−始りの章−
戦闘シーンあります。グロくはないけど、ご注意ください。
「お目覚めですか?ネオン・ガレナ」
その声の主は、ネオンにまったく気配を感じさせなかった。
『ネオン、変な女の子が…』
脳に直接、テルルからの信号が送られてきた。
『俺んとこにも来たぜ。変な男子…』
アゲートからも信号が届く。
「ネオン・ガレナ?」
自分を見たきり口を開かないネオンに、目の前の少年は首を傾げる。
ネオンは二人との通信を切り、目の前の少年に集中する。
「…誰?」
こうして対峙していても、少年からはなんの気配も感じない。
「漆原黒曜といいます。あなたに聞きたいことがあるのです」
「何?」
「あなたはヒューマノイドだと聞きました」
ネオンは少し迷った末にそれを認める。
「それが?」
「僕と同じヒューマノイドなのに、お菓子に釣られて捕まったとか…」
その言葉に驚きつつ、しかし妙に納得して、ネオンは答える。
「あなた、ヒューマノイドなの?でも頭良くないのね?釣られたのはあたしぢゃなくてアゲートよ」
「でもあなたも、テルル・マルメロもお菓子を食べましたよね?」
黒曜は興味もなさそうに、ただ問うた。
「…そうね、私たちはお菓子が大スキなの。甘いのとか、いいにおいとか、成分としてしか感じとれないけど、お菓子が大スキなようにプログラムされてるのよ」
黒曜がはっとしたように声をあげる。
「それが知りたい」
「どれ?」
首を傾げるネオンに、黒曜は一歩近付いた。
「ネオン・ガレナのことが…。僕はあなたのプログラムにとても興味がある」
ネオンは首を傾げたが、少し微笑んで自分のことを話し出す。
「…そうね、例えば帰って来て手洗いうがいをしない日が三日続くと風邪をひくようにプログラムされてるわ。それに人間の学校に通うのに必要ない過剰な力はリミッターで抑えてる」
「ではリミッターを外してみてください。テルル・マルメロ」
テルルの前に現れた少女は話を聞いてそう求める。
「テルルでいいのよ?雪絹白夜ちゃん」
テルルの微笑みに白夜も同様の微笑みを浮かべる。
「では私も白夜と呼んでください」
「っても、リミッターはアスターに外すなって言われてんだよ…えっと…」
頭を掻きながらアゲートが困ったように言うと、少年が意を汲み取って名乗る。
「南手朱夏だ」
「そう、南手朱夏!よろしくな」
アゲートはそう言って笑った。
「やぁ先生」
数人の軍人を率いてやってきたアイリスに、アスターは微笑んだ。アイリスの眉が不機嫌に動く。
「やぁじゃありません、ヘルデライト氏。あなたは自分が我が軍の重要な技術士であると共に、監視されるべき危険人物であることをお忘れじゃありませんか?」
「忘れてた、ごめん」
悪びれずに言うアスターに、アイリスは溜め息を吐く。
「まったく、だいたい私に直接連絡すればいいものを、わざわざ生徒達を通すなんて」
「あぁ、あんたに言っても許してもらえないと思ったから…。で?その生徒達は?まだネオンたちが見付かったって知らないのかな?」
アスターは辺りを眺めて、ウイスタリアたちがいないことに気付き、尋ねる。
「…知ってます。でも寮で待機させてます」
「君の生徒達は誰も足手まといになるような弱い子たちじゃない。その自負があるから、ミス・フェナスたちは来たがっただろう?」
アイリスは首を振る。
「フェナスよりもエレスチャルが来たがってましたが、連れては来れません。素人には変わりないし、万が一ネオンたちの正体がバレて、パニックになったら大変でしょう?あなたも」
「…なるほど。お気遣い痛み入るな」
皮肉っぽいアスターの言葉にアイリスは眉を顰める。
「イヤミは結構です。それで?彼らは今どこに?」
アスターは黙って小さなモニターをアイリスに渡す。
三色の点が、バラバラに存在しているのが見て取れる。
「赤がネオン、青がアゲート、黄色がテルルだ」
「…よくもこんなものを隠していましたね?一人で探そうだなんて、無茶なことを…」
アイリスの低い声に、アスターは肩を竦めた。
「…脱走なら一人で探して、ぶん殴ってこっそり連れ戻るつもりだった。でも脱走じゃないようだったんでな、軍に助けを求めた」
