33.探り(二)
ヴィンセントが何か考え込んでいることに気づき、グリフィスは慌てて手を振ると、間に入るように宥めた。
「あんな小人物のことは気にしないほうがいい」
「以前、あいつは俺とディアドラさんのところへ助けを求めに来たことがあるんだ。そのときはディアドラさんまで怒ってその場を立ち去ったくらいでね」
「俺も、あいつが出鱈目を言っていると見抜けなかったことを後悔している。今じゃ、この野営地であいつと組みたがる者は誰もいないよ」
「ここを離れないのか?」
以前、探索任務を行っていた頃から、ヴィンセントは相手の悪意をなんとなく感じ取っていた。だが、まさか最後には正義告発の一件にまで発展するとは思っていなかった。
ジェットはほんの数言で、ヴィンセントが何年も命懸けで積み重ねてきた努力を阻んだ。
もしヴィンセントが今も人間で、蒼藍帝国で生涯を終えるつもりだったなら、この件にいつまでも拘っていたかもしれない。
だが、今では状況がまったく違っている。
ヴィンセントがしばらく黙ったあと、もうジェットのほうを見ることもなく身体を向き直し、相手をどうこうするつもりがないと分かると、グリフィスは内心で安堵した。
以前、自分が裏で話を合わせ、誘導したことなど知られたくはない。こんな大事な時期に余計な問題が起きては困る。
「若い新人にはよくあることだよ。しかも商人の両親に大事に守られてきた雛鳥だ。世間も知らなければ苦労も知らない。いつも自分だけが正しいと思い込んで、周りのみんなが自分を狙っていると思っている。正義告発で勝ったのに、どうしてみんなが自分にこんな態度を取るんだ、とな」
「結果として、かえって意固地になったらしい。噂じゃ、『何か成し遂げて全員に頭を下げさせるまでは出ていかない』と言っていたのを聞いた者もいるそうだ」
ヴィンセントは理解したというように頷いたが、何も答えなかった。
これまで鋼鉄の玉座、人亜連合、神々の国を訪れたことはあったが、その三国ではジェットのような青年を見たことがない。
蒼藍帝国に来て、初めて目にした類だった。
階級、法、制度。
ある意味では、それらも使われ方を誤れば、過剰な保護を生む温床になることがあるのかもしれない。
騒ぎが収まっても、賑やかな人の流れは絶えなかった。むしろ先ほどの小さな騒動で店内の空気はいっそう盛り上がり、『パンク髭の特製焼き』の店もすぐにいつもの調子へ戻る。
四人の料理もほどなく運ばれてきた。
次々と卓上へ並べられる料理は、決して精緻を極めた美食というわけではない。
だが、この土地特有の新鮮な食材を使い、焼き上げたばかりの大ぶりで脂の乗った肉塊には、幾重にも重なった黄金色の香ばしい表面ができている。そこへ秘伝のソースがたっぷりと塗られ、見るだけでも厚みのある弾力まで伝わってきそうで、確かに食欲をそそった。
料理と一緒に、さっぱりとした味わいの中にわずかな苦味を持つ特製酒も何本か付いてきた。
口の中の脂っぽさを消すにはうってつけで、肉を一口食べて酒を一杯飲めば、ちょうどいい。周囲の絶え間ない喧騒も相まって、つい一口、また一口、一杯、また一杯と手が止まらなくなる。
ただし、隅の席にいる四人は少し違っていた。
寡黙な男女二人は相変わらずほとんど口を開かない。
一方、グリフィスは酒に酔わせれば何か口を滑らせるかもしれないと考え、わざとヴィンセントへ酒を勧め続けていた。
ところが、アルコールの弱い風味酒を自分が腹いっぱいになって吐きそうになるほど飲んでも、ヴィンセントは相変わらず食欲旺盛だった。食べても飲んでも、まるで平然としている。
計画が失敗したと分かると、すでに胃がむかつき始めていたグリフィスは諦めるしかなかった。
今日の探りも、ひとまずここまでだった。
意外だったのはディアドラのほうだ。
苦修を続けるこの光騎士は、食べる量でもヴィンセントにそれほど劣らなかった。
人ひとりの身体の十分の一ほどもある巨大な肉塊は、ほとんど二人だけで食べ尽くされ、接客のおばさんまで思わず何度も目を向けていた。
ヴィンセントにとって、自分と食べ物を取り合える人間の女性を見るのは初めてだった。
アンダは野蛮人なので、もちろん数には入らない。
ディアドラも同じような反応を見せていた。
こうして二人の寡黙な男女はようやく共通点を見つけ、肉を一口食べては一言交わすような、簡単な会話を始めた。
むしろこの話し方ではグリフィスとドロシーのほうが入り込めず、仕方なく二人は二人で話すことになった。
食事が終わると、グリフィスは気前よく共通金貨を取り出して会計を済ませた。
店の外に出た四人は二組に分かれて、それぞれ帰っていく。
ただし別れる前に、グリフィスはすでに調査を口実として、翌日も会う約束を取りつけていた。
時刻は夕暮れへ近づいていた。
空の光神はすでに弱まり、闇神の輪郭が微かに姿を見せ始めている。残照も徐々に橙色へ染まり、ヴィンセントとドロシーは冒険者の休息区へ戻る道を歩いていた。
