68.金髪の悪魔
金色の光を溢れさせる騎士と、全身に血の赤をまとった悪魔。二人は切り立った岩壁を舞台に、激しい追走を繰り広げていた!
ディアドラは上体を前へ傾けて重心を保ち、両脚を小刻みに素早く動かしながら連続して岩壁を蹴る。一歩ごとに突き出た岩を踏みつけて猛烈な推進力を生み、まるで岩壁の上を飛ぶように駆けていく!
目標へ近づくと、足元のエネルギーが強烈な光を放った。重ねた技巧の力が岩を砕き、ディアドラの速度が疾風のように跳ね上がる。そのまま高く跳躍し、両手で握った長剣を再び女悪魔へ斬り下ろした!
短距離での瞬発力ではディアドラに及ばないものの、天賦「飛行」を持つドロシーは、すでにその扱いにかなり習熟している。
追いつかれかけたことに気づき、背後から迫る鋭い殺気を感じ取ると、逆に力を加えて一気に下へ降下した。そして地面へ到達する直前、突然身体を翻して後方へ滑空し、鮮やかに斬撃の範囲から逃れる。
「悪魔! 答えなさい! ヴィンセントはどこにいる!」
「あばずれ! クソ女! 野営地にいた時から分かってたわ! 口でも頭の中でも、ずっとお義兄さんのことばかり! あんたにはお仕置きが必要よ!」
問いかけに返ってきたのは、まるで噛み合わない罵声だった。
ディアドラは目の前の悪魔とはまともに会話できないと悟り、それ以上口を開かなかった。
裏切り者に行動を暴かれた時点で、この光騎士にはもう時間が残されていない。戦場の掃討も、まもなく終わろうとしている!
「はああっ!」
雄叫びを上げ、着地した光騎士が猛然と駆け出す。
後方へ飛んでいた女悪魔へ一気に追いつくと、踏み込みから小さく跳躍し、両手で握った長剣を上段から、一刀両断する勢いで叩きつけた!
奇襲をかわし、息を整える時間と距離を得たドロシーは、迫る剣光を前にして嘲るような笑みを浮かべる。
背中の骨と血で形作られた翼へエネルギーを巡らせ、宙に浮いた身体を斜めへ滑らせるように飛ばし、またも容易く回避した。
その胸中には、必死に追いすがる光騎士をどう弄んでやろうかという愉悦まで湧き始めていた。
だが性悪な女悪魔は気づいていない。
百戦錬磨の相手が握る長剣には、すでに先ほどから、ますます濃密なエネルギーが密かに集められていた!
敵にかわされ、そのまま地面へ振り下ろされていた長剣。その瞬間、ディアドラが腰を激しく半回転させ、全身の力を乗せて剣を下から上へ振り抜いた!
金色のエネルギーを凝縮した半月形の剣閃が、剣を離れて飛ぶ!
かつてはただの冒険者として、底辺で二十年以上も生き延びてきたドロシーは、これほど高度な複合技巧を一度も見たことがなかった。
突然襲いかかった殺気に回避が間に合わず、相手を弄んでいた表情が一瞬で驚愕と恐怖へ変わる。辛うじて身体を捻って位置をずらそうとしながら、骨と血の翼を縮めて身を守った!
金色の剣光と、骨と血の翼が激突する!
「きゃあっ!」
女の鋭い悲鳴が響いた!
二枚の翼は金色の剣光によって大半を斬り裂かれ、鮮血が、すでに赤く染まりきった洞窟へ再び撒き散らされる。
ドロシー自身も斬撃の余波に吹き飛ばされ、飛ぶこともできないまま地面を無様に何度も転がった。
先ほどまで追いつけないふりをし、機を見て準備していた複合技巧を放つ。 戦闘経験豊富なディアドラは、策が成功したのを見ると、体力と神力を大きく消耗していながらも迷いはなかった。
この好機さえ作れたのなら、それだけの価値はある!
光騎士が続けざまに疾走する。
瞬く間に倒れた女悪魔の目前へ到達し、容赦なくその頭部へ長剣を突き出した!
剣先と、いつも狂ったように笑いながら命を嘲弄する悪魔の顔との距離は、もう手のひら一枚分もない!
その瞬間。
ディアドラは全身が見えない力によって強く締め上げられるのを感じた。
身体が一瞬硬直し、攻撃が鈍る。
密かに天賦「血液操作」を使っていたドロシーは、その隙を逃さなかった。
翼が壊れて飛ぶことはできなくとも、天賦「飛行」の力で身体を加速させることはできる。
地面へ伏せるように低く飛び出し、一気に光騎士の懐へ潜り込むと、右手の鋭い爪を最速で、重鎧の隙間にある急所へ正確に突き込んだ!
