011 ― ワクガイ、トロールと相対(あいたい)す ―
「ふぅ……。おイ、生きテイルか?」
落下してくる瓦礫を半球状に展開した〈フォース・フィールド〉で食い止めながら、私は隣で縮こまっている友人、【鉱亜人種】の姫、『ゾフィー・レアテミス・ド・ヴェルグ』に声をかける。
「な、なんとかの~!」
私は彼女の生存報告を確認するとフィールドに絡め取った瓦礫を周りに四散させるように開放したのち、辺りを見回す。
先ほどまで目前にあった出口の光に目が慣れていたせいか、辺りがよりいっそう暗く見える。
見上げると、まるで天窓のようになった出口らしき光が未だに燦々と輝いている。
どうやら盗掘者対策の罠、それも縦穴に落ちたようだ。
さらに付け加えると、どうやらあの光は【法術】とやらで作り出されたものだったらしく、光源は徐々に輝きを失い周りの露岩と遜色ないものへと変わり果てた。
「くっ! ヒトに希望を持たせておいて、あと一歩の所で叩き潰されることになろうとは。盗掘対策と言えど、これを造った奴は相当に根性曲がりのようじゃな!」
「同感ダ。しカシ私も随分運がナい……」
私達はお互いの顔を見合わせると、自然と笑いが零れたのだった。
着実に前へ進んでいるという確固たるものがあるが故、先程のような雪隠詰めであった雰囲気になろうはずもなかった。
ふと、先程から考え込んでいた姫が口を開く。
「うむ……。罠に掛かったとはいえ、まだ好機であることには変わらん」
「?」
レアテミス嬢が辺りの壁面をペタペタと触ったり叩いたりし始めた。
「間違いない……。ここら一帯の岩には【ミスリル】という金属が含まれておる。じゃから先のような罠も容易く作り出すことが出来るのじゃ」
「【ミスリル】? 伝説の金属と謳ワレる、あノ?」
「伝説ぅ? 何を言っとるか。【ミスリル】なんぞ、伝説でもなんでもない至って普通の金属じゃぞ?」
「そウナのカ?」
「妾の髪留めだって、ほれ!」
彼女はクルリと反転すると、ピョンコピョンコ跳ねて光沢のある髪留めをアピールする。
そんな事をせずともこっちがしゃがめばいいと思ったが、何となくその様子が微笑ましいので黙っていた。
話を戻すが、彼女の頭部には確かに銀にも似た光沢を放つ髪留めがあり、小さな華の金属細工が飾り付けてあり、紅蓮に燃えるような彼女の御髪に涼やかさを与えていた。
金属で出来たその華は、まるで自然に咲いていたの生花をそのまま金属にしたかのように、非常にリアリティあふるるものだ。
凡人の自分でも目を見張る程の造形が細工できる辺り、さすがファンタジー世界の住人なだけあると妙な関心を覚えた。
「それに妾達、【鉱亜人種】の王族は【ミスリル】以上に価値の高い金属が採れる鉱山を所有しとる。【ウーツ鋼】や【アダマス】、【オレイカルコス】といったな。まぁ、他の稀少金属が採れる鉱山も山のように持っとるがの……山だけに(ドヤァ」
「……ナるホど」
(ほえー、さすが剣と魔ほ、もとい【法術】中心の世界。ファンタジーな単語のバーゲンセールだぁ……。若干、この子のドヤ顔は腹立つけど)
彼女の口から出た金属の名は、『向こう側の世界』ではそれぞれ別称で知られており、レアアースか、もしくは空想上のものであった。
【ウーツ鋼】は地球でいうところの【ダマスカス鋼】と呼ばれ、なんと『実在する金属』である。
この金属はインドのウーツ地方産出の金属で、シリアのダマスカス地方にて武具に鋳造されたためその名が付いた。
対腐食性に優れ、刃こぼれしにくい上に切れ味が落ちず、柳の枝のようにしなり元の形に復元するという。
そして他の金属にはない独特な縞模様が特徴的だ。
しかし、残念ながら現在はその鋳造、冶金技術が失われているため『暫定的に【ダマスカス鋼】と呼ばれるもの』が存在するのみである。
【アダマス】は別名、【アダマンタイト】。
『不壊』とまで言われるほどの高い堅牢性を誇る。
