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このもふもふを攻撃するなんてとんでもない!

 一ヶ月前、オーガスタの身に起こった出来事は、彼女の人生を壊し、心を絶望に染め上げるはずだった。


 この国、エドラサルム=ジ・エラの最高議長である父の辞意表明。生きる環境は一新され、信じていた絆は断ち切られた。オーガスタに待ち受けていたのは、友人と信じていた者たちからの手のひら返し。


 "議長の娘でもないあなたに、付き合う価値があって?"

 "いい気味だわ。ずっと前からいけすかない女だと思ってたのよ!"

 "ラムザロッテなんかより、男の闘士を応援したいに決まってるじゃない"


 裏切られた記憶は消えない。いつか必ず成り上がって、目に物見せてやる。そう、固く誓ったはずだった。


「なのに、わたくしは……どうして?」


 かつての朋輩たちへの報復や、家の復権にも手をつけず、明日の授業や"獣"との戦闘……エイプルたちと過ごすことばかり考えている。

 眠れぬ夜は更けていく。オーガスタは寝台から上体を起こし、鏡台の上にある金色の宝玉を見た。


 最も大きな変化といえばそれだ。オーガスタの家に伝わる玉石だが、博士によって魔道具に加工されてしまった。

 そして自身も使用者として認証されてしまい、町を防衛する任務を担うこととなった。いわば救世主としての使命だ。


 しかし博士は、この活動を"窃盗犯に課された社会奉仕活動"と呼んでいる。大変無礼極まりない。

 他にも学校に元暗殺者がいたり、やたら強い普通の町娘、マセガキ通り越して老成した九歳児など……


「ぁぁぁあああ、もう! この町なんなの!?」


 カーレル・シズネ町に越してきてから予想外のことばかり起こる。正直、突っ込みどころが多すぎて、復讐心を保つのも難しい。



 ◇ ◇ ◇



「オーガスタ、学校には慣れたか?」

「あら、オータム先生。そうね。まずここを学校と呼べるか疑問だわ。教師がたったの三人しかいなくて、まともな授業ができるわけないじゃない。生徒を舐めてるとしか思えないわ」


 下校途中の通路にて、オーガスタは持ちかけられた世間話を皮肉げに返す。しかし、オータムは彼女にあたたかい目を向け、朗らかに笑ってみせた。


「ちょっと、なによその態度。失礼でなくて?」

「いやごめん。そういう感想が持てるのは、まじめに学校生活と向き合ってるからだ。いつまでも沈んだままじゃなくて安心した。エイプルたちのおかげかな? 友達ができたみたいで何よりだ」

「な、ななな、なにを言ってるの!? そんなことはありませんわ! あまりに野生目が過ぎるので、わたくしがしつけてるところなの!」

「そうか? 今だって君を呼んでいるぞ」


 オータムの示す先を見れば、勢いよく手を振る赤茶髪の少女がいる。

 学校の入口付近に立つのはエイプル、リーネ、メイの三人だ。特にエイブルは、元気よくオーガスタの名を呼び、散歩に行こうよと誘っていた。


「わたくしはべつに……あの子たちと親しくなりたいなんて、そんな……」




 オーガスタが曖昧な言い訳を残して去った後、ふぉっふぉっふぉ、との笑い声が通路に生じた。

 杖をついて歩く、フロストと言う名の老人。いくつもの重役を兼ねる彼は、久しぶりに教師として学校に訪れた。


「この町に慣れたかどうか聞きたいのは私も同じじゃよ、オータム君」

「フロスト校長先生! 今日はこちらにいらしていたのですか」

「うむうむ。学校をまかせっきりにしてすまぬな。私も町長の仕事が落ち着いたゆえ、また魔法の授業を受け持とう」


 移動の時間も惜しいとばかりに、二人は通路で立ったまま、親しげに近況を話し合う。

 長く教師を務めるフロストにとって、オータムもまた教え子の一人である。町に招いたのも過去の繋がりがあったためだ。


「ときに、オータム君。この仕事にも慣れたようじゃが、体の調子はどうかね?」


「はい! 当初よりずっと楽になりました。おかげさまで、もう薬なしでも眠れるように……」


 カン、ガンガンガン!!