ディアドラが力任せに見えない拘束を振りほどく!
すでに攻撃が目前まで迫っている。
だがディアドラは女悪魔のように退きも、かわしもしなかった。彼女は最初から、命を懸けて戦うためにここへ来たのだ!
突きを放とうとしていた右腕を即座に横へ返す。長剣を水平に回し、厚い剣柄を目の前の女悪魔のこめかみへ叩き込んだ!
命を懸けた攻防が交錯し、鈍い衝撃音が響く。
その直後、ディアドラの身体にはいくつもの血穴が穿たれていた!
間に合った重撃によって女悪魔の攻撃軌道はずれた。
それでも胸甲より下、脇腹側の鎧の隙間には血塗れの穴がいくつも開き、傷は深く長い。
鮮血が絶え間なく流れ落ちていく。
一方のドロシーも、先ほど翼を斬り裂かれたばかりであるうえ、続けざまに頭部へ強烈な打撃を受けた。
意識は朦朧とし、激しい眩暈に襲われる。エネルギーの衝撃によって口と鼻からも鮮血が滲み、血を求める衝動が徐々に抑えを失い始めていた。
一方は傷を負って数歩退き、息を整えながら出血を抑える。
一方は殴り飛ばされ、意識を失わないよう必死に堪える。
二人とも相手を警戒しながら、わずかな時間で態勢を立て直そうとしていた。
そしてディアドラは、双子教会によって選び抜かれた歴戦の騎士だ。先に傷の悪化を抑え、戦える状態を取り戻す。
だが次の攻撃へ移ろうとしたその時、女悪魔は対峙を放棄し、突然洞窟の一角へ向かって素早く撤退した。
意図は分からない。
それでも今のディアドラには、戦場がどうなっているかを気にする余裕などなかった。腹部の筋肉を強く締めつけて出血を抑え、傷を顧みず追撃する。
今、この光騎士の胸中にあるのは一つだけ。
全力で、目の前の女悪魔を斬り殺す!
だが洞窟の隅へ辿り着き、そこにあるものを目にした瞬間。常に揺るがなかったディアドラの表情に、初めて驚きと疑念が浮かんだ。
そこにいたのは、ひときわ巨大な二体の鎌蜘蛛。
そして明らかに異様な変貌を遂げた老バダ。
だが何より重要なのは――
巻き煙草を手にし、肩に外套を羽織り、背筋をまっすぐ伸ばして立つ、金髪褐色肌の女だった!
異様なほど目立つ鮮紅の双眸。
かつて前線野営地で一瞬だけ顔を合わせた時の記憶が蘇る。
ディアドラはついに、これから自分が誰と向き合わなければならないのかを理解した。
足を止めて戦闘態勢を整え、長剣を相手へ突きつける。
怒りによって全身から金色の光が迸り、まるで天より降り立った神の使いのような姿で、低く問いかけた。
「エリカ。あなたは死んでいなかった。なら、これはすべてあなたの計画なのね」
金髪褐色肌の女は巻き煙草を一口吸い、少し残念そうな表情で最後の煙草を味わい尽くした。
この迷宮城を、彼女はとても気に入っている。
ヴィンセントからもらった、最高の贈り物だ。
ほとんど何一つ不満はない。
ただ一つ残念なのは――煙草がないことだった。
「そうよ! 死んでないどころか、お義兄さんにものすごーく恐ろしい大悪魔にされちゃったの!」
「あんたの言う通り、皇家冒険団を皆殺しにする計画は全部こいつが考えたのよ! 老バダまでこんな変な姿にされちゃったんだから、光神から授かった正義の剣でしっかり制裁してあげなさいよ!」
巨大な鎌蜘蛛の背後に隠れ、激しく息をついて回復しながらも、ドロシーは懲りもせず両者を煽ることを忘れない。
だが言い終えた途端、巨大な鎌蜘蛛が突然鎌腕を振るい、ドロシーを強烈に薙ぎ飛ばした。
しかも、よりにもよって光騎士の真正面へ落ちる!
