20.正義告発
「お、お前! どうしてここにいるんだ!?」
ジェットは慌てて何歩も後ずさった。勢いが強すぎて、そばにいた巡回要員まで突き飛ばしてしまう。
数人の巡回要員の後ろへ隠れてから、ようやく虚勢を張って大声を上げた。
「分かったぞ! お前も俺を止めに来たんだろ! お、俺はお前の迫害なんか怖くない!」
先ほどからそばにいたアンダは、ひよっこの言葉を一字一句聞き逃していなかった。ただでさえ不愉快な結果に終わった探索任務に、さらに油を注がれたようなものだった。
これほど弱い生き物が、ここまで完璧に野蛮人の怒りを引き出せるとは。挑発されている本人でさえなければ、アンダは大声で褒めてやりたいくらいだった。
女野蛮人がジェットへ一歩踏み出した、そのとき。
重鎧の人影が、すでに二人の間へ立っていた。
「ほう? その嘘だらけの小鬼を庇うつもり?」
身体を軽くほぐしながら、アンダは目の前の光騎士を見下ろした。
清麗な顔を厳しく引き締め、目の前にそびえる女野蛮人を見上げながら、ディアドラは冷ややかに告げる。
「光神は私心なく公平に慈愛を地上へ注いでいます。私たちもその歩みに従うべきです。彼に最後まで話す機会を与えてください」
アンダは首を横に振り、唇をわずかに吊り上げた。
「残念だけど、私は大地の母の子だ!」
言い終えると同時に、人の頭の三分の二ほどもある巨大な拳が猛烈な勢いで振り下ろされた!
咄嗟にディアドラは両腕を交差させ、正面で受け止める。
「ドン!」
拳と腕甲が激突し、重い音が響いた。
光騎士の身体が力任せに押し戻され、数歩分も地面を滑っていく!
「なかなか硬いじゃない。次も失望させないでよ」
拳に返ってきた痛みを感じ、アンダはますます興奮した表情を浮かべた。
もともと彼女は、ここへ道理を説きに来たのだ。こうなったのならむしろ都合がいい。一度にすべての道理を話し合い、ついでに皇家冒険団の間違った考えも正すことができる。
ディアドラの清麗な顔は、依然として冷たく引き締まっていた。止めろとも言わず、それ以上何かを語ることもない。
金色の瞳でただ真っ直ぐに女野蛮人を見つめ、黒い手甲に包まれた両拳を固く握る。左右の拳を前後に構え、近接戦闘の姿勢を取った。
野蛮人と光騎士が対峙する。
二人の間に漂う空気が次第に重くなっていった。互いが密かに技巧を使って力を競い始め、周囲の見えないエネルギーがぶつかり合う。
大地さえ、かすかに震え始めた。
緊張が一気に高まろうとした、そのとき。
「アンダ! 何をしてる! 落ち着け!」
聞き覚えのある老人の声が響いた。
前回の任務で唯一、アンダが認めた相手の声だった。
女野蛮人は興を削がれたように口を尖らせ、「ちっ」と舌打ちして拳を下ろす。それから光騎士へ眉を上げた。
「運がよかったね。今日は光神がちゃんと見ていたみたい」
そう言って背を向け、立ち去ろうとしたアンダへ、背後から同じように挑発的な声が飛んできた。
「いいえ。感謝すべきなのはあなたのほうです。大地の母は、いつもその子らに慈悲深い」
アンダは足を止めた。
この光騎士は、ただ苦行に励む神託の執行者のような女だと思っていた。だが、冷厳な顔の下には意外にも気の強い一面があるらしい。
それを知り、アンダはますます興味を持った。
しかし、駆けつけてきた者たちは、女野蛮人にそれ以上興味を示す機会を与えるつもりはなかった。
百名を超える巡回要員が周囲を幾重にも取り囲み、作戦部の上層部まで姿を現した。
厚い人垣の中から、半ば白くなった髪を持つ屈強な老人が歩み出る。左目の周囲には三本の凄まじい傷跡があり、そのそばには老バダも付き添っていた。
老人はまず、場の中央へ真っ直ぐ突き立つ合金製の騎士槍を見た。次にジェットへ一瞥を送り、最後にようやく事件の中心にいる二人へ顔を向ける。
「私はこの野営地の責任者、皇家冒険団副団長のドゥノだ。二人の間で何があったのか、聞かせてもらえるか?」
