86.双子騎士
グリフィスは片手を伸ばし、血に濡れて輝きを失った銀白の長髪をつかむと、容赦なく上へ引き上げた。吊るされているだけでも苦痛に喘いでいたディアドラは、否応なく彼を仰ぎ見る形になる。
「どうだ。いつも顎を上げて、ご立派な道理ばかり並べていた光騎士様。苦しいか? 悔しいか?」
「頼んでみろよ! 崇め奉られるのに慣れすぎて、人に頼む言葉すら知らないのか?」
髪の根元から頭皮を引っ張られ、裂けるような激痛が走る。ディアドラの顔は歪むほど強く引きつられていた。それでも問いかけに答える代わりに、残った力を振り絞って口を開き、ぺっと血の混じった唾を、その吐き気のする顔へ吐きかけた。
グリフィスは手の甲で顔を拭い、血の混じった生臭い唾を見た。女悪魔に追い詰められ、すでに限界まで追い込まれていた彼の表情が、次第に醜く歪んでいく。
もう片方の手をディアドラの肩へ伸ばすと、親指をそこにある傷口へ力任せに突き込み、激しくかき回した!
「ぁああああ!!!」
絶叫が迸る!
肩の奥を抉られるような凄まじい痛みに、強靭な意志を持つ光騎士でさえ悲鳴を抑えられなかった。瀕死だった身体が激痛に大きく震え、彼女を拘束する鎖がけたたましく鳴り続ける。
いつも清らかで冷ややかだった顔が苦痛に歪むのを見て、グリフィスはなぜかたまらない快感を覚えた。
ようやく何かから解放されたような感覚があった。
女悪魔が何を楽しんでいたのか、ようやく分かったような気さえする。ここ数日の不安も、恐怖も、重圧も、すべてに吐き出し口が見つかった!
その快感に押されるまま、彼はさらに力を込める。相手が苦しめば苦しむほど、気分がよかった!
灯火の揺れる地下の密室で、再び拷問が始まった。
ただ、加害者が女悪魔から、もう一人の人でなしへと変わっただけだった。
だが、誰にも気づかれないこの暗い場所で、かつて希望町の教会の地下室に現れた黒い光が再び姿を現し、少しずつ、ゆっくりとディアドラの身体へ溶け込んでいく。
「もう遊びは十分? 私の命令はどうしたの。さっさと犯しなさいよ」
突然、傍らで眺めていたドロシーが、苛立ったように問いかけた。
最初のうちは、完璧な仮面を被っていたグリフィスが、苦痛を楽しむ異常者へと変わっていく様子もそれなりに面白かった。だが、長く見ていればさすがに飽きる。
何しろ、こんな光景を見るのは初めてではない。
その冷たい一喝で、グリフィスは好き勝手に振るっていた暴力から一気に我へ返った。自分がどんな状況に置かれているのかを思い出し、慌てて振り返って媚びるような笑みを浮かべる。
「すぐにやります、ドロシー様。あなたに逆らったことも、身の程をわきまえなかったことも、必ず後悔させてやります」
そのやり取りの隙に、ディアドラは続く激痛からわずかに息をついた。
限界まで強張った身体から流れ出た汗が額を伝う。もともと血の気を失っていた顔は、かすかな火の光に照らされ、いっそう痛々しく見えた。
だが、なぜなのか。
身体の内側から、少しずつ力が湧き上がってくるのを感じる!
「お前は……最初から……有能なんかじゃ……なかった……ただの……役立たず……だ……!」
ここまで追い詰められてもなお、自分を曲げずに言い返してくる光騎士に、グリフィスはさらに激昂した。
その言葉は、屈服して頭を下げた自分自身の無能さを、嫌でも突きつけてくるものだったからだ!
