053 ― いそぎは整ひき ―
「お父ちゃん! ロドーお父ちゃ~んっ!!」
「ローラ!? 本当に、本当にお前なのか!?」
二人は人目を憚ることなく、互いの存在を確かめあうようにしっかとキツく抱擁しあうと、熱い涙をボロボロと流すのだった。
その様子に他の【鉱亜人種】たちから、すすり泣きや嗚咽を我慢する声が聞こえてくる。
「ったく。家族どころか、全員そろって泣き虫かよ。辛気臭くって嫌ンなるぜ……」
私の横で目の前の光景に嫌気が刺したかのような声を上げるのはウォラの姪である【角鬼亜人族】の女の子、プレナ。
彼女には今回の作戦でローラ嬢の護衛に始まり、【鉱亜人種】の工匠たちを乗せた『箱舟』の退路確保とその維持、さらに襲い掛かってくると予想されるモンスター討伐と、かなりの重要なポストを任せることとなってしまった。
成人していない女の子には酷な役割を任せてしまったのではないかと私自身最初は後悔したものの、結果的に彼女はそのほとんどを――ぶつくさ文句を言いつつも――見事に完遂してくれた。
彼女の中では少々物足りず、どこか不完全燃焼気味でもあったことから、彼女は非常に優れた才能と戦闘能力を秘めていると私は今回の作戦で実感することになった。
「……そう言ってる割に随分と目が潤んでるようだが?」
さて、そう言って私がプレナの顔を覗き込もうとすると、彼女は慌てて手の甲で目元をごしごしと拭い始める。
「べ、べべべ、別に泣いてなんかねぇし!? 目にホコリが入っただけだし!!」
「ふぅん。そうか……」
ならそういうことにしておこう。
多少ひねくれた所はあれど、【角鬼亜人族】の中でも彼女が特段、情に熱い持ち主だということを私なりに理解しているつもりだ。
「な、なんだよ! 別にあたいは嘘なんか言ってねぇからな!? 【角鬼亜人族】の角に誓って嘘なんかついてねぇからなッ!!」
私の生返事に対し何か誤解したのか、プレナは鼻の頭にシワを寄せ牙をむき出しにして威嚇してくる。その様相は成人していないとはいえ、さすがに『鬼』と呼ばれるだけの凄みを帯びていた。
にしても、【角鬼亜人族】の角に誓って、か。
この惑星に――間違って落っこちて――来てから聞きなれない表現だが、彼女の言葉を私なりに解釈すると【角鬼亜人族】の角に誓って云々というのは、『向こう側の世界』における『武士の誇りにかけて……!』みたいなことなのだろう。
「な、何ダンマリこいてんだよ!? それとも何か!? あ、あたいに文句でもあんのかよ!!」
おっと。私が思案していた様子を悪く捉えてしまったのか、彼女の機嫌はますます悪くなってしまった。
「文句なんてないさ。私の知っているプレナはそんな小さいことで嘘なんかつかない、正直で素敵な女の子だってことをちゃんと分かっているとも」
「~~~ッ!! だからっ! あたいをガキ扱いすんなって言ってんだ、ろうがッ!!」
額に青筋を立てて猛牛の如く猛った彼女が、ついに持っていた金棒を思いっきり私めがけて振り下ろしてくる。
しかし、すでに第六感で危険を察知した私がたやすく避けてみせると、彼女は息を荒げつつもそれ以上の追撃はしてこず、踵を返して私と反対の方向へと歩き出した。
「ん? おい、どこ行くんだ?」
「うっせぇな! ウォラの伯父貴ンとこだよ! この作戦が終わった後に、何があったかとかどんな様子だったかとか聞きたいって言われてんだ!」
「なるほどそうだったのか。この時間帯、ウォラならおそらく【醜鼻鬼族】や【上位醜小鬼族】らと一緒に教練か食事のどちらかだろう。お節介かもしれないが階層が違うからな。道中、気を付けて行けよ? 転がってる小石とかを足で踏んでケガしないようにな」
「うるっせ! ガキ扱いすんな! バーカバーカ!」
プレナはあっかんべーとピンク色の舌を出したのち、不機嫌な様子でドスドスという足音とともに足早に去って行ってしまった。
まぁ、そういうところが子供だといわれるところだと個人的には思うんだがなぁ……。
「リーパー様。ワシらを残らず助けていただき感謝する。まさかあの地獄から生きて戻ってこられるとは夢にも思わなんだ」
私たちのやり取りが終わるのを待っていたのか、遠巻きで様子を見ていた【鉱亜人種】の一団の中から、リーダー格であろう見知った人物が声をかけてきた。
