第十話 ラケッティア、知性と知恵。
「じゃあね。わたしの心臓、ちゃんと使ってね。帝国野郎たちにはわたしの分もゲンコツお願いね」
「ぶっちゃけゲンコツ以上にえぐいことしてやる気だけどご注文承りました。じゃあ、皆のもの、出航!」
飛び立つおれたちに向かって、〈樹の星〉で唯一、立って手をふり、見送ってくれるドリアードにこちらも甲板から手をふる。
樹人たちはやつらの救世主の出発に際し、ぴくりとも動かなかった。ニートもここまで極めれば悟りだな。
愉快な宇宙空間を遊弋しているあいだ、こっちはやることがない。
運転はシップまかせだし、面倒見なきゃいけない商売があるわけでもなし、ギルド絡みの謎のオヤジと会って、あれこれ指示を出すこともない。
そう言えば、ひとつ分かったことがある。
何十人という樹人相手に聞き込みをして、口をきくだけの努力をいとわない奇跡の樹人からきいたのだが、敵である〈錆の星〉の連中は自分たちを新生フレイア帝国と名乗っているそうだ。
ビンゴ。やつらはフレイアと関係がある。
あるいは関係がある団体になりたがっている。
フレイアは超科学文明を持っていて、それをゲットして、宇宙を支配してやろうという下心も分かる。
マフィアやってると、人間の下心が簡単に知れる。
これまで知性のない悪党にはたくさん会ってきた。
誤解しないでほしいが、知性のない悪党とは頭が悪いということではない。
むしろ、その逆で悪魔的に頭がいい。
知性のない人間はなんとかイズムとか主義思想のために命を賭けるということをしない。
あるのは利益追求だけであり、そのために悪知恵を働かせる。
おれの個人的な見解だが、知性と知恵は反比例の関係にある。
知性が高ければ高いほど、人間は現実に即さないイデオロギーに囚われ、知恵の足りない自殺行為としか思えないことを仕出かす。
知性のない人間はそれをしない。イデオロギーは根幹ではなく、手駒のひとつにすぎない。
目的にあわなかったら、簡単に捨て、別のイデオロギーを拾ってくる。
じゃあ、来栖ミツルはどうなんだろう?ということになるが、まあ、それはよい子のパンダのみんなの想像に任せるよ。
ただイタリア系マフィアやロシアン・マフィアは知性のあるマフィアだ。
彼らにとって、マフィアとはひとつの生き方であり、一度そこにはまったら死ぬまでマフィアをすることが当たり前になる。
警察は敵であり、利用することはあっても、仲間にすることはあり得ない。
中国系マフィアは知性のないマフィアだ。
マフィアとは成り上がるための手段のひとつであり、マフィアで勢力をつけたら、実業家や政治家に転身し、マフィアであることをやめる。死ぬまでずるずるマフィアをすることはない。
だから、中国系マフィアには足を洗った大物と万年ストリートギャングしかおらず、そのあいだのきちんとした幹部クラスがいない。中国のマフィアの母体は結社だが、これには警官やカタギのビジネスマンも入ることができる。
だから、秘密結社と言いながら、構成員が十万人を超えたりする。
カラヴァルヴァでマフィアのボスやった経験から言わせてもらうと、構成員が十万人もいたら、結社の秘密を保つことはほぼ不可能だ。
三人で秘密を維持するには他のふたりが死ぬのが一番確かな方法だ。
ほら、『カジノ』でもあったでしょ。
マフィアのボスたちが裁判にかけられることになり、部下のひとりが口を割るんじゃないかと話し合う。
「アンディなら大丈夫だ。やつは信用できるよ」
「海兵隊上がりだもんな。根性がある」
「あいつならおれたちのために火の中水の中さ」
「うーん。でも、まあ、念のためってこともあるぜ?」
このひと言でアンディの死が確定するのだ。
――†――†――†――
「では、新生フレイア帝国はどちらですか?」
観葉植物と窓がある部屋でゴロゴロしていたら、シップがやってきた。
自動運転モードもある程度のルーチンがあって、軌道に乗るとやることがなくヒマになるらしい。