「彼女を殺せば、無傷でここから出してあげる」
エリカは淡々と、光騎士へそう告げた。
ディアドラは二人の悪魔を驚きと疑念の入り交じった目で見比べる。
資料によれば、二人は実の姉妹ではないものの、幼い頃から同じ幼娼収容所で育ち、長年互いに支え合ってきたはずだった。
それなのに、突然相手を殺せと言い出した。
二人の関係が理解できず、ディアドラは長剣を構えたまま慎重に身を守り、敵が何を企んでいるのかを考えるしかなかった。
「エリカの言うことなんて聞かないで! こいつは人を騙すのが大好きなの! 全部の元凶はこいつよ! あんたたちを皆殺しにして、迷宮城もお義兄さんも独り占めするつもりなの! 本当の悪魔はこいつ! 私たちで手を組んで倒しましょう!」
まさか鎌ちゃんまで自分の言うことを聞かないとは思わなかった。
自分は迷宮城の主ではない。
本当の意味で、お義兄さんの隣には立てない。
その事実を改めて突きつけられたドロシーの胸に怒りが湧き上がり、それを力にしてふらつきながら立ち上がると、激しく罵声を浴びせ始めた。
洞窟には、女悪魔の聞くに堪えない汚い言葉がいつまでも響き続ける。
二人の女悪魔は、聞けば聞くほど尋常ではない。それがかえって、命を捨ててでも二人を斬るというディアドラの決意を強くした。
慎重に対峙しながら密かに足を動かし、最も攻撃しやすい位置を取ろうとする。
そこで初めて気づいた。
いつの間にか、周囲は静まり返っている。
ディアドラが視線だけで周囲を確認すると、あれほど混乱していた戦いがすでに完全に終わっていた。
鎌蜘蛛。
地潜り虫。
迷宮城の大量の守衛が、少し離れた彼女の背後に無言で集結している。
洞窟の半分以上を埋め尽くすほどの大軍。凄まじい威圧感を放ちながら、一切の物音を立てない。
その異常で不気味な光景は、見る者の本能に恐怖を芽生えさせ、これほどの軍勢を統べる者の絶対的な威勢を示していた。
二人の女悪魔。
無数の守衛の大軍。
ただ一人の光騎士。
強引に抑えている腹の傷からは、今もゆっくりと血が滲み出ている。対峙が長引くにつれ意識は薄れ、重い圧迫感の中でディアドラの視界まで霞み始めた。
幾多の戦いを経て光騎士となった彼女には分かっている。
もう、命を懸けられる機会は一度しか残っていない。
両手は最初から最後まで長剣を強く握ったまま。
どちらへも不用意に問いかけず、どちらの言葉にも答えない。
三人が三角に対峙する中、ドロシーだけが一人で罵声を吐き、共闘を要求し続けていた。
そして結局、最初に動いたのも彼女だった。
長い間力を溜めていたドロシーは、直前まで口からでたらめを並べていたにもかかわらず、次の瞬間には体内のすべてのエネルギーを一気に爆発させた!
長時間蓄積されたあまりにも大量の赤い血光が、ついには実体を持つ。何本もの鮮紅の鎖となり、エリカの身体を縛り上げた!
時間を稼いだ奇襲が成功したと見るや、ドロシーは顔を歪め、光騎士へ向かって叫ぶ!
「今よ!」
声が響いた瞬間、状況が動いた。
罠かどうかなど、もう関係ない。
ディアドラも動くしかなかった!
両手で長剣を握り、正面のエリカへ突進する。だが接近した瞬間、突然鋭く方向を変えた。
身体を返し、すでに傷を負っている女悪魔へ向かって、斜めから長剣を力任せに叩き込む!
ディアドラは、まず一人を殺すと決めた!
ようやく姉に痛い目を見せられる。できれば再び眠りにつかせ、自分がお義兄さんを完全に独占する。
そんな想像に興奮し、目を大きく見開いていたドロシーには、光騎士が突然こちらへ返した一撃など予想できなかった!
先ほどすべてのエネルギーを爆発させたせいで、身体にはもうほとんど力が残っていない。
それでもドロシーの生存への執念は凄まじかった。
最後の力を振り絞り、辛うじて身体をわずかに後ろへずらす。
剣光が走る。
頭部から始まり、左上から右下へ。顔を斬り裂き、胸と腹を切り開き、そのまま太腿まで切り裂いた!
女悪魔は悲鳴を上げ、大量の血を噴き出しながら倒れた。
一撃が入った!
だがディアドラは足を止めない。
斬り下ろした勢いを利用して長剣を円を描くように回し、そのまま一切の間を置かず方向転換して突進する。
残された最後の体力と神力を、幾重にも重ねた複合技巧へ注ぎ込む。全身から、先ほど以上に眩い金色の光が迸った!
全力を振り絞り、拘束された金髪の女へ巨大なエネルギーの剣弧を放つ!
巨大な金色の剣光が、ほとんどエリカの全身を覆い尽くす!
必殺の一撃が届こうとした、その瞬間。
幾重にも絡みついた赤いエネルギーの中から、一本の細長い腕が伸びた。 均整の取れた褐色の五本指が開く。
ディアドラが信じられないものを見る目の前で、その手が巨大な剣弧を真正面から掴みにいった!