ドゥノはつい先ほどまで作戦部で参謀たちや老バダとともに、第一層へ攻め込む方法を検討していた。
そこへ巡回要員から急報が入り、何者かが双子教会の光騎士へ正義告発を行ったという。しかも告発されたのは、今回最大の功績を挙げた第三陣の探索隊だった。
ドゥノは今年で五十七歳になる。数年前に鉄壁騎士団を退役した後、皇家冒険団の副団長へ転任し、今回は新たな迷宮城攻略の責任者として派遣されていた。
ここで成果を上げ、自分がまだ帝国の役に立てることを証明したい。
だからこそ、新たな迷宮城攻略を妨げるものを、彼は決して容認するつもりがなかった。
双子教会の光神派は、以前から混沌時代の遺毒を取り除くことに力を注いでいる。簡単な食事と宿、情報、後方支援を用意するだけで強力な助力を得られ、光騎士はその中でも特に優れた存在だった。
ドゥノはディアドラを敵に回したくない。
同じ理由で、野蛮人族は人類ではないものの、その名はほとんど「強力な戦士」の代名詞でもある。可能なら、アンダにも今後の攻略へ残ってもらいたかった。
ここへ来る途中、ドゥノはすでに老バダから事情を聞いていた。
何も分からないまま好き勝手に正義告発を始めたひよっこより、隣にいる名の知れた冒険者を信じる気持ちのほうが強い。
実際、この二日間の机上演習で見せた老バダの手腕と、詳細な作戦案への助言だけを考えても、たとえ正義告発の内容が事実だったとして、ドゥノは老バダを選ぶつもりだった。
今こうして間に入ったのも、ひとまず時間を稼ぐためにすぎない。
先に二人の強大な戦力の間に生じた問題を片づけ、その後であの愚かな小鬼をどう「処置」するか考える必要があった。
「ド……ドゥノ副団長! 初めまして! 俺はジェット、第三陣の探索隊に参加した冒険者です! ここで何があったのか、俺が説明できます!」
光騎士も女野蛮人も口を開かないのを見て、丸顔の青年がすぐに飛び出し、我先にと声を上げた。
考え込むふりをしながら、ドゥノはそっと老バダを見る。
老冒険者がわずかに頷いたのを確認してから、口を開いた。
「分かった。ジェット、では君から話してもらおう。ここで何があった?」
「はい! 話は前の第三陣の探索隊から始まります……」
ジェットは興奮しながら、自分の記憶にある出来事を事細かに語り始めた。
自分で掴み取った、これ以上ない絶好の機会だった!
一方、探索組の休息区画では――
「おい! 聞いたか? ひよっこの小鬼が光騎士のところへ行って、正義告発を始めたらしいぞ」
「今聞いたところだ。前の第三陣の探索隊にいた奴だろ? 名前は……ジェロだっけ?」
「名前なんかどうでもいい。それより、蒼藍帝国は本当に信用できるのか? 俺たちは高い報酬があるから来たんだぞ。命懸けで冒険した挙げ句、功績を隠されて端金しか渡されないなら、遊騎兵ギルドの任務を受けたほうがましだ」
「そうだな。攻略組のところへ見に行こうぜ。皇家冒険団だって、全員を締め出すわけにはいかないだろ」
多額の報酬と巨額の褒賞に惹かれて各地から集まった冒険者たちが、口々に騒ぎ始める。
しばらく相談した後、かなりの人数が攻略組の休息地へ向かい始めた。
その片隅で、一人の淡い桃色の髪をした女だけが黙っていた。
陰った表情で話のすべてを聞いていたものの、何の反応も示さず、そのまま自分の個室宿舎へ戻ろうとする。
お義兄さんは殿として残り、迷宮城で行方が分からなくなった。
ドロシーが望んでいるのは、一刻も早く次の探索隊か攻略隊へ参加することだけだった。
生きているなら本人を。死んでいるなら遺体を。
必ずこの目で確かめる。
「あっ、ドロシーさん。ここにいらしたんですね……ん? 顔色がよくありませんね。何かあったんですか?」
帰る途中、まるで偶然を装うように、光のような明るい笑顔を浮かべた男が姿を現した。
ドロシーは顔を伏せた。
高い男から見えない角度で、その表情が目まぐるしく歪み、変化していく。
