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新世界の夜明け

 春風とともにエイプルは走る。


 最後まで解けずに残っていた雪も、今朝の陽気に当てられて形を失い、もう町に白色の影はない。朝露に濡れた並木通りは、日を照り返し、少女の駆ける先を輝かせた。


 カーレル・シズネ町が発足して、まもなく一年が経つ。

 記念の祝賀会と、結界都市の完成披露宴の日が迫る。国中から集まる要人をもてなそうと、催しの飾りつけは華やかに。今や世界中から注目を浴びる町は、これからも賑わいを見せていく。



 エイプルが研究所前を通りかかったとき、ちょうど家主が入り口前に立っていた。博士は箒を手に、玄関の掃除をしていたらしい。


「おはよう博士!! 今日もいい天気だね!」


「やあ、おはようエイプル。ジュディくんなら、一足先に出発していったよ」


 教えてくれてありがとう! と元気よく去りかける彼女を、博士は引き留めた。


「待ち合わせのことは知ってるけど、ちょっとだけいいかな? 話したいことがあったんだ」

「どうしたの博士?」

「あらためて、君にお礼が言いたかった。僕がこの町で得た研究成果は三つ。そのどれもに、君たちの活躍は欠かせなかった。なかでも、エイプル……あの時の行動は、正直今でも言葉にして表せない。それほどの衝撃を受けたよ」


 魔法仕掛けの集落防衛機構……博士が本来、町を守るために作った自立型装置だったが、四人の少女に融合してしまってから、すべては始まった。この町を舞台に様々な冒険があった。葛藤も、成長もあった。そして、世界を変えてしまうほどの大発見も――


 今までの出来事を思い出すかのように、感慨深く、博士は柔らかな笑みを深めた。


「でも、どんなに素晴らしい研究成果より、何より……君という存在がこの町にいてくれて、僕と出会ってくれて、本当にありがとう。覚えているかな? 以前、僕が壊れかけた時に、話した"願い"のこと」

「忘れないよ! 私だってあの時、すっごく胸が苦しくて。切なくなって……」


 "死にたくない"

 "君たちのことを、忘れたくないよ"


 際限ない時を生き、死を乗り越えた存在。不死者エクスマキナ"博士"。

 その幾多ある機体の一つである彼が、崩壊の危機に発した、魂の叫び。


「あの時も、今だってそうだ。大量の資材と時を投じた研究が失われるよりも、君から受けた優しさ、あたたかさを無くすことの方が、何より怖かった。だから、嬉しいんだ。この魔法が完成したことが」


 博士が手のひらの上で展開してみせたのは、白炎と虹の輝き。小規模に発現した"浄化の魔法"だ。

 彼が、黎明の空で見届けた事象は、美しい光の魔法となって、発現される。



「世界が救われたから、嬉しいんじゃない。この光には、これまでいっしょに過ごした日々、すべてが詰まってるんだ。これでもう、君たちといっしょに過ごした記憶が、失われることはない……何度だって言いたいよ、ありがとうエイプル。最高の思い出を、ありがとう」



 魔法……この世界におけるそれは、過去に経験した出来事の具象化。

 博士は、見たものすべてを記録できる。世界初の、獣の浄化という事象も、彼は最後まで見届けた。この世で一度でも確認された現象は、魔力の限り再現できる。


 白炎と、虹の流星雨の光を、博士は絶対に忘れない。忘れられない。


 カーレル・シズネ町の善良な人々。銀たぬきの冒険仲間。そして何より、エイプル、メイ、ジュディ、オーガスタ……四人の"魔法少女(略)"たちの記録は、"浄化の魔法"という結実となって、世界に刻まれた。