「お義兄さん、ずっとディアドラさんとお話ししてたね」
「お義兄さんは、ディアドラさんのこと綺麗だと思う?」
「お義兄さん、人と話すの好きじゃないのに、どうしてディアドラさんとは話したかったの?」
「お義兄さんは、ディアドラさんってどんな人だと思う?」
「お義兄さん、ディアドラさんとは話しやすい?」
次から次へと質問が飛んでくる。
ヴィンセントは一言も答えず、黙ったまま無視しているだけだった。
だがドロシーはまるで気にしていない。
ただ自分からヴィンセントを見上げ、問い続けていた。まるで、まったく変化しないその顔から、自分一人で欲しい答えを読み取れるかのように。
一つ質問するたび、ドロシーの口元は少しずつ持ち上がった。
質問が増えるほど、その笑みも楽しげに大きくなっていく。
そして最後に、彼女はヴィンセントの耳元で小さく尋ねた。
「お義兄さん、何か隠してる?」
軽やかな笑い声と、その問いの内容に、ヴィンセントはようやく内心で驚いた。
それでも努めて平静を保ち、何も言わない。
そして一人用宿舎へもうすぐ着くというところで、ようやく低い声を出した。
「もう休む時間だ」
そう言うと、ヴィンセントは男性冒険者の休息区へ向かって歩いていった。
ドロシーはその場に立ったまま、遠ざかる大きな背中を見つめていた。
口元の笑みは、これ以上ないほど大きく広がっていく。
彼女は笑いながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
「お義兄さんって、本当に単純。単純すぎて、もうたまらない……」
夕陽の下、桃色の髪が微かな光を帯びて輝く。
可愛らしい女性は俯き、口元を隠すように小さく笑っていた。
だが、その笑みは見る者の背筋を寒くするものだった。
一方。
まだいくらか酔いの残るグリフィスとディアドラは、作戦部の会議センターへ報告に来ていた。
ドゥノは酒気を漂わせる部下を見て、わずかに眉を寄せた。
探りを入れるためだったことは分かっている。それでも帝国軍出身の彼としては、やはりあまりいい気はしなかった。貴族の子弟であるこの男は、少々節度をわきまえていないように思える。
不機嫌そうな顔で、低い声を出した。
「グリフィス。何か聞き出せたのか?」
自分の名を呼ばれ、グリフィスはいくらか酔いが覚めた。
気を引き締め直し、報告を始める。
「今日もまずは、相手に一連の出来事をもう一度説明させました。その後、これまでに見つかった疑問点をもとに追及しています。重要な情報は得られませんでしたが、行動に移る前に、すでに手元の資料を何人かのベテラン冒険者に見せて推測してもらっていました」
「今日の話と改めて照らし合わせた結果、説明のつかない点が非常に多いことが分かりました。ほぼ間違いなく、ヴィンセントが迷宮城第一層で行方不明になっていた間の経緯は、そのほとんどが嘘です!」
それを聞き、皆の視線が光騎士へ向いた。
ディアドラもすぐに頷いて同意する。
ヴィンセントが無理に自分と会話を続けた内容は別として、迷宮城に関する話は、確かにほぼすべてが嘘だった。
「それだけでは足りん!」
ドゥノが不満を露わにする。
「循律の塔の魔法師どもが、すでに強引に介入しようとしている。ここ百年近く一度もなかった天象異変をひどく警戒しているんだ。このままでは、帝国による迷宮城攻略にも影響が出る!」
循律の塔は、シロ大陸各地から集まった数多くの魔法師によって構成されている。
魔法や魔導器具の教育、開発、研究などを専門とする組織で、輪と足跡商会や遊騎兵ギルド、そして「血染めの薔薇」と同じく、さまざまな種族が混在しながらも各国から独立している民間組織だった。
その影響力は大きい。
蒼藍帝国が天象異変について納得できる返答を示せない以上、相手が調査への参加を求めるのを拒み続けるのも難しい。
強引に押し切れば、今後の有力な民間組織との協力関係に問題の種を残すだけだった。
だが帝国側は、それでも壊死の大地と、その先に新しく発見された死亡峡谷を独占できないか試そうとしている。
そのため今、すべての圧力が皇家冒険団副団長であるドゥノに集中していた。
「ですが、ヴィンセントは表面上、何の問題もありません。それどころか殿を務めた末に迷宮城第一層で行方不明になった人物です。我々としても強硬な手段は取りにくい。でなければ遊騎兵ギルドのほうが……」
「そんなことは分かっている!」
軍の騎士団から退いた老人が、堪えきれず怒鳴った。
「でなければ、なぜ作戦部がお前の方法を認めたと思っている! 俺が欲しいのは、いつ分かるのかという具体的な時間だ! 確かな答えだ! 毎日毎日、同じ報告をのろのろ繰り返せと言っているんじゃない!」
傍らでは、ディアドラが何も言わず部屋の隅へ移動した。
目を閉じ、両腕を組んで木壁へ軽く背を預ける。
彼女は蒼藍帝国の人間ではない。
