第十一話 帝国、三人しかいないけど四天魔将。
錆びた鉄が空気をざらつかせる。
幾万もの煙突から流れ出る煤煙が空を塞ぎ、魔導列車の線路と廃棄物まみれの水路に区切られている街区には赤茶の鉄とヒビの入った石でつくられた廃墟のような建物が詰め込まれていた。
無機質な官庁街。傲慢と偏見にまみれた第一階級居住区。増殖を続ける工業地区。ふたつの丘に挟まれた歓楽街区。そして下級民という名の第三階級居住区。
どの街区も皇帝の宮殿とは一本の道でつながっていた。
どの街区も女神が描かれた青い旗が垂れ下がっていた。
皇帝が帝国について重要な演説をするときはひとり乗りの飛行機械がビラをまき、国民が動員される。
厳しい階級社会である帝国で唯一、貴族、聖職者、軍人、技師、平民が平等に集まるのが皇帝の演説なのだ。
帝国の宮殿も他の建物の例に漏れず、ざらりとした赤錆を吹いている。
宮殿は皇帝の住居であると同時に世界最大の工場でもあった。
起重機が唸り、ハンマーが落ち、歯車がまわる。
蒸気はいたるところから噴き出している。だが、その蒸気は水を火で熱してつくったものではない。
それは〈剣〉から放出されたフレイアのエネルギーだった。
〈錆の星〉と呼ばれ、機械文明によって汚染された星が汚染をそのままに文明として蘇るきっかけとなったのは〈剣〉の発見だった。
〈剣〉はフレイアと〈錆の星〉をつなぐエネルギー発生装置であり、フレイアの無限のエネルギーを〈剣〉から抽出することに成功して、皇帝は独裁者としての権力を手に入れ、科学力で他の星を上回るだけのものを手に入れたのだ。
刺激的な消毒薬品臭がする宮殿前広場に人びとは集まった。
魔導自動車に乗った貴族から裸足の庶民まで皆が考えているのは自分たちがフレイア文明の正式な後継者であるという自負だった。
「見ろ、皇帝陛下があらわれたぞ」
錆びたバルコニーに立つ皇帝は老齢だが背が高く、白い美髯が彫の深い顔によく合っていた。
白金装飾をした青い筒型の帽子をかぶり、ガウンを羽織って歴戦の強者らしい自信に満ちた態度がはるか遠く、観覧所の最後列からでもうかがえる。
広場に入れなかったものでも、皇帝の声だけはきけるように音の装置が街じゅうにつけてあり、誰もが皇帝の演説に耳を傾ける。
だが、ここは広場に戻ろう。
普段は見回りの近衛兵がいるだけの宮殿前広場はあらゆる階級の人間が集まって身動きが取れないほどで、近衛部隊の重武装歩兵がその魔導砲で民衆を威嚇する。
不運なものは後ろから押し出されて、魔導砲で吹き飛ばされるか、宮殿の壁を埋め尽くす巨大歯車の回転に巻き込まれて、原形をとどめぬ姿になる。
時折、民衆たちの声がきこえる。
「皇帝陛下の後ろにいるのは誰だ?」
「お前、何も知らねえんだな。あれこそ、皇帝陛下が最も頼みとする四人の部下『四天魔将』だ。魔刃のマハトさま、幻夢のカピアさま、瞬撃のルハミさま、それに主教の名前で知られる方がいて、この四人が帝国をもっともっと大きくするのに貢献するんだろうよ」
「三人しかいないぞ」
「そんなことあるか。ちゃんと四人いるよ」
「やっぱり三人しかいねえな」
演説が始まるころには静粛にすることを意味する黄色と黒の旗をつけた飛行機械が群衆の上を飛び回った。
皇帝の低い声が増幅装置にかかって、響き渡る。
「忠実なる臣民諸君。余は我々がフレイアの、唯一の末裔であることを告げることを誇りに思う。フレイアのエネルギー転送装置である〈剣〉が我々の文明を復活させて、二十年の歳月が過ぎたが、そのなかで分かったことは我々こそがフレイアの遺産を受け継ぐべき、唯一の人類であるということだ。フレイアはその滅亡に際して、そのエネルギーを封じた〈剣〉をこの星に安置した。そして、我々は滅びたフレイアを復活させ、この星界に栄光と覇権を唱えんとするものなり。新生フレイア帝国の臣民である諸君こそが、この星界を支配すべき唯一の人類なのである!」
老いも若きも、高貴なものも卑しいものも、自分たちがこの星界の支配者であることを告げられ、熱狂した。
広場にとどまり、演説の余熱を味わう民衆をそのままに皇帝は宮殿のなかへと下がった。
塔の間で高い天井の下に立つ蒸気機関車のような機械が白衣とマスクをつけた技師によって操作されている。タンクとポンプが静かに唸り、歯車が一定の調子で回転と停止を繰り返し、ガーゴイルを象った弁から白い蒸気が吹き出す。
