第七話 ラケッティア、味噌と醤油のありがたみ。
切ったキュウリをたっぷりのごま油でもんで、小鉢に出す。
「うまっ!」
メジマグロの刺身にわさび醤油。
「うまっ!」
赤味噌につみれ団子。
「うまっ! あー、うめー」
久々の醤油と味噌汁に目から涙がぽろぽろ落ちた。
「お客人、泣いてるのかい?」
オリュウが笑いながらたずねる。
「うまかったら泣く。試しにやってみてよ」
「どれどれ――」
オリュウはわさびたっぷりつけたメジの刺身をぱくりとやった。
「あーっ、うめーっ! くぁーっ、涙が止まらねえ!」
これには女親分と子分が豪快に笑った。
「馬鹿だねえ、あんたは」
「カシラ、そんなにわさび乗せれば泣くのは当たり前ですよ」
ベニゴマ一家では大きな広間で稼業のものが全員集まって、夕餉を食う。
まだ空は暮れかけの茜色だが、なにせ縁日の仕切りやら賭場の仕切りやらでこれから忙しくなるから、このくらいの時間に腹ごしらえして、夜の半分を乗り切り、また真夜中に一食ぺろりと平らげるくらいじゃないとやっていけないらしい。
「しかし、旦那。見事に女ばかりだねえ」
ジンパチの言う通り、ベニゴマ一家は女だけからなる女だらけのヤクザだ。
もともとは戦で夫を亡くした女たちの互助集団だったのが、死んだヤクザの情婦や女ながらに男伊達を生きる変わり者、行くあてもない孤児が集まって、今の七代目ベニゴマ一家を形成している。
サカイは商業を強みとする自治都市だから、ベニゴマ一家はただの博徒集団というわけではなく、有事の際は民兵にもなる。
彼女たちはあまり客人に心配させてもなんだからと多くは語らないが、それでもぶつ切りになった話をつなげあわせてみると、ベニゴマ一家に忍び寄る不吉な影の存在が明らかになってくる。
オニグマ一家の親分であるオニグマ・ブンゾウ。人呼んで厄ダネのブンゾウ。
これがベニゴマの縄張りを狙って、ちょっかいをかけているらしい。
賭場や縁日で暴れたりするので、若い女衆たちがしょっちゅうオニグマの者と殴り合っている。
いまのところ、表立った抗争にはなっていない。
ブンゾウも若いもんが血気にはやってやったことで、オニグマ一家がベニゴマ一家の縄張りを狙っているわけじゃあねえ、と人を介して説明しに来たこともあるが、
「あたしは信じないね」
オリュウが言った。
飯も終わって、子分たちがシノギに出かけると、おれとジンパチは連れだって、廊下を戻っていたのだが、濡れ縁に一人座って、難しい顔をしているオリュウに出会った。
「オニグマはサカイを狙ってやがる。親分は大事にするなと押さえてるけど、あたしは嫌な予感がするんだ」
おれはジンパチを促して、草履をつっかけ、庭に出た。
近々、ミツはオニグマのブンゾウと話し合いの場を持つつもりらしい。
今日知ったばかりの客分に思いのたけをぶつけたのは、たぶんオリュウが親分のミツのこと、そして一家の子分たちのことをよほど心配してのことだろう。
動き出したいが、親分に諌められてる手前、若頭のオリュウは動けない。
だから、客分であるおれたちに動いてほしいのだ。
いや、そんなこと、たぶん考えてもいない。
ただ、身近な人間に漏らすといろいろ面倒になるので、変な根っこのない客分に腹のなかにたまった重いものを吐きだしたかっただけだろう。
「オニグマはそんなにデカい組なの?」
オリュウは首をふった。
「一年前は大したことがなかった。それがコオリガワ合戦の後から、急にボウフラみてえに数を増やしてきやがって、サカイに姿を見せるようになった」
「そりゃ、お武家が後ろに立っていると?」
「証左もねえのにそんなこたぁ言えないさ」
と、だけ、言って、オリュウはふらりと立ち上がり、飲みなおしに広間へと戻っていった。
証左もないのに。じゃあ、証左があればいいのか。
カンのいいジンパチはこいつぁ自分の出番だと思ったのだろう、包帯のあいだから見える大きな三白眼をきらりとさせた。
「なあ、ジンパチ。今日知り合ったばかりのおれがお前にくれてやったもんといえば、塩水まんじゅうだけだ。そんな貸しを押しつけるようにちらつかせるのは本意じゃないが――」
「何を言ってんだ、旦那。旦那においらが動かねえと思われるほうが心外で腹も立つってもんだ。任せてくれ。さっそくオニグマを探るぜ」
と、いうなり、夜の闇にさっと消えた。