「バカも休み休みにしてください。子どもじゃないんだから」
アイリスの叱責にアスターは笑う。
「あぁ、まったくだな」
アイリスは溜め息を吐くと、軍人の一人にモニターを渡して、何か言いつけ、アスターを自分の乗ってきた車に乗せた。
「あとはプロに任せて、私たちは帰って待機していますよ」
「プロ?プロっていうなら、あいつらに関して、俺以上のプロがいるのかい?」
アスターはおどけて言った。
「ネオン・ガレナ、あなたの大事なアスター・ヘルデライト博士の名誉のためにも、リミッターを外した方がいい」
漆原黒曜はそう微笑んだ。
「何故ならあなたたちはあれくらいの薬で動けなくなるような弱者じゃない…、そうでしょ?テルル」
雪絹白夜は微笑みを深くして首を傾げる。
「あのヘルデライト博士の造った子どもたちが、我々に簡単に壊されるなんて、我々のマスターも望まないんだよ、アゲート・ジェード」
南手朱夏は笑みを消して告げた。
「なんだ、友達になりにきたんじゃないのかよ?朱夏…男のヒューマノイドに会ったのは初めてだから、期待してたのに…」
アゲートはそう言って笑った。
「心配してくれてありがとう、白夜。あなたの言う通りだわ」
テルルは薬がきれたことを確認するために手を握ったり開いたりして言う。
「それにここなら、アスターも見てないし」
ネオンは悪戯っぽく舌を出してウインクした。
「いい?おとなしく男子寮にもどるのよ!二人をお願いね、シアル」
「大丈夫だよ、ウィスタ」
心配そうに言うウイスタリアに返事をし、シアルはバジルとベリルの背中を押して寮の方へ歩いて行く。
ウイスタリアはそれを見て、セリーズと共に女子寮へ戻った。
ウイスタリアと別れて部屋へ戻ってから、セリーズは窓に駆け寄る。
窓の下に三人の少年がいた。
「シアルもセリーズも、ヘルデライトさんがきっと連れて帰ってくれるって言ってたくせに」
ベリルがそう言って笑う。
「まぁね、でも仲間外れは嫌なんだ」
シアルがベリルの横を歩きながら言う。
「でもウィスタを仲間外れにしちゃったわ…」
セリーズが悲しそうに先頭を歩くバジルの服の裾を握った。
「後でちゃんと謝ろうな」
慰めるようにバジルがセリーズの頭を撫でた。
セリーズは不安げな顔のまま、コクリと頷いた。
肌と肌がぶつかったとは思えない音を発てて、ネオンと黒曜は空中で足と腕をそれぞれ繰り出す。
着地してすぐにネオンが左に傾いた。黒曜の腕に思い切りぶつけた左足が傷付いている。
「まだ人より少し硬いくらいですね。私はあなたと同じヒューマノイドなんですよ?もっと硬度をあげないと、ダメージを受けるのはあなただけです、ネオン・ガレナ」
「ホントにヒューマノイドかどうかわからなかったからね」
ネオンは左足を庇いながら言い、黒曜は肩を竦める。
「なるほど。でもこれでわかったでしょう?きちんとリミッターを外してください」
「…そうね」
ネオンは少し迷い、脳の回線を開く。すぐにテルルとアゲートからの信号が届いた。
『ネオン、アゲート、白夜はすごく強いみたい。リミッターを外してもいい?』
『楽しそうな声だなぁ、テルル。でもこっちの朱夏もけっこう強いぜ』
ネオンは笑う。
『おんなじ状況みたいね。それなら私たち、共犯よ。リミッターを外したことは、私たちだけの秘密ね』
二人からの返事に頷き、ネオンは再び回線を切った。
「きょうだいたちとの相談は済みましたか?」
黒曜が眼前に迫りながら言う。
「あなたのきょうだいも強いみたいね」
「ええ、強いですよ。今の通信はきょうだいたちからのSOSですか?」
ネオンはリミッターを外して、硬度を高め、黒曜の拳を受ける。
「そう思う?」
今度は高い音を発てただけでどちらの体にも傷は付かなかった。
「…硬さでは同等らしい」
「次は何で勝負する?」
挑発して、ネオンは壊れた左足を繰り出す。
硬度をましたそれは黒曜の脇腹に当たり、その体を撥ね飛ばした。
「あたしたちを本気にさせて、一体どうしたいのかしら?あなたのマスターは…」
「なー、朱夏。ひょっとしてさ、お前のマスターはヒューマノイドでアスターに張り合うつもりじゃねーの?」