 不意に鳴った警鐘は"黒き獣たち"の襲撃警報。二人は教師の顔に戻る。


「ふぉっ!! すわ、獣の襲撃か!?」

「校長先生、教室にいる下級生たちを頼みます! 俺は町の人たちの避難を!」

「うむ。くれぐれも気をつけられよ!」


 短く声をかけ、緊急時の任務に就く。フロストに生徒たちの守護を頼み、オータムは自警団の本署へと走った。

 彼もまた、獣たちと戦える者として、自警団員の登録を受けている。



 襲来の知らせで出動するのは自警団だけではない。博士の作ったわけありの魔道具、"魔法少女(略)"も町防衛のために林を散策する。


「陣の"感触"からして、獣は林の中に潜んでいる。メイくんが先頭に立って警戒してくれ。エイプル、オーガスタの順番で前進するように」

「ちょっと! あなたは指図しないでちょうだい、戦略ならわたくしが立てます! では二人とも、わたくしのあとに従って……」

「オーガスタちゃん早くいこ! 今度はどんな獣だろ? どきどきしてきちゃった」

「私も……武者震いがします。あっ、でも……今回はちゃんと殺気を抑えてますから、大丈夫ですよ」

「んもおおおお! あなたたち、わたくしの作戦を聞いてから動きなさいよ!」


 状態変化へんしんした三人と博士は、一列となって獣の姿を探す。

 楽しく歩く光景は、町を防衛しに行くというより、野山を駆けまわって遊ぶほうに近い。いついかなるときも白衣の博士は、引率の先生のようである。


 まるでしまりのない隊列に、オーガスタは美麗な顔を歪ませっぱなしだ。


「待ってくれ、オーガスタ。君さあ、少しは協調性というものを学びなよ」

「なにを言うの! 軍事に疎いあなたより、わたくしの方が指揮官に相応しいわ!」

「意欲的なのはいいけど、みんなと息を揃えて動いてくれないと、魔道具も力を発揮しないよ。もともと複数で組み合わせて使うものだったんだから」

「ふんっ。そんなの、わたくしがあの二人を従わせればいいだけじゃない」


 うしろの口論もそっちのけにし、エイプルは新しい発見を求めて進む。

 メイを連れて藪をかき分けた先……目的の獣をついに見つけた。


「きゃああああああ!!」


「メイくん! エイプル! どうしたんだい!?」

「ほら見なさい! わたくしの指示を聞かないからよ!」


 前衛たちの悲鳴を聞き、急いで走るオーガスタと博士。叫びの大きさからして、エイプルとメイが襲撃を受けたことは間違いない。


 一時は最悪の状況も考えたが、座り込む少女たちに外傷はないようだった。エイプルが震える指を向けるのは、確かに恐るべき"獣"だ。


「あ……あ……」

「博士、オーガスタちゃんも、見て……この子たち……」



 そこにいたのは、ふんわりとした綿っぽいかたまりが五つ。少女が抱え込むのにちょうどいい大きさだ。普通の動物とは程遠い形状であることから"獣"に違いない。


 見るからに柔らかそうな毛はきめ細やかで、地面の上をばっふばっふ跳ねても、砂粒一つ寄せ付けない。

 しかも人懐っこい性格だったようで、エイプルたちのところへ、自ら転がりくる。


「かわいい!!」


 彼女たちは魔道具と融合し、極大魔法を操れるようになったとはいえ、感性は少女のもの。

 ふわふわで愛らしい生きものを前に、冷静でいられるはずがない。



 ◇ ◇ ◇



「そんな……あれは"茶毛綿玉兎(モカ・モスモ)"、"白毛綿玉兎(ブランカ・モスモ)"もいるだと……」

「はわわわ、ふわふわもこもこ……」

「襲って、きませんね……というか、攻撃手段がまったくわかりません」


 目の前で跳ね回る五匹の獣たち。一匹のみ白く、あとは茶毛だ。人の手を恐れることなく、むしろふれあいたいと思っているかのように動く。エイプルが手を伸ばすと、綿玉兎はすり寄ってにおいを嗅いだ。


 安全を確認したのち撫でようとしたが、その前に博士の警告が割り入った。


「駄目だ! 触るな!!」


「え? だいじょぶだよ博士。この子たちすっごくおとなしいよ。あははっ! くすぐったい!」

「わ……想像より、ずっとふわふわです……」

「オーガスタちゃんもおいでよ! 触り心地いいよ~」


「ふ、ふん! 誰がそんな、可愛い……汚らしい獣にさわるものですか! すぐにそいつらをよこしなさい。まずは、わたくしの雷撃で気絶させてから研究所に運ぶのよ。さぁ、どきなさい」


