6.熱情
気まずい空気のまま、歓迎の宴はほどなく終わった。
数十人の冒険者たちは案内役に連れられ、それぞれ一人部屋の宿舎を割り当てられた。洗面所こそ共用だったが、少なくとも男女の区画は分けられている。
蒼藍帝国は任務について何かを隠しているのかもしれない。だが後方支援に関しては、冒険者たちにも文句のつけようがなかった。老バダほど経験豊富な冒険者でさえ、帝国が惜しみなく費用を投じる姿勢と、その気前のよさには感心せずにいられなかった。
翌朝は自由行動となった。第二陣の探索隊が戻ってくるまでの息抜きの時間であり、彼らにとって最後の息抜きになる可能性もある。
多くの冒険者は報酬の前払いを受け取ると、昨日紹介された娯楽区へ一斉に押しかけていった。
一方、十分な資料を手に入れた老バダは、自分の目で迷宮城の外縁部を確かめに行くことを決め、万全の準備を整えようとしていた。
アンダはじっとしていられなかった。一か月ほど獣車に揺られ続けたせいで、この女野蛮人はとうに鬱憤が溜まりきっていたのだ。戦いたくてうずうずしていた彼女は、近隣で魔獣や邪悪体が出没する場所を聞き出すと、一人で武器を持って出発しようとした。
警備の者たちが必死で止めたため、野営地ではかなりの騒ぎになったが、最後はグリフィスが許可を出したことで、ようやく外へ出ることを認められた。
ヴィンセントは老バダについて迷宮城の観察へ向かい、当然のようにドロシーもその後ろについていった。
冒険者たちは、それぞれに考えがあり、目的があり、行く場所があった。
ただ一人、ジェットだけは違った。
まったくの新人冒険者である彼は、広大な野営地の中に一人で立ち尽くし、忙しく行き交う人々を眺めながら、自分が何をすればいいのか分からずにいた。
本当はドロシーについていくつもりだった。荒野へ出れば、あの可愛らしく小柄な女性にも、自分の助けが必要になるかもしれない。
だがヴィンセントから向けられた、恐ろしいほど無言の視線を思い出すと、丸顔の青年は結局尻込みしてしまった。
ジェットは俯いたまま、あてもなく歩き続ける。
胸の内には、恨みが溜まっていた。
自分を拒んだヴィンセントが憎い。自分をもてあそんだアンダが憎い。自分を嘲笑った冒険者たちが憎い。
誰も自分をまともに相手にしてくれないことが、何より憎かった。
考えれば考えるほど怒りが膨らみ、いつの間にか拳を固く握りしめていた、その時。
聞き覚えのある声が耳に入った。
「君は昨日の冒険者の一人……ジェット、だったね? どうして一人でこんなところを歩いているんだい? 娯楽区を見に行くつもりはないのかな?」
「ここは今後、迷宮城を長期攻略するための前哨基地になる予定で、かなり考えて造られているんだ。いずれ辺境の町に発展する可能性だってあるよ」
ジェットが顔を上げる。
光神の光を受け、ゆるく波打つ金髪を輝かせた長身の美青年が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
昨日、冒険者たちを出迎えた探索組の副組長、グリフィスだった。
「い……いや、いいよ。俺はただ、その辺を歩いてただけだから」
相手の姿を見て、ジェットの胸には複雑な感情が浮かんだ。
背が高く、容姿にも恵まれている。それだけではない。貴族の出だとも聞いていた。まだ若いのに皇家冒険団の探索組副組長を務め、次期組長候補にまでなっている。
昨日も、たった数言で、それまで自分を散々馬鹿にしていた冒険者を黙らせていた。
羨ましいし、尊敬もしている。
だが同時に、自分自身がひどく惨めに思えた。
自分はただの商人の息子だ。好きな女性に近づくことすら、満足にできない。
丸顔の青年が落ち込んでいる様子を観察し、グリフィスは相手が何を考えているのか理解していた。
こうして自分に憧れる人間など、これまでいくらでも見てきたからだ。
わざと親しみやすい態度を見せ、グリフィスは穏やかに笑った。
「散歩したいのなら、ちょうどいい。今は私も特に用事がないんだ。よかったら、この野営地を案内しようか?」
ジェットは驚いた。
