054 ― 時来たれり。さほどなり ―
まるでどこかの『転生モノの幼女』、あるいはかの有名な『巨大地下墳墓を有する骸骨』のように私の脳内はひどく混乱していた。
どうしてこうなった。
本当に、どうしてこうなった。
さながら絞首刑にされるが思いで、壇上に一歩一歩上がってゆく私が何度も心の中で呟いた言葉だ。
今思い返せば、レアテミス嬢もウォラも妙に聞き分けがよかった理由が何となくだがようやく理解できた。
なんたって、どちらも自軍の大将をするつもりであって同盟軍をまとめ上げる指揮官、つまりは総大将を務めるつもりなど最初っから無かったからだ。
まぁ、両者が総大将をやりたがらない理由もなんとなく察しがはついている。
仮に【鉱亜人種】側が陣頭指揮を行なえば、プライドの高くかつ未だに心のどこかで【鉱亜人種】を軽視している鬼族たちの反感を少なからず招くだろうし、逆に鬼族の長たるウォラが総大将を務めるとなれば、同胞を手にかけられた【鉱亜人種】たちのそれまでの鬱憤が爆発しかねない。
つまるところ、この状況の中で唯一、どちらの勢力にも中立で現状をきちんと理解している人物こそが同盟軍の総司令官として最適なのである。
もっとも、それは私をおいて他ならないわけだが……。
壇上に上がりきった私を、『排斥する者』の搭乗者を含めた【鉱亜人種】の兵士約四千五百名、ウォラと――彼が雑務中の私に直談判しにくるという推薦し、飛び入りで急きょ半ばかなり強引な形で――編入した姪のプレナの二人を含めた鬼族の精鋭部隊約六百二名。
総勢五千人弱という、旅団以上師団規模のさまざまの種族からなる者たちが一斉に私という一個人に熱い視線を投げかけてくる。
(うぅ、胃が痛い。『向こう側の世界』でも持ち回りの朝礼は苦手だったからなぁ……)
胃痛という錯覚を感じている私をよそに、彼らからは小さな声でどよめきつつも直立不動の体勢のまま、登壇した私がこれから発するであろう言葉を今か今かと待ちわびているのが張り詰めた空気を通じてひしひしと伝わってくる。
これほどのまでのプレッシャーは、『向こう側の世界』にいた私ですら感じたことはないだろう。一介の大企業の社長でもこんな人数の前での演説なんて稀なはずだぞ。
とはいえ、登壇したからには黙っている訳にもいくまい。
【法力】を持たない私のために【鉱亜人種】側の開発陣が用意してくれた特注製の特別な――『向こう側の世界』における最初期の『ユニバーサル カーボンマイクロフォン』ような形の――マイクの前に立つ。
覚悟を決めろ、ルビコン川はとうの昔に渡ったのだ。
私がマイクを叩くと案の定、ヒィィン…というハウリングと音を立てる。
その音に、唯一隣同士で談話していた者たちまでが押し黙り、一斉にこちらに顔を向けた。
「―――勇敢にして精悍、そして獰猛にして屈強なるものたちよ。私は今回の対【死肉喰鼠】戦の発案者にして、レアテミス皇帝陛下より【鐵角同盟軍】の総司令官を任ぜられたリーパーだ。諸君らと今日この日を迎えられたことを非常に嬉しく思う」
ゆっくりと見回すと皆一様のために集められた猛者ばかりだということが窺い知れる。
「知っての通り、諸君らの住まう階層の下で膨大な数の【死肉喰鼠】が餌を求めてひしめいている。ヤツらが求める餌、それは諸君らの日々の糧や食べ残しなどという生半可なものでは決してない。―――我々だ」
「ッ!!!」
その単語の意味を理解し怖気が走ったのか、一部の【鉱亜人種】や【上位醜小鬼族】の顔から血の気が引く。
「我々という、瑞々しく生きたままの新鮮な血肉の塊だ。私は【死肉喰鼠】と対峙し奇跡的に生還できた者からその詳細をつぶさに聞いた。陰湿にして残酷、嗜虐的にして無慈悲……。まさに地下世界における害悪そのものであると改めて思い知った、いや、確信した!」
「そうだ、そうだ!!」
「俺のところは弟夫婦とその赤ん坊は生きたまま奴らに食い殺された! 生きたまま、生きたままだぞ!!」
「うちもだ! 倅はガキの時分から夢だった軍人になれるって喜んでいた矢先に……! 奴らの存在を許すなぁっ!!」
演説を遮るように【鉱亜人種】の【鐵軍】陣営から怒号が飛ぶ。
私は頷きつつも、手を上げてそれを制した。
「諸君らの、【死肉喰鼠】に対する気持ちは痛いほど伝わってくる。しかしそれは、栄えある【ドリュアタイ地下帝国】に住まう【鉱亜人種】だけの問題ではない。ここに集まった鬼族もまた同じ境遇に晒されている。もしかすると帝国よりもさらに地下に住まう彼らの方がより甚大な被害を受けていると言っていいだろう」
横にいる完全武装のウォラへと目を向けたのち、再び目の前の彼らに視線を戻す。
