さいーー」

 騎士様、とカインに懇願する。まるで祈るように。


 今、彼は何と言った。

 目の前で散った命があったのに。


「優しい?」

 私の仕業と知らないから。私の過去を、彼はーー


「……救う命を選り好みする私がか」

 救ったつもりで満足して何もかもを壊す私が。


「王子、殿下ーー?」

 彼の事を気遣う余裕も、最早無くて。もう……止められなくて。


「留めた命に何の責任も覚悟も持たず」

「悪戯に魔法を放ち、気が済んだら放置する」

 過去に私がしてきた……事。


「それを散々続けた私が、招いた事は……!」


 ーーぺふん。

「騎士様、っ」

 フェネトールの足元にカインが何かを叩きつけて。失敗して。その変な音に、少し理性が戻ってきて。


「分かった」

 ……一体何が分かったのか。カインに言ったんじゃないんだけど。

 片方だけ()めた手袋。地に落ちるもう一方。一連の行動に。


「ならば交えろ」

 "まるで決闘の申し込みみたいだ"と、この時の冷静さを欠いた頭では、判断が叶わなかった。

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