第十五話 ラケッティア、善なる悪。
原初の部屋――丸いドーム状の屋根には翼人の歴史が刻まれている。
その歴史というのは、まあ、順風満帆で亭主元気で留守がいいみたいなときもあれば、何千何万もの翼人が様々な恰好で墜落していく戦争の時代もある。
大戦争の後には必ずフリーセックスの時代がやってきて、激減した人口の帳尻合わせをする。人口ピラミッドはおそらくルビンの壺みたいな形になっているに違いないが、それでも翼人たちの絵のなかに若くたくましい男たちの姿が復活すると、翼人たちの世界は円熟の時代を迎えるのだった。
この歴史のなかでグリホルツヴァイの姿がときどき見える。
大疫病や戦争の近いころにあらわれるのだが、こうして壁画に描かれたころのグリホルツヴァイはもっと真面目に神さまやっていたのだろうか? いま、すっごい俗っぽくなっているけど。
原初の部屋では高位の道士が未来を占うための部屋でもあった。
それに世界に起きた変化を知る部屋でもある。
砂岩を砕いて作った砂をさらさらと落とし、その落ちていく砂のきらめきのなかに未来、過去、現在が見える。
と、いうのが、翼人たちの言い伝えだ。
長老はグリホルツヴァイがあらわれたこと、おれたち異邦人の存在、そして、善なる悪が悪なる悪を討ち滅ぼすビジョンがテクニカラーで見えたとのことだ。
「善なる悪が悪なる悪を滅ぼす? なんてこった。おれたちは負けるのか?」
「グリホルツヴァイさまがついたのだ。負けることなどない」
ロタロタの言葉に長老はうんうんとききわけのいい子どものようにうなずいている。
「異邦の方。砂と風はあなたを善なる悪と称しています」
「いいやつになるには遅すぎるくらい法を破ってるんだけど。――ま、いっか。それより長老さまにみてもらいたいブツがあるんだ」
長老は安物プラスチックカッターナイフを見て、触れて、何か呪文をつぶやいて刃に軽く指をあてた。
「確証は持てませんが――フレイアの息吹を感じます。これ自体にはその星の力を集める作用があるようですが、その一方で、この剣の力場からはフレイアとの結合を感じるのです。古い伝承ですが、その昔、古の女神を崇めるものたちが星々から力を得るために宝具をつくり、星々に封じたとあります。これはそのひとつではないでしょうか?」
「つまり、フレイアは星からエネルギーをちゅうちゅう吸ってたってことか。吸ったエネルギーはこの剣に蓄えられるのかな?」
「そのようですね。ただ、先ほども言った通り、フレイアとのつながりを感じます。おそらく、星々から奪ったエネルギーをフレイアに送ることができるのでしょう」
「新生フレイア帝国と名乗るペテン師どもが星のエネルギーをピンハネしていて、そのマネーロンダリング先のタックスヘイヴンが滅んだはずのフレイアとなると、あいつらはこのカッターナイフもどきでフレイアを復活させて、ちゃっかり星界を征服しようとしている。そんなところか」
「〈古の女神の星〉で何が起きているのかは分かりません。宇宙を吹くあらゆる風がわたしたちからフレイアを遠ざけようとしているのです」
「風が邪魔しようが、おれたちはフレイアにいかないといけない。身内がひとりさらわれてるんだ。感情がないようでいて、純な子だから悪用されたらかわいそうだし。ともあれ、ここの帝国幹部をぶちのめし、カッターナイフをかっぱらおう」
「しかし、どうやって?」
と、ロタロタがたずねる。
「切り崩す。あいつらだって人間だ。クソもするし、屁だってこく。給料もらえば人よりいい思いをしたいと思うだろうし、賭け事にのめり込めば家族も捨てる。ただ、おれの計画はちょっと元手が必要でね。あとで倍にして返すからカネ貸してくんない?」
長老は首を横にふった。
「グリホルツヴァイさまはあなたがたと助けよと仰せです。あなたの望む通りのものを差し上げます」




