第五話 アサシン、優先事項がおかしい。
殺人鬼一家から出発して太陽が昇った方角目指して荷馬車を走らせるが、道というのはそうそううまく東を向いているわけではなく、南に寄ったり、北に寄ったり、丘を登って道を下ったらどういうわけか西に向かってしまっていたり。
何の目的もなく、ただ適当に道を選んで、その旅先で会った人びととの交流を大切にする旅もいいだろうが、彼女たちは国際的VIPをひとり惨殺して追われる身である。
彼女たちがこうして非常に複雑な経路をたどってロンドネを目指すあいだ、ロンドネの王都ロンデの商業地区にある絹織物ギルド館の、喫煙室という名の会員制社交クラブ化したマホガニーの大広間ではエインズワース卿と〈提督〉がよい葉巻のような風味のあるアルデミル産の〈命の水〉をなめながら、対策を話し合っていた。
「信じられんよ、エインズワース卿。〈判事〉は頭に剣を叩きつけられて、さらに何度も胸を刺されていた。だが、死因はそれではない。四発の火の玉だ。そいつが〈判事〉の胴体をハラワタもろともえぐって炭にしたのだとか。〈判事〉はいろいろ持病があって、我々理事が全員集まったとき、決まって、この世を最初に去るのは自分だろうと冗談めかして言っていたが、まさかこんな形で亡くなるとは思わなかった」
「〈提督〉。やはりカラヴァルヴァの件が絡んでいるのか?」
「それで間違いないようだ。レンディックがカラヴァルヴァのレストランで撃ち殺されたのは復讐の走りで〈判事〉はその黒幕として殺された。レンディックをやった犯人についてはなかなか突き止められなかった。みながみな口をつぐむんだ。いくらカネを積んでも話そうとしない。あの日、レストランにいた連中は決まってこう言うんだ。カネなんていくらあっても死んだら意味がない、とな。それがこたえだ。やったのはヴィンチェンゾ・クルスか甥のほうだ。そして、次が〈判事〉。あんな放っておいても死にそうな老人にあんな惨い拷問をしたのだから、やはりやつらはケダモノだよ」
〈提督〉も老人だったが、〈判事〉よりは壮健だった。彼の管轄はカンパニーの貿易を支える商船団とカンパニーが所有する艦隊であったが、それとともに諜報もこの軍服を勲章で飾った海軍紳士の管轄だった。
諜報、のなかには暗殺部隊の運用も含まれている。
カテドラル。
名前の持つ神性がカンパニーの世俗性と不釣り合いなこの組織についてはもちろんアルストレムが国王に献上する青い手帳にも書かれているが、そこまで詳しく書いてあるわけではない。
〈青手帳〉も何度か潜入を試みたが、失敗し、工作員の死体が城門広場に吊るされたことも一度や二度ではない。
確かなことはこの運用を任されているのが〈主教〉であり、その下に幹部の〈司祭〉がいて、暗殺を遂行するものたちは〈行者〉と呼ばれていた。
「〈判事〉の仇はいずれ討てる。大勢送り込んだからな。それに警備も〈将軍〉と相談して、カンパニー幹部は護衛兵の数を増やしている。もちろんスパイどももあちこちに放った」
「〈提督〉。やつらを生かしてセヴェリノから出すな」
「それはわたしが最も望んでいることだよ」
紳士の集う落ち着いた広間で来栖ミツルとゆかいな仲間たちは欠席裁判で死刑を言い渡されたわけだが、彼らを現在苦戦させているのはカテドラルの暗殺者ではなく、方角に沿わない根性曲がりの道だった。
マリスとアレンカとツィーヌはなんとか東へつながる道を見つけて、幌を張って暑い日差しを避けながら、進んでいた。
すっかり夏らしい大気の下で草原は青鈍色に広がり、遠くには行けども行けども近づけない風車の連なりが羽根を静止させているのが見える。