その巨大な機械から小さな青い石ころが生み出される。
皇帝はそれを手に取り、うなずきながら、たずねた。
「それで……マハトの消息は?」
回収チームが遺骸を持ってきましたよ、とルハミがこたえる。
「〈剣〉は?」
「ありませんでした」
「やつらは使い方を知っているのか?」
「分かっていないでしょう」
「〈樹の星〉の〈剣〉が発覚するのは、いまの時期は好ましくない。我らがフレイアの末裔であるという根拠はフレイアの〈剣〉がただ一本だけ、我々の星にあったことを根拠としている」
すると、四天魔将のひとり、主教と呼ばれている男がこたえる。
ローブのフードを頭からかぶり、顔は見えないが、その声はかすれた老人のもの。
主教は皇帝の知恵袋とも言われていて、武力で昇格した他の三人とは少し立ち位置が違った。
「問題はないでしょう。〈剣〉が他にも存在することが分かっても、樹人や翼人たちは使い方を知らない。むしろ、〈剣〉を我々から盗んだ劣等人種として、周縁の星を支配する口実になる」
皇帝は白い顎ひげを撫でながら、少し考え、
「では、主教。その方向で話を進めよ。〈砂の星〉での占領と〈剣〉探索を続行しろ。カピア!」
「はっ」
女将軍が二歩前に出て、踵を鳴らして、敬礼する。
「そなたは〈水の星〉だ。ルハミはこれまで通り、〈砂の星〉で探索を続けよ」
「御意」
「そして、近いうちに、その謎の異邦人どもから〈剣〉を取り返す算段を考える。それまではそれぞれがそれぞれの星の〈剣〉を探すのだ」
――†――†――†――
青いマントの若者がひとり、宮殿前広場と第三階級居住区をつなぐ大通りを帝都外縁へと歩いていく。
錆の建物では鮮明な青の女神旗がはためき、火酒配給所の前で貧民たちが列をつくっている。
下級民の居住する集合住宅が乱立する路地へと入る。
いたんだ果物の皮と錆びた釘を売る物乞いがいて、ボロボロに崩れたトタン板の屋台ではネズミや養殖虫がから揚げにされている。
皇帝を称えるポスターが続く道を歩き、半地下の扉を鍵で開ける。
そこは廃業した小さな劇場で椅子や幕などの換金価値のあるものは全て取り除かれていた。
そのがらんとした部屋の端でひとり、女性が机に突っ伏して眠っている。
若者はその女性の頭を平べったいボール紙の箱で軽く叩いた。
「ん……」
「起きろ、リギッタ。また、飯も食わないで徹夜したんだろ? ほら」
机に置かれたボール紙箱の中身は兵士用の戦闘糧食だった。
「横流し品だ。虫よりは食いでがある」
「ありがとう」
リギッタ、と呼ばれた女性が言った。
体にあった青いチュニックに白いズボンとブーツ(左のブーツにはナイフが差してあった)、赤に近い栗色の髪が長く腰のあたりまで落ちていく。
起き抜けでも普段の凛としたたたずまいが分かる顔立ちだが、微笑むととくに子どもっぽい顔をすることを若者は知っていた。
「それで、ヴィクター。噂は本当だった?」
「ああ。マハトは演説の場にいなかった」
「〈樹の星〉について、演説で何か話した?」
「いや。そんな星はこれまで存在したことがないようにひと言も話さなかったよ」
「そう……」
戦闘糧食は一辺二十四センチの正四角形の入れ物に入っていて、それを四つに分けた仕切りのなかに青、赤、黄、緑のマッシュポテトのようなものが詰まっている。
リギッタは黄色い食料をスプーンですくい取り口に運んだ。
「前回の演説じゃ、〈樹の星〉の占領を褒めちぎっていたんだがな。それがこうしてなくなったってことは――」
「謎の異邦人の噂は本物で、彼らは四天魔将のひとりを倒してしまった」
「これはおれたちにとって、楽観できることだと思うか?」
リギッタは首をふった。
「まだそれははやいと思う。彼らは〈剣〉を持ち出している。フレイアの力を悪用するつもりなら、帝国よりも厄介な敵があらわれたことになる」
「きみの悪い癖は状況を必要以上に悲観的に見るところだな」
「用心深いって言ってほしいわ」
「まあ、そうなるのも無理はない。レジスタンスはほぼ壊滅でリーダーたちも処刑された。あとはおれたちだけで、どうやって帝国に立ち向かうのか。まったく展望が見えない」
「異邦人。目的は何なの? 彼らはいま何をしているの? それが知りたい」