硬質な音を発てて倒れた朱夏に、アゲートは問う。
「知らない、俺は言われた通りに戦うだけだ」
朱夏の答えにアゲートは天井を見上げた。
「言われた通りに、ね?もしかしてさ、俺たちにわざわざリミッターを外させたのは、俺たちの力をみるためで、お前はそのためのものさしにされてるってことはないか?」
アゲートの見上げた先に小さなカメラがある。
先ほどから部屋の様子を映し続けている。
「それも知らない」
「…そうか」
アゲートは視線を朱夏に戻した。
「だが、フルパワーのお前たちを俺たちが倒すことを、マスターは期待してるのかもしれないだろ?」
「…ああ、そうも考えられるな」
認めて頷いたアゲートに、朱夏は飛び上がり、アゲート目掛けて蹴りを出す。
「どちらにしても、勝負がつけばわかることだ」
「テルルは戦うことがだぁーいすきなの。だから、白夜のマスターが何を考えてたって構わないわ」
「私もです、テルル」
白夜の返事にテルルは微笑み、傷だらけの白夜を眺める。
「だけどね、ネオンとアゲートが気にしているし、私は白夜も大スキだから訊いておくの」
白夜は首を傾げた。
「…なんですか?」
「とどめを刺しても、いいかしら?」
「もちろんです、テルル…」
「おやすみ、白夜。遊んでくれて、ありがとう。白夜がいたから、ネオンとアゲートがいなくてもつまらなくなかったのよ」
テルルの腕が、白夜の胸を貫いた。
「おやすみなさい、テルル」
白夜が言った。
「やなもんね、黒曜。同じヒューマノイドの壊れる様子は…」
ネオンはしばらく瞑目していたが、やがて左足を引きずって、黒曜の入って来た扉から外に出た。
扉に鍵はかかっていなかった。
「勝負がついてもわからなかったな、朱夏…。いい勝負だったから…」
戦った部屋を振り返りながら言って、廊下を歩き出し、アゲートは舌打ちする。
「リミッターが壊れてる…。くそっ、どっちにしてもアスターにバレるんじゃねーか、リミッター外したこと…」
ぶつぶつ言いながら、アゲートはネオンとテルルの居場所を探る。
どうせ怒られるなら、とリミッターが壊れて制限をなくした脚力のままに窓から飛び上がり、屋上に登る。
上から見ると、工場のようだった。
「ふふ、アゲート見っ付けた」
可愛らしい声に振り返ると、そこには耳が片方取れたテルルと、そのテルルに肩を借りている左足がボロボロのネオンがいた。
「…ひどい格好ね」
腕の取れかけたアゲートにテルルが笑う。
「人のこと言えるのかよ」
「言えないわね」
ネオンが笑った。
「しかもリミッターが付け直せないの。壊れちゃったみたい…」
「テルルもなの」
「俺もだ」
アゲートの言葉にネオンが少し考えて口を開く。
「…それって、アスターがわざと一回外したら付け直せないように細工しといたってことかもね…」
「…そうかも」
テルルが困ったように両手で頬を押さえた。
「どうしよぅー」
ネオンが溜め息を吐いた。
「ま、諦めて怒られるしかないんじゃない?」
「…ここから無事に出られたらな」
工場の屋上に建つ小さな小屋みたいなエスカレーター室から、稼動音がする。
「誰か登ってくる…」
テルルがネオンの後ろに隠れる。「今なら負けないけどな…」
「だめよ、今普通の人間と戦ったら、絶対殺しちゃうわ」
ネオンがアゲートの肩を抑えて落ち着かせる。
「飛び下りられるかしら…」
チラリと屋上の縁から下を見たネオンの目が見開かれる。
「アスターだわ!」
ネオンの後ろから下をみたテルルの目がキュゥンと音を発てて、望遠に切り替えられる。
「マジで?」
アゲートも顔を歪めて下を見る。アスターが手を振っており、その隣りには彼らの先生が仁王立ちしている。
「アイリス先生もいる…」
ネオンが溜め息を吐く。
「っていうかバジルたちもいるケド」
テルルがアスターたちからは見えない壁を指差す。
「ウィスタだ…」
ウイスタリアがアイリスたちに駆け寄るのをアゲートが見付ける。
アスターがウイスタリアの頭を撫でてこちらを指差し、ウイスタリアの顔に一瞬、ホッとした色が浮かんだ。
