第六話 ラケッティア、おしゃれと人頭税の話。
マフィアというのは基本的におしゃれである。
スーツは特注、帽子はボルサリーノ、靴はイタリア製、オーデコロンは自分のためだけの秘密の調合で調合師は誰かにしゃべったら殺すと脅迫済み。
マフィアたちはよく自分を逮捕しに来た警官の月給を馬鹿にするとき、「おれのスーツ一着分にもならねえ」とか言う。
あと靴。
ケーブルテレビ向けにつくられた『ランスキー』でもルチアーノ・ランスキー・ギャングがマランツァーノの事務所へ警官に変装して乗り込んだとき、なぜ変装がばれたかというと靴が立派過ぎたからだ。
『アナライズ・ミー』でもそんな話があったな。ウェイターが殺し屋だと分かったのはウェイターにしてはいい靴を履き過ぎてるからだった。
逆に靴さえちゃんと選んどけば、マフィアの変装はばれないのかというと、まあ、そういうことではない。
イタリア系にしろ、アイルランド系にしろ、中国系にしろ、黒人系にしろ、ロシア系にしろ、メキシコ系にしろ、犯罪組織のメンバーになる連中は着るものを豪華にすることで、おれはお前ら月給もらって生きてるサラリーマンとは違うんだという自負を得んとしたところがある。
ただ、例外はシチリアのマフィア。
この人たちはいまも昔も着るものが地味である。地元の農夫と変わらないのだ。
60年代のヘロイン・マネーがアメリカのマフィアの仲介で流れ込んだときはアメリカのマフィアを真似して派手な格好をしたボスたちがいることはいたが、基本的にシチリアのマフィアは着飾ることを嫌う。
日本ではヤクザはひと目見て、ヤクザだと分かるけど、シチリアのマフィアは全然分からないらしい。
アントニオ・カルデローネというシチリア島のカタニアのマフィアだった男は、マフィアの入会儀式を終えて、初めてカタニアの町の誰がマフィアなのかを教えてもらったが、絶対あいつマフィアだろうと普段から思ってたやつがただの一般人だったり、あいつはマフィアじゃないだろうと思っていたのが実はマフィアだったりと、マフィアを意識して暮らすシチリア人でも誰がマフィアで誰がそうじゃないのか見極めるのは困難らしい。
カルデローネは当局に寝返って証人保護プログラムを受けたマフィアなのだが、この人の兄貴のジュセッペがカタニアのボスだった。
そのジュセッペが殺されて身の危険を感じたカルデローネは家族とともにドイツに逃げたが、そこで当局に捕まり寝返った。
カルデローネが述べたマフィアの入会儀式を受けた日の印象はなかなか興味深い。
郊外の農場に集められた数人の若者がやはりマフィアの正式なメンバーになったのだが、そのなかで人殺しをしたことのあるものはひとりもいなかった。
ベネデッド・サンタパオラという、のちにコルレオーネ系マフィアと組んでジュセッペ・カルデローネを含むライバルを殺しまくり、自分の老母からひったくりをした三人の不良少年を殺して井戸に捨てた殺人鬼みたいな男もこのときマフィアになったのだが、まだこのときはひとりも殺したことはなかった。
憧れのマフィアになれるということでわくわくした若者たちは早速マフィアの長老からいろいろマフィアの掟を教えられたが、そのなかに盗みを禁じるというものがあった。
そのとき、泥棒で生計を立てている新入りがいて、ゲーッと不満をもらしたが、マフィアからは盗んではいけないという意味だと教えられてホッと胸をなでおろしている。
マフィアは利益を分け合わないといけないと言われると、今度はカルデローネがゲーッという番だった。
カルデローネはガソリンスタンドを持っていたからだ。
「なんだよ、マフィアって共産主義なのかよ?」
「そうじゃない。ガソリンスタンドはお前のものだ。マフィアの利益とはもっと大きな、こう精神的なものだ」
カルデローネ曰く、ヘロインビジネスや建築ブームが来る前のマフィアは本当に貧乏だったらしく、お洒落に気を遣うどころか、休日はカネがないからどこにも出かけられず、家でごろごろしていたそうだ。
パレルモのグレコ・ファミリーのような貴族のごとき大地主もいることはいたが、ほとんどはカルデローネ同様貧乏で、あるマフィアは威厳もへちまもなく家族から馬鹿にされ息子たちに空気銃で撃たれて家から追い出されたそうだ。
それが60年代、降って湧いたヘロイン取引と戦後の建築ブームがやってくるとマフィアは見たこともない大金を手に入れた。
そして、見たことのない大金はお洒落に気を遣う新興勢力を生み出し、それがお洒落に気を遣わない旧勢力とぶつかり合い、60年代の第一次マフィア戦争の勃発につながっていく。
幸い、クルス・ファミリーは麻薬は扱わないし、区画整理の話もあるにはあるが、そのために集めた臨時人頭税はカラヴァルヴァ再開発委員会なる組織の管理下に置かれ、街を建て替えるためのはずの資金は委員たちの宴会費や愛人に着せる毛皮のコートとなって消えていく。
臨時人頭税。
クソッタレな制度である。人間、頭はひとつしかないのに、まるでお前はキングギドラだと言わんばかりに二度も三度も人頭税をかけてきやがるのだ。
こんなこと言っちゃあ夢もへちまもないが、真面目に税金払うのが馬鹿みたいなのは現実世界もファンタジー異世界も同じだ。
確かに所得税はない。
だが、窓をひとつ作ると窓税がかかり、屋台を出すときは管轄の街頭管理官に賄賂を払わないといけないし、国じゅうのあちこちに関所がある。塩に税金をかける。井戸に税金をかける。
人頭税そのものもそいつがどのくらい稼げるかを無視して一律課せられるから払えず逃亡する貧乏人が多い。
そして、そういう貧乏人はカラヴァルヴァのカラベラス街へと逃れてくる。
徴税請負人の手下のうち、カラベラス街へ人頭税を徴収しに行ける命知らずが果たして何人いることか。
言っておくけど、クルス・ファミリーはきちんと全員分人頭税払ってるんだよ?
ひとりにつき、一年に金貨一枚。
おれなんてヴィンチェンゾ・クルスと来栖ミツルの分でふたり分払ってるんだから。
どこの世界に異世界に飛ばされて、そこで人頭税払う主人公がいるんだよ、畜生。
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話がずいぶん飛んじまったな。
まあ、とにかくおしゃれの話だ。
というのも、いま、おれがいるカンパリノという城塞都市。
ここはお洒落の発信地なのだ。




