036 ― 我らの後ろに道はせらる ―
「騒がしいな。まだあの連中は帰らないのか?」
急きょ、臨時で用意した天幕の中、机に広げた敵味方の駒を置いた配置図と立ったまま睨めっこしている防衛隊の隊長が部下二名に問いかける。
「はッ、どうやら我らが開門するまで門の向こう側で居座るつもりのようです」
「先ほどの二体が向こうの一団に戻ったのち、改めて塀の隙間より確認いたしましたが、目立った動きは見受けられませんでした」
彼らが軍靴を鳴らして姿勢を正しつつ防衛隊隊長の質問に答えると、彼は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「まったく忌々しい奴らめ……。おい、アレの準備はどうなっている?」
彼の言うアレとは熱した油のことである。
本来ならば岩による落石の投下したり、熱湯を塀の上から流しかけて撃退するのが定石だ。
しかし、向こうには何十もの【醜鼻鬼族】がいるのを防衛隊隊長はその目で確認していた。
【醜鼻鬼族】たちは体格に大小の違いこそあれど、一様に【再生】という常時発動型の【法技】を有している。刺突や斬撃、打撃といった攻撃に対しての治癒能力が高く、一般的な生物よりも早く回復するというものだ。
だから仮に熱湯を流したとしても、ヤツらの纏っているぶ厚い脂肪に阻まれ、また落石程度の打撃でもすぐに回復されてしまう。
そこでより高温となる油、それも【シンビオフスク連邦】でも御用達の工業用油を火属性の【法術】で限界まで煮立たせたものでもって、あの鬼族の一団が門に殺到した場合に塀の上から勢いよく流しかけてやるのだ。
野蛮な鬼族相手に工業用とはいえ大量の油を消費するのは勿体ない気がするが、今回は非常時。四の五の言っている時間はな……。
――ズッドオオオォォォンッ!!
突然の轟音に防衛隊隊長はひっくり返った。
周りにいた兵士たちも今まで聞いたこともない凄まじい衝撃を伴った音に仰天し、防衛隊隊長と同様の反応をしていた。
「いっ、今のは一体……」
「わ、分かりません。一体何が……」
――ズッドオオオォォォンッ!!
再び体内を駆け抜けた衝撃音に防衛隊隊長は反射的に身をすくませる。
同時に防衛隊の天幕に、息せき切って新たな伝令係の兵士が飛び込んできた。
「ほ、報告ッ! 報告しますッ!」
「何事だ!? この音は一体なんだ!?」
「門の向こう側にいた鬼族たちが門を破ろうと破城槌を用いての攻撃を開始しましたッ!」
「バカな! さっきの爆音はそんなものの音じゃなかったぞ!」
「そ、それが……」
防衛隊隊長の怒号に、答えにくそうに伝令係の兵士が言いよどむ。
「なんだ! さっさと報告せんか!」
「はッ! どうやらその一団には先程の『化け物らしき異形のモンスター』と【角鬼亜人族】がいるらしく、その二体が門に対して同時に突進しているようなのです。この音はソイツらの衝突音らしく……」
「なんだと!? そんなバカなことが……」
伝令係の兵士のいうことが真実であるならば、この衝撃音は、破城槌部隊の先兵として門前に送り込まれた『たった二体の生き物』によって引き起こされているものということになる。
――ズッドオオオォォォンッ!
――ドゴオオォォンッ!
