19 閑話9 初めての共同作業
愛し子と共に大地を創り直す。
山を置き、草原を置き、森を置き、川を置き、湖を創る。そこに住まうのはどういう生き物が良いか。
愛し子は面白いほど案を出す。けれども、その案の中に人のように知性を持つ生き物が選ばれることは、今のところ、ない。
愛し子に、下界での記憶はほぼない。それどころか、最近では、自分が誰だったかも覚えていない。
少しずつ、少しずつ、記憶を抜いていった。わからないほど少しずつ。本人でさえ、無意識に忘れてしまったどうでも良い記憶はそのまま一気に引き抜いたが、そうでないものは、本人に気づかれないよう、僅かずつ。今では自分が『ユリ』だと認識していたことさえ忘れている。
我がユリ、と呼ぶから自分はユリだ、と認識している程度。
随分と時間がかかったが、まぁ、愛し子を傷つけない為だ。仕方あるまい。
それほど綺麗に忘れておきながら、それでもなお、知性を持つ生き物を望まない。あれらのつけた傷は、これほどまでに深い。未だ、綺麗に癒せていない。忘れられてなお、我が愛し子を縛るなど、本当に忌々しい存在共だ。私の怒りも深くなろう。
しかし、魂の牢獄の方も、近頃は静かになってきたものだ。ここの一秒があの世界では十年だ。そう考えれば、むしろまだ残っている魂がいることに驚くべきか? 流石は、神でもないのに、思いの力を使って世界を無理矢理渡ってくるだけある。
愛し子を貶めた薄汚れた魂。愛し子が呼んだ記憶と同じ場所から流れてきた。もしかしたらあの時、愛し子が呼んだ記憶に無理矢理ついてきたのかもしれない。けれども、愛し子が望んだものとは違ったから、途中で振り落とされたか。
必要とされなかったソレは、普通ならこの世界の物ではないから消滅するはず。極めて稀だろうが、その領域を治める神に見つかり消されるか、元の世界に帰されるか。いずれにせよ、ここにいられることはないだろう。
それが、執念なのか何なのか、己の望む器に入った魂を蹴りだし、無理矢理そこに入り込んだのだろう。もともとそこに入る予定だった魂は、器を失い、消滅したに違いない。我は愛し子以外、どうでも良い。故に、その他の事など見向きもしてこなかったが、まぁ、大体はそんな感じだろう。
手の中にある小さな石へと目を落とす。真っ青な、丸い石。これこそが魂の牢獄。その中に今ある魂は一つだけ。初めの頃はもっと沢山いたのだが、奴らは随分と脆い魂をしていたようだ。あっという間に離脱していきおった。我が愛し子を苦しめたのだ。我が怒りは未だ解けてはおらん。もっと長く苦しめば良いものを……。
最終的にアレだけ残ってしまっては、な。アレが、聞こえてくる言葉に気を持ち直すのは目に見えておる。故に、あやつらが消える最後の瞬間辺りに、ずっと思っていた、後悔や反省、謝罪に感謝の言葉を延々と繰り返し垂れ流されるようにしてやった。思いのほかアレには効いたようで、アレの魂の消耗が、目に見えて早くなっていった。
実に、小気味よい気分だ。
確かに長く苦しめ、と思ったが、いつまでも居座られても邪魔で仕方がないからな。我は愛し子の事だけを考えていたい。いちいち手のかかる罪人に天罰を与えるのも面倒だ。もう、ここはこのまま放置しても問題あるまい。
手の中の石が消える。
世界創造の為、うんうんと必死に考えている愛し子に近寄った。ぱっと顔を上げる愛し子。
「デュー様」
「どうした、ユリ」
「この森なんですけど、あの辺りにこういう花を咲かせませんか?」
我の手を掴み、最近覚えた魔法で思念を伝えてくる。
なるほど、白くて、甘い香りのする花か。その花からは良質な蜜がとれる、と。
ふふ、なるほど。愛し子は甘いものが本当に好きなのだな。これだけ記憶が抜かれてもまだ、こうして甘いものを求める。最早食事の必要がないから、食べる、と言う行為さえ忘れているのに、真に不思議なものよ。
愛し子の望む場所に、望む花を咲かせる。
愛し子が喜んでいる。
可愛らしい事だ。
「ユリよ、覚えておくが良い。我はお主を愛し、お主の願いを叶えるために在る。お主が幸福に、健やかに、恙無くいることが、我の幸せよ。だから、いつでもそうして笑っておれ」
「はい、デュー様」
頭を撫でれば、満面の笑みが答える。
「そしてユリよ、お主が望めば、いつでも下へ降ろす。その時が来たのなら、我に遠慮せず、望むまま願うがよい」
愛し子は少しだけ首を傾げる。
じっと見上げる目。何かを考えるように真剣な光を宿し、それから、ふにゃり、と微笑んだ。
「私、ずっとずっとデュー様の御傍にいたいです」
なんと!
そうか、では下は人の来ぬ、不毛な地にして放置し、我と愛し子二人でずっといるか!?
「それで、デュー様と二人で、デュー様の領域に幸せが溢れるのを見ていたいです」
そうか……では、下はちゃんと管理することにするか……。
いや、でも、愛し子と二人で創った領域だ。言わば我と愛し子の子のようなもの、なのか? ならば、少しくらい目をかけてやるのも良いかもな。
「では、そなたは以降、下へ転生せず、我と共にこの場所で神として、下を見守ることとする。良いな?」
「はい、デュー様」
嬉しそうに、とろりと蕩けた微笑み。その微笑みを受け、我の中を何か温かな感情が駆け抜けた。
その瞬間、力が制御できずに溢れ、白い花畑が、色とりどりに染まる。しまった、と慌てて白に戻そうとするが、沢山の色に溢れたその場所に、愛し子が歓喜の声を上げた。きらきらと目が輝く。
別段このままで大丈夫そうだ。
それにしても、今の感覚はなんだろうか?
勝手に力が溢れるなど、いつ以来か? そうだ、愛し子を殺したアレの身勝手さに怒髪天をついたときだ。いかんいかん。どうも最近ゆるんでいるのか? 己の力の制御もできず、何が神か。そのような有様では、愛し子を守って行けぬな。今後気をつけねばな。
「デュー様、すごいです! とても綺麗です!」
「嬉しいか?」
「はい! やっぱりデュー様はすごいんですね!」
……うむ! 自重の必要性はないようだな!
愛し子が喜んでいるなら、それが全てではないか。愛し子の為に力が使えているのなら、何ら問題はない。これからも愛し子の為だけに、力を振るおう。
ああ、愛し子よ。
限りなく無限と呼べる有限の時を生きる我の、永遠の伴侶よ。これより長い永い時を、我と共に過ごそうぞ。