8.出発
翌日。
製錬区で装備を整えた冒険者たちは、グリフィス自らの熱心な見送りを受けながら、その大半が浮かない顔のまま、「死亡峡谷」と呼ばれる目的地へ向けて出発した。
緑豊かな帝国辺境を離れ、残った十八人の冒険者で構成された探索隊は、正式に壊死の大地へ足を踏み入れる。
カルロと老バダに率いられ、一行は速度こそそれほど出ないものの、脚力に優れ、持久力もある小型種の馬に乗って先を急いだ。アンダだけは例外で、特別に一台の馬車へ乗せられている。
壊死の大地は、実のところ未だ十分に探索されていない。どれほど広大なのかさえ、蒼藍帝国にも分かっていないと言っていいほどだった。
ただ、現在の目的は迷宮城の攻略にある。そのため、戦力も注意も死亡峡谷へ集中させており、周辺には今なお少なくない魔獣や邪悪体が残されている。
皇家冒険団も固定経路については、これまで継続的に掃討や追い払いを行ってきた。それでも余計な事態に巻き込まれないためには、一刻も早く目的地へ到着したほうがいい。
未知の環境がどれほど危険かは、冒険者たち全員が理解していた。
休息も取らず、半日近く急ぎ続けた末、一行はようやく目的地を目にした。
空は黒く重い雲に覆われ、わずかな薄暗い光だけが厚い雲を透かして差し込んでいる。
二つの暗褐色の巨大な断崖が、天地を貫くように向かい合ってそびえ立ち、その間には深く長大な裂け目が形成されていた。
そこからは時折、強く冷たい風が吹き抜けてくる。荒れ果てた周囲では正体の分からない奇妙な音が聞こえ、まるで幽鬼の棲む地のような不気味さを漂わせていた。
「皇家冒険団が設置した前線野営地は、あの断崖の手前にある。あそこが攻略の入口でもある。グリフィス副組長から、先に連絡を入れてもらっている。行こう」
カルロに率いられ、長時間走り続けてきた冒険者たちは、ようやく休めることを期待しながら前線野営地へ向かった。
後勤組によって設置されたこの前線野営地は、先ほどまでいた攻略の中心となる野営地ほど広大ではない。それでも食料、医療、装備など、必要な支援は一通り揃っていた。
蒼藍帝国に対する不満やわだかまりはまだ残っていたが、その準備の行き届きようを目にすると、冒険者たちも内心では認めざるを得なかった。
小型種の馬や、これより先では使わない荷物を担当者へ預けると、以前にも一度ここを訪れていた老バダは、慣れた様子で一人、野営地の外へ歩いていった。
二つの巨大な断崖を、改めて注意深く観察する。
空を貫き、雲を突き破るほどの高さ。
百人以上を収容できる前線野営地でさえ、その前では人間の足元にある小さな黒い点ほどにしか見えない。
しかも断崖は横方向にも果てしなく続いていた。側面から迂回しようとしても、どれほど歩けばいいのか分からず、そもそも中へ通じる道があるかどうかすら不明だった。
これほど巨大でありながら山脈と呼ばれていないのは、あまりにも切り立っているためだ。まるで大地から真っ直ぐ突き出し、そのまま天を貫いているかのようだった。
これこそ、飛行能力でも持たない限り、必ず地上城を通らなければならないと老バダが判断した理由だった。
遠くを見れば、断崖の裂け目へ入った先には、ひたすら下へと伸びていく果ての見えない深淵がある。
まるで地の底まで続いているかのような漆黒の闇が、不吉な予感を掻き立てた。
一通り観察を終えた老バダは、小さく溜息をついた。
引退した後は、のんびりと穏やかな暮らしを送りたい。できることならヴィンセントのように世襲貴族の地位でも手に入れたいし、それが無理なら巨額の賞金でも構わない。
そうでもなければ、まだ開拓段階にある、これほど危険な新しい迷宮城の攻略になど参加するはずがなかった。
服の内ポケットから煙管を取り出して火をつけ、深く一息吸う。ゆっくりと煙を吐き出しながら、老バダは小さな声でぼやいた。
「若い頃に、世襲貴族を目指してでも一緒になりたいと思える女に、どうして出会わなかったんだろうな。はぁ……今さら命を売る羽目になるとは」
探索隊は、その日一日を休養に充てた。
翌日。
光神の光が厚い雲を透かし、わずかな明るさを広げ始めた頃には、全員がすでに準備を整え、断崖の入口へ向けて出発していた。
隊列では、老バダの割り振りに従い、それぞれが自分の役割を担う。