今度は先ほどから続いている衝撃音に新たな音が加わった。おそらく破城槌部隊が門前に到着したのだろう。
「ええぃ、なんと厄介な! おい、こうなれば煮え油を流せ! ヤツらの好き勝手にさせるな!」
「ダメです、隊長! まだ早すぎます! ようやく最初に用意した油が煮え始めたばかり、十分な効果は望めません!」
「今使わずにいつ使うというんだ! 一気にでなくていい! 煮え始めたヤツから時間を空けて流しかけていけ! 塀の上で待機している者たちにもそう伝えろ!」
「り、了解しました!」
そういうと伝令係の兵士は天幕から駆け出していった。
「くそ、たった二体のモンスターがこれほどの力を持っているなど間違っているだろうが……。破城槌の一団だけはなんとしても食い止めるぞ!」
「了解しました。手の空いている【法兵】には煮え油を用意している者たちを援護させ、残った兵士は門前に集結させ防衛線を構築させます」
「それでいい! なんとしてもヤツらの侵入だけは阻止するんだッ!」
◆◇◆◇◆
「どうだ兄者、豆チビ! 俺様も結構やるもんだろ!」
何度目かの突進をしているなか、ウォラが額に珠のような汗を浮かべながら、実に満足げな笑顔で話しかけてくる。
やはり彼は仲間をまとめるだとか食料等の資材管理をするといった内務より、こういった力仕事の方が精が出るらしい。
「うむ! なかなかいい具合じゃぞ! リーパー! 妾のことは気にせず思いっきりやるのじゃ!」
ある程度離れたところで【上位醜小鬼族】たちが形成している防御陣地からレアテミス嬢が興奮ぎみに声をあげる。
ちなみに彼女に離れてもらったのは、私たちの行動に対する報復として彼女の同胞がしてくるであろう【法術】を用いた攻撃、【法撃】で彼女に被害がでるのを少なくしたかったからだ。
「それじゃあもう一度、さっきの要領で行くぞ!」
なので私も力強く頷いて彼らの頑張りに答えた。
「おぉ! たいみんぐ? ってのは豆チビのほうで頼むぜ!」
いい笑顔のままのウォラがググゥッと体に力を籠めると、彼の身体が一回り程パンプアップしたように思えた。
「分かっておる! 気にせずドーンと吹っ飛ばしてやるのじゃ!」
「ぃよっし! それじゃあ再開するぞ! レアテミス嬢、頼んだ!」
私は自身の両頬をパンパンと叩きつつ、レアテミス嬢に合図を送った。
「あいわかった! いっせーの!!」
――ズドオオオォォォンッ!
――ズドオオオォォォンッ!
――ズドオオオォォォンッ!
私たちが門に対してショルダータックルをブチかます度に、私のピット器官が、門の向こう側に待機しているであろう防衛部隊の兵士たちの慌てふためく様を捉える。
目の前にそそり立っている門扉はこういった有事の際にきちんと機能するよう、分厚く造ってあるハズだ。
だが、分厚く造ったはずの門扉に私とウォラが激突する度、門扉は大きく打ち震えながら一瞬たわみ、幾つものヘコみが形成されていくのだ。
門の向こう側で待機している者にとっては戦慄すること待ったなしな状況であろう。
それに、僅かにではあるが門扉同士をしっかりと止めるための閂が折れ曲がり、多少の開きが出来始めている。
「アニキーッ! 『門を開くための棒』の用意ができたゾー!」
ウォラが連れてきた、あの『鎧付き【醜鼻鬼族】』が大きく手を振りながらドタドタと走ってきた。彼の後ろには彼の同族である数体の【醜鼻鬼族】が棒状の物体を担いで付いて来ている。
『鎧付き【醜鼻鬼族】』が別の【醜鼻鬼族】たちと持ってきた『門を開くための棒』とは、使節団の交渉の材料として持ってきた『柱状【法石】』、その一部である。
レアテミス嬢の【法術】によって耐久力を一時的に極限まで強化されたことで鋼鉄をも凌ぐ『頑強な破城槌』となったのだ。
「おーっし! それじゃあ、テメェらはここの隙間が大きくなるよう、俺様たちみてぇにそれの先を使って、隙間めがけて思いっきりぶつけてやれぇええッ!」
「「「「「ウガァァァッ!!」」」」」
――ズドオオォォォンッ!!
――ドゴオォォォンッ!