 この町で過ごした、あたたかな日々の記憶は、永遠に不死者"博士"とともに在る。



 ◇ ◇ ◇



「どけどけー!!」

「じゃまだー! おめーらがどけー!」

「銀たぬきはあっちだ、絶対に逃すな!」


「うわわわ、またウェザーたちだ! 相変わらず楽しそう!」


 子どもたちのために道を開け、エイプルは周囲を見回した。馴染みの悪童たちの顔が見え、手を振ってあいさつする。

 隊列を組んで邁進するのはウェザー、ラリィ、エリュンストの三人が率いるシズネの子どもたちと、大柄なクィンを頭とする、カーレル教会図書館の子どもたち。


 子ども社会の二大勢力が張り合っているのは変わらずだが、その方法には変化があった。

 ちびっ子たちをからかうようにちらつく、白銀の影。"激走透過狸ステルスポコ"、通称"銀たぬき"を先に捕らえるのはどちらか、捕り物競争が勃発しているのだ。


「今朝から早いな、エイプルねーちゃんは……おいラリィ! ちょっと用ができた、おまえが代わりに全体の指揮を取れ!」


「よっしゃあああ! 任されたぜウェザー! よし、おめーら聞けえええ! 俺は今から、あの"リスの野郎"に一騎打ちを申し出る!!」

「ちょ、ちょっと待ってよラリィ! そんなの作戦として成立するわけ……え? 向こうもやる気だって? うそでしょ……」


 街路樹から一匹降りてきた赤縞のリス、"狙撃栗鼠ナイプス"は、またも返り討ちにしてやるとばかり、悠々と立ち向かう。

 両勢力は彼らに敬意を表し、往来を占拠して、戦いの場を作った。


「こんなことで張り合うなんて、ウェザーたちもこりないねえ。まあ、ラリィとエリュンストも夏には町から離れて行っちゃうから、今のうちにたくさん思い出作らないとね!」


「そんなの言われるまでもないぜ。そういえばねーちゃんは、前より"みんながいないとさみしい"とか、"町から出て行ってほしくない"とか言わなくなったな」


「うん……もちろん、そういう思いはあるけど、暗い顔して見送ったって楽しくないじゃない! それに、町を離れても、ここでの思い出があるからこそ、がんばれるんだっていう人、たくさん見てきたから。その気持ちは、誰にも、絶対に否定できない」


 "魔法少女(略)"として非日常を過ごすなかで、学んだことだ。


 出会いと別れの力は強い。


 永遠の別離には、どんな強固な意志も打ち砕き、優しさを灰にする威力がある。新しい出会いは、折れた心を再起させ、未来に足を向けさせる……そのような可能性を秘めている。


 どちらも、生きていくうえで避けられないことだ。

 必ず巡り来る、朝と夜のように。



「だからせめて私は、この町で会ったみんなを、笑顔で送り出したり、おかえりって迎えたりしたいの」


「……へえ、何というか。大人になったんだな、エイプルねーちゃんは」

「何よその言い方! 私より四つも下のくせに、なまいきー!」


 少年少女がいつもの軽口を叩く中、ラリィと"赤縞"の一騎打ちは引き分けという形で幕を閉じたらしい。

 世紀の一戦に、観戦者は勢力関係なく健闘を讃えた。集まってきた銀たぬきの冒険仲間も、見所ある人間として、ラリィを認めはじめたようだ。



 もはや子どもたちも、この町の誰もかも、"獣"を恐れることはない。


 獣の侵入を防ぐ結界都市の完成には、彼らの存在が必須なのだ。

 一見、本末転倒と思える解決方法だが、町の住民たちと獣の魔力を合わせれば、博士のような不死者無しでも、安定した陣を発現できる。


 そして、この陣には新たに生み出された"浄化の魔法"が組み込まれている。発動し続ければ、大地の汚染を清められ、さらに内部の獣たちも浄化、つまり普通の動物に戻すことが可能となる。


 銀たぬきやその仲間たちは、都市と協力し合う契約を結んでいる。

 彼らは"黒き獣たち"との名称を改め、結界都市の"守護聖獣"と呼ばれるようになった。


「おぉーい、みんなぁ! 速報だよぉ!!」

「あっ、リーネちゃんおはよ。そんなに慌ててどうしたの?」


「今日、お父さんのところに特報が届いたの! ほらほらぁ、よく見て!」


 ずれた丸眼鏡を直しながら、リーネはエイプル含む子どもたち一同へ、新聞を振りかざした。

 内容は国中を騒がせる衝撃的なもの。しかし、彼らカーレス・シズネ町の住民たちなら、よく知っている姿が、図画に修められている。


「おい! なんて書いてあるんだよ! 見えねーぞ」

「気を静めろ。今、リーネちゃんが読み上げてくれる」


「えっとねぇ……"我が国、エドラサルム=ジ・エラの首都を結界都市化する計画が立ち上がった。守護聖獣として、かの英雄の愛馬"風迅号"が任命される。民衆は諸手を挙げて、これを歓迎し、凱旋の日を今かと待つ――"」


