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ペア  作者: 秋茄子
8/13

─王の章─

「ネオン!髪がきれいにできないー!」

妹分の喧しい声に、ネオンは耳飾りを付ける手を止めた。

「やってあげるから来なさいよ」

言うとテルルは嬉しそうにネオンのそばへやってくる。

ネオンはさっきまで自分の座っていたドレッサーの前をテルルのために空ける。

テルルはそこに座って、鏡の中の自分を睨んだ。

「ねぇネオン、私、化粧地味?」ネオンは鏡を覗く。幼さと女らしさの共存するテルルの顔は、薄く施された化粧がよく合って美しい。

「そのくらいでいいわよ。あんまり濃いと変だわ」

そう言うネオンの顔も、整った造りの上に薄く化粧が施されている。

「俺たちも出席するんですか?」

騎士科の学生の正装に身を包み、気後れ気味の黒曜がネオンたちに問うてくる。

「当たり前でしょ?騎士科は全員出席。それに私たち一応ヘルデライト家の関係者ってことになってるんだから、ねぇ?白夜」少しかっちりとした甘さのないデザインだが白がとてもきれいなドレスを着て嬉しそうなネオンが、同じく正装した白夜に小さく微笑んだ。

「でも学生は全員一緒の正装なんてつまんない」

テルルが膨れる。白夜が笑った。

「だけど騎士科のドレスは白くてきれいじゃないか」

「嬉しそうだな、白夜」

朱夏がきつそうに詰め襟をはずしながら言う。

「あ、何はずしてんだよ!?俺だって我慢してるのに!」

「だって息が詰まるんだよ!この服…」

朱夏が言い返す。

「俺たち息なんてしてねぇじゃねぇか!てめぇ、アスターの親戚の即位式だぞ?アスターに恥かかす気か!?」

「息詰まるってのゎ言葉のアヤだ、聞き流せよ。ってか俺、いくらヘルデライト博士の親戚でも剣王なんてのに興味ないもん」

この国の王は世襲によって決まるものではない。

もっとも強い騎士が王となる。

これを剣王制度という。

ここ数年、王の地位は、名門ヘルデライト家と、同じく名門のフェナス家の人間に占められている。そして、予てより体調の思わしくなかった先王が身罷り、今日即位する王はヘルデライト家の者、つまりアスターの縁者に決まったのだ。

といっても、アスターには何の得もない。

「王の近親者で、王族の待遇を受けられるのは王の二親等以内の血縁者だけだろ?ヘルデライト博士関係ねーじゃん」

それどころか今回剣王になったのは分家の人間だ。

国と家は関係ないので王になるのに本家も分家も関係ないのだが、分家の人間が王になれば本家の人間はおもしろくない。

その皺寄せが、本家の長男でありながら騎士にもならずにのらくらしているアスターにくるのは必至で、アスターとしては本当に何の得もないのだ。だがそれはそれとしてネオンたちは即位式の後のパーティーが楽しみで仕方ない。

アゲートはアゲートでヘルデライト家のその辺の事情にはなんとなく気付いているので、せめてアスターに恥をかかすまいと考えているのだが…。

「おぅお前ら、にぎやかだな」

現れた当のアスターはネクタイを締めてすらいなかった。

「っんだ!?そのよれよれの盛装はぁっ!!」

アゲートが吠えた。

「あ?何?」

アゲートは徹夜明けの髭面を指差して怒鳴る。

「お前がそんな格好してていいのかよ!」「はぁ?いいーんだよ。今度の剣王、俺のツレでさ、今更盛装なんてハズい…」

アスターが恥ずかしそうに後頭部をかいた。そんな仕草、かわいくもなんともない。

「そんな問題じゃねー!!即位式と結婚式くらいはどんな悪友のでも盛装しろよ」

卓袱台があればひっくり返さんばかりのアゲートを見て、テルルがアスターを着替えさせるために彼の部屋に連れて行く。

「アスター、着替えましょ。ちゃんとした盛装、昨日クローゼットに用意してあげておいたでしょ?」

仕方なく背中を押されながらアスターは部屋を出て行った。結局、ヘルデライト一行が即位式がおこなわれる剣王の城に着いたのは式までは時間があるが騎士科の集合にはだいぶ遅れた時間だった。

アスターは騎士科でもないのに、遅刻一行の代表としてアイリスに叱られていた。

その後のパーティーでは、アスターは本家と分家両方の親類から嫌味を言われていたが、気にも留めずに酒を飲んでいた。

「アスター、嫌味言われてる…」

テルルが心配そうにアスターの方を見ながら言う。

「ヘルデライトさんはあまり気にしてないみたいよ?」

ウイスタリアが言った。

「慣れてんだよ。いつものことだし、言わせとくのが一番だ」

アゲートが言って、ジュースを酒のように飲み干した。その時、騎士科の面々の周りの人垣が割れた。

カツ、カツ…と、ゆっくりした足音だけが響く。

「久しぶり、アイリス。ネオン・ガレナさんはいるかい?」

アイリスは微笑んで礼をとる。

「おめでとうございます。アレイ陛下」

現れたのはは剣王アレイ・ヘルデライト、その人だった。

周りの客たちがこちらを見ている。

このあとのダンスの相手を見定めたいのだ。

「ありがとう、アイリス。敬語なんか使わなくていいよ?リーダー」

アレイはおもしろそうに笑う。アイリスも少し笑ったが敬語のまま会話をする。

「相変わらずですね」

「君もね」

変わらないアイリスの真面目さにアレイは肩を竦めた。

「アイリスは剣王の学生時代のリーダーだったの?…ですか?」

テルルが丸い目で剣王を見上げる。

「そうだよ。君は?ネオンさん?」

「ネオンはこちらです陛下…」

ウイスタリアがネオンの背中を押してアレイの前に出す。ネオンは剣王を見上げた。

「なるほど、ホントにそっくりだ」

言われてネオンはニッコリと微笑んだ。

「…はじめまして」

「はじめまして。君を見たかったんだ。僕とアスターは彼が軍にいた時、『彼女』を取り合った仲なんだ。僕は子どもだったからアスターにとられちゃったけどね」『彼女』が誰か、知っているのはネオンとアイリスだけだ。

