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雨降りかまわず   作者: うしろ
草加賢太郎 二年 6月中旬
1/5

第一話 天ふりかまわず



靴箱前の玄関横には入学式から一度も動かされず、また手入れもされずにすっかり小汚くなってしまった花壇が置かれている。それらは生徒達の新たな学校生活への順応段階でも暗喩しているのだろうか。多くの生徒たちはすっかりと高校生活に馴染んでいるように見える。靴を履き替えて、右に曲がり五メートルもすれば二階へ続く階段へたどり着く。草加賢太朗は左の窓際の前から五番目、後ろから三番目の進級時から未だに変わらないいつもの席に着席する。学ランの左襟につけられた伝統のある白い紋章が今日は白くは見えない。黒い厚手の生地の学ランに染み込むことができずに行き場を失った雨粒達が点々と付いている。それを拭って傘立てを探す。このクラスには傘立てはなかったのか、教室の後ろの壁を端から端まで横断する大きな荷物おきのロッカーに無数の傘がかかっている。朝のホームルームが終わり、生徒たちは次の授業の準備に取り掛かる。二階の校舎の奥教室の和気藹々として、どこか薄暗い雰囲気が、いつもの足音が大きくなるにつれて、いっそうしっとりと、またどんよりと急変してゆく。ポトポトと屋根から垂れる大きな水滴が連続的に視界の左端を通り過ぎてゆく。窓には満遍なく水滴がついていて外がよく見えない。ただそうしているうちに、

キーンコーン チャイムがなる

『起り〜つ、礼』

リズミカルなのに、まるでさみしいバラードのように響くチャイムとやけに気だるげな号令の合図が妙な虚しさを感じさせる。加えて今日から梅雨に入っている。もう二年の六月中旬だ。遅めの入梅だったらしい。

『はぁ….きつ』

そう言うのは、右隣に座る源仁だ。授業の合図よりもその怠惰感まるだしの台詞の方が多く聞いている気がする。

『わかるわぁ・・・、月曜だもんなぁ』

そんな事を思いながら、そんな言葉に同調するのは何も人に流されやすいからと言う訳ではなく、本当にきついと言う訳でもない。変な親友同士の適当な会話だ。

『アホか、外の様子を見てなんとも思わんのか、賢、お前の号令のせいでさらに深刻なんだ』

『なるほど、まあ、そのなんだ、、今日のクラス当番もう一人見てみろよ、えへっ』

適当に仁の話をスルーしてから、決して澄んではいない笑顔を浮かべて彼の視線を誘導する。


視力が0・25しかない仁は眼鏡を推奨されているにも関わらず、生まれて一度も眼鏡を着用した事なく、もちろんコンタクトもつける事なく十六年間裸眼で生きてきたらしい。

よく目を凝らせば、黒板の右隅に今日の当番の名前が書かれている。


     草加 賢太郎 

     天野 エミリ


『な・・・・お前、賢、 このやろおおおおおおお』

しかめ面になっている仁の野蛮にも聞こえるような叫びがしんみりとした教室内にこだまする。すかさず

『そこ、私語を慎みなさい』

そう注意をしたのは普段から怒りっぽい赤木という名前の国語教師だ。先生は心なしか、普段より機嫌が悪いように見える。

注意されたのは無論、賢太郎ではなく仁の方であった。

またあいつだといった様子でクラスメートは クスクス笑っている。どうやら仁は一年の素行の数々を経てトラブルメーカーだのなんだのと思われているらしい。

『賢、あとで 覚えてろよ』

どんな意味で、どういった感情だったのだろうか。そう思ってはいたが、左隣のぼやけた顔でも見ているのだろう、少し眉間にシワを寄せた顔と無駄に上がっている口角を見て

『俺なんかしたか』

そう、おどけてみせた。


放課後、どうやら仁は、いつものように優と皓之の三人でカフェ巡りをするらしい。

『おまえらなかまはずれにしやがって』

『うるせーよ賢、今日はお前への罰だ』

冗談めかして言ったつもりが、かえって気分を損ねさせたらしい。

『今日のところは譲ってやる』

『優、お前もか、、。』

『ちょ〜頑張れだヒョン』

『お前は何が言いたいんだ』

相変わらず浩之はよくわらない発言をする。しかし、彼のおかげで、場の雰囲気の調律は保たれる。無論喧嘩防止剤の役割ということではない。もっと美味しくするためのスパイスのような、それもとびきりの、そんな奴だ。