【ミスリル】のような魔法との相性こそないが、この鉱石自体が非常に強力な磁性体となっている。
あの有名な小説家、ジョナサン・スウィフトが執筆した『ガリヴァー旅行記』に登場する直径約七キロメートルもの大きさの空飛ぶ島『ラピュータ』も、その基底部に備えられた厚さ約百八十三メートルの【アダマンタイト】鉱石の一枚岩が地上との反発作用を発生させて、あれほどの巨大都市を空に浮かべていたのだという。
まぁ、その時の『ラピュータ』には不思議な呪文で動くロボットの兵隊も、絶大な破壊力を持った戦略兵器も出てこないわけだが……。
それは置いておいて、次に【オレイカルコス】。
このワードは馴染みがないかもしれないが、【オリハルコン】と言い換えればどうだろうか。
【オリハルコン】といえば古代ギリシャの哲学者、プラトンが残した著書『クリティアス』に出てくる伝説の大陸『アトランティス』から産出されるとされた金属である。
【アダマンタイト】同様非常に固く、高い伸縮性を誇る物質で、一説によればギリシャ神話の神々の兵装や装飾品の殆んどはこの金属であるという。
また魔法との相性もあり【アダマンタイト】と【ミスリル】の下位互換のような金属である。
「強いて言えば、あまり多く産出されんから価値が高いのと、その特性が他の金属と違うくらいか。まぁ、そのせいもあって輸出するほど纏まって出んから、伝説と謳われても仕方ないと言えなくもないがの」
説明し終えて疲れたのか、【鉱亜人種】の姫は先ほど汲んだ湧水の入った水筒から冷たい水を嚥下していた。
むしろ、と言いつつ姫がトトトッと歩み寄って私の脇に回り込むと、フヨフヨ揺らしてる尻尾を覗き見る。
「そんなことも分からずに、そこらの壁だの岩だのをスパスパ斬りおるお主の尻尾の方がよっぽどデタラメだと妾は思うぞ?」
そりゃそうだ。
更に正確にいえば、先程から何度も行なっている削岩行為自体、『岩を切り裂いている』わけではない。
『万物光子変換鞭尾先刀似鋭衝角』とでも呼べばいいのか。
この山刀にも似た鋭い外殻部分を任意の物質に押し当て、私が意識を集中させると刃部分があらゆるものを光の粒子、『光子』に変換する。
つまり物質という物質を『光エネルギーに変えてしまう』のだ。
まさに文字通り、リアル『光になぁれえええぇッ!』である。
それがどんな仕組みで光になるのかは元地球人の、かつ見当違いの専門知識しか持っていない一般人Aでしかない私には皆目見当がつかない。
だが、『こちら側の世界』で『異星生命体』として生を受け『集いし場所』と呼ばれる集落にいたときから、他の同族はこの能力を――私のように削岩や伐採など、同じ事が出来たにも拘らず――もっぱら懐中電灯よろしく、暗所での明かり取り程度にしか使っていなかった。
なぜもっとイカサマじみたこの力を、この身に宿る能力を十全に、有益に使わないのか……。
長老に該当する人物『エルダー』に、それとなく聞いてみた事がある。
すると、『山には山の、森には森の役割がある。あの岩を見るのだ。アレがあすこに在るのはあの場所に在るべくしてあるからだ。『住まう場所』の柱に使われた木を思い出すのだ。その木は柱として使われるべくして使われたのだ』と、なにやら哲学的な返答が返ってきた。
自己解釈ではあるが『運命付けされた事柄に対して、自分の能力をみだりに用いてまで無理強いしてはならない』ということを伝えたかったのだと思っている。
事実、他の同族も狩りや他星からの侵略者撃退にのみで、これ等の反則じみた能力や、現在私が装着している特殊装甲、『光子感応式硬度変換装甲』などを使って同族同士のちょっとした喧嘩や小競り合いをしたところなど見たことがない。
閑話休題。
「……特性ガ他の金属ト違う、トイうのはドウいう事カ?」
興味津々なよう様子で、しきりに尻尾に触ろうとしている彼女の手の届く範囲外まで尾の先を持ち上げ、脱線しそうになった話題を元のレールに戻すべく話を振る。