 いじっぱりな性格はここでも発動された。オーガスタはエイプルの申し出を突っぱね、獣たちをもふる光景からそっぽを向く。


 獣の撃退、あるいは捕獲が彼女たちの任務なのだ。救世主として毅然に振る舞うオーガスタは正しい。

 けれども、博士は深刻な状況を前に、次の指示が出さないでいた。


「ダメだよ、それはできないよオーガスタちゃん」

「え……?」

「そうです。こんな、かわいい獣たちに……乱暴なんて、できません」


 ふわふわの生きものを、肩と頭に乗せたエイプルとメイ。彼らを取り上げようとするオーガスタに、反発の意思を見せ、敵対の構えをとる。


「遅かったか。二人は"綿玉兎(モスモ)"たちに魅了されてしまった」

「なによ!? それが、あの毛玉どもの使う魔法だっていうの?」

「そうだよ。彼らに攻撃力はない。そのかわり、体毛に触れたいと思った者を使役して戦わせるんだ……まずいな。あの魔道具に戦う力は込めたけど、洗脳への抵抗力までは搭載していない」


「このふわふわを町のみんなにも教えてあげるの! 誰が見てもかわいいもんね!」

「はい……いい考えです、エイプルさん」


「そんなことさせないわよ! っ、博士! あなた、なにか考えはないの? 今なら特別に助言くらい聞いてあげるわっ!」

「わかった。君だけで二人を足止めしててくれ。僕は家から道具を取ってくるよ」

「バカ言ってんじゃないわよ!! ちょっと! ええええええ!?」


 オーガスタが止める間も無く、博士は戦線を離脱した。残された三人は互いの隙を伺う。


 これから始まるのは"魔法少女(略)"同士の戦闘だ。



「目を覚ましなさい! その毛玉を町に連れて帰るですって? どんな大惨事になるかわからないっていうの!?」


「あ、や……ダメです。頭が……兎さんたちを守ることしか、考えられなくなる」

「うぐぐぐ……ごめんね、オーガスタちゃん。私の体、言うこと聞かなくって、ぇ……」


 縦横無尽に駆けて二人の魔法を避ける。速さについてオーガスタと並ぶ者はなく、天地関わりなく移動すれば、追いつくのは不可能に近い。

 しかし、跳歩の時間には制限がある。魔力が尽きれば雷撃も行使できず、能力はもとの小娘程度に引き下げられる。


「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「ちょ、っ! きゃあああっ!!」


 地を走るしかなくなったオーガスタを、メイの水魔法が襲う。

 効果が切れたとはいえ、完全に無力になったわけではない。闘士に憧れ、戦闘を学んだ経験は、この場で大いに役立った。彼女は水弾を持ち前の身体能力だけで躱し、可能なものは蹴って散らした。


 ただし射手のメイは元暗殺者、搦め手は得意だ。

 弾道を操作してオーガスタを追い詰め、逃れられぬ死角へ魔法を届ける。


「きゃあああ!! あら……?」



 被弾を覚悟したが、衝撃は来なかった。水弾は火球に撃ち落とされたのだ。


 エイプルは、メイともに攻撃すると見せかけ、妨害を図っていた。飛び交う水魔法には追尾の炎を付けて注意を促す。相殺できない水撃には、自らを炎の壁として使い、オーガスタを庇った。


「あ……エイプル、あなた……」

「だい、じょうぶだよ。絶対、オーガスタちゃんを傷つけたりしないから」

「どうして、わたくしのためにそこまでできるの? 知り合ったばかりなのに。今のわたくしに取り入ったって、何も得るものはないのよ?」


「だって私たち、同じ町に住む仲間でしょ? 私ね、オーガスタちゃんと、もっと仲良くなりたい。いっしょに遊んで、おしゃべりしたいの!」


 いまだ"綿玉兎(モスモ)"たちの魅力は解けないが、オーガスタは二人に守られていると感じる。メイは魔法の狙いをわざと外すようにし、エイプルに至っては炎魔法を着弾途中に爆発させている。


 いや、エイプルの魔法はその使い方が正しい。

 彼女の選んだ力は"花火"。人を照らし、楽しませる炎だ。


「町に来てからずっとつらそうだったけど、好きなものを話すときのオーガスタちゃん、とっても輝いてた。そういうすてきな顔をもっと見たいの。だから私、あなたと友達になりたい。どんなときでもいっしょにいたい。かなしい思いをさせたくなかったのに……ごめんね」