 これが普段通りの会話である。普段通りとは言っても、自分を含め、この四人の出会いは、二年に進級したての頃なのだが、ある出来事がきっかけで、それから毎日四人でカフェ巡りだのとつるむようになった。それはこういう出来事であった。


進級して最初のホームルームというのに早くも鬱々としてくる。昼間は爛々と輝いていた太陽も、その威勢はどこへいってしまったのだろうか。教室にかけられてある三十年は使われているのであろうう実にこの空間に馴染む時計が夕どきの刻を刻んでいる。

『では、今日はこれで下校しても構いません、みなさん進級早々事故がないように気をつけて帰ってください。それと明日からの授業に備えて予習はしてくるように』

担任はそう言い、すぐにどこかへ行ってしまった。号令もせず、やや小走りだったため、これからまた学年の担任同士や主任らとの会議があるのだろう。

清清しい気持ちと、これからのまた新しい学校生活への期待と不安に心を躍らせながら、周りの新しいクラスメートを改めて見回してみる。

『あんな子いたか・・・?』

あっけに取られたような表情をしていたはずだ。思わず小さく呟いてしまった。

かなり整った美しい顔は基、その目はサファイアのように青く透き通っており、うすい金色で背中の肩甲骨下あたりまで長く伸び、整えられた、まるでギリシャ神話の女神の産物とも言えるようなサラサラのブロンドヘアー、これでもかといった色白の透明の肌、その神秘さをも兼ね備えたような光に満ちた姿に魅了される。

今まで本当にあんな子いたのか・・・・?と今度は心の中で思考をぐるぐると回転させる。記憶回路の迷宮に今までにないほど大きな獲物が来たというのに見つけられないとは。今まで知らなかったなんて、そう心の中で、普段通りの声のトーンからワントーン落として呟き、加えて自らの他人への無関心さに呆れるばかりであった。心を虜にされ、まるで金縛りのように動かなかった意識がふと我に返る。そしてよく見ずとも彼女の背中には多くの視線が槍のように刺さっているように見える。

後ろの荷物置きのロッカーに集まるクラスの男子たちと、さらに別のクラスの男子たちが彼女の、まるでこの世の人間とは思えないような、その容姿端麗な姿から放たれる大きな波のようなものに飲み込まれているようだ。さっき自分が経験してしまったそれだろうと思った。試しにこれから仲良くなるのであろうう男子の、せっかくの輪からとりこぼされるのを恐れ、右後ろのロッカー前に群がる心を奪われたかのような、それはまるで特定の人間を狙うゾンビでもあるかのような、しかし絶対に近づけないと知っている、そんな未だ未知の男達の集団の領域に踏み込む。

どこかにその領域の範囲を定めた境界でもあったのか、いっせいにその男達がこっちをみる。

『お前、知ってるか?』

話しかけてきたのは、そう、まさに本日カリカリしている、若干ご機嫌ナナメもどきの源仁だ。毛先は全体的にパーマがかかっていて、焦げ茶色の彼の髪の毛が沈みかけの太陽の淡い朱色を持って反射する。キリッとした顔をした目をまともに見ることはできず、少し目を凝らしながら眩しく反射する茶色のクルッとした髪の毛に目線を集中して短くひと言返事を返した。