帝国の貴族というものが、これほど親しみやすい存在だとは思ってもいなかった。
少し緊張しながらもう一度断ろうとしたが、柔らかな口調ながら断りにくいグリフィスの誘いに押され、結局は頷いた。
冒険者たちの居住区を離れ、二人は大きな環状広場へやってきた。そこからは何本もの広い道が伸びている。
グリフィスは熱心に、一つ一つ説明していった。
「ほら、右手にあるのが訓練区だ。今はまだ野営地の建設が完全には終わっていないから、暫定的に攻略組の居住区として使われている。用がないなら、勝手に近づかないほうがいいよ」
「探索組が重要な発見をしたり、強力な魔獣や邪悪体が現れたりした時は、その先は彼らの出番だからね」
「斜め前にあるのが、今の野営地の中心となっている作戦部だ。この迷宮城の攻略を担当しているドゥノ副団長も、あそこにいる」
「もちろん、鬱陶しい帝国監察使も一緒だけどね。副団長がちゃんと腹を立てるのを我慢して、あいつをぶん殴ったりしないといいんだけど。ははは」
グリフィスは話がうまかった。
立ち居振る舞いにも自然と人の警戒を解かせる親しみやすさがあり、冗談を交えながら話すうちに、ジェットもいつしか緊張を解き、つられて笑い始めていた。
手応えを感じたグリフィスは、さらに続ける。
「隣にある一番大きな区画が、後勤組の居住区だ。皇家冒険団の中でも一番人数が多い組で、迷宮城の攻略には参加しない。主な仕事は輸送や物資の配給なんかだね」
「たとえば、君たちをここまで案内してきた者たちも後勤組だ。戦闘面では、せいぜい野営地や前線の警備を担当するくらいかな」
「攻略に参加しないの?」
相手の話に引き込まれ、ジェットは思わず尋ねた。
「ああ。でも、だからといって後勤組を軽く見ちゃいけないよ。この野営地を造ったのも、装備や物資を運び込んで補給しているのも彼らだ」
「君が毎日必要とする食事、衣服、住む場所、移動手段――どれ一つとして、彼らの働きなしには成り立たない」
そこでグリフィスは左右を見回した。
そして何か秘密を教えるような顔を作り、わざと声を落とす。
「それに……報酬の精算と支給も後勤組の仕事なんだ。ここで一番偉い副団長だって、彼らには大声を出せないくらいさ」
「ははっ」
英俊な貴族が見せる大げさな仕草に、ジェットはまた思わず笑った。
グリフィスは、そろそろ頃合いだと判断した。
「あはは。ようやく笑ったね。少しは気分も上向いてきたかな? 冒険者が一日中しかめっ面をしているのは、あまりいいことじゃないよ」
胸のつかえが少し取れたような気がして、ジェットも随分と楽になった。
そして、素直な顔で礼を言う。
「ありがとう、グリフィスさ……様」
グリフィスは、少し丸まっていた青年の背中を力強く叩いた。
「まだ三十にもなっていないのに、そんなによそよそしく『様』なんて呼ばれると、ずいぶん年を取った気分になるな」
「嫌でなければ、兄さんくらいに思ってくれていいよ」
「うん……じゃあ、グリフィス兄さん?」
ジェットは慎重に尋ねた。
以前、ヴィンセントから「兄貴」と呼ぶことを拒絶されたときの鋭い眼差しを、まだ忘れてはいなかった。
グリフィスは満足そうに頷くと、片腕をジェットの肩へ回した。
「いいね。この隊で、カルロを除けば、帝国で生まれ育ったのは私たち二人だけなんだ。なら、兄弟みたいに付き合ってもいいだろう?」
「うん」
まさか自分が貴族を「兄さん」と呼ぶ日が来るとは思わず、ジェットの若い顔にはまだ少し照れが残っていた。
「それで、ジェット。兄さんに教えてくれないか?」
「どうして君は、一人で野営地を歩き回っていたんだい? 同じ隊の仲間たちのところへ行かなかったのは、何か理由があるのかな?」
「そ……それは……」
最初は少し言いにくそうにしていた。
だが、これほど親切で、自分のことを認めてくれる貴族の兄を前にしているうちに、ジェットはいつしかすべてを打ち明けていた。
この一か月近くのあいだに受けた、ありとあらゆる不満と屈辱を、一つ残らず吐き出していく。
グリフィスは真剣な顔で、熱心に聞いていた。
だが内心では、冷ややかに笑っていた。
