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今日もため息。ぼんやりオーガスタの嘆き

 魔法を使う動物、"黒き獣たち"が闊歩する現状において、各集落が自警団が結成するのは自然なこと。カーレル・シズネ町でも、新たに増えた住民から戦える者を募り、団員を再編成した。

 本日行われているのは町の指導者を集めた定例会議だ。これまでの議題は、獣たちの動向が主であったが、今回は違う。


 最近、町に現れるようになった"獣と戦う少女たち"についてである。


「やはり、皆さんもご覧になりましたか。彼女たちの戦いぶり……ええ、そうですね。今のところ三人が確認されています」

「あの少女は何者なのだ? 特に、行使する魔法の威力たるや、とても常人には思えない」

「しかも毎回どこから現れているのか……やはり怪しい。獣と同じく、討伐の対象では? 」


 疑惑の声が会場のあちこちで噴出する。高まるばかりだったそれは、一時的に沈静化した。

 ふぉっふぉっという、場違いな笑い声のためだ。


「ふぉっふぉ……皆の衆、心配し過ぎじゃ。あの子らが敵などという考えは杞憂であろうよ」


 穏やかに笑う老爺の存在は、緊迫する空気を、瞬く間に緩和させた。

 彼は町にとってなくてはならない重鎮だ。一つの身でいくつもの役目を兼ねている。医師、治癒術士、学校の校長先生、または……


「フロスト"町長"。なぜそうも楽観しているんですか。彼女たちが私たちを襲わないという根拠は?」


「僕から話しましょう」


 申し合わせたように、白衣の男性が席を立つ。



「知っての通り、"獣たち"は強大な存在の手によって創り出されました。永遠の魂を待つ七人が一人、"魔女"と呼ばれる不死者です」


「そんなことはわかっている。不死なる七人の厄災は、伝承などではなく、実在する脅威だ。現在も明確な危機として、世界を震撼させている」


 出席者が頷いて、早く話の続きをと急かすとおり、不死者の存在は人々に周知されている。

 全部で七人。獣を生み出した"魔女"をはじめ、"不死の王"、"賢者"、"道化師"、"聖女"、"騎士"、そして"学者"という通り名で表される。


「しかし、魔女以外の不死者は、獣たちの存在をよく思っていません。僕たちと同じように、戦う道を選んだ者もいるのです」

「ならば、あの少女たちは……」


「強大な魔力を有することからして、不死者と関係すると考えるのが自然でしょう。そして、僕は彼女たちが"騎士"であると推測します。なんでも、彼らは一人でなく、複数人からなる不死者だとか」