彼の名はロドー。
何を隠そう、彼こそ先ほど娘のローラと親子の再会を喜び合っていた人物であり、虜囚となっていた際、仲間に暗号化された国歌で今回の脱出作戦を伝えてくれた張本人である。
「ロドー殿。礼なら今回の作戦を立案し、かつ実行を許可していただいたレアテミス新帝陛下にこのあと直接言ってくれるとありがたい」
「はははっ! まさか! リーパー様は随分とご冗談がうまい御仁のようだ!」
「? それはどういう……?」
私が不思議がっていると――そもそも、特殊装甲のフルフェイスヘルメットを装備しているため表情を察すること自体難しいのかもしれないが――、【鉱亜人種】の工匠たちから苦笑いともとれる笑いがそこかしこから零れた。
「まったくじゃまったくじゃ。いくら我らが先帝陛下のご存命であられた頃に、帝国の代表としてあの邪知暴虐な【連邦】に招致されねばならなかった身とはいえ、所詮は我らは城下町のしがない工匠の身……」
「第一、ワシなんぞレアテミス様が皇女殿下であらせられた頃から、面と向かって直接お話したことすらなかったからのぅ」
「こいつの言うとおりじゃ。まして皇帝陛下となられてしまったからには、おいそれとご拝顔の栄に属することなどもう二度とあるはずなかろうて」
「いや、そうとも限らんよ?」
腕組みしながらふふっと笑みをこぼすと【鉱亜人種】の工匠たちが不思議がる。
「? 何じゃ、その含みのある言い方は……?」
ドローとは別の【鉱亜人種】が首をかしげた、まさにその時であった。
「リーパー! 作戦は! 作戦は成功したのかぇ!?」
皇族専用の衣装を身に纏ったままのレアテミス嬢が、私たちがいる旧坑道に姿を現したのは。
「「「「「…………ッ!?!?!?」」」」」」
まぁ、彼女の接近は身に纏っている特殊装甲の基本装備である『相対的音源探知機能』が彼女の接近を事前に捉えていた。
これは自身を中心として音源を可視化できるレーダー機能であり、対象の出す音と方向が波形として表示される優れものだ。この波形が大きく激しくなれば、音を出す対象が接近してきているという仕組みとなっている。
さて、いくら彼女が興奮して近づいてきたとはいえ、――周囲に彼女の仲間である【鉱亜人種】たちがいる手前――ひと言も返さないというのは失礼に当たるだろう。
「もちろんだ、レアテミス嬢。貴女の立案した作戦と実行の許可と共に特異な才能に秀でたローラ嬢を同行させてくれた寛大さ。その他多数の天才的な采配によって、誰一人欠かすことなく、また一切の滞りもなく救出作戦は見事に完遂された」
「そうかそうか! それはよくやってくれたのじゃ! ご苦労じゃったのぅ、リーパー!」
ふむ。今の彼女はいつもより機嫌が良いようだ。
いつもは彼女のことを褒めようと祝辞めいた言葉をかけると、「友人の口からそのようなおべんちゃらな言葉など聞きたくない」となぜか叱られてしまう。
いまだ【鉱亜人種】の生態については未知の部分が残っていることもあるが、おそらく彼らは他者を必要以上に誉めそやすといった習慣があまりないのかもしれない。
が、今は周囲に彼女を慕う同胞の【鉱亜人種】がいることだし、多少ヨイショしてもバチは当たるまい。
「いやいや、これもすべては数手先まで見通すことのできる慧眼を持った貴女が中心となって動いてくれたからだろう」
「そう褒めるな褒めるな、照れくさいではないか。そもそも、これも多くの同胞の命を預かる為政者なら当然の事じゃからのぅ! ンナッハッハッハッハッハッハッ!!」
珍しく彼女は気を良くしたのか、呵々大笑として――相変わらず――私の特殊装甲の一部をバシバシと叩いて内部の中身に重く、鈍く、それでいて鋭い衝撃を与えてくる。
一体、彼女のどこにこれほどまでの力が備わっているのか皆目見当がつかない。
ふと、レアテミス嬢の登場からずっと静かな【鉱亜人種】たちが気になり、そちらに目を向ける。
すると彼らはカッと目を見開いたまま、直立不動で完全に硬直していた。
もしかして自分たちのトップと対等に会話をしている私の言動に呆れているのかと思っていた矢先、一人の【鉱亜人種】が口を開いた。
「レ」
レ?