最前方には、遊撃する二人の斥候。
前衛はアンダを中心とし、その後ろを四人の盾持ちが補佐する。ヴィンセントもその中に入っていた。
中央には老バダとカルロが位置し、二人が隊全体の指揮を担当する。さらに、ドロシーを含む三人の弓使いが配置されていた。
ここで一つ、皆があとになって知ったことがある。
ドロシーはなんと、名もなき神霊の浅信徒であり、簡単な治療神術まで使うことができた。その事実によって、隊の中での彼女の重要性はさらに高まっていた。
後方には、戦闘能力が比較的低く、物資輸送を担当する四人の冒険者が配置された。特にこれといった得意分野を持たないジェットもその中にいる。
カルロは、必要になればジェットの位置を入れ替え、生きた盾として使うつもりだった。さらに二人の戦士を残し、後方の警戒に当たらせる。
以前、隊に魔法師がいないと知った多くの冒険者が不満を抱いた理由も、ここにあった。
空間系の魔法で荷物を収納できる魔法師がいれば、これほど面倒な運搬をする必要はない。仮に空間系の魔法が使えなくても、ほかの補助系魔法を使えるだけで負担はかなり軽くなる。
探索にかかる時間は長いことも短いこともあり、進行状況とその時々の判断によって決めるしかない。
しかも探索組は、攻略組のように迷宮城を正面から押さえ込めるだけの戦力を持っているわけではなく、大量の後勤支援を投入することもできない。
一度迷宮城へ入れば、すべて自分たちだけで対処しなければならなかった。
一方、空間系の魔導器具は製作が非常に難しく、値段も極めて高い。
冒険者の高額な報酬を考えれば、絶対に買えないというほどではない。それでも数年分の報酬を貯めなければならないほどの品であり、相応に入手は難しかった。
そのため、隊の中で持っているのは老バダ一人だけ。それも、自分一人で使う分の容量しかなかった。
蒼藍帝国の抜け目のない計算は、こういうところにも表れている。
高価な空間魔導器具が探索に役立つことは間違いない。だが、それ以上に冒険者たちが任務中に死亡する可能性のほうが高かった。
作戦部は何度も検討した末、支給しないことを決めていた。
何しろ、新しい冒険者を探すのは簡単だ。
安い命など、高価な魔導器具と比べるまでもない。
探索隊は進み続け、ほどなく二つの巨大な断崖の前へ辿り着いた。
遠くから見れば大した幅には見えなかった裂け目も、実際に足を踏み入れてみれば、人間にとっては途方もなく広い。巨大な獣どころか、飛空艇でさえ問題なく通れるほどだった。
冷たい風に吹かれながら、一行は警戒態勢のまま静かに進む。
周囲からは時折、長い年月を経て染みついた鉄錆と血の臭いが漂ってきた。
見渡す限り、白骨が積み重なっている。
魔獣のものもあれば、人型のものもあり、彼らが見たこともない生物の骨まである。大きさもさまざまだった。
ただ、その腐食の程度を見れば、この迷宮城が極めて古い時代から存在していることだけは分かった。
突破された骸骨の軍勢の残骸を辿りながら進むと、やがて探索隊は、欠け崩れて大半が倒壊した巨大な宮殿のような建造物を目にした。
本来は閉ざされていた分厚い鉄門も、すでに力任せにこじ開けられている。
中には、破壊されたものや、すでに作動したと思われる罠の痕跡が散乱していた。
さらに、さまざまな死に方をした大量の死体が転がっている。それも、死後それほど時間の経っていないものばかりだった。
緑皮鬼、食獣人、それに人間の死体も少なくない。
おそらく、以前ここへ入った探索隊の者たちなのだろう。
目の前の血生臭い光景に、ジェットは危うく吐きそうになった。
「気をつけろ。罠は一度調べられているが、ここから先の宮殿区域はまだ完全には探索されていない。ドール、バブキ。事前に伝えた経路通りに進め。急ぐな、慎重に行け。俺たちは後ろからついていく。地下城の区域まで着いたら、その先は状況を見て動いていい」
老バダが声を潜めて告げた。
「分かった」
二人の斥候も危険を冒すつもりはなく、前の探索隊が通った経路を慎重に進んでいった。
宮殿は外観が巨大なだけではない。内部も非常に広く、そして暗かった。
閉鎖的な構造のせいで外からの光がほとんど届かず、遠くまで見通すこともできない。隊が中へ入ると、それぞれ松明に火をつけて明かりを確保した。