「そうか。"騎士"は、善性の不死者と言われている。彼らの活躍は多くの英雄譚の原型となった。その構成員であるなら、いろいろと辻褄が合う」


 同意の頷きが広まる。会議の面々は、博士の案に染まりつつあった。

 そんななか新たな声が発され、注目はそちらに向く。今度も笑みだ。



「誰だっていいじゃないですか! この町を守ってくれてるんだから、きっと優しい子たちですよ!」


「その考えは甘すぎやしませんか? 守るとは聞こえがいいですが、魔法による騒音や発光に、驚いた住民は大勢いるんですよ」

「はははは! それも元気があっていい。まるでうちの娘みたいだ!」


 たしなめる者へ大丈夫でしょう、と不安を吹き飛ばすように話すのは、エイプルの父オリバーである。普段大工を務める彼だが、緊急時には自警団長として皆を率いて戦う。


 豪快に魔法を放つ少女を自身の娘と例えたことに対し、本当にそうですね、と博士は笑わぬ目で呟いた。



 ◇ ◇ ◇



 自宅学習でいい、というオーガスタをオータム先生は説き伏せ、元令嬢の学校生活はようやく実現した。

 最初は、町の学校に馴染めるわけない! と主張した彼女だったが、元暗殺者のメイが普通に通学しているのを知ると、吹っ切れたように大人しくなった。


「あらら。オーガスタちゃん、またため息ついてる」

「やっぱり、もといたエドラの首都が、恋しいのかな……」


 エイプルとメイは顔を寄せ合って話す。彼女たちはオーガスタのことを新しい友達兼、魔道具を身に宿した仲間として、もっと仲良くなりたいと思っていた。

 そんな相手の不調に心配は惜しまない。そして、物見高きリーネも集まり、三人で遠目から観察を開始した。


 はじめはふぅ、とか、はぁ……などという吐息の延長と、物憂げな眼差しのみであったが、そのうち明確な心情が艶めく唇からこぼれた。


「わたくしは……もう二度と、あのお方に会えないのかしら……」



「おぉっ、私わかっちゃったかも!」

「なになに? リーネちゃん、私たちにも教えて!」

「あのねあのねぇ、オーガスタさんは議長さんところのお嬢様だから、ちっちゃい頃から婚約者とかも決まってたんじゃないかなぁ。会いたい人っていうのは、きっと好き合った相手なんだよ」

「あれ……でも、そんな人、暗殺の対象にいなかったような……」


 首をかしげるメイに微笑みかけ、だったら確かめてくるよぅ! とリーネはオーガスタに近づく。

 小説家である父親の影響か、色恋話には非常に目ざとい。


「ねぇオーガスタさん。これからいっしょにおやつ食べない? あと悩み事があるなら話してくれないかな? 言い知れぬ思いを溜め込むのは心に毒だよぅ?」

「あなた……大した観察眼をお持ちのようね。そうです! わたくしは、ある方への思いに身を焦がしているのです!!」


「聞いてほしかったのかな?」

「はい……」


 はたから聞いていたエイプルとメイは囁く。自己紹介時に見せた気位の高さからして、黙秘を貫くとも考えていたが、これでは逆に待ってました! と言わんばかりである。


「田舎町とはいえ、あのお方のご威光は辺境をも照らすはず……いいでしょう、詳しくお話ししてあげますわ」

「わぁ、もう教えてくれるの? しかも、お相手って有名人なんだ!」


 興味深々に聞き入るリーネだが、オーガスタは彼女以上に目を輝かせ、語る。



「ルトワヘルムの剣闘士、ラムザロッテ様との出会いを!!」




「は? エイプルねーちゃん、ラムザロッテを知らないのか? 隣国の有名な戦士じゃねえか」


 少女たちは野原にてお茶とお菓子を広げ、簡易なお茶会を始めた。また、その辺を歩いていたウェザーも話の解説役として招かれたのであった。


 彼が言うには、ラムザロッテなる人物は隣の王国、ルトワヘルムにある闘技場の剣客闘士であり、その強さから凄まじい人気を誇るという。


 なお、エイプルたちと同じ歳ほどの"少女"である。


「お父様の闘技場視察に同行した時、はじめてあの方の戦いを見ましたの。お姿を見た瞬間、雷撃を受けたかと思いましたわ! あの剣尖、麗しい白金の髪、そして若くして習得した雷の魔法……きゃああああ! 思い出すだけでたまりませんわ! かっこよすぎぃぃ! 聞けばあの方は、伝説の雷将の再来とも言われているとか。確かに同じ北国の出身でしたから……」


 意外にも闘技場愛好家だったオーガスタは、今までになく饒舌となり、推しの闘士を勧めてくる。

 その熱意はエイプルたちを置き去りにし、唯一知識のあるウェザーだけが、彼女との会話を成立させていた。


「まさかここで話の分かる相手に出会えるなんて思わなかったわ! あなた、まだ幼いのに闘士に興味があるなんてすごいわね。これからわたくしとラムザロッテ様の名勝負を語り合いましょう!」