アイリスが大股でバジルたちの隠れている壁に近付いて行くのが見えたとき、エスカレーターが開いて数人の軍人が現れた。
ホッと肩の力を抜いたネオンたちに、軍人たちは銃を向ける。
「…なんだよ?俺たちは脱走したんじゃないぜ!」
アゲートが声を上げるが、軍人たちは警戒を解かない。
「ネオン・ガレナ、アゲート・ジェード、テルル・マルメロか」
「そうです。意識もはっきりしてるし、あなたたちが敵じゃないことも認識できます。電子頭脳に問題はありません」
ネオンの言葉に軍人たちは銃を下ろした。
「担架を…」
軍人の中で服も歳も一番偉そうな男が部下に命じるのを、ネオンが遮る。
「痛いところはありません。テルルに肩を借りれば歩けます」
「テルルも担架キラーイ」
そう言って笑うネオンたちを異質なものを見る目で見て、軍人たちは黙ったが、すぐに彼らに近付いて、出口へ誘導する。
工場から出ると生徒達は帰らされた後だった。
「アスター!」
テルルが駆け出したために倒れかけたネオンをアゲートが支え、一緒にアスターに近寄る。
「アスター、ごめん、リミッター外した」
テルルを撫でていたのとは逆の手で、すまなそうなネオンの頭を撫でてアスターは微笑む。
「仕方ないやつらだな…」
テルルから手を離し、アゲートも撫でようとしたが避けられて肩を竦め、アスターは三人を見る。
「ま、無事でよかったよ」
「…これを無事といいますか…?」
アイリスが溜め息を吐いた。
「電子頭脳は無事なの?ガレナ」
「無事よ、アイリス先生」
「それならよかったわ」
その様子にアスターが笑った。
「アイリス先生、あれでも心配してたんだ」
「心配なんかしてませんでしたよ、ヘルデライト氏。ガレナたちが強いのは知ってるもの。でも今ボロボロのこの子たちを見て、初めて心配しました」
アゲートが首を傾げた。
「変なの、アイリス。俺たちが見付かったのに心配するんだな?」
「するわよ。とにかく、今日はゆっくり休みなさい」
アイリスは言い、車に乗り込む。
アスターがテルルの背を押してそれに続きながら、ネオンとアゲートを促した。
「帰るぞ」
ネオンは頷き、歩き出そうとしたが、アゲートが動かなかった。そして自分の右足も動けなくなっていることに気付き、そのまま二人して倒れる。
驚くアスターの隣りでテルルも倒れた。慌てたようにアイリスが車から降りてくる。
「どうしたんですか?」
「…燃料切れだ。無理したらしいからな…」
アスターは溜め息を吐いて、テルルの首の後ろを確かめる。
「心配いらない。悪いが車まで運んでくれ」
軍人の一人に言い、アスターは車の方へ行く。
アイリスはその後ろ姿と倒れ込んだ三体のヒューマノイドを見比べ、アスターを追いかける。
「心配してたんじゃないんですか?」
「してたよ。でももう大丈夫だろ?」
荷物のように運ばれるネオンたちを見て、アイリスは声をあげる。
「丁寧に運んでちょうだい!生徒なのよ」
慌てて、ネオンたちの体を持ち直す軍人たちを見てから、アイリスはアスターを見た。
「あんな扱いをされて平気なんですか?」
「いや、どこが傷付いてるかわからないからなるべく丁寧に運んでほしかったんだ。言ってくれて助かった」
淡々と言うアスターを、アイリスは睨む。
「あまり気にしていたようには見えませんでしたけど?」
「…まあね、電源は完璧に落ちてるから、メモリーが消えたりすることはないし、そう心配はいらないんだ」
アイリスはアスターの隣りに乗り込む。
「えらく態度が違いますね?」
言うと、アスターは失笑した。
「それはそうだろ?電源の落ちたあいつらは、ただの人形だ…」
「つまりあなたの興味の対象ではなくなる、ということですか?」
睨み付けるアイリスの瞳を真っ向から受け止め、アスターは頷いた。
「そういうことだ」
「優しくするのもただたんに興味があるからというだけなのね」
嫌悪感を顕にするアイリスに、アスターはクスリと笑う。
「そっちこそ、えらく態度が違うじゃないか?いつもの元気なあいつらは怖いけど、弱っている姿を見たらかわいそうになった?」
アスターは体を背凭れから離し、アイリスに顔を近付けて問う。
「…それは…」