「あなたって、本当に優しいのね」


 オーガスタはしみじみ呟く。自分を思う少女たちの言葉に、いじっぱりな心が溶けていくようだった。


 エイプルの言葉は、エドラ首都を去る時に欲しかったものだ。"ずっと友達でいよう"、"どんなことがあってもいっしょにいたい"……かつての友人たちからは得られなかった。あのころは立場と利益でしか人と繋がりを持てなかったから。


 けれど今は違う。彼女たちならば、なんでもない自分を受け入れてくれる。


「聞きなさい! いつまでもそんな毛玉撫でてないで、わたくしを見なさい!!」


 オーガスタは意を決して少女たちに向き合う。真の絆を築くには、まずこの局面を乗り越えなければならない。

 魔力の充填は間もなく終わる。次に発現する魔法のために、二人の注意を引くべく、声を張り上げる。


「わたくしも……あなたたちと仲良しになりたいの! 傷つけたくないのも同じよ! 友達になりたい子に、ひどいことできるわけないじゃない!!」


 叫ばれた本心。エイプルとメイの注目は"獣"からオーガスタへと移る。

 それが一瞬のことだとしても構わない。機を逃さず、彼女は魔法を放った。


「"轟々たる白金の閃き"!!」


「ああっ!!」

「眩し……目が……!」


 溜まった魔力をすべてつぎ込み、この術に賭けた。

 攻撃威力も何もない、ただの発光だ。効果があるとしても目くらまし程度。だがこの場においては充分であった。


「よくやったね、オーガスタ」


 強い光はエイプルとメイの視覚を封じ、毛皮をもふる手は"綿玉兎(モスモ)"から離れ、目を庇うために使われた。

 彼女たちが動けなくなった隙をつき、博士は持ってきた麻袋に、獣たちを詰め込んでいった。もこもこしい造形を覆いきってしまえば、魅了にかかる心配はない。


「二人とも、目を開けていいよ。わるいもふもふは全部捕まえたからね」

「あ、ありがとう博士、オーガスタちゃんも! 今の魔法すごい、よく思いついたね!」

「でも……どうして博士は、兎さんたちにさわっても平気だったんですか?」


 メイの問いに対し、博士は微笑んで解説する。魔法にかかる条件は、獣たちの姿を見て"かわいい"、"さわりたい"など好意的な思いを持つこと。

 口に出さなくとも、ほんのわずか関心を寄せるだけで該当する。


「だけど、僕にそんな感情はないよ」


 笑顔を保ったまま、博士はそう言い切った。



 見せたいものがあるからと言い、エイプルはメイとオーガスタを、町外れの丘の上へ誘った。


「なにが"丘の上"よ! エドラ首都ではねえ、こういう場所を"断崖絶壁の崖"っていうのよ!!」


「あれ? オーガスタちゃん、なんで状態変化してるの?」

「ふざけたこと言わないでよ! 魔道具なしでこんなところ登れるわけないじゃない!」

「え……そうなんですか?」

「ちょっとメイ、不思議そうな仕草しないの! わかってるの? そこの岩壁反りたってるのよ!!」


 露出した山肌を、命綱なしの素手で登っていく二人に、オーガスタはめまいを感じつつ跳躍する。

 エイプルとメイの底知れない実力に呆れっぱなしだが、規格外さに振り回されるのも悪くないと、オーガスタは考えを改めつつあった。


「ほらここ! この前、お父さんに教えてもらった場所なの」

「わあ……町が、全部見えます」

「そりゃあ、これだけ高かったら見渡せるわよ」

「まだだよ? もうすぐ、もっとすてきになるから」


 カーレル・シズネ町は山岳地帯の中で発展した。豊かな緑で囲まれ、均一意匠の家々が立ち並ぶ光景は、確かに風光明媚だ。ただし、エドラ首都という、国内最大の都市で育ったオーガスタには、物足りなく感じる。


「はじめて来たときは朝だったけど、夕焼けもきっときれいだと思うの。ほら!」

「……っ!」


 太陽が赤い光を伸ばしている。鮮やかな色を振りまいて、町の家々を照らす。牧歌的で小ぶりな建物が茜に染まっていく様子には、荘厳さというより、あたたかみと愛おしさを感じる。


「確かに、きれいね」


 オーガスタは微笑んで呟く。この暖光には既視感があった。


 これは、エイプルが発現する炎と同じ色彩だ。町も、自身も、あたたかい光を浴びている。まるで彼女の優しさに包まれているようだと、オーガスタは穏やかな気持ちで思った。

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