「いや、俺はどっちかというと、セレスフェルドのフレイゼアを応援している」

「なっ!? この不届き者! あなた、わたくしの敵ね!! よりによってフレイゼア派なんて……!」


 心を許しかけたオーガスタだったが、応援相手が異なるのを知ると、すぐさま敵意を剥いた。これまで口を挟めなかった少女たちは、やっとここで仲裁の役を得る。


「まあまあ、オーガスタちゃん落ち着いて」

「落ち着いてなんていられませんわ! この子は反対派閥の一味なのよ!」

「これはこれは狭量なことで。あんたは、たかが好みの闘士の違いで、付き合う相手を決めているのか?」

「なんですの、その言い方! 見た目とまるで合っていませんわ!」


「そういえばぁ、君たち三人組って同い年なのかな? いくつだっけ?」

「ねーちゃんたちより四つ下だぜ」


 言わなきゃわからないのかよ、とぼやいたのち、ウェザーは肩をすくめて告げる。


「今年で九歳になる」

「嘘を言うんじゃないわ!」



「オーガスタちゃんたら大げさだよ。そんなに驚くことじゃないって。ウェザーは五歳のときからこんなだし」

「そうですよ……人を、見かけだけで決めつけると、戦場で痛い目に遭っちゃいます……」

「なんでよ!? どうして普通じゃないってわからないのよ! あなたも、その顔をやめなさいよ! 九歳児がそんな冷笑をしていいとでも思ってるの?」

「うまくご機嫌が取れなくて悪いな。上流階級がするような会話とは縁がなくてね。だが、少しは大目に見るってのが、器の大きい者の態度じゃないのか?」



「あっ、いたいた! おーい君たちー、ちょっと手伝ってくれないかー?」

「博士! 自警団の集会おつかれさま」


 白衣をひらめかせ、博士は少女たちに駆け寄る。ちょうどいい時間なので、ささやかなお茶会はこれで解散と相成った。


「私もいっしょにお手伝いしたいんだけどねぇ……これから絵本の読み聞かせ会があるの」

「ちょうどよかったわ。だったら、このなまいきな子も連れて行ってちょうだい。絵本でも聞けば、少しは子ども心を思い出すはずよ」

「そうだな……いい機会だ。カーレル側のガキ共をまだ屈服させてなかったしな」

「なんてかわいげのない動機……!」


 リーネは変わらずのほほんと去ったが、付き添う少年は挑戦的な笑みを浮かべ、拳を鳴らしながら歩いていった。まるで抗争に向かう若頭である。


 この町はどこかおかしい……オーガスタはそんな予感を抱くも、今は気にすまいと博士に向き直った。

 彼が"自分たち"に手伝いを呼びかけた以上、また町に危機が迫っているのだ。


「それじゃ、私たちは何をお手伝いすればいいの?」

「あの、また獣……ですよね?」

「ご明察。ほら、前に"鋭羽十字鴉グラアベム"を一匹捕まえただろう? その子を助けに、仲間たちが大軍でこの町に向かっててね」

「まずいじゃないのそれ!!」


 朗らかに指をさす博士。その方向に、隊列を組んで滑空する鳥の一団があった。

 仲間を奪還すべく、豪速で襲いくる。



 ◇ ◇ ◇



 状態変化し、魔法の色彩を纏った少女たちは、町より少し離れた平原に立つ。強襲をかけられる前に迎え撃つ構えだ。

 攻撃はオーガスタが中心となって行う。獣は上空を進軍する。天翔ける魔法が使えるのは、雷撃を身に宿す彼女しかいない。


「いくわよ! "さきがける千々の雷電"!!」


 短い詠唱に気合を込め、オーガスタは蒼天を疾る。町に攻め入る隊列に、稲妻の軌道を描いて、広い範囲を輝かす。

 奇襲を受けた獣たちは怯み、警戒心はすべて金色の少女に集う。"鋭羽十字鴉グラアベム"は集落ではなく、至近の強者へと鉤爪を向けた。


「オーガスタちゃん、すごい! 大活躍だね! 私たちも何かできないかな?」

「えっと……お空は飛べないし、ここで援護しましょう。それっ、"突撃水珠"!」


 メイは地上から水弾を放ち、獣たちの報復を妨害する。エイプルもまた、花火魔法の名前通りに炎撃を打ち上げ、空中で炸裂させている。

 光と音波は"鋭羽十字鴉グラアベム"の感覚を狂わせ、得意の豪速を封じ込めた。


 すべての援護はオーガスタが第二波を発現するまでの時間稼ぎである。次撃への充電が完了すれば、広範囲の雷撃で一網打尽にする。それが、博士の提案した作戦である。


