070 ― 【幕間】鬼神将へのロングインタビュー 其の参 ― 後編
「あの酒で誰に何をするつもりだったのかは知らねぇが、残念だったな。実のところよ、俺様にはアレの数百倍の濃度の毒でも効きはしねぇんだ」
「…………」
短い呼吸しかできないヴィースキィにはその言葉に返答する余力は残っていなかった。
「なんだなんだ、いきなりダンマリか? 今までのお喋りはどうした? そりゃあ、何かするつもりでしたってことを証明してるようなもんだ、はっきり言って悪手だぜ?」
「……一つお伺いしたいのですが」
渇ききった喉からヴィースキィは言葉をひねり出す。
「俺様に答えられることなら」
「アナタはこちらの意図を読んでいながら、それでも我々を受け入れた、ということですか?」
観念したかのようにヴィースキィはウォラに訊ねた。
「あくまで予想の中の一つではあったがな。兄者からの助言とこれまでの経験がなけりゃあ、普通に門前払いしてたろうよ」
「ではこの後、我々は処刑されるということでしょうか?」
この後の結末を想像してしまった彼の震える言葉に対して、ウォラは吹き出して笑い始めた。
「な、なにが可笑しいというんです!?」
流石のヴィースキィも、この反応に対して憤りを顕わにせざるを得なかった。
「はははっ! だってよ、なんで俺様たちがそのくれぇでテメェらを殺すって考えが出てくるんだよ! これが笑わずにいられるか! わははははははっ!!」
自身を肩に担いだまま爆笑している【角鬼亜人族】の考えが全く読めないヴィースキィ。
これが【普人種】の価値観であったなら明らかな敵対行為だとして、その人物たちの処刑はおろか、国家間の戦争の火種にすらなりかねない出来事だ。
どれだけ譲歩したとしても笑って済ませる話ではない。
「あー、笑った笑った。こんだけ笑ったのは兄者とバカ騒ぎした時以来だぜ。それで? なんで俺様たちが坊主たちを殺さねぇのかって話だったか?」
ウォラはひとしきり笑ったのち、再び口を開いた。
「……えぇ、そうです。はっきり言って意図が読めません」
ヴィースキィは注意深く言葉を選びながら答える。
「そりゃあ、テメェ。毒入りの酒ってのは初めてだったが、実質被害はなかった。仮にだ、坊主たちを殺したとして一体俺様たちに何の得があるってんだ?」
「損得の問題じゃないでしょう。私たち【普人種】はアナタ方鬼族を謀ったんですよ? 自分たちの誇りを汚されたと思わないのですか?」
無警戒ともいえる返答に、少なからず苛立ちを覚えたヴィースキィは語気を強めながらウォラに大して言葉を吐いた。
しかし、彼の言葉に対してウォラの返答は、
「べつに?」
と、ただその一言だけだった。
「べ、別にって……」
あまりにもあっけらかんと即答されてしまったことにヴィースキィは二の句が継げずにいた。そんな彼にウォラは話を続ける。
「確かに俺様たちはテメェらに舐められてたってところもあんだろうさ。だがそりゃあ、言い換えれば舐められるような考え方をされるだけの何かを俺様たちが抱かせちまってたってことだろうが? だったら、そこんところをテメェら【普人種】が教えてくれたって思えばいいだけの話じゃねぇか。親切に毒入りの酒まで用意してくれてよ?」
ウォラの言葉は、ヴィースキィにとってあまりにも衝撃的であった。
種族が違えば価値観も違うと思ってはいたが、ひとつの物事をとってもこれほど大きく違っているとは予想外だった。
少なくともココの砦の長である【角鬼亜人族】は、地上に生息している短絡的で粗暴な他の【角鬼亜人族】とは一線をかく、まさに不動の山の如き価値観を持つ人物であったのだ。
「おー、ようやく見えてきたな」
常識外の考え方を持つ人物の言葉に打ちのめされていたヴィースキィを尻目に、ふとウォラがそんなことを言い出す。
さらに今まで荷物よろしく、肩に担いでいた彼をストンと地面に下ろした。
「? ここは……?」
そこは先ほどの広場と同じくらいの広さを持つ地下通路らしき場所だった。
てっきり宴の会場に連れていかれると思い込んでいたヴィースキィは、見慣れないこの場所に不安な様子で辺りを見回す。
「ここは最近俺様が見つけた、地上と地下を繋ぐ通路の一つだ。まだ子分共にも知られちゃいねぇ」
「はぁ……」
「……ここだけの話な。実はここは【鉱亜人種】のチビ共にも知られてねぇ。まさに俺様と坊主の二人しか知らねぇ通路ってわけだ。坊主たちが謀好きな【普人種】ならこれがどう意味か、分かるだろう?」