本性のままなら、いつものように偽りの顔で相手を弄んでやりたかった。
だが、お義兄さんの行方が分からない苛立ちがあまりにも強く、今は感情を抑えて相手に合わせる余裕がない。
しばらく心の中で葛藤した末、男が何度も心配そうに声をかける中、ドロシーはようやく顔を上げた。
悲しげで、どこか弱々しい声を出す。
「ご……ごめんなさい、グリフィス様。お義兄さんが……お義兄さんがいなくなってから、私、どうしても皆さんと普通に接する気持ちになれなくて……」
目には涙が滲み、今にも雫が零れ落ちそうだった。
清純で痛々しいその姿は、小柄な少女の悲しみをいっそう際立たせている。
グリフィスはすぐに慰めるように言った。
「ヴィンセント従男爵……いえ、今はヴィンセント男爵とお呼びするべきですね。彼は本当に立派な方でした。自らの犠牲を恐れず、隊のために殿を務めた。報告を読んだ時、私も深く胸を打たれました」
「そこで私は、特に作戦部へ爵位昇進を申請したんです。急送した特報は、もうお姉さんのもとへ届いている頃でしょう」
その言葉を聞いた瞬間、小柄な身体がわずかに震えた。
ドロシーの胸には、たちまち悪意に満ちた考えが浮かぶ。
だが、その偽装は完璧だった。
声には変わらず悲しみを滲ませる。
「ほ……本当ですか? ありがとうございます、グリフィス様。これで私とお姉ちゃんも、カンダベスで安心して暮らせます」
グリフィスは頃合いを見て、長年磨き上げてきた完璧な笑みを浮かべた。
「それは君たちが受け取るべきものです。私に礼を言う必要はありません。ただ……」
「ただ……何でしょう、グリフィス様?」
涙に濡れて煌めく瞳。
可愛らしく無邪気な顔には、何も分かっていないような表情が浮かんでいる。
グリフィスは困ったように長く溜息をついた。しばらく迷っているふりをしてから、ようやく口を開く。
「ただ……この結果を、全員が認めているわけではないようなんです」
「第三陣の探索隊が功績を偽って報告したという訴えが出ています。特にヴィンセント男爵については……もしそれが事実と認められれば、爵位昇進そのものが取り消される可能性もあります」
「えっ! どうして……。みんな……みんな命懸けで冒険して、やっと逃げ帰って情報を持ち帰ったのに。お義兄さんなんて……自分を犠牲にして、殿に残って……」
そこまで口にしたところで、それまで弱々しかったドロシーの表情に、少しずつ強さが戻っていった。
グリフィスの手を掴み、真剣で誠実な眼差しを向ける。
「グリフィス様、教えてください。誰が認められないと言っているんですか!」
小さな手から伝わる柔らかな感触に、グリフィスは目的を果たしたと悟った。
そのまま自然な流れを装い、ジェットが自分を訪ねてきた一件を話し始める。
「……事情はそういうことです。私も何度も説得したのですが、まったく聞き入れてくれなくて。今も攻略組のほうで、かなりの騒ぎになっているようです」
「言葉で説明するだけでは分かりにくいでしょう。私も一緒に行きますから、実際に見に行きませんか?」
遅くなれば、せっかくの見世物を見逃してしまう。
ドロシーは人を騙すことが得意だった。
だからこそ、自分を騙そうとする者を見抜くことにも長けている。
目の前の、光のように熱意ある笑みを浮かべる美男子が、お義兄さんの足元にも及ばないことなど分かっていた。
そして今起きている「騒ぎ」にも、この男が何か手を加えているのではないかと疑っている。
それでもドロシーは、誘いを断らなかった。
一つのことを思いついたからだ。
どうしてエリカだけがお義兄さんを手に入れられる?
どうしてエリカだけが男爵夫人になれる?
自分には何もなく、ただ妹でいることしかできない。
そもそも、お義兄さんと先に出会ったのは自分だったのに!
あの寡黙な男がもういないのなら、これ以上「いい妹」でいる必要もない。
どうせ、お姉ちゃんは最初から自分のことなど気にかけていないのだから!