 かつて首都を救った英雄の馬"嵐纏馬シルヴィース"、もとの名を風迅かざはや

 霧の夜に、黄金の少女騎士を背に乗せ、増援に駆け付けてきたことは、鮮烈な記憶として残っている。


「まさにうってつけの指名じゃねーか! 俺、首都に行ったら絶対会ってくるぜ」

「いいなあラリィは。そういうなら、"ビーノ"も守護聖獣になったし、どこかの町を守ることになるかもしれないね」


 チュッチュ、とエリュンストの髪の中から顔を出したのは、極小綿鼠ナノ・セコだ。

 ついに最高の居場所を得た"聖獣"は、今は小さく分裂して、シズネ側子どもたちに可愛がられているようだ。


「この町だけだった"獣除けの陣"。もういろんなところで実用され始めてるんだよね。建設始まったばかりのときは、お父さんいろんなところ説得して回って、大変そうだったのにー」


「なんだねーちゃん、知らないのか? 今回の結界都市完成の知らせは、"冒険者たち"が世界中に広めてるんだぜ。活動規模が桁違いなんだよ。まあ、国家の利権に絡まない組織だから、こういったことを知らせるのにちょうどいいよな」


「……そっか。冒険者マルハナの人たちが……」


 正体不明の秘密結社、冒険者と呼ばれる構成員たちは、世界の危機に対応すべく活動している。

 打ち明けてくれた大切な秘密の絆を胸に、エイプルは誇らしく晴天を仰いだ。我が子の成した偉業を、誰よりも喜んで伝導する冒険者が、きっと世界のどこかにいる。




 人の世で、世界を救う方法が広まりつつある。

 動物界においても同じだ。暴走の運命から逃れる方法が見つかったという知らせは、空を飛び、大地を奔走して、すべての獣に届きつつある。


 呼びかけるのは、銀たぬきからの言葉だ。人と結ぶ契約のこと。守護聖獣となれば、暴走の運命に怯えることなく、自由に生きていけること。

 結界都市の成功例を学ぼうと、町に人々が押し寄せるのと同様に、獣にとってもまた、この場所は希望のはじまりの地と言えた。



 銀たぬきは街路樹の梢ごしに、蒼天を眺める。すばらしき冒険は一段落したのかもしれない。

 だが、関係ない。自身の"運命の狩人"とは別の、新たな好敵手も見つかった。契約を求める獣たちも、これから続々と町に訪れるだろう。生ある限り、自由に終わりはない。


 さあ、何度でも――



 "あたらしい冒険をはじめよう"

 


 ◇ ◇ ◇



 待ち合わせ時間を過ぎてしまうことは覚悟していた。けれど、皆に話したい事柄も増えた。

 きっと驚くだろうと、胸を高鳴らせ、エイプルは町外れの林へやってきた。予想通り、そこには自分以外の仲間たちが揃っている。

 

「ごめんごめーん! 遅れちゃった!」

「やっと来たわねエイプル! 言い出しっぺはあなたなんだから、約束の時間くらい守らないとダメじゃない」

「大丈夫ですよ……そういうオーガスタさんも、さっき来たばかりですから。なんでも、最後の晴れ舞台なんだから、身だしなみに時間をかけたそうです。遅刻しそうになって全力疾走してきたから、いつもより乱れてますけど……」

 

「メイ! 余計なこと言わないでよ!! え、ちょっと、乱れてるって本当なの? どのあたりかしら?」

「多分ここっすよ、ここ! わたしが直すから、じっとしてくださいっす」

「やめて!! ジュディがいじったら絶対悪化するわ!」


 わいわいと互いの見た目を気にする少女たち。数分後、満足する仕上がりになったことを確認したのち、一斉に魔道具を掲げた。

 

 "魔法少女(略)"、最後の状態変化へんしんだ。



 それは、エイプルの申し出から始まった。


「もう一回だけ、魔道具を使っていい? "魔法少女(略)"の姿で、最後に、町のみんなにお礼が言いたいの!!」


 浄化の魔法が完成してしばらく経ったころ、エイプルたちの身に宿った魔道具の初期化が終わった。融合を解除できるようになったのだ。

 これで、少女たちは普通の町娘に戻れる。魔道具も、真の目的で使用できるようになったのだが、既に集落防衛の役割は必要なくなった。戦歴の記念に、ただのきれいな首飾りとして、彼女たちに贈られる。


「念のため、冬の間は使えるようにしていたけど、もう心配はいらなくなった。陣は完成したし、新たにこの町を襲おうとする獣はいないよ。長い間、おつかれさま。では、融合を解除しよう」

 

