第二十三話 ラケッティア、全て元通り。
なんもかーんも元通り。
治安裁判所の長官はごく普通の賄賂大好きなやつが就任。
イヴェスは治安判事に戻って、給料が下がり、商会を見限ったやつらへのお仕置きが三日間フィーバーして、エスプレ川に死体が浮かぶわ、カサルス塔から突き落されるわ、ちょっと出かけてくると行ったっきり消えるわ。
結局、カンパニーの乗っ取り作戦は各ファミリーの忠誠テストに終わった。
もちろんクルス・ファミリーは百点満点です。
で、いまのおれはというと――、
「預金証券が八十七枚。預金証券が八十八枚」
〈ラ・シウダデーリャ〉の事務室で預金証券を数えている。
ノヴァ・オルディアーレスの株は賞金稼ぎギルドに全部売って、代金は預金証券の形で受け取った。
賞金稼ぎギルドの連中は捕まえた賞金首を一時的に拘留する施設を欲しがっていた。
そんなもん地上に作ればいいだろと思ったけど、賞金首が大物だと仲間が取り返しに来るかもしれない。
だが、それよりももっと懸念されるのは賞金をかけた連中が襲撃してくることだ。
賞金稼ぎの稼業も大変で、だいたい賞金の出元は信用できないクズばかり。
ハナから賞金なぞ払うつもりはなく、賞金稼ぎが苦労して見つけた賞金首を横取りして、ハイそれまでよを決め込むらしい。
だから、脱獄不可能持ち出し不可能のお空の刑務所が必要なわけだ。
お空の刑務所に行くには気球か空飛ぶ船かドラゴンの背中か、何かに乗っていかないといけないが、空輸コストがかかってもいいから、賞金首を空に閉じ込めたいらしい。
たぶん、カネ以外の、矜持もかかった問題なのだ。
正直、よくカネが捻出できたなと思うけど、賞金稼ぎギルドの担当者曰く、これから三年間はもやしを食って暮らさないといけないらしい。
「ちなみにきくけど、おれも賞金かかってる?」
「はい、金貨一万枚です」
「安く見られたな」
「でも、これはギルドとして大物犯罪者相手に何もしないのはよくないだろうという見せ賞金でして。まあ、賞金かけるけど、実際捕まえていいかどうかは別の問題だぞということです」
「わかるよ。ボナンノ・ファミリーのドニー・ブラスコこと本名ジョセフ・ピストーネがFBIのおとり捜査官だったことがバレて、五大ファミリーはピストーネの首に賞金をかけたけど、でもお前ら分かってるよな? FBIの捜査官殺したらとんでもないことになるんだからな? これはあくまでおれたちは怒ってるんだぞってジェスチャーだからな? って感じでしょ?」
「よく分かりませんが、その通りです」
で、そんなこんなで空飛ぶ監獄の払いが預金証券なわけ。
ゴブリン金融シンジケートなら、あっという間に現金化できるが、この証券は現金化するのに少しかかる。
え? 売らずに空飛ぶ監獄使ったラケッティアリング考えろって?
やだよ、監獄なんて。
よい子のパンダのみんなは名前をひとりでも挙げられるかい? 刑務所を経営するマフィアだなんて。
だいたい、この稼業、生かすか殺すかのふたつしかない。
閉じ込めるなんて中途半端なお仕置きは存在しないのだ。
「預金証券が百二十八枚。預金証券が百二十九枚」
ヨシュアとリサークは釈放させた。
そこは、まあ、筋は通さないといかんので。
ふたりともおれに是非ともお礼がしたいと言ったが、その気持ちだけでいいと断った。
断ったのだが――、
チリンチリン!
一階から紐がつながっているヨシュア警報の鈴が鳴った。
おれは市場側の窓を開けると、事務机の後ろにこさえた秘密の扉をクローバー型の鍵で開けて、壁のなかに隠れた。
扉が閉まった瞬間、ヨシュアがやってきた。
こっちに向かってつかつか歩いてくる。
気づかれたか?
気分は赤穂浪士に追いまわされる吉良上野介ですよ。
ヨシュアの歩みが事務机のそばでぴたりと止まる。そして手袋を脱ぐと、おれの座っていた椅子を手で触れた。
「まだ、温かい。遠くへは行っていないはずだ」
そして、開けっ放しの窓のほうを見て、そこから、さらばだ明智君また会おう!とばかりにバッと飛び下りていった。
あっぶねー!