蒼灰色の陰鬱なエネルギーと、光神の至聖なるエネルギーが激しくぶつかり合う!
金色と蒼灰色、二色の光が稲妻のように四方へ弾け飛び、極限まで力が衝突した末――轟音とともに大爆発が起きた!
暴風のようなエネルギーの余波が炸裂する。
ディアドラ、ドロシー、老バダの三人はまとめて地面へ吹き飛ばされ、二体の巨大鎌蜘蛛さえ数歩後退させられた。
土煙が舞い上がる。
衝突が収まると、巨大な剣弧は無数の光点となって消えていった。
金と灰の蛍火が舞っているかのような光景の中から、やがて無傷に見えるエリカの姿が現れる。
彼女は自分の手を見下ろした。
そこからは激しい痛みが伝わっている。
掌から手首にかけて、ほとんど二つに断ち切られ、わずかな皮膚だけで繋がっていた。
目覚めて以来、初めて負った重傷だった。
それでも、まだ耐えられる。
幼娼収容所で暮らしていた頃に比べれば、大したことではない。
エリカは密かに世界の心へ接続する。
そこに蓄えられたエネルギーが、死亡峡谷一帯へ張り巡らされた地下河川を通じて高速で伝わり、第五層迷宮へ集中して彼女の身体を修復し始めた。
不死族としての回復力も弱くはない。
だが手首がほとんど断たれるほどの重傷を短時間で治すには、やはり世界の心の力が必要だった。
この死亡峡谷にいる限り。
エリカは、文字どおり不死だった。
大量のエネルギーを受け、手首の傷が目に見える速さで再生していく。ほどなく完全に元通りになると、エリカは試しに拳を握った。
完璧だった。
今回、侵入者を殲滅すると同時に、エリカは自分が持つ各種天賦を試すつもりでもいた。
だが前の四層では、天賦「強靭」と天賦「耐性」の両方を突破できるほどの強者には、一人として出会わなかった。
その意味では、今回はなかなか悪くない試験になった。
少し残念なのは、アンダという女野蛮人がすでに皇家冒険団を離れていたことだった。
身体を回復させたエリカは、地面に倒れ、力も尽き、血を流し続けている光騎士へゆっくりと歩み寄る。
そして手を伸ばした。
「ドンッ!」
激しい衝突音が響く!
だが、エリカが掴んだのはディアドラではない。
理性を失い、血を吸おうと飛びかかってきたドロシーを捕まえ、そのまま無造作に、死体と血の海と化した戦場の中央へ投げ飛ばしたのだ。
腰を屈め、エリカはディアドラの耳元で静かに囁いた。
「あなたはなかなかよかった。でもドロシーを殺せなかった。なら、ここに残って」
そう言い残すと、金髪褐色肌の女は巨大鎌蜘蛛の背へ跳び乗り、老バダを連れてその場を離れた。
迷宮城の守衛たちも、潮が引くように一斉に後を追って去っていく。
重傷を負った身体を引きずり、大岩の陰に身を隠して口を押さえ、一切声を出さずにいたグリフィス。
彼は洞窟で起きた戦いのすべてを、緊張しながら見届けていた。
金髪褐色肌の女が守衛の大軍を引き連れて自分の近くを通過した時など、恐怖のあまり顔を上げることすらできなかった。
あの女悪魔は、あまりにも恐ろしい。
これまで聞いたことのあるどんな悪魔よりも、そして実際に目にしたどんな存在よりも強大だった!
グリフィスは、自分が正しい側を選んだのだと胸中で安堵していた。
ところが主人が立ち去った後、守衛の大軍の一部が動き始める。少しずつ、グリフィスとディアドラへ近づいてきた!
二人が無数の守衛に呑み込まれようとした、その時――
ヒステリックな女の絶叫が洞窟に響き渡った!
「エリカ!」
「信じない!」
「ずっとあんたに負け続けるなんて、絶対に信じない!」
「いつか必ず、あんたに私をちゃんと見させてやるんだから!」
死体が山と積み上がり、血の海と化した血溜まりの中。
傷を回復させた女悪魔が、狂ったように天を仰いで叫び続けていた!
その絶叫の中、獲物へ近づいていた守衛たちも足を止め、やがてゆっくりと退いていく。
生きるか死ぬかを何度も行き来し、感情を激しく揺さぶられ続けたグリフィスは、完全に狂気へ陥ったように見えるドロシーへ視線を向けた。
そして一瞬――
自分の選択が、本当に正しかったのか分からなくなった。