私たちの突進に合わせ、破城槌部隊の攻勢も加わったことで門の崩壊は決定的となった。
「おらおら、いつものクソ力はどうしたぁッ!! テメェらそれでも俺様の弟分か、ゴルルァッ!!」
「「「「「ウガァアアァアアアァッ!!」」」」」
ウォラによる発破とレアテミス嬢の掛け声が功を奏し、門扉が見る見るうちにひしゃげ始めた。
だがその時、私の某スパイダー的な第六感が『上から来るぞっ! 気を付けろぉっ!』と嫌な警鐘をジャンガジャンガと打ち鳴らす。
「ッ!! 〈フォース・フィールド〉、緊急広域展開ッ!!」
私はとっさに左手のガントレットに装備された『引斥力光波生成装置』を天にかざす格好で『引斥力場フィールド』を形成した。
門前にいる全員をすっぽり覆う範囲で水色をした被膜が発生し、その直後、門の上から大量の液体が私たちの真上に降り注ぐ。
「おわぁッ!? なんじゃこりぁ!?」
降り注いだ液体か、私の張ったフィールドのいずれにびっくりしたのか分からないが、ウォラが思わず声を上げた。
しかしあらかじめ〈フォース・フィールド〉をお椀型に展開していたおかげで、撥水加工を施した傘の表面を滑り落ちるように降り注いできた大量の液体は私たちの周りの地面に落ちてゆく。
かなりの高温のようで、地面に落ちた液体からはパチパチという小さく爆ぜる音が聞こえる。そしてこの鼻腔にねっとりこびり付くような独特なニオイ。
間違いなくこれは『熱した油』だ。
攻城戦における防衛側としては、――コストパフォーマンスは悪いかもしれないが――落石等の攻撃より圧倒的に有効な手段だ。
『向こう側《人間であった時》の世界』のゲームにおいても、中世ヨーロッパをテーマにした中世戦国RPGでは一般的な迎撃方法であった。
もしも直撃していたら、【醜鼻鬼族】たちですら軽い火傷程度では済まないだろう。さらに松明なんかを投下され油に引火でもしたら堪ったものじゃない。
「ウォラ! 上からの反撃は私が食い止める! お前さんは何とかこの門を破ることに全力を出してくれ! 頼むぞ!」
「ッ! ……分かったぜ兄者! おいテメェら! 俺様たちでも十分兄者のチカラになれるってところを見せつけんぞ!!」
「「「「「ウッガアアァアアアァッ!!」」」」」
――ズドオオォォォンッ!!
――ドゴオォォォンッ!
そうして何度目かの上方からの煮え油の垂れ流しと破城槌部隊の応酬が続いたが、やがて門扉がその耐久力の限界を迎えて門から外れ始めたことで油の投下が止んだ。
しかし全てがこちらの予想通りに進むはずもなく……。
『門扉がこっちに倒れてくるぞーーッ! 退避、退避ーー!!』
ふいに、我々とは違う声が門の向こう側から響いた。
こちらの予想以上の突進力に対して、門扉以上に耐えらえなかった『蝶番』が門から外れたらしく、バランスを崩した巨大な門扉が【鉱亜人種】たち側に倒れ始めたのだ。
もちろん、門の向こう側にいた【鉱亜人種】たちは大わらわ。門を打ち破られると思っていなかったのか、倒れてくる門扉から少しでも距離を取ろうとバラバラに逃げまどっている。
(させるかものかよッ!!)
