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「永遠の瞳ーエイエンノヒトミー」  作者: 牧原冴月(まきはら さゆら)*アルファポリスに引っ越します
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秋の夢(「硝子の悪魔」シーン9)

 私は何の為に生まれた?私は何の為の神子?

 誰も救えなどしないのに。

 私は誰かを言葉で取り殺す、罪深き神の子。

「そんなこと、考えては駄目よ、晶」

 穏やかな声。温かい声が。頭の高い所からした。

(母さん?)

 白黒の森の中を、腕を引き摺られて歩かされて行く。この手を引くのは誰だ?逆光で顔が見えない。冷たく白い太陽の光。右手に食い込む、大きな爪の感触。

 ザッザッザッと、影の様な顔の無い人々の群れに囲まれて、音も匂いも無い、無機質な森の底を歩いてゆく。追いたてられるように。この世のものではない、この世にある場所ではない、地獄への架け橋となる森の底だ。

 かすかに、遠くで、読経の声が聞こえる。

 何故か恐怖もなく、好奇心もなく、ただ波立たない心で、晶は歩いてゆく。進む先は地獄。

 裁かれるのは自分。

(気鷟は?)

 いない。先程まで側にいた気がするのに。

(どこへ行った?)

 ここではないどこかの、秋の姿が見えた。瞳ではない器官で。

 山奥。ろくに陽も射さない針葉樹の森。一本の木の根元に、秋がいた。神官の服を着たまま、眠っているようだ。けれど顔が青白い。異常に。

 そして右胸の辺りから――――――――――血が。

(黒い血)

 溢れ出ている。嘘のように。苔生した土に染み込んでゆく。

 唇からスウッと一筋、流れ出る。その鮮やかな緋。

 不意に、身を捩り、晶は群集から抜け出そうとした。離せ離せと喚きながら、自分の腕を掴む大人の顔を睨もうと、顔を上げた瞬間――――。



 陽炎の様な群集は抹え、代わりに卒塔婆の群れが、晶を取り囲んだ。

 森の最奥にある、誰も弔う事のない、無縁仏ばかりの墓地だ。

 色のない苔と、折れた卒塔婆に這う無数の凡字が、晶を出迎えた。

 そこから抜け出そうと視線を巡らせた晶は、不意に息を止める。

 彼女の近く。一段と太い、杭のような卒塔婆が、秋の胸に深々と刺さっていた。

「気鷟!」

 ぐったりと動かず、瞼を閉じたままの秋の胸からは、黒々とした血が滲み出している。

(何故秋が、死ななくてはならない!)

 自分ではなく。

 悔しさのあまり、晶は袴を掴む。その色は、彼岸花の深紅。血に塗れた一族の色だ。

「何故神は、水浪の存在を許すのだ!」

 晶は天を仰ぐ。そこに広がっていたのもまた、閻魔の口の中の様な、どす黒い闇だった。

そこから、一人だけ、深紅の口紅を塗った、人間でない女が顔を覗かせていた。

「あなたには神の声など聞こえないわ!偽者の神の子!」

 当たり前だ!と袾音は声を張り上げた。

「私はただの人間だ!何故私が、『神の子』だなどと、祭り上げられなければいけない……」

 何故袾音は自分だったのか。何故水浪が、比叡の千年の闇の底で生き続けなければならないのか。何故秋も、そこに巻き込まれなければならないのか。

 何故神は、証無き神の子が繰り返されるのをこんなにも永く許す!

 晶は叫んだ。答えなど、決して、得られる事はなく、神はいつも沈黙するのみだと知りながら。


「袾音様!」

 大声に、袾音は目を覚ました。

 横たわっている袾音の顔を覗き込んでいる人物がいる。夢の中の女が重なって、袾音はガバッと跳ね起きた。

 自室の張台で眠っていた事に気付く。呼吸が荒い。襦袢が汗でぐっしょりと塗れていて気持ちが悪い。

「袾音様?いかがなされましたか?」

 隣から年配の女性が心配そうに尋ねてくるが、体が硬直して声すら思い通りに出ない。

「袾音様?」

(気鷟が)

 死んでいた。間違いなく。一人で。

 ―――――――――――第十三代水浪袾音は預言者だ。

「袾音様、これをお飲み下さい」

 見かねた女性が水を汲んだ杯を差し出してくる。ひったくるように受け取った袾音はそれを一気に飲み干した。手の甲で口元を拭いながら掠れた声で問う。

「・・・・・・気鷟は・・・・・気鷟秋はぶじ・・・・ですか?」

「・・・・・・・・・」

 女性が押し黙る。下を向く。袾音は一瞬息を止めた。

「何があった!」

「落ち着いて下さいませ、袾音様!神子装束にお着替えになられてからおでまし下さい!」

 室外に走り出ようとした袾音を女性が必死に止める。

 袾音はやっと自分が焦っていることに気付いた。頭に片手をやり、気持ちを落ち着かせてから、改めて口を開く。

 それでも声は震えていた。

「なにがあったのです?」

 答えは、半ば予想通りのものだった。

「―――――――気鷟さんの坊ちゃんが、夜更けに外へ出られて・・・・・・・・熊に襲われて重傷です」

 

 

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