言い淀むアイリスに興味をなくした様にアスターは背凭れに勢いよく背中を預ける。
「勝手なのはお互い様だろ?君に責められるいわれはないな」
アイリスは黙る。
アスターも沈黙し、車内が少し暗くなった様な重たい雰囲気が二人に纏い付く。
「すいませんでした」
しばらくして、アイリスの方が沈黙を破った。
アスターはアイリスの顔をまじまじと見つめ、何か言おうとしたが、その前にアスターのラボの前で車は泊まった。車のドアを外から開けられ、仕方なく車から降りる。
「今日は迷惑をかけた。また明日な、先生」
「ええ、それでは失礼します」
ドアが閉まり、ネオンたちをラボへ運んだ軍人たちが乗り込むのを待って、車は発進し、アスターはイライラと頭を掻いてラボへ入って行った。
アスターは自分のデスクへ向かい、鳴り続ける電話の受話器を上げる。
呼び出し音が途切れた。
「やぁ、いいデータはとれたかな?御手洗博士」
電話相手は何も言わないが電話を切ろうともしない。
「君の危険な実験のおかげでうちの子たちは大ダメージだ。ボディのダメージは修復できるが、同じヒューマノイドを葬ったことで心にもダメージを負った可能性がある」
電話相手が笑った気配を感じて、アスターは眉を寄せた。
「何がおかしい?」
「すまない、ヘルデライト博士。バカにしたんじゃない。むしろ尊敬してるんだ。三体のヒューマノイドの個性、思考回路、そして感情、どれをとっても私の造った出来損ない共と同じ機械とは思えない。最高だ」
電話相手は興奮した様子で言う。
「…ありがとう。だけど数を数えるのはもう終わりだ、御手洗博士。俺はあんたが気に入らない。かくれんぼの始まりだ」
「…そうか、なら私はあなたに見付からないように自分の研究を続けるよ。できればときどきあなたのヒューマノイドを借りたかったけれど、あなたも私も研究者だ。意見の相違は、残念だが仕方ない」
アスターは笑う。
「昔、共に研究していたときは気も合ったんだがな」
「まったくだ。」
「ところで、君の出来損ないと言ったあの三体は軍が押収したが、俺がもらってもいいか?」
思い出したようにアスターが問う。
「黒曜たちかい?もちろんだ。何に使うのかしらないけれど光栄だよ」
「ありがとう。それじゃあさようなら」
「もう一ついいかな?博士。あのネオンというヒューマノイドは…」
それからアスターは三日かけて六体のヒューマノイドの修復をした後、始末書を書かされた。
「…なんで俺が…」
「ネオンたちの監督者としての落ち度に対してと、ご自身の勝手な行動に対する報いです」
アイリスは淡々と言う。
「ネオンたちは反省文は?」
「彼らは何もわるくないでしょ?」
アスターは体をのけ反らせて喚く。
「くそっ、俺だけ…いや、俺たちだけ、か…?」
ふと気付いた様に、アイリスの大事に抱えている紙束をひったくる。
「あ…」
「アスター・ヘルデライトの監視役としての落ち度に対する報い、ですか?先生」
アイリスは慌てて紙束を取り換えし、机の上で端をそろえる。
「…そうです」
「移させてよ」
「何言ってるんですか?自分で書きなさい。バジルたちだって自分で書いたのに」
アイリスは言って、机の上の白紙をパンッと叩く。
「あ、あの時、寮を抜け出してきた子たちね。あの子らも反省文かぁ」
アスターはクスクス笑った。
「当然です。あなたも、もう書きたくなかったらこれからはちゃんと私に相談してください」
「え?」
「自分が会議のとき言ってたんじゃないですか?始まるんでしょ?かくれんぼが…」
アスターは窓の外を見た。
いつもの公園に遊ぶ三人の子どもたち。その中に以前はいたはずの犬は、戻らない。
「…ああ」
代わりに加わったもう三人の子どもたちは、離れた場所からただネオンたちを見ている。
六人の内の一人に目を止め、アスターはつい最近、電話で話した男の言葉を思い出す。
“あのネオンというヒューマノイドは、彼女ににてるね”
「始まってはいたのさ、ずっと前から…ただ随分長いこと、俺は数を数えてた」
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