「お願い博士! これで最後でいいから、また状態変化へんしんさせて! このまま黙っていなくなるのって寂しいよ! 町の人たちもそう言ってるんだよ!?」

「わたくしもエイプルに賛成よ。最後にあの姿を見せたのは、霧の日の戦い以来だし、あんなバタバタした別れ方なんて、英雄に相応しくないもの」


 もう一度、町の守り手としての姿で、住民にお礼と別れを告げたい。その願いを博士は快諾し、少女たちの要望通りに魔道具の機能を書き加えた。


 そして今日、実行の時を迎える。




「いち、にーの、さん!」


 そーれ! の掛け声の後に、手を繋いだ少女たちは、空へ浮かび上がった。

 

「きゃあっ! これが飛行の、機能、ですか……?」

「そうよ。見た目よりずっと難しいでしょう!? でも、慣れるまでわたくしたちが支えるから、安心しなさい」

「メイちゃんさんなら楽勝っすよ! でも、戦う機能はほとんど削っちゃって、簡単な魔法しか使えなくなったから注意っすよ」


 博士に無理言って搭載してもらったのは飛行機能。上空を舞い、住民すべての注目を集めて、言葉を伝えるのだ。

 あらかじめ予告せずとも、エイプルの花火魔法を打ち上げただけで、人々は窓を開け、あるいは往来に出て、天を見上げた。

 

「結界都市の完成、おめでとう!! 町のみんなが頑張ったから、すごいことができたんだよ! 私たちといっしょに戦ってくれてありがとう!!」

 

「この場所を守るのはこれで最後だけど、わたくしたちの活躍を、生涯ずっと覚えておくのよ!! いいわね!?」

 

「こちらこそ……今まで、あ、ありがとう、ございました……! 皆さんの声援、とっても嬉しかったです……」

 

「うわあああああん!! これで最後なんて悲しいっすよおおおお!! もっと続けたいっすよおおおおお!!」


「ありがとう!! ありがとう!!」

「これまでお守りくださって、感謝しています!」

「少女騎士さまたち、さようなら! 本当に、ありがとうございました!!」

 

 上空から手を振って、思い思いの言葉を届ける少女たち。住民も、この守護者たちに会う最後の機会と察し、声を張り上げ、感謝の気持ちを叫んだ。

 特に大きく響くのは自警団長でもあるオリバーと、その部下である砦大工の集団である。


「あっはっは!! 騎士のお嬢ちゃんたちー! 今までありがとうなあ! おい、おまえら! あの姿をよく目に焼き付けておけ! 明日から記念碑を製作するぞ!!」

 

「おおー!!」


 住民全員が外に出たかと思うほど、見上げる顔は増えていくばかり。たくさんの人々に見つめられれば、少女たちは自然と、家族や知り合いの姿を探し出してしまう。


 歓声の中でも動じず、にこやかに手を振るオーガスタの両親。メイは養父母を見つけ、涙声でお母さん、お父さんと呟いた。

 娘の晴れ姿であることは認識できないはずだが、それでも笑顔で拍手を送る二人の姿は、彼女の胸を打つ。


 飛翔する少女たちの軌道を追って、子どもたちが歩道を走る。そこに混じってはしゃぐ大人がいた。

 リーネの父、リーンベルゼは少年心を遺憾なく発揮し、前も見ずに走って並木にぶつかった。



 こうやって空を飛び、町を見下ろす機会は二度とやってこない。エイプルたちは町の隅々まで巡らんと、広く航路をとる。住宅地を飛び越え、広場、公園、倉庫街と進んでいく。

 途中で鋭羽十字鴉グラアベムの群れが彼女たちと並走し、必眠鼯毛布エナミンツの流れるさまも間近で見た。


 空中旅行は教会図書館の鐘楼を一周し、最後に学舎へ向かった。


 

「あっ、あっ! 少女騎士さま! しょ、少女騎士さまが現れましたよ……!! 早く来てくださいフロスト校長! オータム先生も!!」


 運んでいた荷物も投げ捨てる勢いで放し、新任教師のサマンサは同僚たちを呼んだ。老体を急かすでない、とフロストは苦笑し、窓から救世主の姿を拝む。


「助けてくれてありがとう!! この町に来てくれて、守ってくれて……本当にありがとう!! ……あ、行っちゃった。オータム先生のところからでも、ちゃんと見えましたか!?」


 光の軌跡が消えていくまで、サマンサは手をぶんぶん振り続けていた。霧の夜の戦いで希望をもらってから、彼女はすっかり少女たちに魅了されていた。

 感極まって泣きながら同僚にしがみつき、思いの丈を溢す。


「わ、わたじ……てっきり、もう二度と会えないとばかり思ってて……なんていい子たちなんでしょう!! 私たち全員の、命の恩人ですよ! ねえ、オータム先生もそう思いますよね!?」