まして皇家冒険団の部下でもなかった。
悪魔種族の迷宮城を攻略するため、義務として協力しているだけだ。
数日前、蒼藍帝国が循律の塔からの協力を断ったときから、ディアドラは内心で不快感を覚えていた。
皆で力を合わせることこそ最善だと思っている。
とはいえ、彼女はグリフィスが考えているほど世間知らずでもなかった。
ただ、光騎士という立場で各国の事情へあまり深く介入するのが適切でないことも確かだった。
でなければ、正義を訴えること一つを突き詰めただけでも、互いの戦争から種族の滅亡に至るところまで行きかねない。
そんな結末は、光神が望み、目にし、求めるものではない。
そうであってもならない。
教義がますます混迷している今のテレサ世界では、ディアドラの属する教派は、行動こそ己の本心に従うべきだと考えている。
だからこそ彼女はいつも厳しく冷たい表情を保っていた。
世俗の事情に判断を乱されないためだった。
上司の怒りを感じ取り、ディアドラの前でみっともない姿を見せることまで気にしていられなくなったグリフィスは、微酔いの頭を必死に働かせる。
各方面から重なる圧力の中、彼はようやく一つ重要なことを思い出した。
「三日です。三日後には、対象が動くはずです!」
怒鳴ったばかりでまだ怒りの収まらないドゥノが、すぐに疑問を返す。
「なぜ三日なんだ」
「今日、対象と接触した際、対象の妻の妹から情報を得ました。対象の妻がこちらへ向かっていて、本人と合流する予定です。ただ、何のために来るのかは、妻の妹も分かっていないようでした」
資料によれば、ヴィンセントの家族は三人だけだ。
その場にいた者たちも、それを聞けば何かが変わろうとしていることは分かった。
帝国監察使ディアのやや甲高い声が響いた。
表情を暗くし、推測を口にする。
「何か秘宝か伝承でも手に入れたのではないか? まだ発覚していないと思い込み、家族が揃ったところで逃げるつもりなのかもしれん」
その考えは、その場にいる大半の者と同じだった。
ただし、遊騎兵ギルドの存在に加えて直接の証拠もないため、皇家冒険団は強硬な手段を取りにくい。
だがヴィンセントが理由もなく野営地から逃げ出せば、それは手を出すための十分な口実になる。
しかも、彼は蒼藍帝国に身分を正式登録している従男爵だ。
任務の途中で逃げ出せば、帝国法廷が待っている。
「対象の妻については調べてあるか?」
少し考えてから、ドゥノがさらに尋ねた。
「はい。妻とその妹は幼い頃から各地を流浪しており、四正教ではない小さな教会の老神官に育てられています。遊騎兵ギルドにも、かなり多くの任務へ参加した記録が残っていました」
「ただ、本人には身体に何か問題があるらしく、対象と出会ってからは無理に冒険を続けなくなりました。現在は領地にある小さな村の管理だけを担当しています」
グリフィスは知っている情報を急いで答えた。
話しながら、内心では密かに安堵している。
あの可愛い子をものにするため、最近ずっと相手の家族について調べておいてよかった。
「それと、対象の妻は現在、殺人事件をめぐる訴訟を抱えています。輪と足跡商会は、彼女が理由もなく人を殺したとして訴えています。一方、彼女の側は、死者が規定に違反したうえ帝国貴族を傷つけたと主張している。現在、双方が帝国法廷で係争中です」
「男爵ですらないのに、帝国貴族を名乗るとはな。それに殺人事件を抱えているなら、なぜ帝国法廷が壊死の大地まで来ることを認めた?」
ドゥノはやや侮るように言いながら、すぐに問題点を指摘した。
得ていた情報を頭の中で整理してから、グリフィスは答える。
「彼女は対象からの知らせを受け取った翌日、突然、帝国法廷へ申請を出しました。夫が任務中の遭難から奇跡的に生還したことを理由に、従男爵の身分と領地を担保に差し出してでも、ここへ来て夫と一度会いたいと求めたそうです」
「帝国法廷も最初から簡単に認めたわけではありません。ただ、輪と足跡商会の側もその担保を受け入れることに前向きだったようで、訴えた側が強く同意したため、最終的に出発が許可されました。現在は小規模な傭兵団に護衛されながら、こちらへ向かっています」
事情がすべて整理されると、状況は一気に分かりやすくなった。
そのとき、これまで黙っていた老バダがようやく口を開いた。
手にした煙管を器用に回しながら言う。
「三日後、ヴィンセントが必ず動くとは限らん。だが一つ確かなのは、あいつが何を考えているのかは、少しずつ見えてくるということだ」
「老バダ。何か考えがあるのか?」
名の知れた冒険者に対しては、ドゥノもかなり丁寧だった。
迷宮城第一層を順調に攻略できたのも、老バダの作戦と助言によるところが大きい。
老バダはしばらく考えた。
やがて、わずかに濁り始めた両目をゆっくりと上げる。
その眼差しだけは、鋭さを失っていなかった。
「作戦部に、何人か呼んでもらいたい。手を貸してほしい連中がいる……」