今度のグリフィスには、もう容赦がなかった。
一度、心の中にいた暴力という名の怪物を解き放ってしまった彼には、命令を実行することへの抵抗も残っていない。
怒りに任せ、両手の四本ずつの指を逆向きにディアドラの口へ突っ込み、いつまでも言葉を吐き続ける鬱陶しい口を無理やり左右へ押し広げた。ついには口元の皮膚が裂け、血が流れ出す。
かつてバランドの完璧な恋人とまで呼ばれた貴族の男は、下半身を突き出しながら近づき、醜悪な笑みを浮かべた。
「よく喋るじゃないか。だが、どれだけ喋ったところで事実は変わらない!」
「今のお前は、好きなように弄ばれるだけの囚人だ! ここでは光神でさえ、お前を救えない!」
怒鳴り声とともに、グリフィスは自らの下半身をディアドラの口へ押し込んだ!
「ははははっ!」
「どうだ、光騎士! お前だって結局、何もできない役立たずじゃないか!」
口の中に広がる悪臭と、不快な柔らかい感触。
目の前には、卑しい勝ち誇った笑みを浮かべる顔がある。
失血と拷問で霞む視界の中、ディアドラは一瞬、このところ自分の身に起きたすべてを見たような気がした。
ヴィンセントに吸血されたことで残った、理性を失うほどの後遺症。
教会本部の不自然な対応と、司教の説得。
老バダと皇家冒険団数千人の死。
ドロシーによる拷問と虐待。
そして今、この無能な男から受けている屈辱!
そのどれ一つとして、光神は救ってくれなかった。
だが――
闇神なら!!!
金色の双眸に、一瞬で漆黒の光焔が宿る!
久しく失われていた力が、身体の内側から尽きることなく湧き上がった。そしてディアドラが最初にしたことは、全力で噛み締めることだった!
口の中に入っていた八本の指と、柔らかな下半身が、一瞬でまとめて噛み切られる!
「ぎゃあああああ!!!」
凄まじい絶叫が、再び地下牢に響き渡った。
ただし今度は、男の制御を失った悲鳴だった!
面白そうに眺めていたドロシーは異変を察し、即座に立ち上がった。
骨と血で形作られた翼を広げて血族の姿へ変じ、暴走したディアドラを天賦「血液操作」で押さえ込もうとする。
だがその瞬間、悲鳴を上げていたグリフィスの身体が黒い光の瞬きとともに弾き飛ばされ、真正面からこちらへ飛んできた。
ドロシーは腹立たしげに腕を振るい、この役立たずを打ち払う。グリフィスの身体は地面へ叩きつけられ、そのまま激しく転がり、何度もぶつかった。
まるで投げ捨てられたゴミのように、その場へ放置される。
両手と下半身からは、大量の血だけが流れ続けていた。
同時に、鎖が鋭く千切れる音が響く。
ドロシーが驚いて振り返った時には、両目に黒い光を宿したディアドラが、すでに目の前まで迫っていた!
腹部へ一撃!
これまで幾日も自分に浴びせられてきた暴力を、そのまま叩き返すかのような拳だった!
大量の黒い気配をまとった重い拳がドロシーの腹部へ直撃し、肉体を背中側へ突き出すほど深くめり込む。
不自然に盛り上がった背中から、ばきばきと骨の砕ける音が響き、その身体は宙へ吹き飛ばされて岩の天井へ激突した!
奇襲による反撃を成功させても、ディアドラは余計な言葉を口にしなかった。
もともと彼女は言葉で争うことに興味などない。
この機会に女悪魔を殺す。
ただ、それだけだった!
左手で地面へ落ちてきたドロシーの髪をつかみ、右拳に力を溜める。
黒く不吉な気配が拳へ集まり、女悪魔の顔面を狙って全力で叩き潰そうとする!
だが、まさに拳を振り下ろそうとした瞬間。
力を込めた右腕が、何かに強く引き止められた!
いつの間にか地下牢の天井には数体の鎌蜘蛛が現れており、次々と吐き出される糸の粘着力と拘束力によって、一時的に拳を振るえなくなっていた。
呼び寄せた援軍が間に合ったと知り、強烈な一撃からようやく息を取り戻したドロシーは、食欲の赴くまま口を開き、ディアドラの首筋へ噛みつこうとする!
何日も囚われ、虐待を受け続けていたディアドラは、新たな力を得たとはいえ、それを完全に発揮できる状態ではない。
右拳がようやく糸を振りほどいた時には、今度は女悪魔がすでに目の前まで迫っていた!