「レレレ」
レレレ?
なんだ? 揃いも揃って箒を持った町のお掃除おじさんへとジョブチェンジしてしまったのか?
不思議に思った私がワナワナ震えだした彼らのことを確認しようとした瞬間、
「「「「「レアテミス皇帝陛下あああぁぁぁっ!?!?」」」」」
悲鳴にも似た声とともに、その場にいた【鉱亜人種】の工匠たち全員が五体投地よろしく、地べたに頭をぶつけん勢いで一斉に平伏をした。
その光景は、その場にいた私ですらも思わず二度見してしまったほど、あまりに見事なものであったと付け加えておこう。
◆◇◆◇◆
かくして、濃密極まりない時間は瞬く間に過ぎてゆき、気が付けば三ヶ月の時が経過していた。
「ついにこの日が来たのぅ、リーパー」
「そうだな。これもひとえに、昼夜を問わず寝ずに増産ラインを維持してくれたロドー殿たち工匠のおかげだろう」
圧巻ともいえる目の前の光景にレアテミス嬢が呟き、私もそれにうなづきながら返答する。。
【鉱亜人種】の工匠たちには、あの後すぐに『排斥する者』増産体制確立の主命がレアテミス嬢直々に下り、感激に打ち震えながらも全員がこれを承諾。
三十二時間労働という、正にブラック企業も裸足で逃げ出すほどの仕事をこなしてくれたのだった。
もちろん私が休息も仕事のうちだといって強制的に休ませようとしたが、皆「これこそまさに我々が求めていた仕事! これぞまさに天職!!」といって一切耳を貸してくれなかった。
しかもそんな中で納品されてくる部品は、そのどれもがプラスマイナス数マイクロメートル単位の誤差しかなく、検品作業担当だった私ですら驚愕する程の精度の高さを誇っており、さすがは彼らが『【鉱亜人種】の工匠』なのだと改めて痛感させられるほどであった。
さて、そんな彼ら工匠たちの協力の下、組み上がった量産型『排斥する者』が目の前にずらりと鎮座している。
その総数は私とレアテミス嬢とが、あーでもないこーでもないと言いながらえっちらおっちらが組み上げた試作機も合わせ、全部で百五十一輌。
そしてこれらの量産機の搭乗者の選抜はレアテミス嬢が務め、さらに内部の構造の説明と操作方法、候補生の教導を私が行ない、最終的に模擬戦闘訓練をウォラたち【鐵角同盟軍】の一翼を担う【角軍】の各鬼族たちが協力してくれたことで更なるブラッシュアップがなされ、量産型『排斥する者』の総合的な戦闘継続能力および各性能値は、試作機より三割も向上させることに成功した。
「これで豆ちび共も俺様たちと肩を並べ合えるくらいの力を得たってことだな」
私の横で、自身の腰に手を当てて鼻息を荒くする鬼族たちの首領にして、【鐵角同盟軍】の一翼を担う【角軍】の将にして【角鬼亜人族】であるウォラも感無量といった表情を浮かべている。
「その通りだ、ウォラ。あの時、模擬戦を引き受けてくれたこと、本当に感謝する」
私は改めて彼に対して頭を下げると、先ほどの態度と打って変わってウォラが慌てふためきだした。
「お、おい、やめてくれ!? 頭を上げてくれよ、兄者!! ……そもそもよ、あの模擬戦をさせてくれって頼んだのは元はといえば俺様たちの方なんだからよ。力試しさせてくれたことを感謝すべきは俺様たちだろうが」
私が頭を上げてウォラを見ると、彼の視線の先にはこれから量産型『排斥する者』に乗り込むため、入念な準備をしている【鉱亜人種】の【法術兵】、その精鋭たちの姿があった。
「きっとアレに乗る豆ちびたちの中にはよぉ。親だの兄弟だのを俺たちにブッ殺されちまって、少なからず俺様たちのことを憎んでるやつらがいるはず、いや必ずいると俺様は感じていた」