大昔の騎士や豪族たちの墓らしい丸い丘や百年以上前に干上がった川の存在を示す曲がりくねった窪地、それに茅葺の白い農家があるのだが、どの家にも犬が二、三匹飼われていて、三人を見るとわんわん吠えたが、マリスが睨むと犬たちは尻尾を股のあいだに丸めて、キュウキュウ鳴きながら逃げ出した。
道は深い森に入り、さんざん迷った挙句、ただの土の道から石畳に変わった。
森は深く、暗い。樹冠が道の上を緑と枝の屋根となって太陽を閉ざし、ギャリギャリと砂を噛むような蝉の鳴き声が八方向全てからきこえてきた。
三人ともいっぱしのアサシンなので、敵意をもったアサシンたちが複数、この蝉のセックスアピールに隠れて、距離をじりじり詰めているのを察知した。
ただ正確な数はちょっと分からなかった。大まかな予想をつけられるが、絶対に当たるという自信はない。
そこで、三人は一番大きく予想を外したものが他のふたりから空手チョップを食らうという賭けをし、マリスは十八人、アレンカは二十一人、ツィーヌは十六人と予想した。
馬鹿どもを殺す目的がひとつ増えたところで舞台を選ぶ必要があった。
普通に殺すのであれば、この視界の利かない道で戦う。
アサシンは死角の多い場所で敵を襲うが、それは少女たちにも好条件なのだ。
しかし、視界が悪いと皆殺しができない。
ひとりかふたり、逃げていく。
それは困るのだ。空手チョップがかかっている以上は。
ちなみに逃げた敵が彼女たちの位置やその他情報を本隊に知らせるのは問題ではない。
襲いかかる数が多ければ多いほどはやく決着がつく。
問題はあくまで空手チョップなのだ。
そこで、視界の開けた場所へ敵を誘い込む必要がある。
そこでの戦闘であれば、一度に全員で襲いかかってくるだろうから、きちんと数えられる。
しかし、こんな深い森に開けた場所がそうそうあるものかと思ったが、神さまはアサシン同士の壮絶な殺し合いをお望みらしく、すぐにお誂え向きの場所に出た。
そこは苔と蔓とシダからなる緑の空き地で、妙にでこぼこした土地だった。
何かの石材がなかに隠れているのか人の背丈よりも高い緑の塊などがごろごろしているのだ。
そして、その中心部。
使い込んだテント、細々と残る熾き火、コーヒーポット、リュックサック、それに何かを計測するための大きなコンパスのような機械などなどがあり、よく見ると、テントの支柱の先に小さな皮があり、その裏側に『外出中 すぐ戻ります』と炭筆で丁寧に綴ってある。
よくいる野宿マニアかと思ったが、テントのなかには革装丁の、学術書か人頭税台帳にしかありえない厚みをした本が積んである。
つまり学術肌の野宿マニアだ。
「あう。学術肌の野宿マニアさんには悪いのですが、アレンカたちも空手チョップがかかっているのです」
「こんなかわいい女の子がごめんなさい、ってシュンとして謝れば、許してくれるわよ」
「じゃあ、もういいかい? 結果がどうあれ、恨みっこなしだからね」
マリスはそういうと、蝉たちの声を圧して、声楽家がほれ込みそうなよく響く声で四方を囲むカンパニーのアサシンたちに、かかってこいと叫んだ。
野営地を囲む樹木の迷路から次々と暗殺部隊のアサシンたちがあらわれた。
赤と黒の仮面、暗殺用のぴたりとした装束、体のあちこちにベルトでナイフを縛りつけてあるので手がどの位置にあろうが、すぐに武器を手に握れる効率重視の装備。
体格は様々で女性や未成年も混じっているようだ。
マリスは自分へ鋼鉄の鉤爪をかざして襲いかかる暗殺者に対し、この手の量産型みたいな殺しのプロにも、愛する家族が待つ家があって、楽しい青春時代があって、パイをつくり過ぎたといって持ってきてくれるお隣さんがいるのだろうなあ、と思いながら、剣を胸の真ん中に刺し、ねじり、肋骨がバキバキ割れるのを感じながら、真横に薙ぎ払った。