「ッ!! それはッ……!」
わざわざウォラが窮屈そうにしゃがんでヴィースキィに耳打ちするように囁くと、彼は思わず目を見開いて後ずさった。
「確かにテメェらは地下に住む俺様たちの誰かを毒殺を図るような考えをもってこの砦にきた。だが、そいつは俺様が未然に防ぐことができたから、それに関しちゃあ目を瞑ってやる。代わりといっちゃあなんだが、この通路は坊主が便所からの帰り道で偶然発見したってことを上の連中にそのことを大々的に言いふらしてもらいてぇ」
仮にも記者を名乗ってるならその位できるだろうと、ウォラは言葉をつづけながら男臭い笑みを浮かべてみせる。
「仲間を、同胞を騙せというんですか? 自分の命惜しさに……」
ヴィースキィはいつの間にか渇いていた口内から、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「まさか! 誰も騙せだなんて言ってねぇよ!」
ヴィースキィの返答に見当違いであるといわんばかりにウォラは大仰な身振りをしてみせる。
「どうせ、殺そうとした相手に考えがバレた時点で、坊主たちは国に戻ったとしてもなんだかんだ理由付けられて始末して終わりなんだろ? 違うか?」
ウォラの問いにヴィースキィは拳を握り締めつつ、キュッと唇を結んだ。
【連邦政府】と横の繋がりが太い軍の参謀本部が綿密に計画し立案した作戦に失敗したがために、政府を動かす上級民の不興を買った同僚をヴィースキィは嫌というほど見てきた。
俯いたまま答えない彼の行動を肯定と受け取ったウォラが話しを続ける。
「だったら、ここは素直に俺様の話に乗りな。後は、俺様たちは新しい通路の発見に喜んだ上で、坊主たちの国にここを優先的に使わせやることにしたっつう体で話を進めりゃいい」
「なら見返りに……。アナタは私に、私たち【普人種】に何を要求してくるつもりですか」
「そうさなぁ……」
ヴィースキィの問いに、顎をさすりながらウォラが顔を天井に向ける。
「今は考えがイマイチ纏まってねぇが……」
その言葉を皮切りに、上を向いていた彼が大まかな次のような条件を提示してきた。
一つ、今後、この砦に所属している鬼族に妙なちょっかいを出さないことと、不誠実な対応をしないこと。ただし、地上にいる所属していない連中はこれを除く。
一つ、【普人種】のみならず他の種族も含め、偏った知識に囚われないようにするために幅広い業種の交易路として往還路を機能させること。
一つ、地上と地下の両方が持つ価値観の相違を取り払うための相互協力を図ること。
「まぁ、大まかな所はこんくらいか? 俺様から言い出した割りにきちっとまとまってなくて悪ぃな。こういうことは【帝国】の豆チ……いやレアテミス女王との定期的な話し合いの時しか機会がなくてなぁ」
ヴィースキィが眼を見開いて硬直している様を見て何をどう勘違いしたのかは定かではないが、ウォラは眉間にしわを寄せながら自身の語彙力の低さに悔しさをにじませていた。
しかしヴィースキィは、彼の伝達力に驚いていたのではない。
むしろ逆だ。
【角鬼亜人族】が、町のゴロツキよりも知能が低いというのが通説であるあの【角鬼亜人族】が、現状を踏まえたうえでこれからの双方にとって有益となりうることを条件付きで提案してきたのだ。
ヴィースキィは、自身のこれまで培ってきた常識や価値観が、音を立てて崩れ落ちてゆくのがはっきりと分かった。
「聞いてもよろしいでしょうか……?」
「なんだ? やっぱどこかおかしい所が……?」
「いえいえいえいえ、違います! そうじゃなくてっ!」
ヴィースキィは大振りな身振りでもって彼の疑問を否定したうえで、興奮気味となってしまった自身の呼吸を整えつつ改めて口を開いた。
「これはあくまで個人的興味でお伺いしたいのですが……、アナタも含め、【角鬼亜人族】という種族は皆アナタのように二手、三手先を読んで行動する生き物なのですか?」
ヴィースキィの質問に、興味なさげウォラは肩をすくめる。
「さぁな。この砦にいる【角鬼亜人族】は俺様と姪の二人だけで、ほかの同種は見たことねぇからよくは知らん。俺様はほかの奴よりも色々考えなきゃならねぇ立場だから、今みたいになったんじゃねぇか?」
「た、たしかに。それはありえるかもしれませんが……」
「まぁ、坊主の国の近くを荒らしてる上のヤツらよりかは、頭の回りはマシなほうだとは思うぜ? ……んで? 俺様の提案はどうなんだよ?」