間に合わない。
それでもディアドラは退かなかった。
相討ちを覚悟し、命を投げ出す決意で、黒い光を凝縮させる。
そして短い軌道のフックへ切り替え、相手のこめかみへ拳を叩き込もうとした!
二人は再び、生死を懸けてぶつかり合う。
「ドンッ!」
重い衝撃音が響いた!
だが、吹き飛ばされたのは速度で勝っていたはずのドロシーだった。
爆発でも受けたように高速で弾き飛ばされ、分厚い岩壁を突き破り、以前グリフィスを閉じ込めていた牢へと転がり込む。
立て続けに強烈な一撃を受けた彼女は、その場で動けなくなった。
女悪魔が重傷を負ったというのに、ディアドラの表情には安堵も得意げな色もなかった。
なぜなら――
今の一撃は、彼女が放ったものではない!
黒い気配を放つ拳は、まだ宙に浮いたまま。
そして、その拳を別の手がつかんでいた!
「悪くない。なかなか面白い力に目覚めたじゃない。期待している」
声の主は、金髪に褐色の肌。大衣を肩に掛けたその姿からは凛然とした威圧感が漂い、血のように赤い双眸が、傷だらけのディアドラの裸体を何度も行き来しながら観察していた。
「エリカ!!!」
迷宮城の魔王が目の前にいると分かった瞬間、ディアドラは生死への執着を捨てた。
すべての黒いエネルギーを左手へ集め、空気を切り裂く勢いで、相手の右脇腹へ一撃を叩き込む!
轟音とともに衝撃波が炸裂し、地下牢全体がわずかに揺れた。
鮮血が、エリカの口元から細く流れ落ちる。
エリカは自分の脇腹へ打ち込まれているディアドラの拳を軽く払いのけ、滴る血を拭った。それから身体をわずかに捻ってほぐす。
次の瞬間には、まるで何事もなかったかのように元通りになっていた。
天賦「耐性」と天賦「強靭」。二つの天賦を持つことで、不死族である彼女は大半の攻撃を容易に受け止められる。
「周到に準備した奇襲なら、一度くらい私を殺せる可能性はある。でも万全だった頃のあなたでさえ、正面から戦って私には勝てなかった。まして今は全身傷だらけ。現実は分かった?」
エリカへの答えは、二度目の攻撃だった!
右手はいまだ完全につかまれている。だが騎士としての戦技を熟知するディアドラは、接近戦にも長けていた。
右足を軸に身体を素早く回転させ、左脚を地面から一気に跳ね上げる。空中に鮮やかな円弧を描いた蹴りが、魔王の急所である首を強烈に狙った!
鋭い角度から迫る一撃を前にしても、エリカの身体はほとんど動かない。ただ右手だけを、わずかに上げた。
拳と脚がぶつかる!
再び強烈な正面衝突。
漆黒と蒼灰のエネルギーが激しく弾け、地下牢がもう一度大きく揺れた!
すべての動きが収まった時。
エリカは巨岩のように、その場から微動だにしていなかった。
だが今度は、わずかに笑みを浮かべると、手を放してディアドラを軽く押し戻した。
ディアドラは何も尋ねず、何も疑問に思わなかった。目の前の魔王が何を考えていようと関係ない。自分には、光騎士として果たすべき義務がある。
悪魔を滅ぼす!
細かく鋭い足運びで一気に前へ詰める。
ディアドラは身を低くして突っ込み、左右の手を押し合わせるように構え、右肘を先端にした。大量の黒い光をそこへ集め、全力で相手の心臓へぶつける!
黒い気配をまとった渾身の一撃。
しかし魔王の身体へ激突した瞬間、響いたのは金属同士を打ち合わせたような硬い音だった!
手応えはまるでない。
それどころか、肘には痺れるような痛みが走り、さらに極めて冷たい気配が身体へ侵入し、広がり始める。
ディアドラは愕然とした。
分かる。
目の前の魔王は、以前よりもさらに強くなっている!