コンマ一秒の差だった。
さてと、預金証券を数えるだけのアットホームで簡単な仕事に戻るかな。
カランカラン!
一階から紐でつながっている木の板が打ち合う。
リサークが初夏の装いでやってきた。
そして、椅子に触り、
「まだミツルくんの温もりが感じられる。そう遠くへは行っていないようですね」
と、窓からジャンプ。
あいつら、お互いのこと、殺したいほどいがみあってるけど、考え方は全く同じなんだよな。
人間ゴールが決まってると、ついつい同じような近道を通ってしまうもんだけど、まあ、おれのケツが無事ならもういいや。
だが、秘密の扉を開けて、事務机を見て、おれは絶叫した。
「ぎゃああ! 預金証券が!」
開けっ放しにした窓から風が吹きこみ、おれが百二十九枚まで数えた預金証券が床一面に散らばっていた。
しくしく泣きながら、預金証券をかき集め、また数える。
「預金証券が一枚。預金証券が二枚」
さて、後はカンパニー対策だけど、今度のことを企んだのはカンパニーの最高意思決定機関である理事会のメンバー〈判事〉というジジイだとのこと。
これは落とし前をつける。
それともうひとつ。
監獄長官ベラスケス。こいつはいま、海の上だ。
あ、いや殺して捨てたんじゃないですよ。生きてて船に乗ってます。
そういう約束だったんです。
というのも、中立勢力を作り上げるきっかけになった爆弾投下、ノヴァ・オルディアーレスの勢力図をがらりと塗り替えたあの事件だが、爆弾を投げたのは俺に依頼されたベラスケスだ。
こう、おれの頭の上に回想シーンの吹き出しが、ネギーニョとの会話を、こう、ほわんほわんほわんほわーんと……。
――†――†――†――
「で、会うかね?」
「会わない」
「じゃあ、そう伝えておこう」
ピリオドがわりにポキッといい音。
「と、言いたいところだが、せがれはどうしても会いたいと言っている。わしはここができたころからぶち込まれているから分かるが、せがれはこのままいけば、間違いなく殺られる。それは避けたい」
「親心かね?」
「まあ、そういうことにしておいてくれ」
「……会ってもいいが条件がある。そう伝えてくれ」
「条件ね。仮釈放くらいならできると言っている」
「いや、そんなことじゃない。まあ、いい考えがあるんだ」
――†――†――†――
で、またおれの頭の上に回想シーンの吹き出しが、港でのベラスケスとの会話を、こう、ほわんほわんほわんほわーんと……。
――†――†――†――
「てっきり殺されると思っていたがな」
「人は自分の人生をもとに物事を推察する。つまり、あんたが歩んできたのは裏切りばかりの人生だったわけだ」
「そうかもしれん。いや、そうだった」
「しかし、新大陸に戻るそうだが、それでいいのかね? あそこじゃあ、黒人はみな奴隷なのだろう?」
「死ぬなら生まれた場所で死にたい」
「なるほど。それなら何も言うまい」
大柄な黒人は懐中時計の鎖をいじっている。
「おれはよく本を読む。たいていは歴史の本だ。全ての歴史は神話に始まり、支配者の繁栄で終わる。そして、そのあいだには失敗に終わった奴隷の反乱がいくつもある」
ベラスケスは疲れていても勢いよく血走っている目を水平線へ向けた。
だが、実際に見ているのは歴史だ。
「だから、おれが率いてやる。史上初めての成功した奴隷の反乱を。永続するおれたちの国を」
「壮大な歴史的決意にちゃちゃを入れたくないが、親父さんに何か言うことはあるかね?」
ベラスケスは、ふ、と笑って、
「おれたちの国をつくる。そうしたら、迎えにいく。そう伝えてくれ」
――†――†――†――
そういうことがあったのだ。
そして、全てを失った男ベラスケスは全てを獲得するべく新大陸へと旅立った。
――†――†――†――
あれ? これじゃベラスケスが主人公みたいだぞ?
……ま、いっか。
カラヴァルヴァ ノヴァ・オルディアーレス騒乱編〈了〉




