カイル/リオン
長く間が開いてしまいました。
これにて完結となります。
何の冗談だ。
俺が自我を取り戻した時に浮かんだのはこれだった。
あの最後の時、来世でもお嬢の傍に生まれ変わりたいと願った。
だが、俺が今生の生を得たのはお嬢の傍どころか、お嬢を死に追いやった奴らの一人、宰相子息のディーンの第一子としてだった。
……これはこいつを殺れって事だよな。
俺は今生で父親となった男に殺意を向ける。
しかし、まだ幼児の身体はバランスが悪く確実に仕留められる自信が無い。
「私は息子に嫌われているのだろうか?リオンが、私を睨んでるようなのだが…」
情けなさそうに父親が言うのに、母が慰めた。
「きっと人見知りをしているんですわ」
母は確か元々父の婚約者だった令嬢だ。あの女に誑かされて、散々情ない有様を見せてしまったが、どうやら見捨てられずにすんだらしい。
今生の俺の容姿は前世と同じ黒髪と黒い瞳で、母親に似た容貌をしている。
マジで父親に似なくてよかった。
確実に仇を討つためには強さが必要だ。
突然剣が習いたいと言い出した俺に、両親(片方は親と認めたくはないが)は
「まだ早過ぎるのではないか?」
と、反対したが 子供の武器を駆使して可愛くねだって了承を得られた。
……慣れない事をして少し自己嫌悪に陥ったが、目的が叶ったので まあいい。
前世で修得していたが、今の身体ではなかなか難しい。
何とかサマになるのに三年もかかってしまったが、 何時でも父親を殺れるくらいにはなった。
「何故だろう?時おり背中がゾワゾワするんだが…?」
どうやら、ボンクラでも、殺気は感じ取れるらしいな。
だが、俺が本当に始末したい奴等は王宮にいる
王太子と王太子妃
今は王と王妃か。
彼奴らとその側近が治めるこの国が 現状どうなってるのか、けっして良い状況ではなさそうだ。
まぁ、お嬢と侯爵様一家を 見殺しにしたこの国の未来なぞ 、どうでもいい。
どうにか王宮に行く手立てはないか、悶々としていたが、機会は思いの外早く訪れた。
王女の話し相手兼のちの護衛として登城する事になったのだ。
彼奴らの娘か。
俺が憎んでいるのは王と王妃であって、王女には何の怨みもないが、彼奴らに打撃を与えるためならこの手にかける事も辞さない。
そんなことを考えながら王宮の庭園を歩いていると、小さな女の子が庭の中にある大きな木を見上げているのに気がついた。
その風景は、かつて見たことがある…。無邪気で幸せだった頃を思い出させた。
『ねぇ、カイル。これ、いい枝ぶりじゃない?』
貴族令嬢とは思えないほどお転婆だったお嬢。
無理矢理俺を踏み台にして木を登ったお嬢。
木から落ちたお嬢の下敷きになった俺……。
あれは……?…まさか?
俺は、ふらふらと少女に近付き知らず、小さく声を洩らしていた。
「…お嬢……?」
驚いて振り向いたその表情を見て、確信した。
「…!…お嬢…!……お嬢、なんだな?」
「カ、イル…?どうしてここにいるの?」
「生まれ変わりのことは前にお嬢から聞かされてたからな。だから、俺は死ぬ時にお嬢の傍に生まれ変わりたいと願った」
俺たちは信じられない再会を喜び、現状を確認した。
王と王妃の仲はとっくに冷え切っていること。
王妃の化けの皮が剥がれ、今はもう好き勝手に遊び歩いていること。
そして、やっと目が覚めた王と側近達が何とか乱れた国を立て直そうとしている事など。
俺は予定どおりに お嬢の話し相手兼従者として登城することになった。
前世と同じ様にお嬢の背後に立ち警戒する。
特に、王妃がお嬢に危害を加えることがない様に。
周囲を見渡せば、一人の侍女が目に止まった。
王妃付き侍女の一人。いつも顔に表情はとぼしく態度も控え目。
しかし時折り王妃を見る目には怒りの様なものが垣間見える。
俺はこの侍女に接触した。
子供の俺に怪訝な思いを持った様だが、父親である宰相の使いであるように振舞い事情を聴きだした。
王妃の侍女であった筈の妹が、いつの間にかケネリス侯爵家に行かされており、家に帰されたときには正気を無くしていたという。
事情を探るため入れ替わりの激しい王妃の侍女として勤めていた。
この侍女を手駒として王妃の動向を監視していたが、ある日とんでもないことが起きた。
王妃の妊娠!!