「あっ! むぅ……、妾は工匠長ほど詳しくないからざっくりとしか説明できんが、【ミスリル】は無理に力を加えると周りの空気を冷やしながら更に固くなる、らしい。他の金属じゃったら鎚やら何やらで叩けば形を変えながら次第に熱を帯びるが、【ミスリル】はその逆。工匠長の話によれば対策を怠った工匠達の髭に霜が降りたりもするそうな」
バカな。
そんな『金属の性質』を真っ向から否定するような金属があってたま…………あ、そういえばここは異世界だから『向こう側の世界』の常識は通じないのか。
「なラドうやッテ加工するトいうのカ? それトモ加工済ミノ物が土の中に埋マッていテ、そレヲ掘り出しテ使っている、トカ?」
「たわけが、話を最後まで聞かんか。たわけ」
(何で二回も繰り返すんだ、この子は……)
「【ミスリル】を加工できるのは、それ専用の炉があるからじゃ。他の金属を融かすよりももっと温度の高い、超超高温の炉がな。そこで予め温度が上がってからやっと、【ミスリル】の鍛造は始まるんじゃ」
「なルホど」
「それに【ミスリル】や先に話した金属らを思い通りに形にするには熟練の工匠の確かな腕と長年の勘が必要になる。つまり、ここはそれほどの性質と硬さを有する場所というわけじゃ、分かったかの?」
「ああ。貴女のオカゲで大分コノ場所に詳しクナった。感謝スる」
「ふふん! そうじゃろうそうじゃろう!! ンナッハッハッハッハッハッ!!」
レアテミス嬢はさも自分の手柄のように高笑いをしているが、それだけ自分たちの技術力に確固たる自信と誇りを持っているのだろう。
おそらく、外国から訪れた観光客から自国の文化や技術力を誉めそやされて悪い気はしないのと同義なのかもしれない。
ならばここは会社勤めで培った会社員のアクティブスキル『ゴマすり』を繰り出さざるを得まい。
「いやはや、貴女は美しイダけでなク稀にみる知恵者でモアッたわケだ。【鉱亜人種】の未来は安泰間違いナシ、といウコとかな?」
「いやぁ~、そう褒めるな褒めるな!!」
レアテミス嬢は気を良くしたのか――雄大な地平線のような――胸をそらし、さらに呵呵と大笑しては私の背中を力一杯バシバシと叩いてくる。
相変わらず彼女の激烈な表現方法(物理)は、特殊装甲でがっちり身を包んでいるにもかかわらず内部に相当の衝撃が伝わってくるのだが、この際『コラテラル・ダメージ』として我慢するよりほかはないだろう。
そうやってこのお姫様をヨイショして気を良くさせて暫らくしたのち、やはり彼女は納得がいかないかのような表情へと戻る。
「とはいえ罠対策で坑道の一部を崩すにしても、宝物庫のようなこのミスリル窟に賊を立ち入らせる等あろうはずが……」
『グルオオオォォォッ……!!』
突然、自分たちの声や水の滴る音しかなかった洞窟内の大気が戦慄いた。
「ひぅッ!?」
「なんだ、今のは?」
直後、ドズン、ドズンと腹に響くような規則的な音が聞こえてくる。
同時に特殊装甲のヘッドディスプレイに『自分たちとは別の生体反応』が表示される。
そしてその音と共に現れた主を目にして、さっきの威勢はどこへ行ったのかというほど委縮した【鉱亜人種】の姫は、ヘナヘナとその場にへたり込んだ。
「お、終わった……。遂に、鎚神様は我らを見放したのじゃぁ……」
私たちの目の前に現れたのは、この私でも見上げるほどの巨駆の持ち主だった。
四肢は私の胴体くらいあり、そのくせ頭は自分と同じくらい小さい。
そしてその右手には、不規則にゴツゴツとした円錐状の『棍棒のような物』を所持している。
だがその色味は木材のような温かみを感じさせないものだった。
―――『トロール』。
巨大な体躯と怪力。
粗暴で醜悪な容姿を持ち、あまり知能は高くないとされる、これまたファンタジー世界の住人だった。
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2021/10/28…誤字報告による誤字の修正