それでもエリカは手を出さず、余裕すら感じさせる様子でこちらを見ていた。
ディアドラは今度こそ自ら素早く後退し、距離を取る。
死ぬ覚悟で挑まなければ、この強大な魔王を倒す機会などない。
いや、それどころか傷を負わせることさえできないだろう。
だが、相手が自分を侮り、機会を与えているのなら――
ディアドラがそれを逃すはずがない!
両手を伸ばし、掌を上へ向ける。
左右それぞれに、眩く輝く金色の光と、不吉な漆黒の光が集まり始めた!
まったく異なる性質を持つ二つのエネルギーは、広がりながら交錯し、互いに作用することで激しい波動を生み出していく。
ついにエリカの表情にも警戒の色が浮かんだ。
同時に、彼女はもう一つのことに気づく。
傷だらけで血に濡れ、場所によっては骨まで露出しているディアドラの両手が、相反する二つのエネルギーの衝突に耐えきれなくなっていた。
皮膚も肉も、少しずつ崩れ始めている。
それを見たエリカは、わずかに眉を寄せた。
「あなたを軽く見たのは私の間違い。少し暴れれば冷静になると思っていたけど、どうやら別の方法でちゃんと話す必要がありそうだ」
言い終わると同時に、エリカが地面を踏み込む!
足元が砕ける轟音が響いた時には、その姿はもうそこになかった。
天賦「剛力」による圧倒的な脚力で地面を蹴り、一気に身体を加速させる。
技巧などない、ただひたすら粗暴な突進。
しかし、それゆえに極めて有効だった。
ディアドラが反応して動き出すよりも早く、エリカはすでに目の前まで迫り、エネルギーを蓄えていた両手をつかんでいた。
強烈な冷気を帯びた蒼灰色の光が大量に溢れ出し、正面から光と闇のエネルギーの集束を打ち散らす!
三種のエネルギーが正面から激突し、地下牢の内部で激しい爆発を引き起こした!
魔王も光騎士も、すでに普通の生命が持つ力の領域を大きく超えている。
三色の光が絡み合い、歪みながら生じた衝撃の輪が轟然と炸裂し、幾重にも押し寄せる波動によって空中庭園全体が激しく揺れ続けた!
数呼吸の後。
ようやく衝撃波が収まった。
至近距離で繰り返されたエネルギー爆発の衝撃によって、疲弊し、重傷を負っていたディアドラはとうとう意識を失った。大量の鮮血が全身を染め、まるで血まみれの人形のようになっている。
傷一つ負っていないエリカは、光騎士を片腕で脇に抱え、その場を離れようとした。
その時、傍らの牢から悔しげな怒声が響く。
「エリカ!」
「どうして……どうして私を攻撃したの! あいつじゃなくて! 敵なのはあいつでしょう!」
口元から血の混じった涎を垂らしながら、ドロシーは脇腹を押さえ、苦しげに牢から立ち上がった。顔を激しく歪め、声を荒らげて問い詰める。
だが、ドロシーの不満と非難を受けても、エリカは一度彼女へ視線を向けただけだった。
その表情が沈み、声もひどく重くなる。
床一面の惨状と、いまだ苦しげに呻いているグリフィスを指し示しながら言った。
「ドロシー。私たちがどこから逃げ出してきたのか、忘れないで。あなたが今日までここに立っていられるのは、私がロナと交わした約束があるから。それだけよ」
「どうして! ロナは私たちのお姉ちゃんなのに、どうしてあの人と同じように私を扱ってくれないの! 私だって逃げるためにたくさんの代償を払った! それなのに、どうして私のことは無視するの!!!」
世界の心が通路を開く。
エリカは、その先に広がる漆黒へ向かって歩き出した。
床の上で身体を丸め、苦痛に呻いている男の傍らを通り過ぎる時、今度は視線さえ向けなかった。
ただ、足を軽く持ち上げる。
そして――
下ろした。
吐き気のする頭蓋が、足の下で砕け潰れる!
最後に、冷たく一言だけ残した。
「彼女は死んだ。お前は死ななかった。だからだ。」