何の経験もない新人。それも、女に一目惚れしたというだけで迷宮城探索の任務へ参加した人間だ。
ほかの冒険者からすれば、とっくに死人も同然だろう。
今の彼など、歩いて動く生きた盾にすぎない。
ただ一つグリフィスが意外に思ったのは、あの女野蛮人が思いのほか親切だったことだ。
わざわざ丸顔の青年へ忠告し、この任務から降りろとまで言ってやっている。
もっとも、それが野蛮人式の忠告だった以上、この新人が勘違いしたのも無理はなかった。
そもそもグリフィスがわざわざジェットへ近づいたのも、半ば習慣のようなものだった。
自分の指揮下に入る探索隊の実情を探っておきたかった。
そして、もう一つ。
あの可愛らしく小柄な女冒険者――ドロシーのためでもある。
無垢で可憐な表情。
いつもどこか緊張し、怯えているような、人の庇護欲を誘う姿。
自分の収集品へ加えるには、珍しいほど上質な獲物になりそうだった。
グリフィスは若く、高い地位にあり、実力もある。
表向きには悪癖一つなく、評判もいい。それどころか、帝国首都の女性たちの間では「完璧な恋人」と呼ばれているほどだった。
彼の唯一の趣味は、目をつけた女を弄ぶことだった。
自分のために女が苦しみ、心を砕かれ、絶望と悲しみに染まる。
その表情を見ることこそ、この貴族の男にとって絶頂に達するほどの快感であり、その余韻をいつまでも味わっていられるものだった。
グリフィスは、こんな辺境での長期任務中に、上質な獲物を二人も見つけられるとは思ってもいなかった。
惜しいことに、ディアドラは立場が特殊で、実力も強い。しかも確固たる信仰を持つ光騎士を騙すのは容易ではなく、長い時間をかけてじっくり進める必要がある。
だが、従男爵の義妹でしかないドロシーなら、ずっと簡単だった。
ちょうどいい前菜になるだろう。
「ただ……義兄のヴィンセントは、少し厄介な邪魔者になりそうだな……」
「ん? グリフィス兄さん、今何か言った?」
ちょうど勢いに乗って不満をぶちまけていたジェットは、隣にいる親切な貴族の兄が何を呟いたのか、よく聞き取れなかった。
「いや、何でもない。ヴィンセントは君にとって厄介な障害になりそうだ、と言っただけさ」
「でも英雄が心の姫君を連れ帰ろうとするなら、少しくらい困難があったほうがいい。そのほうがロマンもあるし、本気の想いだって際立つだろう?」
その言葉を聞いても、ジェットは元気を取り戻すどころか、さらに沈んだ顔で溜息をついた。
「ヴィンセントは、今回の任務を終えたら男爵に昇るんだ。そうしたら本当の帝国貴族になる」
「そうなったら、俺をドロシーさんに近づけない理由が、もっと増えるじゃないか」
グリフィスは笑った。
意味ありげな笑みだった。
そしてジェットの耳元へ顔を寄せ、低い声で言う。
「でも、彼が必ず任務を終えられるとは限らないだろう?」
「任務には成功もあれば、失敗もある。もしかしたら今回は彼が失敗して、逆に君が成功するかもしれない」
「俺が……? そんなこと、できるのかな。俺なんて、みんなが言う役立たずの新人だよ」
ジェットの顔には、自信のない迷いが満ちていた。
丸顔の青年が食いついたのを見て、グリフィスはさらに励ます。
「もっと自分に自信を持つんだ」
「私が君くらいの年頃には、まだ家で訓練を受けていた。それなのに君は、もう勇気を出して冒険者の任務に参加している。私は本当に感心しているよ」
もっとも、その頃のグリフィスなら、今のジェットが十人いても一人で相手にできたのだが。
「考えてみるんだ」
「ヴィンセントが任務に失敗し、ドロシーさんが悲しみと失望に沈んでいる時、君が任務に成功して、ちょうど彼女のそばに現れる」
「そうなれば、英雄になった君が姫を連れ帰るのを、いったい誰が止められる?」
ジェットに言い返す間も与えず、グリフィスは両手を青年の肩へ置いた。
真正面から目を見つめ、真剣な顔で告げる。
「私は君を信じている。絶対に諦めるんじゃないよ」
目の前にいる貴族の兄から向けられる濃い「好意」を感じ取り、ジェットの表情は少しずつ強いものへ変わっていった。
そして、力強く頷いた。