「彼らをまとめ上げている長であり【角鬼亜人族】、そして私の義兄弟でもあるウォラは言った。いくら自分達が力に秀でた種族でも、【死肉喰鼠】に食い物を掠め取られ、食い荒らされたがために、乳をあげたくてもそれができず涙を流すメスの【上位醜小鬼族】の背中を見たこと、腹を空かして泣きじゃくる子供や乳飲み子が冷たくなり、日を跨がずして動かなくなっていったこと。それらに何もしてやれない自分の無力さと不甲斐なさが何よりも辛く悔しかった、と。そのような悲劇を、我々は二度と起こさせてはならない!」
「ウガァッ!! もちろんだゾ!」
「あんな思いはもう沢山なんだな!」
「クソネズミ共に死よりも恐ろしいことがあるってこと、教えてやるウギッ!」
今度は鬼族の属する【角軍】から気迫のこもった雄叫びが上がり、先ほどと同様に手を上げてそれを制する。
「だからこそ我々は共に手を取り合い、この危機に立ち向かうべくここに同盟を結んだ!」
私は少しの間をおいて両陣営から熱が冷めるのを待ち、程よい所で口を開いた。
「もちろん、双方思うところがあるのは私も承知の上だ。【鉱亜人種】たちよ。もし諸君らの中で鬼族に家族を傷付けられ、あるいは殺されたことで憎しみを持った者がその機会を狙って今この場にいるとしても、私は咎めない」
「「「「「ッ!?」」」」」
その言葉にウォラと反対逆の方向に立っていたレアテミス嬢を含めた、すべての【鉱亜人種】がギョッとしたのを肌で感じた。
「しかし、その手に持つ武器の矛先を同盟者たる鬼族に向け、仮に仇を討ったとしても、【死肉喰鼠】の大群は喜びに打ち震えるその者の隙をつき、諸君らの大切な人をその毒牙にかけんと【帝国】へなだれ込むだろう。そしてその者は自らが隙を作ったことでさらなる苦悩と嘆きを味わうことになる」
「…………!」
私の言葉に、数人の【鉱亜人種】が自身の手に持った武器へ目を落としているのが視界に映った。
「そしてそれは鬼族たちにも同様のことが言える。全ての行ないを許せと私は言えないし、言う資格もない。しかしせめて、この戦いが終わるその時までその思いをどうか心にしまっておいてほしいと切に願う」
直後、私があらかじめ地下の各階層に設置した生体反応感知式のセンサーがターゲットが動きはじめたことを私に伝えてきた。
そろそろ頃合いだといわんばかりに、私は目の前の戦士たちへ声を張り上げる。
「だがそんな私のささやかな願いすら踏みにじられようとしている! 今、この災禍に晒されているのはどこだ!?」
両陣営の戦士たちが揃って、雄叫びを上げながら足を踏み鳴らすして応える。
「そうだ、ここだ! 今我々が、諸君らの家族や友人が住まう、この地下世界だ! 【死肉喰鼠】の被害はどちらにとっても共通の痛手であり、仮に我々が敗北し蹂躙された暁には、【死肉喰鼠】は嬉々として蹂躙と残虐の限りを尽くすだろう! それが許せるか!?」
私の問いに、大勢の口から許せるものかと大声を上げ、集められた【同盟軍】の心が一体となりつつあった、その時である。
「き、緊急……! 緊急報告ーーッ!」
「何事じゃ!?」
息を切らせて飛び込んできた伝令役の帝国軍兵士に対し、私の横にいたレアテミス嬢が問う。
「だ、第七階層の簡易砦が【死肉喰鼠】の一群により襲撃を受け、壊滅! 作戦通り砦ごと【死肉喰鼠】の群れを叩き落としたものの、他の一団はそのままの進行速度で各階層の砦を目指して進軍中とのこと!!」
どうやら【同盟軍】側も【死肉喰鼠】の動向を察知できたようだ。
伝令役の両陣営の戦士についにこの時が来たのだと、緊張が走る。
私は腕部に装備された伸縮性の槍をつかみ取り、ギュンッと延伸させたのち金属の演説台をその石突で力いっぱいにドンッと叩く。
「さぁ! クソネズミ共が自らやられにやって来たぞッ! 【角軍】はこれまでの成果で得た力でクソネズミ共を思う存分ブチのめし、【鐵軍】はこれまでの思いのたけをありったけ【法術】に乗せてクソネズミ共のケツにブチ込んでやれッ!!」
私は肺いっぱいに空気を吸い込むと、張り裂けんばかりの大声で目の前の戦士たちに号令を下した。
「総員、戦闘準備! 奴らに、誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやるぞッ!!!」
「「「「「オオオオオオオォォォォォォォォッ!!!」」」」」
のちに【鼠害事変】として語られる、生存競争という名のそれぞれの種の生存を賭けた戦いの火ぶたはこうして切って落とされたのであった。
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