 条件が整ったオーガスタは、"雷轟"の右脚で大気を蹴り、とどめの術を詠唱する。

 だがその刹那、追い詰められた反動からか、群れの一羽が豪速を越える"超加速"を発現した。


「しまっ……!」

「オーガスタちゃん!!」


 鋭羽と疾風はかろうじて避けたが、不意を突かれ、気圏跳躍のための魔法は解かれた。オーガスタは落下する。恐怖に憑かれた思考では自助の術も行使できない。


 墜落する少女の未来は、救世主にあるまじき無様な死。

 直視を厭い、硬く目を閉じた彼女だったが、受けた衝撃は痛みでなく、手を引き上げられるもの。そして、とてもあたたかい……


「よかったあ、ちゃんと間に合ったよ! 大丈夫、オーガスタちゃん?」

「……エイプル!? なに? どうやってわたくしを……?」

「えっとね、私自身を"打ち上げた"の。花火みたいに!」


 はあああああ!? という叫びごと、二人の少女は空を跳ねる。エイプルが発現した魔法"流星三連玉"は、打ち上げる炎撃に乗って、空中を移動するというもの。爆発から派生した火球にも、次々と飛び移り、対空を続ける。


「むちゃくちゃよこんなのおおお! 放しなさい、もう一人で歩けますわ!」

「二人でいっしょにやったほうがいいよ! また落ちたらたいへんだよ?」

「いいえ!! あなたはすっこんでなさい。戦いはわたくしがやるの……あの勇ましい、ラムザロッテ様のように! "白金閃光脚"!!」


 半ばやけになってエイプルの手を解き、いかづちの一旋を見舞うオーガスタ。多大な被害を与えるはずの魔法は、群れに届く前に……"超加速"する一羽に残らず受け止められた。


「ちぃっ! 邪魔が入ったわね」

「ちがうよ。あの子、みんなを庇って……」


 雷撃を一身に浴びた"鋭羽十字鴉グラアベム"は、一瞬で昏倒したのか、何の抵抗もなく落ちていった。その個体は群れの長であり、撃墜後、一団の統率は大いに乱れた。


 獣らは長の後を追って一斉に降下する。見境なく進んで水弾に撃たれる個体、豪速を使った仲間と衝突し、翼を折る個体も現れた。彼らは一直線に破滅へ向かって飛ぶ。


「助けなきゃ、落ちたら死んじゃうよ!」

「おばか! 獣に情けをかけてどうするの?」


「だって違うでしょ! この子たち、仲間を助けに行くほど優しいんだよ? なのに、こんなのはつらいよ。なんとかしないと……!」


「エイプル? ちょっと、待ちなさいよ!!」


 再びエイプルは火球に乗って飛ぶ。あろうことか、今度は下方へ。真っ先に落ちる、"鋭羽十字鴉グラアベム"の長を、ふわりと抱いて。

 炎の魔法を宿した彼女は、落下に備えるすべを持たない。けれど確信はあった。地上にいる博士とメイを信じていた。


「メイくん、今だ!」

「はいっ……! "煮こごりの青"!!」


「きゃああぁぁ……んにゅ! ぷはぁ、たすかったあ」


 平原はメイの発現した"半固体の水"で厚く覆われていた。エイプルと腕の中の獣はもちろん、あとから落ちてきた"鋭羽十字鴉グラアベム"たちも、ぷるるんと受け止められ無傷である。


「すごいな……全羽捕獲か」

「博士、この子たちを助けてあげて! すごく仲間思いで、優しい獣たちだから……!」

「そうだね。生態を研究したいから、みんな研究所に運ぶよ……わかってる。すぐに傷の手当てをしよう」


 獣たちを介抱する博士とエイプル。その少し離れた場所にオーガスタは降り立った。

 手伝いをせずに立ち尽くす彼女を、メイは訝しんだ。


「……おかしいわ。獣を殺さないでおくのも、そうだけど……」

「オーガスタさん? なにか……考えごとですか?」

「あなたが強いのはわかるわ。暗殺者として育てられたんだもの。わたくしはあのお方に近づきたくて、武を磨いた。だけど……エイプルはどうして? ただの町娘のはずなのに」


 幾度も闘技場に通い、戦いの目を培ったオーガスタだからこそわかる。エイプルの身体能力は群を抜いて高く、魔法を扱うことにも才を感じる。

 ただその心は、戦う者とは考えられないほど、無垢で優しい。

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