「たぶん、知性があるほうじゃないんかなあ。きっとフレイアの時代にあったものは何でもかんでもよくって、自分たちだけがそれを受け継ぐ権利があるみたいな感じのこと、言ってると思う。トップは嘘ついてるかもしれないけど、そうでもしないと、国民がついてこないでしょ? 恐怖政治はコストがかかるし、限界がある。民百姓に自分たちの利益と国家の利益を同一視させたほうがずっと簡単で安上がりだろうし。おれのいた世界にドイツって国があって、ヒトラーってちょび髭がいたんだ。そいつはおれの世界じゃ独裁者の代名詞みたいな悪いやつなんだけど、こいつは権力を獲得するとき、あらゆる人間に夢を見せた。貴族には帝国の復活を、軍人には軍事国家の確立を、労働者には給料アップと雇用の安定を、資本家には革命の防止を、民族主義者には劣等民族の全滅を、とあらゆる人間に夢を見せた。ヒトラーは知性のある悪党だった。自分の理想を世界に押しつけようとした。もちろん、反対する人間がいたが、監獄にぶち込まれるか殺されるかして、大半は黙るハメになった。黙っているあいだ、経済が復活して、国としての地位も復活して、労働者たちもアウトバーンでマイカーを転がせるようになると、反対者たちは自分に自信が持てなくなってきて、消極的な支持者になっていたんだ」
「そのヒトラーというのは結局どうなったのですか?」
「自殺した。戦争に負けて、国を道連れに」
「来栖さんとしてはどちらのほうが戦いやすいと思いますか?」
「知性があるほうがいいんじゃないかな? 現実主義者を相手にするよりはずっと戦いやすい。演説だの焚書だの。今ごろ帝国じゃ『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』のワンシーンみたいになってるかもしれない。ケーニヒスグレーツ行進曲が鳴るなか、山と積んだ本を燃やすんだ」
「本を燃やすだって?」
ギル・ローがてくてく歩いてくる。
錬金術士として高い本を購入し、自身も書籍用インクの合成をしている出版業の人間として、それは見過ごすことのできない悪らしい。
「そいつら、字が読めなくって嫉妬してるんだな」
「いや、焼いてるやつらは字が読める。それどころか大学生だよ。独裁者がその本は非道徳的で国家の敵だと言って、それで焼くんだ」
「本のなかに書かれている内容が理解できなくて自棄になってるだけじゃないか。だいたい、本がどうやって国家の敵になれるんだ? せいぜい本棚から落っこちて角で頭をどつくくらいしかできない」
「本の中身に感動して、その行動を実現しようと思わせる力があるじゃんか」
「そんなもん、ありゃしないって。あるんなら、是非ともその例を見せてほしいもんだね」
「目の前にいるぞ。おれ。おれは『ゴッドファーザー』を読んで感動して、ファミリーをつくったんだ。どうだ、本が巨大犯罪組織を生み出した実例を前に、ぐうの音も出ないだろ?」
「別にどうでもいいや。それよりきいてくれ。じゃなくて、見てくれ。ほら! ほら!」
ギル・ローが右の袖をめくり上げ、やつのいう〈刻印〉を見せてきた。
それはナスカの地上絵とかアステカの神殿みたいな単一色で幾何学的な模様だが、そのなかでも何となく樹木のようなものが描かれているのが分かる。
ギル・ローは偽物ではない証明として、おれたちが見ている目の前で柔らかい石鹸でゴシゴシこすった。
「植物の力がこの刻印には封じられているんだ。おれはこれからその星の守護神から刻印をもらって、錬金術に必要な要素を全部、この身に帯びるんだ。どうだ、かっこいいだろ?」
「親からもらった大事な体にモンモン彫ってるだけじゃん」
「これは刻印なんだって。天啓とか神託と同じだ。おふくろが見たら、泣いて喜ぶに決まってら。少なくとも自分の腕をショットガンにしちまうよりは健全だろうが」
「まあ、そうかもしれないが」
「さあて、次はどの要素を刻印させるかな」
「なあ、ギル・ロー。その刻印ってさ、チンポコにも刻むつもり?」
「なに言ってんだよ。当然だろ」
うん。ごめん。うちは間違いなく知性ないわ。