もちろん王の子ではない。
この王妃は何処までも享楽的で考え無しなんだな。俺の想定を遥かに超えてくれる。
しかも、お嬢をケネリス侯爵の嫁にするだと?
ふざけるな!
お嬢に報告すると
「お父様が、危ないわ!」
と、すぐに王の元へ向かった。
王と宰相も 今までに集めた情報を元に、セントレア侯爵家を筆頭にいろいろやらかしている貴族連中を一網打尽にするべく動き出した。
はっきりいって、王なんか死のうがどうでもいいが、この状況ではマズい。
お嬢にも危険が及ぶ可能性がある。
早急に手を打たねば。
「お嬢、俺の肩の上に乗れ。立ってな」
首を傾げるお嬢に
「いいから、昔よくやってたろ。俺の肩を足台にして庭の木の実を採ったり、枝によじ登ったり」
肩にお嬢を乗せ、薄暗い階段の上の物陰に隠れていると王妃が現れた。
夜会用の派手なドレスを身に纏い歩く姿は得意げだ。
「お嬢、奴の名をよべ」
お嬢は俺の肩の上から王妃を見下ろして声をかけた
「…ユリアーナ様……」
頭上から見下ろすお嬢の顔を凝視した王妃は声もなく驚愕していた。
「……!!…」
その瞬間俺は思い切り王妃の腰を押した。
階段を転げ落ちていく王妃を見下ろしながら呟く。
「このまま死んじまえばいいのに」
結果として、王妃は、死ななかった。子は流れたが。
王妃が臥せってる間に、王と宰相達の方もカタがついたようだ。
ケネリス侯爵家の断絶とそれに連なる奴らの処刑。
表立って処罰を与えることができないセントレア家の暗殺。
そして、レザルド侯爵家の名誉回復。
名誉回復?はっ今更かよ!
「名誉を取り戻せても、お父様もお母様もお兄様も還っていらっしゃらない……。レザルド侯爵家は無くなってしまったけれど…それでも名誉を取り戻せたのは良かったと思うわ」
怒りはおさまらないが、現状ではこれが精一杯だと言うことは俺にも理解できる。
ともあれ、後はあの女だ。
階段から突き落としてから、俺は半ば子供染みた嫌がらせを続けてきた。
血染めの手巾やら、何処からともなく聞こえてくる啜り泣きや怨みの呟きなど。
普段であれば気にしそうにもなかったが、流石にお嬢の亡霊を見たと思っている今は効果抜群だった。
それにあの侍女もいい働きをしてくれた。
日に日に追い詰めらていく王妃が、ついに北の塔に幽閉されることが決まった。
塔に送られる前日にお嬢は王妃と面会した。
「お母様、お久しぶりでございます」
お嬢の顔をみた王妃は恐怖に目を見開いていた。
「……お、お前は!」
「アデラィードです。お母様」
「……うあぁぁ…!アデリィナァァ!!」
王妃が奇声を発しながら、突進してきてお嬢の首を絞めやがった!
このクソ女…何しやがる!