――†――†――†――
「空手チョップ、だーれだ?」
マリスとツィーヌがアレンカににじり寄る。
「ちょ、ちょっと待ってほしいのです! こんなかわいいアレンカに本当に空手チョップなんてするのですか?」
「マリス、おさえて」
「よしきた」
「ひーっ! 誰かーっ、助けてーなのですーっ!」
アレンカはマリスに羽交い絞めにされ、ツィーヌは、しゅっ、しゅっ、と空手チョップの素振りをする。
「うん。これは強烈な一発が期待できるわね」
「ま、待ってほしいのです! 話せばわかるのです!」
「安心しなさい。歴史に残るめちゃくちゃ痛い空手チョップを食らわしてあげるから」
いよいよツィーヌ渾身の空手チョップがアレンカのおでこに炸裂しようとした瞬間、また蝉の鳴き声をしのぐ大きな悲鳴が上がった。
見れば、この空き地に入って、すぐのところで食料を詰めた箱を持った長身の男がいる。
この野営地の主、学術肌の野宿マニアだろう。かなり背が高く、この広場のでっぱりのどれよりも高い位置に顎があった。
「な、なんだ、これは! いったい誰がこんなことを!」
こんなこと、とは十七人の暗殺者がバラバラ死体となって、そこらに転がっていることだろう。
まあ、カタギにはショッキングな絵面に違いない。
しかし、そこは彼女たちもプロだから、カタギに迷惑をかけないよう、彼のテントその他持ち物に血反吐や脳漿、内臓のつぶれたものがぶちまけられたりしないよう細心の注意をして殺した。
だから、なあんだ、荷物は無事かと安堵するだろう。
と、思っていたのだが、どうもそうはいかない。
アレンカはこの男に助けを求めたが、男は三人の少女にまったく関心を払わず、ただひたすらぶちまけられた臓物を唖然として見ている。
だが、そのうち、この下手人と見てとったのだろう、三人に詰め寄った。
「きみたちは自分が何をしたか分かってるのか!」
「なにって、虫けら殺しただけじゃない」
「きみたちは歴史上の大発見を血みどろぐちゃぐちゃの屠殺場に変えてしまったんだぞ!」
「大発見?」
「はるか古代、精霊の女神の出現よりも前に、このセヴェリノに高度な文明があったという証拠だ!」
蔦と苔の下にはどうやら古代遺跡があったらしい。
「精霊の女神よりも前? そんなこと、ここで話してもボクらは誰にも言わないからいいけど、よそで言ったらダメだよ。異端審問所に捕まるから」
「そんなものとっくに捕まったし、有罪宣告もされた。手足を天井に固定されて宙ぶらりんの足に重しをつける引き延ばしの刑も食らった。おかげで背が倍に伸びた」
「そんなことはどうでもいいのです! おじさん、アレンカを助けてほしいのです!」
古代学者はそのオファーが宙に浮いていて、まるでそれをかき消すように手をふり、距離にして二十歩ほどの位置に立つ遺跡を指差した。
「あの二本の柱。焦げた内臓がぶちまけられて腸がお誕生会の紙テープみたいに引っかかってるあれ。あれをやったのはきみたちのうち、誰だね?」
「わたしじゃないわよ」
「ボクでもない」
「あ、あれはアレンカがやったのです。我ながらきれいに焼けたのです。えっへん」
「きみたち、その少女を存分に折檻してくれたまえ。星への転移装置の遺物を穢した報いだ」
「喜んで。さ、アレンカ。空手チョップの時間だよ」
「ひーっ! ひとでなしーっ、なのですーっ!」
その後、ツィーヌがキェーッとジャンプして、カコーンと竹を打ったような空手チョップの音が内臓がじりじり焼けている神秘の遺跡に響き渡った。