「知ってます。…『私』に用があるんですか?」

「そう、君に用があるんだ。ぜひお相手を願えないかなと思ってね?」

アレイの言葉にネオンよりも先にセリーズが黄色い声を上げた。

「お相手ってダンスのですかぁ?」

「あぁ、ダンスもぜひお願いしたいけど、まずはこっちで」

そうセリーズに微笑んで、再びネオンを見たアレイが見せたのはサーベルだった。

「アレイ…、剣王自ら、ご自身の即位パーティーで余興を見せる必要なんかないでしょう?」

アイリスが困ったように言った。

「どうして?せっかく最強の騎士の誉れを戴いたんだから少しくらいいいだろ?それに興味があるんだ。彼女は今、騎士科で一番強い子だろ?」

「アレイ…」

「臣下は帯刀を禁じられてるんですよ」

アイリスを制して、ネオンがきっぱりと言う。

「持って来させるよ」

「…わがままですね」

「よく言われたよ。『彼女』にも」

「ここでやるんですか?」

「うん、外の方が楽しいんだろうけど、あいにく雨が降りそうだからね」

剣王のそばによった男が彼に一振りの剣を渡す。

彼はそれを受けとってネオンに渡した。

「久しぶりね」

剣を受け取るために近付いたとき、ネオンはアレイにだけ聞こえるようにそう言った。アレイはまた、ニッコリと微笑んだ。


場は騒然としていた。「なぁアイリス、これネオンが勝っちまったらどうすんだよ」

アゲートが真剣に心配しているのに、ベリルは笑う。

「まさか、相手は騎士の中の騎士だぞ?」

アイリスは堅い顔をしているだけだった。


場がざわりとする。

ネオンがリーチを埋めるべくアレイの胸に飛び込んだ。

まるで抱擁を求めるように入り込んだネオンの、その手に握られた剣を剣王が受け止める。

剣と剣が噛み合って耳障りな音が発つ。その音を振り払うように、そのことで生まれる隙を恐れもせず、ネオンは大胆に舞うように腕を外に払った。

切っ先が離れる。

ネオンの動きは優雅だが剣を押し返して払う先程の戦い方などは実は力技だ。

「乱暴だな…」

アレイが笑って、ネオンの隙を突く。

すぐさま返ったネオンの剣が、さっきとは逆にそれを受け止める。

同じように切っ先を払った反動でアレイがよろめいた。

その隙を見逃さず、ネオンはアレイに向かって切っ先を繰り出す。

その切っ先を、よろめいたかに見えたアレイの剣が優しくいなした。

勢いをつけすぎたネオンが逆によろめき、その手からアレイが剣をたたき落とした。


「あ…」

テルルが信じられないと言うように声を上げた。

剣を取り落としたネオンに、剣王が切っ先を突き付けて笑った。

「技術、瞬発力、動態視力、腕力…。どれもすばらしいけどやっぱり君の強さは腕力だね。でも少しそれに頼りすぎかな?」

剣王は言う。

「腕力だけじゃ倒せないやつもいるよ。君は頭もいいし、センスもいい。それを使わなきゃそんだよ」

いつの間にか人々はネオンとアレイを囲うように丸い輪になっていた。

その人垣が、パンパンパンという拍手の音で割れる。

「…アスター…」

アゲートが音の主を見た。

「アスター、ネオンは僕が倒したよ」

「そうだね」

アスターがアレイに微笑む。

「これで君は『彼女』を越えられるかな?」

アレイの言葉に、アイリスがハッとしたようにアスターを見た。

「なんの話?ウイスタリアが首を傾げる」

「なんでもないわ」

ネオンが言いながらアイリスたちのもとへ戻って来る。

「ネオン、おつかれ。アゲートがお前が剣王に勝っちゃったらどうしようって心配してたよ」

バジルが笑った。

「まさか。あたしはまだ学生なのよ。余興なら他の強い人とやればいいのに、学生を相手に選ぶなんてずるいわ」

言葉とは裏腹にネオンは笑ってアスターとアレイを見た。

「あいつと戦うなんて、いい度胸してる」

「勝っただろ?」

アスターは肩を竦めた。

「リミッターつけてあるからな」

「リミッターがなくったって僕は勝ったよ。それしかないんだ。僕が寧音を吹っ切る方法…。彼女は偉大すぎたから、僕らが彼女を吹っ切るには勝つしかない」

「死人に勝つ…か」

「まだ死んでないよ。…いい加減、死なせてやれよ。君の中の彼女も」

「…」

「じゃないとネオンがかわいそうだ」

「…」


何か話していたアレイとアスターがそろってこちらへやって来る。

「ありがとう、ネオン」

アレイが微笑んで握手を求めてきた。

「こちらこそ」

ネオンは握手に応じる。

「まったく、俺になんの断りもなく…怪我したらどうするんだ?」

アスターがネオンの頭を撫でた。「あの…」

近寄って来た男がおずおずとアレイに声をかける。

「そろそろダンスパーティーを始めてもよろしいでしょうか」




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