 

「……ええ。そうですね。俺も……彼女には、大きな借りがある」




 いよいよ町を去ろうとする頃合いで、我慢できなくなったエイプルは、ひとり高く飛び上がり、炎魔法を次々と打ち上げた。

 小規模の魔法でも、皆を楽しませるには充分。極彩色の花火は、朝焼けに負けじと輝いた。


 開花の爆発音とともに、エイプルの想いが、高らかに響き渡る。


 

「みんな、ありがとう! 私……この町、大好き!!」



 思い残すことは何もない。自分たちは"魔法少女(略)"を完遂したのだ。

 四人は万感の思いを込めて飛び、ついに住民たちの視界から去った。


 最後に小高い丘の上へ着地し、状態変化へんしんを解く。これから町に戻って始めるのは、いつもと変わらない、普通の町娘としての生活だ。


 それでも、以前までの日々とはまったく違う。

 戦いを経て、成長していった自分たちの心。守り切った大切な居場所。かけがえのない仲間。朝日に照らされる大地すら、これから変わっていく――


 目の前に広がるのは、まさしく、新世界の夜明けだ。


 少女たちは世界の変革に立ち合い、人々の心に希望を灯した。


「私たち……すごいことを、成し遂げたんですよね……なんだか、まだ実感が湧きませんが……」

「そうっすよね! 今まで、襲いくるなんやかんやに対して、がむしゃらにやってきただけっすもん!」

「"結界都市"や"守護聖獣"、"浄化の魔法"も……博士や、この町の大人たちが、ちゃんとまとめてくれたからできたんだよね。でも、私たちがやってきたことがきっかけなんだから、やっぱりすごいことをしたんだよ!!」

 

「甘いわねエイプル! これしきの成果で満足したらダメよ!!」


 びしりと指をさし、オーガスタは仲間の浮き足立つ心を戒める。


「匿名で偉業を成し遂げたって、数のうちに入らないわ! 真の英雄なら、ちゃんと自分の名前を後世に残さなきゃ! 今後は、この町での経験を糧に、自力で成り上がっていくしかないの。つまり――」


 

「わたくしたちの戦いは、これからってことよ!!」

 


 ババーン!! と効果音が聞こえてきそうなほど、オーガスタは堂々と言い切った。

 

 一瞬、呆気に取られたエイプルたちだが、心中で湧き上がる熱を感じた。それは、未来には楽しいことが待っているという確信。

 将来への不安、別離の悲しみが薄らんでいく。これから先、仲間たちが描く、進路の果てが見たくてたまらない。


 少女たちはわくわくした瞳で、愛おしい家々を眺める。一面に広がるのは、牧歌的で小ぶりな建物たち。大好きなカーレル・シズネ町の光景だ。


 新しい世界での、少女たちの人生を賭けた戦いは、ここから始まる。

 苦悩も困難もまだまだ襲いくるだろう。しかし、自由に人生を描いていくことは、どんなに心踊る冒険だろうか――


 


 

 最初の一歩として、丘を下ろうと踏み出したが、エイプルはオーガスタの様子がおかしいことに気づいた。

 なぜか顔色が青ざめ、小刻みに震えている。

 

「どうしたのオーガスタちゃん? 早く行かないと、学校はじまっちゃうよ?」

 

「……まずいわエイプル。わたくし、ここから降りられない……」


 魔道具は役目を終え、綺麗な色で首元を飾るのみ。融合は解かれた。もう状態変化へんしんはできない。

 町を一望できる、小高い丘の上……改め、"断崖絶壁の崖"から降りるのは、生身のオーガスタでは酷なことだ。


「ちょっともおおおおお!! なんでよおおおおお! こんな終わり方っておかしいでしょ!!」


「だ、大丈夫ですよオーガスタさん……私たちの、あとについて岩肌を掴めば、ちゃんと降りられますから……」

「わたしが今からお手本を見せるっすよ! そぉい!!」

「おばかっ! このジュディ!! 飛び降りてどうするのよ! なんの参考にもならないじゃない!!」


 


「落ち着いて! ほらオーガスタちゃん、さっき言ってたでしょ? "私たちの戦いはこれからだ"って! 今だって、これまでの経験を使って、立ち向かっていくんだよね?」


「ちーがーうーのー!! こういう意味じゃないのおおおおおおおおお!!」

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