とっさに王妃に体当たりして、お嬢から引き離した。
「ひどいですわ、お母様。また私を殺すのですか?」
「…えっ……何を言って…?」
「ユリアーナ様、私が最後に見たのは青い空と落ちてくる断頭台の刃でしたわ」
お嬢がにっこり笑って言う。
「ユリアーナ様、私を産んで下さってありがとうございます」
どんな気持ちだろう?自分が殺した人間が自分の腹から産まれてきたと知った時は。
「……ひぃ!い、いや!来ないで!来ないでよ!!……あああああぁぁぁ!!!!」
ここ暫く与え続けた嫌がらせの効果もあってか精神が一気に崩壊へ傾いたようだ。
錯乱した王妃は予定どおり北の塔へ幽閉された。
お嬢はもう十分だと言う。
だが俺は……。
北の塔に来た。
此処にはの協力者の侍女と、彼女の血縁だと言う兵士だけがいた。
王妃の側に行くと何か呟いている。
「リセットしなきゃ、最初からやり直しするの。でも見つからないの」
「俺が見つけてやるよ」
王妃は俺の方を見る事もない。
「そこの寝台の下に落ちてるようだな」
這いつくばってベッドの下に手を伸ばした王妃の背中に乗っかり首に紐を巻き付けた。
「お嬢は、もういいって言うんだけどな。俺が許せないんだよ。お前だけは俺がとどめを刺さないと気が済まないんだ」
力いっぱい絞めていると首を捻って背後を見る王妃と目が合った。
王妃が今生で最後に見たのは俺の顔か。
怨むのだろうか?俺を。
俺は首を絞めるのに使った紐をベッドの手すりに結びつけ自殺に見える様に細工する。
まぁ、この女が自殺する様なタマじゃ無いのは皆知ってるが、一応体裁は整えて置くことにした。
王妃の死をセドリックから聞かされたお嬢は もちろん俺の仕業だとすぐにわかったが、俺を咎めなかった。
乱れた国を立て直すのは難しい。中々捗らない。
腐っていた輩は処罰できて大分風通しが良くなったとは言え、やるべき事は山積みだ。
連日働き詰めの宰相を母が心配しているが、自分達が乱したんだから馬車馬の如く働け!
お嬢が12歳になると政務を手伝う事になった。もちろん俺も。
王女が、俺といるのを複雑そうな顔でみている王を見ると少し…いやかなり気分がいい。
前世では 俺はお嬢の従者に過ぎず、いずれは側を離れなくてはならなかった。
だが、今生では俺は王女の筆頭婚約者候補だ。
まだ正式な婚約者では無いが、もちろんその地位を誰にも渡すつもりは無い。
王女が14歳になったある日、王が執務中に突然倒れた。
医師の説明では回復はかなり難しいとのこと。
このまま目覚める事なく逝くかもしれないと告げられていたが、5日目に うっすらと目を開けた。
「お父様?お分かりになりますか?」
お嬢の呼び掛けに王の目が僅かに動いた。
「お父様。もし私の言うことがお分かりでしたら目を閉じていただけませんか?」
王の瞼が閉じられた。
「では、侍医の説明もおわかりですね?」
王は、もう一度目を瞑る。
「残念ですが、回復の見込みはありません」
わかっている、というように目を閉じる。
「セドリック様」
お嬢は王の名を呼んだ。
名を呼ばれ、はっと目を開ける。
「セドリック様。女性としては、愛していただけませんでしたが、娘として愛しんでくださりありがとうございました。……お父様」
王は目を見開きお嬢を見ると涙を溢れさせた。
王女がかつては誰であったのか漸くわかったようだな。
俺はお嬢を背後から抱き寄せる。
「お嬢。もういいだろ?別れの挨拶は」
「…そうね……セドリック様。御前失礼致しますわ」
部屋から出る前に俺は王に告げる。
「今度はお嬢から離れない。ずっと俺が守るからアンタは安心して逝ってくれ」
きっとこの言葉で俺が誰なのか王は理解しただろう。
王が崩御したのはそれから2日後のことだった。
後を継ぐのは14歳の王女。
この国が立ち直るまではまだ年月が必要だ。
だが、宰相や良識ある重臣が聡明で慈悲深い王女を支え、この国を治めていくだろう。
「俺の生涯をかけて貴女を護り、ずっと支えて行くことを誓う。俺が貴女の傍にいることを許して貰えるか?」
「もちろんよ。これからは私の後ろではなくて、私の横に立っていて欲しい。私が挫けそうな時は助けてね。リオン」
「……アデラィード…」
俺は今生でのお嬢の名を呼んだ。
お嬢は柔らかく微笑む。
アデラィード。名を口にするだけでも心が満たされる。
今世は、ずっとアデラィードの傍に。
決して離れない。必ず護り通す。
俺が手にかけた王妃。
あの女は俺を怨んで死んだのだろうか?
復讐するために生まれ変わってくるのかな?
いいぜ。
……何処の誰に生まれ変わろうとも、また殺してやる。
何度でもな。
アデラィードを護るためなら何度でも。
何とか年内に完結する事が出来ました。
いろいろ不備もありますが、温い目で見ていただけるとありがたいです。(メンタルは豆腐なので…)
最後まで読んでいただき ありがとうございました。