「ウォラ……」
「だからよ。俺様はそういうやつらに、あの数えきれないほどの模擬戦を通して、嘘でもいいから少しでも仲間の仇を討ったんだって気持ちを味わって欲しかったんだ」
どうやら彼は彼なりに【鉱亜人種】を殺めてしまったことへの罪悪感が芽生えてきているらしく、その場の空気が少し湿っぽくなってしまった。
すると、しんみりした空気を払拭するかのようにレアテミス嬢がウォラの横へ歩み寄り、たたんだ扇子でウォラの脛をパシパシと叩いた。
「まったくお主はそんなことを考えておったのか。そのようなことを考える頭があるのなら、模擬戦をするたびに整備陣から泣きつかれる妾の身にもなってみよ! 毎回毎回、搭乗者が脱出できないほどベコベコにしおって!」
「あ゛ぁ゛んッ!? なに言ってやがんだ! 第一、兄者も『機体は所詮消耗品、乗ってるヤツが無事に戻ってくれば大勝利』って言ってたじゃあねぇかよ! つーことはだ。仮に俺様たちがメッタメタにブッ壊したとしても文句を言われる筋合いわねぇっつうの! なぁ兄者?」
おいィ? 何でこういう時だけ私を頼ろうとしてくるんですかねぇ?
「リーパー……。お主、ウォラに余計な知識を吹き込みおってからに」
しかもなぜか巻き込まれた形であるはずの私の立場が完全に当事者となっているんですが、それは。
二人の間に挟まれた状態の私が両者の顔を交互に見やると、一方は――自分が鬼であるにもかかわらず――鬼の首を取ったような表情を浮かべ、もう一方はいかにも私に非があるといったようなジトっとした恨みがましそうな目でこちらに鋭い視線を投げかけてきている。
一体全体、どうしてこうなった……。
思わず頭を抱えそうになった時、ウォラが鼻の下を人差し指で擦りながら口を開いた。
「まぁ、模擬戦じゃあ近づく前に散々ブチのめされたけどよぉ。近づきさえすりゃ後はこっちに分があるってのが分かったし、それはそれで攻略のしがいがあるってもんだ。逆にいやぁ、こいつらが見方でいてくれるのが、こんなにも頼もしく感じたことはないぜ!」
「ほぅ。お主がそういうのであれば、工匠たちの苦労も少しは浮かばれるじゃろう。これが終わったら妾の口から直接伝えておこう」
「おぅ! よろしく頼むぜ、【鐵軍】の大将!」
二人はまるでさっきの雰囲気が嘘のようにハイタッチを交わしていた。
…………。
ははーん。さては私が困りそうなことを事前に打ち合わせしてたな?
私がため息をつきそうになりながらも彼らに話しかけようとした時、ふと、彼らの会話に奇妙な違和感を覚える。
「あれ? ちょっと待て」
「どうしたのじゃ?」
「【同盟軍】の総大将はレアテミス嬢が音頭を執るんじゃないのか?」
私の質問にレアテミス嬢は顔を横に振った。
「何言っておるんじゃ、お主は? 妾はあくまで【同盟軍】の【鐵軍】陣営の司令官じゃ」
「俺様も違ぇぞ。なんてたって【角軍】側の大将だからな」
「……じゃあ総大将は誰がやるんだ?」
私の疑問にレアテミス嬢とウォラはそろって互いの顔を見合わせたのち、不思議そうな顔をこちらに向けてきた。
「「そりゃあ、もちろんリーパーじゃろ」」
二人から至極当然と言わんばかりの返答をされたその時の私は、完全に呆気に取られてしまった。
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2021/10/27…誤字報告による誤字の修正