細心の注意を払いながら、長い時間をかけて進んでいく。
血生臭さと緊張、命を締めつけるような空気。
静まり返った中に積み重なる重圧は、息苦しいほどだった。
重い荷物を背負って隊についていくジェットは、これほど強い精神的、肉体的な圧力を受けるのは初めてだった。
もう耐えられそうにない。
休憩を頼もうとした、その時。
前方から、ようやく声が届いた。
「着いた。カルロ、老バダ。二人とも来て見てくれ。ここが経路図にある地下城の入口だと思う」
バブキが声を潜めて後方へ伝え、ドールはその横で引き続き周囲を警戒していた。
カルロと老バダが前へ出て確認する。
暗闇の奥。
何本もの石柱や壁には、材質の分からない物体が埋め込まれており、それぞれが淡い青緑色の光を放って、周囲をかすかに照らしていた。
未知の材質である以上、貴重な素材である可能性は高い。
それでも皇家冒険団は以前に取り外さず、今までそのまま残している。明らかに、後続の攻略者が利用できるよう目印として残したものだろう。
冒険者たちも、勝手に触れようとはしなかった。
下手に仕掛けを作動させでもすれば、目も当てられない。
青緑色の光が交わる地面には、広々とした下り通路が開いていた。
長く下へ伸び、先は見えない。
まるで暗闇に潜む巨大な人食いの口が、獲物が自ら入り込んでくるのを待っているかのようだった。
「ここだ。第二陣の探索隊の報告では、ここが地上城と地下城の境界に当たる。安全区域と見ていい。おそらく襲撃を受けることもない。今日はここで一日休む。明日から攻略を続ける」
地上城はすでに把握されている区域だ。
予定していた地点まで無事に辿り着けたことを確認し、カルロはここで休息するよう命じた。
老バダも頷き、懐から蛍光砂時計を何気なく取り出すと、逆さにして置いた。
日の光が一切届かない迷宮城では、時間を測るための便利な道具となる。冒険者の間でもよく使われる小道具の一つだった。
蛍光砂時計の砂がすべて落ちきった時。
それが、探索隊が再び出発する時間となる。
薄暗い中、冒険者たちはそれぞれ場所を見つけて腰を下ろした。
物資運搬を担当していた四人も、ようやく重い荷物を下ろすことができた。そのまま自分たちの役目に取りかかり、少し離れた場所へいくつか小さな火を起こすと、一人分ずつの食料と水を取り出して配り始める。
地上城はすでに把握されている安全区域であり、火を起こしても大きな問題はない。
それに、ここで長年暮らし、暗闇に慣れている魔獣や邪悪体と比べれば、攻略する側はこの点で明らかに不利だった。
それなら、いっそ十分な明かりを確保しておいたほうがいい。暗いまま敵に包囲され、それにさえ気づけないほうがよほど危険だった。
少し緊張しながら、傍らのヴィンセントを見ないようにして、ジェットは勇気を振り絞り、自分にとっての天使のもとへ歩いていった。
「ド……ドロシー、これ、君の分」
小さな火が揺らめく中。
ジェットの目に映ったのは、桃色の髪の下でわずかに微笑む可愛らしい顔だった。
どこか意味ありげで、曖昧な笑み。
それだけで十分、人を惹きつけるものだった。
ドロシーが食料と水を受け取った、その時。
指先が、まるで偶然のようにジェットの手の甲をそっとかすめた。
ドロシーは驚いたように小さく声を上げ、すぐに謝る。
「あっ、ごめんなさい。暗くてよく見えなくて……ごめんね」
「い、いや……だ……大丈夫……」
自分の天使と、こんなふうに触れ合えるとは思ってもみなかった。
ジェットの丸い顔は真っ赤になり、言葉もまともに出てこない。
指先に残る、柔らかくひんやりとした感触。
それだけで心臓が激しく跳ね上がった。
ここ数日受けてきた屈辱も、重い荷物を背負い続けた苦労も、まるでこの一瞬ですべて消えてしまったかのようだった。
「ジェット、お疲れさま。あなたが隊にいてくれてよかった。あなたがいると、本当に安心する」
優しく囁くような褒め言葉。
あまりにも突然訪れた幸福が、何の前触れもなく耳へ流れ込んでくる。
心を強く揺さぶられ、ジェットはしばらく、ただ呆然とドロシーを見つめることしかできなかった。
ドロシーに出会えたことこそ、自分の人生で最も素晴らしい出来事なのだと、心の底から思った。