『何が』

『何がって・・・天野エミリちゃんだよ! ほらあそこの席に座っているだろ』

本人に気がつかれないように口を手で遮りながら説得染みた様子で、そういって指さすのはやはりあの彼女だ。そうだろなと思いながら、ひと言。 

『ああ、』

『ああ、ってお前さっきから興味がなさそうだな〜。あの子の姿を見てなんとも思わないのか!』

間を置かず切り返されて、さらに初対面ということもあり、少しばかり動揺してしまった。

しかし三秒ほど、息をつく時間をおいて、返事をする。

『そういう事じゃないよ』

そう、興味が無いと言われれば、それは語弊がありすぎる。実際彼らと同じ類の人間であるということに自分自身で違和感を見つけられないと思う。それに対して今度は仁も一呼吸置いてから理解したといった笑みを浮かべて答える。

『まあいいや、とりあえずあんな子は地球にはいない、よなっ』

普段のキリッとした目の線が、笑えば優しさを感じさせる曲線を描く。地球にはいないという例えが独特だと思ったが、さっき初めて見た時に実際彼女から特別神聖なものを感じたためおかしい比喩だとは全く思わなかった。まだ話をしてから一分そこらということで、口を出すのは控えておいた。それにいきなりお前呼ばわりをされたのも引っかかってはいたが、なにせ宇宙人の彼女に興奮してるいのだろうと思い大目に見た。

それから、ふと横に目をやると、手足が長く、まるで意気消沈しているかのような表情を浮かべた男が立っていた。手が長いせいで余計に哀愁が漂っているように見えた。そして突然、

『俺には無理だな』

なにか目には見えないものに対して怯えているような、そして諦めているような気を発した男が割り込む。肝心の内容を省いて突然放たれた言葉の真意はもちろん一瞬で理解可能だ。彼が今の四人の一人の古閑優である。すらっとした長身に長い髪がセンターで分かれ、頰の骨下を隠すように伸びている。襟足はきれいに刈り上げられていて、サイドの髪は耳上で綺麗に切りそろえてある。そんな悲嘆にくれた男を見て同じく初対面であろう仁が一つ喝を入れる。

『今から俺らの戦争が始まるんだぞ、そんなんでどうするんだ』

敵なのか味方なのかわからんわ、心の内でそう思っていた時に、その男はその喝破に感発される事なく返事を返す。

『現実的にあれは無理だ、俺は予選だったら、勝ち進んでもせいぜい三回戦だ』

『意外にいってんな』

ここで初めて今日一ついわまいとしていたテイストの言葉を口に出してしまった。

そんな優の発言を聞き、彼の性格の構成要素にはネガティブというより、リアリスト、慎重派、そんなものが含まれている、そんな気がした。そして・・・・・・・・。

『興奮するヒョ〜ん』

今度は誰だと思い三人はその意味不明な発言をした人物を見やる。

仁のそれとは違うがかなりパーマがかかっている。だがそれはパーマというより生まれ持ったパーマだとすぐに気がつく。普通の高校生のような彼から感じる謎のオーラは自然に周りの人間の興味を惹きつける。

それから四人はしばらくお互いの名前などの自己紹介で言うようなものを教えあい、ひと通り落着したところでやはり仁が話を切り出す。

『これから俺らはエミリちゃんをかけた敵も味方もいない争いをするようになる、だから・・・・・・その前に腹ごしらえだ!腹が減っては戦はできぬと言うだろっ』

そう言ってまた優しい笑顔でニコッと笑って見せた。


それから毎日、腹ごしらえが終われば戦争どころか、カフェでまったりと〜という習慣がここ約二ヶ月間続いていると言うわけだ。そしていっこうに、四人はあの神々しい光りを放つ天使との進展はないまま日々を過ごし続け、現在に至っていたというわけだが、ようやくクラス当番で放課後二人きりになるという奇跡的なイベントとでも言うべきものに、正面にいるこの三人に先駆けて草加賢太朗は巡り会えたのであった。

                                               プロローグ〜四人の出会い〜 終 


ありがとうございました。もし気に入っていただけたのなら幸いです^^

ちなみにこれはまだプロローグなのでこの後から話は始まります。次の話もお読みになっていただければ嬉しいです^^

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