話題を戻すべく、改めてウォラがヴィースキィに顔を近づける。
「……今すぐにお返事は致しかねます。色々なことを、私たちの長のような人物たちに報告せねばなりませんから」
「そう、か……」
あまり良い色の返事をもらえなかったことに、若干ウォラは肩を落としかける。
「ですが……」
しかしながらそんなウォラを尻目にヴィースキィが言葉を続ける。
「……?」
「今回のご提案。個人的にウォラ様の提案は非常に魅力的かつ有益な情報と考えています。おそらく【連邦】とアナタ方鬼族、双方の益となることは間違いありません」
話しているうち、徐々に興奮を抑えきれないような口調と変化してゆくヴィースキィ。
ある意味歴史の転換点に、自身が当事者として存在しているのだから当然といえば当然であろう。
「ってことぁ、一先ず交渉成立っつうことと思って良いんだな?」
彼の言葉を理解したのか、憂色ぎみだったウォラの表情は喜色へと変化してゆく。
「はい、あくまで私とアナタの間という範疇ですが」
砦にいる間中、社交的な愛想笑いしかしてこなかったヴィースキィは、この時始めて自身の素直な気持ちで目を細めて笑った。
「ありがてぇ! 売り込みの方は任せるぜ、記者殿!」
満面の笑みを浮かべながら、ウォラが丸太よりも太い腕を持ち上げ、自身の胸の当たりでL字に折り曲げる。
「えぇ。少なくとも悪いようには致しません」
ヴィースキィもそう言いながら彼と同じように腕を持ち上げ、ちょうどウォラの腕と交差するように折り曲げると、両者は互いの前腕部の外側をトンと接触させる。
現実世界でいうところの、いわゆる『肘タッチ』である。
「いやぁ、まさか連邦の正式な挨拶までご存じとは思ってもみませんでした」
腕を降ろしながら感心したような口ぶりでヴィースキィが呟く。
「なに、坊主たちが来る前にちょっとばかし帝国の責任者に会う機会があってな。そん時に叩きこまれたんだわ。……つぅか、そんなに驚くようなことか?」
「もちろんですよ! 少なくとも地上に住んでいる鬼族が、我らが連邦の所作をこうも忠実に身に着けているのを見たことがありません。そもそも私自身、いまだウォラ様が本当に【角鬼亜人族】なのかと勘繰ってしまっているくらいなんですから」
「わははッ! ちげぇねぇ!」
◆◇◆◇◆
後日、ヴィースキィは未踏破地区の奥に地上へと通じる往還路の発見を同僚の記者たちに報告する。
新たな発見に歓喜する記者の面々は鬼族へとそのことを伝え、新規開拓した記念に、往還路の前で記者団全員と鬼族の代表たちが並んで記念撮影。
未踏破地区ということもあって往還路にはモンスターが散見されていたものの、当面の間は持ち前の武力が自慢である鬼族が往還路を使用する対象の護衛役を買って出てくれる運びとなり、比較的安全が確立された後は地上の傭兵たちに護衛役を徐々に移行してゆくこととなった。
最近暗い話題しかなかった連邦の民衆は新たな発見に大いに沸き立ち、商人だけでなく地下世界を一目見ようとする旅行者もこの往還路を使い始めることとなる。
さらにヴィースキィには、連邦に対して英雄的勤労行為を行なった者に与えらられる【最優秀奉仕英雄勲章】と同等の、もっとも勤労的行為を行なった者に与えられる、先の勲章に次ぐ二大勲章と謳われるもう一つの勲章、【最優秀勤労奉仕者勲章】が与えられることとなり、晴れてヴィースキィは連邦の【名誉上級民】の身分を手に入れた。
また、彼が見つけた往還路には彼の功績を讃え、【ヴィースキィ往還路】という名前が付けられることとなる。
ヴィースキィはその後も連邦に多くの利益を還元すべく精力的に勤労に努め、彼という『連邦の成功者の一例』の存在は、多くの中級民の羨望の的となってゆくのであった。
晩年、高齢となったヴィースキィは安楽椅子に身を預けながら、彼の子孫たちに次の言葉を何度も語って聞かせたという。
―――常識は時と場所で大きく異なる。私たちはそれを時代という言葉で括る。記者としてだけでなく、一個人として大切なのは、既存の常識や価値観に如何に囚われないかである、と。
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2020/05/28…文章の加筆修正
2021/05/26…一部文言修正
2021/10/27…誤字報告による誤字の修正