スパイダー的な第六感の警鐘が止んだ私は〈フォース・フィールド〉の発生を停止し、『引斥力光波生成装置』の機能を『引力光波生成形式』に即座に切り替える。
残存エネルギーの半分以上を消費しつつ、向こう側に倒れかかろうとしている巨大な門扉のバランスを何とかこちら側に引き寄せようと、四本の腕から伸びる燐光を発する鎖をたぐり寄せるべく力を入れて引っ張った。
しかし、明らかに質量超過をしている物体の制動は困難であり、見る見るうちに鎖の色は青から黄緑、そして赤褐色へと変化してゆく。
「ぐうぅッ!? やっぱり母船のエネルギー供給がないとかなりキッツいな……! ウォラ!!」
「ッ!」
私は、倒れ掛かっている巨大な門扉を私一人で支えている光景を見ながら呆けている義弟の名を叫んだ。
「私から延びている光の鎖がもうすぐ切れる! それと同時にお前さんには一つ、やってもらいたいことがある!」
「ぉ、おう! 何をすればいいんだ、兄者!!」
「このデカい扉を横に転がす感じで退かしてくれ! さっき【醜鼻鬼族】たちが作った割れ目に手を掛けてやればうまく転がるはずだ!」
幸いなことに目の前の門扉はUの字を上下反転させたような形をしている。端の直角の部分を支点に彼の力が加わればなんなく横倒しにできるだろう。
「転がす感じ……。このデカいトビラを……」
巨大な門扉を前にしていたウォラが、若干自身なさげに独りごちる。もしかしてこの期に及んで尻込みしてしまっているのだろうか?
(ここまできてそれだけは勘弁してくれよ~……)
「なに、お前さんの力なら簡単なことだ! 私は、私の義弟であるお前さんの力を信じる! 義理とはいえ、家族を信じるのは当たり前だろう!?」
発破をかける意味合いも込めて、私は横にいる彼にむかって顔を向ける。
「家族、か……」
ウォラはそう言うと、自身の両頬をパンッとはたいた。
「随分と持ち上げてくれるじゃねぇか! えぇ!? 兄者よぅ!」
「頼めるか!? そろそろ、キツく、なってきた……!」
私自身は、尻尾をアンカー代わりに地面へ突き刺してまで引きずられてしまうのを持ちこたえていたが、どうやらエネルギーの方が先に尽きてしまうらしい。
赤褐色に染まった非実体の鎖がスゥッと消失し始め、同時に、門扉が向こう側に倒れずに何とかバランスを保ってくれたのが唯一の救いだろう。
「おぅよ! やったろうじゃねぇか!」
ウォラは門扉にできた亀裂に貫手の要領で指を突き入れる。
「ぐううぅっ……!!」
だが、私と互角に渡り合ったあのウォラをして、こちら側とあちら側を隔てる壁のごとき二枚の門扉を横倒しにするというのは至難のようだ。
彼の額には親指ほどはあろうかという太い青筋が浮きだっていることから、いかにこのブ厚い門扉が彼のキャパシティを超えているかを物語っている。
(やっぱり一人じゃ厳しい、か……)
私が半ば諦めかけたその時、裂ぱくの気合の入った野太い雄叫びが当たりに木霊する。
「俺様の力を……舐めんじゃねえええぇッ!!!」
爆発的に発揮された彼の怪力とともに、閂で固定されな二枚の門扉は片方の門扉の角を支点とし、勢いよく九十度横回転をした。
その様子を固唾をのんで見守っていた【醜鼻鬼族】達が歓喜に沸き立つ。
「ヘヘヘ……。どんなもんよ」
額に玉のような汗を掻きながら、ウォラは余裕ぶった表情をしてみせている。
私が上出来だと言わんばかりに彼の背中を叩いて返したことで、彼の喜悦の表情はますます濃くなった。
そもそも、押すか引くかしかしないと開閉しない門扉が、まさかこのような手法で開けられるなど予想できたであろうか。
事実、門の向こう側の【鉱亜人種】達は呆気に取られ立ち尽くし、反撃の様子は皆無であった。
「リーパー! こちらは準備できたのじゃ!」
遠くで待機してもらっていたレアテミス嬢がこちらにむかって叫んでいる。どうやら向こうも用意が整ったようだ。
「了解した! ウォラ、作戦を第二段階に移行させるぞ」
私がウォラのほうに顔を向けると、ちょうど鎧付きの【醜鼻鬼族】に肩を貸されているところだった。
「わかったぜ、兄者! テメェら、いったん豆チビんトコまで下がんぞ! 遅れねぇでさっさとついて来いよ!」
ここまでご高覧いただきありがとうございます。
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2020/06/08…サブタイトル一部修正
2021/03/13…文章、一部修正
2021/10/27…文章内文言一部修正




